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ありがとうの日

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ありがとうの日
ありがとうの日 ありがとうの日

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○     ○     ○


「かわいいかわいいみるみむぎゅー」
「アルちゃん、アルちゃん、苦しいよ〜。ミルミ、つぶれちゃうううう〜」
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)の抱擁に、ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)が、可愛らしい悲鳴を上げる。その声は、決して嫌そうではない。
 アルコリアには恋人が出来たけれど、友人としてのこれまでと変わらぬ彼女の態度に、ミルミも以前のように、純粋に喜びの感情を見せるようになってきていた。
「ミルミちゃん、飴食べる? 飴」
 ミルミを解放した後、アルコリアは近くの店先から大きな棒付きキャンディーをとって、ミルミに差し出す。
「食べるー!」
 嬉しそうに言うミルミに、キャディーを渡して。
 代金を払ってから、甘い味を楽しんでいるミルミを見守っていく……。
「うーん、やっぱりむぎゅーっ、むぎゅーっ」
 ただ見ているだけじゃ我慢できなくなり、また抱きしめて。
 頬を摺り寄せて、髪がぐちゃぐちゃになるほど撫でて。
「アルちゃんアルちゃん、飴がくっつくよぉ〜」
「いいんです。べたべたになったら、服を買ってあげる口実が出来ますから。ミルミちゃんで着せ替えするー。ぎゅーぎゅーぎゅーっ」
「ふにゃ〜」

「シーマ! 白百合団は風紀委員みたいなものでしょう? 不純同性交友禁止とかきっと生徒手帳にあるのでしょう!? 取り締まりなさい!」
 物陰で見張っているナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が、白百合団員のシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)に命令する。
「ナコト、分けが分からんぞ」
 シーマは従う気は全くない。
 パートナーのアルコリアはいつものように、ミルミを可愛がっているだけで、ミルミも嫌そうでもないのだから。
 取り締まる理由なんてありはしない。
 むしろ、こうやって隠れて見張っている必要もありはしないのだが。
「ナコト、シーマ。りんごあめ食べたい、きゃははっ☆」
 もう一人の同行者ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)は、くいくいシーマの服を引っ張って、屋台を指差し、笑っている。
「察しが悪いわね、シーマは。ラズンは解っているのかしら?」
 ナコトは2人に事態が解るように、ゆっくり説明をする。
「マイロードが ムリヤリ ミルミに 茂みに 引きずりこまれる 危ない デンジャー OKですわよね?」
「アルが? 逆だろう逆……それに今日はそういう雰囲気はないだろう……?」
「りんごあめりんごあめ、きゃははははっ」
 シーマは呆れ気味にそう答え、ラズンは聞いちゃいない。
 それにその説明は余計にわかりにくい……そう指摘をしようかとも思ったが、シーマは飲み込んでおいた。
 ナコトやラズンのことは、アルコリアのことも。
 シーマには、わかるような、わからないような……。
(どうして、こいつらに付き合っているんだろうな)
 一人、シーマは考え込む。
(任務だとか、他所を見て回るほうが 警備としての価値があるだろうに。……契約に縛られているのか)
「りんごあめ、りんごあめ〜。きゃはっきゃははっ☆」
「うおっと」
 破かれそうなほど強くローブをひっぱられて、ようやくシーマはラズンに目を向ける。
「はいはい、行こうか。ナコトも行くぞ。ずっと見ている必要はないだろ」
「ええ……」
 その場を離れても、ナコトはミルミに目を向けてしまう。恐れを感じてしまう……。
「アルコリア様に矛を収めさせる可能性のある人物。戦うための魔術しか無いわたくしを、不要の道具にしてしまうかもしれない人物」
「ん?」
 ナコトのつぶやきに、シーマは首を傾げる。
「使われぬ道具に意味など無い。わたくしの使い手なくしたくない、それだけですわ」
「道具、か……」
 シーマはまた考え込む。
 そんな2人を、笑顔でラズンは見つめている。
 それから、アルコリアにも目を向ける。

 自ら人でなくなろうとする人
 人の如き意思を持ちながら、自ら道具となろうとする書
 兵器として作られながら、人としての心を入力され戸惑う人形


「きゃはははっ」
 ラズンは――魔鎧はまた笑い声をあげた。
 鎧は、なれの果て。
 幻想を幻想と受け入れ、どうしようもない世界に 押しつぶされた慣れの果て。
 否定し続けたロクでもない願望を心に纏い、世界を諦めた。
 だから、どうにもならない世界で嘲笑して、自らの死すら、救われない世界からの解放と受け入れる。
 私もお前も、総て等しく。
 だから、楽しみだ。人がどのような結末を迎えるかが――。
「ナコト、シーマ。りんごあめ食べたい、はやく食べよ。きゃははっ☆」

 アルコリアはミルミと手を繋いで、抱きしめて。
 可愛がりながら、歩いていく。

 人は何故傷つけ合うのか
 それは『望む』からだと、思います
 望みを叶えたいが為に、誰かを傷つける
 手を取り、誰もが誰をも傷つけない、平和な世界を作りましょう
 幼い頃夢見た 幻想

 何故出来ないのか? パラミタに来て分かった気がします

 『お前の持つ総ての望みを捨てろ』何かを得ることも、何かを守る事も諦めよ
 そんなものは到底受け入れられるわけが無い
 だから、人は傷つけ合うのでしょう

 …それでも、その幻想を追いかけ
 自問自答で答えを出せない、結論という袋小路を打ち破るため
 自分以外の人たちの力を借りることにした

 【望みを持たず 理由など持たず ただ戦いのみを目的とする】
 誰か この式を 否定してください。
 戦いそのものになり、否定される

 世界を守るため戦う勇者様も
 世界を征服するため争う魔王様も
 大切な人を守るため戦う人も
 悦楽の為に戦う人も

 総ての戦いを否定できる公式を 誰かください。

 捻くれ者ゆえ 人は肯定する力より 否定する力に優れている
 そう考え それに賭けている

 自分の望みや心を壊し塞ぎ無くしてでも欲しい答え


“なんにもできないなにしなーい、だからだれも傷つけないー”
「みるみちゃんかわいいかわいいむぎゅー」
 ある意味、それも答えだと今気付いた。
 何もしなかったんじゃなくて、誰も傷つけなかったんじゃないかと。
 だから、きっと、私を人として繋ぎ止めているんだろうなと。
「ミルミちゃん、次は何食べる? わたあめ? 服にくっついちゃうけどいいよね」
「アルちゃんは? アルちゃんは何食べたいの?」
 自分に問いかけてくる彼女の頭を撫でて、また抱きしめて。
「ミルミちゃんとおなじものー。ぎゅむーっ」
 アルコリアは人であり続ける。
(私はきっと、これからも……。自分の望み、願いをねじ伏せながら、何も無いまま 勝ちも負けも望まず、闘争そのものを目的とした戦いを続けるのかもしれません)
 嵐であれば良かった 悪疫であれば良かった。
 なのに、まだ人でいられる。
「ふふー、ありがとね……ミルミちゃん」
「何? まだミルミ、おごってあげてないよ?」
「もうもらいました。いえ、今も貰っている最中です」
 ふふふっとアルコリアは笑う。
 言葉の意味の理解はしていないけれど。
 ミルミも、笑顔を浮かべた。
 良く解らないけれど。
 アルコリアに自分が何かをあげているのだと、漠然と解ってきたから。

○     ○     ○


 盛夏用の薄物の着物を纏った女性2人が、賑わう街の中を歩いている。
 目を止める男性は多いが、近づいてくる者はいない。
 なぜなら、一人は気品があり、美しく、気軽に近寄れない高貴さを感じる女性だったから。
 百合園女学院、白百合団団長の桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)だ。
 もう一人は――。
「イケメンはいないですかね〜」
 きょろきょろ周りを見回しながら、こちらに目を向けている男性をギロリと睨んでいるのは、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)
 鈴子に声をかけて街に出てきた彼女は、鈴子と色違いの着物を纏っている。
 鈴子は白地に薄い青色の花柄の着物。
 リナリエッタは、白地に、鮮やかな紅色の花柄の着物を纏っている。
「こういった場所で発見しても、観賞できませんから、いない方がいいのでは? 逆ナンパはしませんよ」
「わかってますわぁ。っと、パレードこっちにくるみたいですね〜。塔の上から眺めませんか?」
「ええ。あの塔に、雰囲気のいい喫茶店がありますの。そちらでお茶でも飲みませんか?」
「いくいく〜。イケメンのウェイターいる?」
「……皆素敵な方ですよ」
 鈴子は微笑んでそう返した。

(百合園に専攻科が出来るって噂、本当なのかな……。でも、鈴子さんは就職する気? 私は、ぶっちゃけまだ学生生活エンジョイしたいしぃ……)
 狭い階段を、鈴子が先に上り、その後にリナリエッタが続いていた。
 彼女の背を見ていると、なんだかもやもやしたものを感じてしまう。
(鈴子さんに、本当のこと言わないでこのままバイバイ、もなんか嫌だわねぇ)
 そんなことを、リナリエッタは専攻科の噂を聞いてから、頻繁に考えていた。
 今日、祭りに鈴子を誘ったのは、本当のことを話して、みようかとも思って……。

 窓際に向かい合って腰かけて、時々道路を見下ろしてパレードや、人々の姿を見ながら。
 鈴子とリナリエッタは、高価な紅茶とフルーツケーキを楽しんでいた。
「あのさぁ……」
 頃合いを見計らい、リナリエッタが窓の外を眺めながら言う。
「ぶっちゃけ、私、鈴子さんと仲良くなったのって、利用したいなぁって思ったからなのよね」
 権力者と仲良くなって、自分の地位を高める。
「要人の愛人になってのし上がりたい、って奴よ」
 そう言って気まずく思いながら、鈴子を見る。
 鈴子は黙って聞いている。
 紅茶を一口、飲んで。
「それで?」
 不快な顔でもなく、怒りも、悲しみの表情をも浮かべず、鈴子はリナリエッタに尋ねた。
「私、この町も、百合園女学院も綺麗なだけでタイクツな世界だと思ってたのよねぇ」
 リナリエッタはまた、パレードを見下ろす。
 百合園の制服姿で踊っている少女達の姿が見えた。
 その中には、鈴子の大切な子達――本物の百合園生もいるのだろう。
「けれど、打算だけど、白百合団に入ってから……守るということの大切さ、そして、厳しさ……鈴子さんから、学んだわ」
 フォークを取って、ケーキを一口食べて、紅茶を飲んで。
 何も言わない鈴子をちらりと見て。
「この街や皆を、大切な人の笑顔のために働くって結構面白いなあって、思って、さ。ああ私は鈴子さんの側に嘘をつきながらいてよかったのかしら……ってちょっと今後悔してるのよね」
「面白い、ですか」
「うん。ホントの気持ち。鈴子さんとか、優子さんの心構えとは違うと思うけどね」
 言った後。
 リナリエッタはフォークを彷徨わせて。
 紅茶に手をのばしかけて、止めて。
 少しの迷いを見せた後。
「ねぇ、鈴子さん」
 鈴子をちゃんとまっすぐに見て。
「こんな、私でも……これからも……私の、上司で……友達で、いてくれますか?」
 ポケットに入れておいたものを、言いながら鈴子へと差し出す。
 それは、持つ者に勇気と力を与えてくれると言われている、紅蓮の鉱石で作ったアクセサリーだった。
 ハート型の……半分の形の、上品な帯留め。
「まあ、素敵な帯留め」
 鈴子は受け取ると、に……っこりほほ笑んだ。
「質屋に持っていったら、いくらになるかしら?」
「鈴子さん……言ってくれるわね」
「騙された仕返しです。悔しいですから」
 鈴子は立ち上がって、帯留めを付けていたものと交換する。
「似合います?」
「……似合わないわぁ」
 にやにや笑みを浮かべて、リナリエッタはそう言って。
 自分用に作ってきた半分も取り出して見せて。
「一緒につけないとね。……てゆーか、仕返しの仕返し。ホントはマジ似合ってる、似合いすぎ」
「ふふ……リナさんは器用ですよね。私にない賜物を沢山持っていますし、私には全く思いつかないような発想を常々されますしね。興味深い存在ですわ。だから、私はリナさんが今、友と思ってくれていて、嬉しいですし。そうではなかったとしても、友達になりたいですわ」
「ありがと、鈴子さん」
「さて、次は私の誘いに応じてくださるかしら?」
「うん、どこ行く〜?」
 リナリエッタは嬉しそうに言った。
「アメリカの有名な数学者が空京で講演会を行うそうなので、是非伺いたいと思っています」
「…………………た、たのしそうね」
「ええ、楽しみですわ〜」
 そうニコニコ微笑む鈴子を見て、これも仕返しなんだろうなぁとリナリエッタは思った。
 鈴子はパレードを見下ろして。
 街の様子に慈愛に満ちた笑みを浮かべて。
 その顔のまま、またリナリエッタを見た。
「ありがとうございます。この帯留めも、貴女も、私、とても気に入っています」
 鈴子の言葉に、リナリエッタはちょっと恥ずかしく思いながらも、明るい笑顔を浮かべた。