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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

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●32

 山中。
 風に乗って飛んで来た腕を、巨大な前脚が叩き落とし、踏みつぶした。
 腕は、クランジΛのパーツであった。遙か山を越え、こんなところまで飛来したのだった。生き残ったΚに、最後のメッセージを伝えようとしたものかもしれない。それも無に帰したわけだが。
 前脚は、巨大な白い狼のものであった。
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)はその狼を知っている。知っているどころか、拳を交わしたことすらあった。狼の名は、ザナ・ビアンカ。狼は、空を睨んで低く唸った。しかしラルクは、狼が今どんな仕草をしているか確認することができない。
「へへ……あんときと同じで、またぼっこぼこにやられちまったなぁ」
 彼は狼を探してリターンマッチを挑み、再び、完膚無きまで叩きのめされたのであった。疲労と痛みで、指一本動かすことすら辛い。しかしそれは、心地良い疲労と痛みであった。心ゆくまで自分の力を試し、いくつかはいい打撃も与えた。勝てはしなかったが、満腹感のようなものがあった。
「なぁ、ザナ・ビアンカよ。厚かましいかもしれねぇが、一種の喧嘩友達として言わせてくれ……」見上げた灰色の空に孤高の狼の姿があった。その顔は今、ラルクを見下ろしていた。「お願いだ。村に雪崩や復興の邪魔をするような事はもうやめてくれ」
 狼は応えない。
「思ったんだが……ザナ・ビアンカ、お前には何か、心に満たされない気持ちがあるんじゃねぇか? 戦っているときのお前の様子ときたら……俺も同類だから判る。なんだか嬉しそうだったぜ。ところが今、また、なんか胸の内に燻ってるみてぇな顔してらぁ」
 ぶるるる……と、狼は身を震わせた。犬のような習性だ。
 そのとき、雪の斜面を滑り降りてくる姿があった。二人連れだ。
「戦うつもりはないの。わかって」琳 鳳明(りん・ほうめい)と、
「……」無言でホワイトボードを抱いた藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)であった。
 まるで動かないと信じていたのに、ラルクは自分が身を起こせたことに驚く。そして彼は、鳳明たちをじっと見た。戦うつもりではないという言葉に嘘はないようだ。
 狼もまた、大きな欠伸をして腰をおちつけた。鳳明は語った。
「白い狼……この山の象徴、ザナ・ビアンカさん。私は、あなたという存在について知りたく思ってる。そして麓の村に生きる人達との共存の道についても……。何か要求があるのならできるだけ聞きたいな」
 天樹は黙ったまま何も言わない。鳳明は天樹をちらりと見て、
「わかってる。話して通じるかわからないのに何やってるの、って気持ちなんでしょ? でも試してみたいの」再度狼を見上げると彼女は声を大きくした。「争いを持ち込む事を嫌い、殺意のない者は襲わない。そんな山の守護神のようなあなたに、一方的に戦いを挑む気になんてないの。だから心を開いて……」
 ぷっ、と天樹が小さく息を吐いた。むっ、と鳳明は少々むくれてパートナーに言った。
「天樹ちゃん今笑ったでしょ! 私だって色々難しい事考えることもあるのっ」
「……違うよ。笑ったのは本当だけど、理由は鳳明の考えてるのと違う」
 そのとき鳳明の脳裏に、天樹の言葉が直接届いた。
「……相変わらず他人の為に無理するね、もっと利己的でもいいのに……って、呆れただけだよ。……でも鳳明らしいね……」
 それはいいと思う、とでも言いたげに、天樹は優しい目をして頷いた。
 鳳明に同調してラルクは声を上げた。
「山に戦争を持ち込んだことに苛立つ気持ちは理解できる。だけど村人には関係ない話じゃねぇか。どうしてお前は……」はっ、とラルクは目を見開いた。
 言葉ではないが言葉のようなもの……純粋意思のようなものが感じられたのだ。
 ザナ・ビアンカが語りかけたのだろうか。
「この感情は……戸惑い?」鳳明は両手を自分の頬にやった。「ザナ・ビアンカ、あなた自身も、自分のしていることに戸惑っているというの?」
 ぽつりぽつりと、湿り気の高い雪が降り始めていた。
 その凍てついた空間の中、かすかに金属の音が聞こえた。はじめ、風にかき消されそうだったその音は、やがてしゃんしゃんと、鈴の音として鳴り響いた。
「まにあった!」ノーン・クリスタリアが嬉しげに手を振る。御者台には御神楽陽太がおり、
「ソリってのは、思った以上に快適な乗り物なんだね。いささか寒いが」アトゥ・ブランノワールも同乗していた。
 ソリにはさらに二人の乗客があった。それは瓜生 コウ(うりゅう・こう)、それに一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)の姿であった。