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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

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●16

「狙撃だ!」
 垂は真っ先にこの異常事態に気づき、落ちていた弾丸を拾い上げていた。触ると熱い。放たれたばかりだからだ。
「ローちゃん! ローちゃん!」ミスティーアが狼狽してローの体を揺するも、ローは異様な方向に首を曲げ、目を見開いたまま応えない。瞳の内側、うっすらと透けて見える機械パーツがチカチカと明滅していた。
「気休めにしかならんかもしれねェが」ドゥムカがローを担いで声を荒げた。「まだ息がある! 応急手当すれば助かると俺は信じるぜ!」
「だけどどこから撃ってきたってのよ!」ミスティーアが垂に向かって怒鳴っていた。「ラムダも犬も銃は持っていないわ! おまけにこの風よ! 吹雪なのよ!」
 偶然にしたって……と言おうとしたミスティーアの足元に雪が舞い上がった。着弾したのだ。
「付近に狙撃できるような高台はない…………かなり離れなければないはず……超長距離狙撃を、しかもこんな精度で行えるのは、たった一人しか思いつかない……」パイはわなわなと膝を震わせていたが、自分の身よりもローのことを心配してドゥムカに寄り添った。「そこのでかいヤツ! ローを守ってよ! 絶対、守ってよ!」
 わかってらァ、と応えると、「みんな動け! 止まっていればマトになるだけだぜェ!」ローを横抱きにしながらドゥムカは走った。弾丸が肩の装甲を撃ち抜いたが止まらない。「走れ走れ! 教導団女も、すぐ走らねェと命がねェぞ!」
「どこに走れって言うんだ!」という垂の叫びに、応える新たな声があった。
「こっちです」
 首に巻いたショールがはためいていた。その人は赤い目であった。細めるとそれは、赤い月のようにも見えた。
「後退して治療を施して。応急手当すれば助かると信じる……って、言いましたね。私もその賭けに乗りたいと思います」
 押さえた口調だが鋭い。それは鬼崎 朔(きざき・さく)の言葉だった。彼女はアイスフィールドを展開し、身を守りながら彼らを招いた。周囲で多数の煙幕弾が炸裂し、彼方の狙撃手の攻撃を不可能にした。朔とともに、一個小隊に匹敵する数のメンバーが援軍として現れたのだ。
「ううっ、ロー様……こんな形で再会することになるとは思わなかったであります……」スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)の姿もあった。スカサハは朔に同行し、この雪の中歩いてここまで来たのある。
 この狙撃に関して不審な点があるとすれば、あきらかにクランジ側からの狙撃であるにもか
かわらず、とっさにラムダが防御姿勢を取ったことであろうか。それどころかラムダは、首を巡らせ「どこから撃った?」といわんばかりの表情を見せていた。 
 バロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)も朔とともに現れた一人だ。ドゥムカに運ばれるローに駆け寄り、彼は祈るように告げた。「生きて下さい。必ず」
 ローは聞いているのだろうか、赤い泡を浮かせた唇をわずかに震わせた。
 そのとき、パイがバロウズの真正面に立った。「オメガ……あたし、戦えそうもない。ローのそばに付いていたい。いいよね?」
「そうしてあげて下さい。……シ、シスター」バロウズは緊張しながらも、パイに初めて「姉妹よシスター」と呼びかけた。彼女は何も返事しなかった――口では。
(「高周波会話プログラム……!?」)バロウズはすぐに直感した。パイは彼にしか聞こえない方法でメッセージを送ったのである。(「覚えておきます」)クランジΩ(オメガ)ことバロウズは頷いてみせた。
 煙幕ファンデーションを立て続けに投擲しながら、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は小走りで榊 朝斗(さかき・あさと)に近づいた。「さっきの、聞けた?」
「聞けたよ」魔銃を構え、機械犬とラムダの接近に注意しながら朝斗は応えた。パイはバロウズだけに聞かせるため高周波会話プログラムを使ったのだろう。しかしその秘密はすでに、バロウズから仲間たちに伝達済みだった。朝斗たちの持つ銃型HCに翻訳プログラムを組み込んである。高周波が聞こえない人間であろうと、これを用いれば会話内容の確認が可能だ。「盗み聞きみたいで悪いけどね……」朝斗はHCのモニタに現れた『翻訳』のボタンを押した。

「伏せるぞ」仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)は片手で、顔を上げようとしたアリア・オーダーブレイカー(ありあ・おーだーぶれいかー)に警戒を呼びかけた「ローザマリアの作戦通りなら、反撃できるチャンスが必ず来る。私たちは真っ先に突っ込むから、こうやって身を低くして進む他ない。地味な作業だが我慢してくれ」
「それはわかってるけど……あの狙撃、何? 朝斗くんが調べた情報でも、遠距離射撃してくるクランジって情報はなかったよ」
「いわゆる『タイプI』なのかもしれん。結局、ちゃんとわかった情報は、『ラムダ』は氷を使うということだけだったな……バロウズの記憶にはないのか? あのようなクランジが」
「ごめんなさい」同じく身を伏せつつバロウズは返事した。「僕はクランジについてほとんど知らされていないんです」
「私も、共に征きましょう」このとき、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)がアリアの隣に伏せた。
「ローザマリアさん、何か言ってたか?」というアリアの問いに、
「自分以上のスナイパーだと」無表情でエシクは返答した。
「本当に? 狙撃にかけては右に出る者のないというローザマリアさんがそんなことを?」
「私の計算でも同じです。素の狙撃能力なら、あの敵はローザ以上の使い手でしょう」ただし、とエシクは付け加えた。「戦いは、狙撃力だけを競うオリンピック競技ではありません。総合戦闘力という意味なら別です」
「……さて、じき煙幕も種切れとなる。やるしかないようだな」
 磁楠の言葉が終わるより早く、運命という名の賽は投げられた。
 磁楠の瞳に、白い布が舞うのが映り込んでいたのだ。

「この雪は、厳しい涙。天の悲しみだ。愛すればこそ罰を加える神の鞭――妾達は、己が手に剣を取らねばならぬのだ。悲劇の英雄オセローの如く、な」
 突然、ラムダや機械犬のいる場所よりさらに後方から、白い布をはねのけてグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が姿をあらわした。彼女は自分の背丈ほどありそうな巨大な剣を両手で握っていた。これぞ『BLOODY MARY』、グロリアーナの代名詞ともいうべき紅の大剣だ。
 ラムダは振り返り驚いた様子で犬をけしかけたが、グロリアーナは相手をしない。彼女はフレアライダーに飛び乗り、純白の雪面をモーターボートの如く滑った。爆走というに等しい素早さだ。そしてラムダから遠ざかる方向……狙撃者がいると思われる地点に向けて進んだ。
 天性の勘でグロリアーナは、剣の柄を高く上げた。瞬間、ガン、と音がして弾丸が刀身に命中し跳ね返った。「間一髪であったか……」剣を掲げるのがあと一秒でも遅ければ、彼女は額を撃ち抜かれていただろう。
 弾丸が跳ねるのを待っていたかのように、忽然とグロリアーナの乗るボード後方から別人の姿が現れた。光学迷彩を用い、直前まで姿を隠していたのだ。
「どのような形にせよ、この自然は戦をよしとしない。私達が闘えば、山々は――『「虐殺だ」と命じ、戦争の猟犬どもを解き放つ』(※)でしょうね」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だった。
「正に、自然を愛するが故に戦争を狩る猟犬となりしZanna Bianca――であろうか。彼の者は猟犬などという生易しいものではなかろう。されど今は、たとえ自然に反しようとも狙撃者を沈黙させねばならぬ。できるか」
「できるできないの話じゃない。『やる』のよ。仕損じれば、被害が増えるだけ」
 動くボードの上で、大胆にも立射の姿勢をローザマリアは取り引き金を引いていた。
「当たったのか?」グロリアーナが問うた。
「わからないわ。スコープでも確認できないほどの距離だもの……けれど」
 ローザはフレアライダーから飛び降りた。

 ※シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』の一節