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リアクション
■ 美味しいピーマンの作り方 ■
地球には帰ろうと思って来たみたものの、新幹線のホームで、桐生 円(きりゅう・まどか)は迷って立ち止まる。
別に実家には普通に帰ってもいいのだけれど、まだ父親を許したわけじゃないから簡単に帰りたくはない。
どうしようかと考えて、やっぱり今年は帰らないことに決めて、円は母にだけは連絡を入れておいた。
さてこれからどうしよう。ふらっとどこかを観光でもしてみようか、なんて思っていた円の目に、バスケットを抱えたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の姿が留まった。
「ローザリーン! これから里帰り?」
「はい。今年も家でゆっくりしてきます」
答えるロザリンドの腕に円はぎゅっと掴まった。
「ロザリンの家いっていいー?」
「うちにですか?」
「ねーいいでしょー? ねーねー、ロザリンの家、いってみたいなー」
放さないぞとばかりにぐいぐいしてくる円に、ロザリンドはつい笑ってしまった。
「うちで良ければいいですよ」
「わーい、ロザリンありがとう」
母親に友だちを連れて帰ることを連絡すると、ロザリンドは円とともに実家に向かった。
「そういえば、ロザリンのお家って貴族なんだっけ?」
「セリナ家は貴族とも言えないような元地方領主の家系なんですよ」
それも、誰も引き受けなかった山奥の狼煙櫓守を引き受けたから、という理由で拝領したようなものだとロザリンドは円に説明した。
「その狼煙櫓も、ご先祖様は国のためにとか言っていたようですが、百年戦争の時に数度使われただけみたいです。今でこそ交通や機械の発達で農園を経営できてますが、昔は生活するのにも不便だったそうです」
「ふぅん。なんか、歴史ーって感じがするよね」
普段一緒にパラミタの百合園女学院に通っている友だちでも、地球の家がどんなところなのかはなかなか知る機会がない。
だからこそ、友だちの家訪問は面白いし、楽しみでならない。
「どんなおうちなのかなー」
円はわくわくし過ぎて、到着が待ちきれないほどだった。
空港から列車とバスを何本も乗り継いで。
広大な畑の真ん中にロザリンドの実家はあった。
「うわーいひろーい」
どこまでも見通せそうな風景の中、円は手を広げてくるりと一回転した。
どうぞとロザリンドは扉を開けて円を促したけれど、何か家の中が騒がしい。
「どうかしたの?」
「兄が帰ってきているみたいです」
ロザリンドの兄は、農業系の大学で品種改良や遺伝子工学を研究している助教授だ。
最先端技術を学び、いかに効率良く品質の高いものを市場に提供できるようにするか、を日夜研究し続けている。
片や父は、大柄で日焼けした肌、麦わら帽子と首にかけたタオルが妙に似合う農家のおじさん。日々汗を流し、手をかけ心をかけて昔ながらのやり方で作物を育てている。
新たなものを取り入れようとする兄と、昔ながらの方法を頑固に守ろうとする父は折り合いが悪くて、こうして親子喧嘩をするのも珍しいことではない。
「こっちの品種なら同量の窒素に対する収穫量は5%多いと統計出てるし、それ専用の肥料や育成体系も出来上がってるんだよ!」
「今までのだって、十分皆が生活できている。遺伝子操作に合成肥料の塊はいらん!」
「だから父さんは古いんだよ! 今まで通りで無く、より良くだよ! そもそも大昔からやってた品種改良だって、初歩的な遺伝子操作と定義できる。野生種の交配を繰り返してより収穫に適した食味の良いものを作り上げていったからこそ、今の野菜があるんだよ。それを……」
とめどなく続く言い争いに、年寄りレトリバーがばーうーと欠伸をする。もうすっかり慣れっこなのだ。
「何時もあぁなの?」
「ええ。すみません、来た早々喧嘩なんて場面に遭遇させてしまって」
「あーあ、これだから父親ってのは」
円は嘆息すると、父と兄の間に割り込んだ。
「ちょっとやめなよー、娘が帰ってきたときぐらい喧嘩は」
見たことのない少女に間に入られ、父も兄も驚いて言葉が止まる。
「両方、言いたいことは解るけどさ、より良い方向に持っていきたいんでしょ? 要するに」
まずは、と円は兄を指す。
「お兄さんは、押しつけちゃだめ。お父さんの経験でやってる事も正しさがあるんだから」
それから、と今度は父を指し。
「お父さんは、お兄さんの話を聞いてあげなきゃダメ。お父さんの事考えて言ってくれてるんだから、無闇に新しいものを嫌わないで一緒に勉強してみたらどう?」
話を振ってみたけれど、父も兄もただあっけにとられてぽかんとしている。
もしかしてまずい事をしてしまったのだろうかと、円は焦った。
「ろ、ロザリンもそう思うでしょ?」
そう言いながらロザリンドのところに戻った。
「……まずい事しちゃった?」
ロザリンドだけに聞こえる声でこっそりと尋ねる。
「いいえ。言ってもらって良かったんですよ」
そう答えてロザリンドは父と兄に言う。
「お父さんもお兄さんも、円さんの話聞いたでしょ。とりあえずは喧嘩ストップして下さい」
「ああ、悪かったな」
「ごめん。つい熱くなった」
ばつが悪そうに謝る2人にロザリンドは、ただいまと挨拶した。
「お母さんもただいま。お友達も連れてきましたー」
「桐生円です。お世話になります」
最初の挨拶からやり直し。
お帰りといらっしゃいの声の中、ロザリンドは円を家の中へと案内した。
「お腹すいたでしょう? うちの味付けが口にあうといいんだけど」
ロザリンドの母がいそいそと食卓に料理を並べてくれる。もちろんその中には、母得意のミートパイもあった。
家で採れた新鮮な野菜や果物で作った料理やデザート……はいいのだけれど、どっさり盛られたピーマンに円はうっと一瞬息を詰まらせた。
「ロザリンド先輩、ちょっといい?」
部屋の隅っこにロザリンドを連れてくると、円は服をぐいぐい引っ張った。
「やばい! ピーマンはヤバいよ! 無理だよ、無理! ロザリンがたーべーてーよー!」
他のごはんとデザートは美味しくいただけそうなのに、と円は恨みがましく緑色の物体に目をやる。
「円さん、しっかり食べるのが素敵なレディーの条件ですよ」
そう言われてしまうと円も弱い。
いそいそと席に戻ると、失礼しましたとロザリンドの母に詫びた。
他の料理を食べて口をおいしい味に満たしておいてから、目を瞑ってぱくりとピーマンを口に入れる。
(あっ……食べれなくもない?)
覚悟していたほど苦くない。美味しいとは感じられないけれど、絶対ダメ、というほどじゃない。
(不思議……採れたてだからなのかな?)
あんなに苦手だったピーマンなのに、これなら何とか食べられる。
「ちゃんと食べてますね。まだまだありますから追加しましょうかー」
「い、いいよいいよ。追加はいらないから!」
にこにこしてピーマンのお代わりを入れようとするロザリンドを、円は慌てて片手で皿を囲って阻止した。
食事が終わると、セリナ家の飼い犬を連れて散歩に出た。
もう年老いているレトリバーはゆっくりとしか歩かないから、散歩も自然とゆっくりになる。
果樹園で果物を採って食べたり、畑に茂る葉の間からなっている野菜を探してみたりと遊びながら歩いてゆくと、先の畑にいるロザリンドの父と兄が目に入った。
「あ……喧嘩はもうやめたのかな?」
自分が仲裁に入ったこともあって、円は気になる様子でそちらを見やる。
ロザリンドも心配そうに様子を見ていたが、やがて2人が何をしているのかを見て取って、大丈夫ですよと教えた。
「試験栽培を始めるみたいです。円さんが仲裁してくれたお陰ですね」
「ほんと? 良かったー」
まずい事をしたのではないかとずっと気にかかっていたから、円はほっとした。
「この分なら、来年はもっとおいしいピーマンがたくさん採れますね」
「え、あれピーマンの話だったの?」
「そうですよ。採れたら円さんにもたくさん食べてもらわないとですねー。あ、来年はそのピーマンを持って円さんの家にお伺いしましょうか」
「来るならロザリンだけでいいよー」
「大丈夫。その頃までには円さんがもっとピーマン好きになるように私もがんばりますから」
「だからそれはもういいってー」
円の情けない声とロザリンドの笑い声が重なった。
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