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パンプキンパイを召し上がれ!

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パンプキンパイを召し上がれ!

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23


 月日は廻る。
 去年もそうあったように、今年もハロウィンの季節が来た。
 いつもは真面目に頑張っているのだから、こういう時くらいハジけてみたい。
 だから、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)は仮装行列に参加することにした。
 テーマは魔法少女。なので纏う衣装は少し前に流行った魔法少女アニメからデザインを拝借。
「全体的に学校の制服を思わせるデザインですね」
 借りた衣装を前に、みことは感想を漏らした。
 基調とする色は白。カラーとスカートは薄紫。足元はサイドにアーガイルチェックが入った黒のタイツ。左腕には丸い盾を装着し、ひし形をした紫色の宝石を左手の甲に。
 長さの足りない髪はウィッグで足して、ふたつに分けて三つ編みに。
 仕上げにゴルフクラブを持てば完成だ。
「でも、どうして魔法少女のなのにゴルフクラブなんでしょうね?」
「わらわに聞くな」
 傍で着替えている本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)に問うと、一刀両断された。ちなみに彼女の格好は、みことと同作品に出てくる悪役キャラの衣装だ。
 近世風の青いドレス。スカートにはこれでもかというほどのボリュームをもたせ、手を広げて高笑い。
「……と。これでよいのか?」
「うん、完璧です。かぶいていますよ」
「わらわの仮装じゃて。存分にかぶかねばの」
 得意そうな顔をして胸を張る。この堂々とした様子がまたさまになっている。
 ――まあ、悪役が似合うっていうのもどうかと思うけど。
「唯一の難所は逆さになって宙に浮かぶところか」
「頭に血が上りそうですね」
「かぶくことは時にえらい苦労を伴うものでな。まあ致し方ない。全うしてみせようぞ」
 頼もしい笑みを浮かべた揚羽が、視線を移す。
「……それにしても」
 視線の先には着付けた衣装のチェックをしている早乙女 蘭丸(さおとめ・らんまる)の姿があり。
「いかに神々しい衣装でも、中身がああも落ち着きがなくてはな」
 くすくす笑う揚羽につられて見てみると、蘭丸は、鏡の前で右往左往していた。
 前は変じゃないか、後は変じゃないか、髪は本当にこのままでいいのだろうか。
 よし、と判断したらしく、
「みこと〜♪」
 鏡の前からみことの許へ、ダイブ。
「わっ、危な……」
「あーんみこと、本当によく似合ってる! ほむほむマジほむほむ!」
「似合ってる、のは嬉しいけど……立場が逆かと……」
「ええ? 細かいことはいいのよ、細かいことは!」
 抱きついて頬擦りをして、これでもかというほどに堪能している様子。
 楽しんでいるのはいいのだけれど、みこととして、少し、いや結構、困る。
 揚羽に助けを求めるように視線を遣ると、彼女はまだ笑っていた。
「おぬしら、格好だけ似せても中身がまるで違うのう。わらわのように役になりきってかぶいてみせよ」
「ふん、こういうのは気分なのよ、き・ぶ・ん! 楽しんでこそでしょ!」
「それもそうだ」
「だからあたしは今日、存分にみことのほむほむを堪能するの」
「えっ、そういう結論?」
「それ以外に何が?」
 当然でしょ? とでも言いたげな蘭丸の目に、何も言えなくなってしまった。
「……じゃ、街を練り歩きに行きましょうか」
 だから、話題を変えた。しかし案外これが効いて、蘭丸も揚羽もノリノリで家を飛び出す。
 さあ、街に着いたら例の言葉を言わなければ。
 ただし少しの改変を。
「む、人がおるぞ」
「みこと、あの人に言ってみようよ」
「そうですね。
 あのっ……『お菓子をくれないと契約しちゃうぞ』!」


*...***...*


 今日はハロウィンだということで。
「エノンさん、一緒に買い物に行きませんか?」
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)を誘ってみた。
「お買い物ですか?」
「はい。ハロウィンですし、きっといつもと違う街並みが見れますよ」
「そうですねぇ。きっと、ハロウィン一色なのでしょう」
 柔らかに笑うエノンに手を差し伸べる。
「行きませんか?」
 はい、と小さく頷いて、その手を取ってくれたので。
 小夜子はほっとしたような気分になって、重ね合わせた手を握り締めた。


「あらあら、一色なのでしょう、とは言ったけれど……本当に、ハロウィン一色なのですね」
 商店街の様子を見て、思わずエノンはそう言った。
 オレンジと紫で彩られた街。仮装して歩く人たち。オバケカボチャが飾られた店。
「お嫌いですか?」
 小夜子が心配そうに問うてきた。
 エノンは、いいえと首を振る。
「そんなことありませんよ。素敵な雰囲気です」
「良かった」
 安心したように小夜子が笑う。
 エノンは、わかっていた。
 今日、小夜子が自分にサービスしてくれているのだということを。
 ――きっと、私が寂しがっていると思ったのでしょう。
 それは、あたりだ。
 寂しい。
 いつも小夜子は、御姉様御姉様と、自分ではない別の人のところへ行ってしまう。
 それが、エノンにはとても寂しい。
 高望みはしていない。
 ただ、もう少し、もう少しだけ、私のことを見てくれたら。
 それだけなのだけど。
 ――言えるはず、ありませんね。こんなわがまま。
 わがままを言って、余計離れていくことが怖い。
 臆病かもしれないと思っていても、エノンはこの結論を選んでしまう。
「エノンさん、見て見て」
「?」
 不意に、小夜子に呼ばれた。小夜子は雑貨屋を指差している。
 エノンは足を止め、小夜子の指差す先を見た。
「美味しそうなパンプキンクッキーがありますよ。買って行きませんか?」
「いいですね」
「ハロウィンといったら、カボチャとお菓子ですもんね」
「ええ」
 喋りながら店内へ入り、小夜子がクッキーを買う最中、エノンの目はマフラーに留まった。
 外は、寒かった。
 これがあればいくらかマシだろうと思い、レジに立つ小夜子の後ろに並ぶ。
「エノンさんも何か買うんですか?」
「はい。マフラーを」
「私が買ってあげますよ」
「え、でも」
「お気になさらず。ね?」
 ひょいとマフラーを取り上げられて、そのまま一緒にレジを通されてしまった。
 そのまま雑貨屋を出て、手を繋いで歩く。公園まで足を伸ばして、適当なベンチに座ることにした。
「はい、マフラー。あ、お店を出てすぐに渡せば良かったかしら。寒かったでしょう?」
「いえ。それより、ありがとうございました」
「エノンさんが喜んでくれるなら」
 マフラーを巻こうとすると、「エノンさん」呼びかけられた。
「は、」
 い、と返事をする前に、クッキーがキスしてきた。正確に言えば、クッキーを軽く銜えた小夜子が、エノンに口移しをする形で差し出してきたのだった。
 一瞬面食らって動きを止めていると、小夜子の目が「お嫌い?」と言ったように感じられて。
 ――いいえ。いいえ。
 内心で否定し、クッキーを食む。
 咀嚼していると、そのまま小夜子の顔が近付き、唇に唇が重なった。
「さ、」
「甘い甘い、味ですね」
 そんなことはない。クッキーは、甘さ控えめな味だった。
 でも。
「はい。……とても、甘い」
「ね。ところでエノンさん、マフラーは巻かなくていいの?」
「……だって。小夜子さんがくっついてくるから、暖かくて……必要なくなってしまいました」
 だから、これはいつかもっと寒い時に着けよう。
 小夜子が隣にいてくれなくて、凍えてしまいそうな日にでも。
 ――そんな日なんて、来なければいいのに。


*...***...*


 空京であった、ハロウィンイベントの帰り道。
 他にもイベントに参加した面々は各々先に帰り、伊礼 悠(いらい・ゆう)ディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)と二人きりで帰るという状況になっていた。
「すごい人、ですよね」
「そうだな」
 ここが大通りだからと言うのもあるだろう。けれど、それにしても人通りが多い。
「やっぱり、みんなお祭りごとが好きなんですね」
 くす、と笑って悠は歩く。
 不意に。
 人波に、のまれた。
 誰かがぶつかってきて、そのせいでディートハルトとはぐれそうになって。
 どくん、と厭な風に、心臓が鳴った。
 この感覚を、感情を、悠は知っている。
 ――不安、……。
 声も出せずに流されかけると、その手をディートハルトが掴んだ。
「あ、」
「大丈夫か」
「はい」
 自分よりも大きくて、ごつごつとした、厚い手が。
 体温を、伝えてくる。
 そのことを意識してしまうと、途端、顔が赤くなり。
「ディっ、ディ、ディートさ、」
「最初からこうしていればよかったな」
「え、あ、え、……」
「はぐれてしまうだろう? これだけ人が居ると」
「あ、え? はい、そうです、ね。……?」
 ディートハルトの言うことは一理ある。悠も理解できる。
 それなのにどうして、未だこんなにどきどきしているのだろう?
 ――はぐれちゃうから、手を繋いでいるだけ。それだけ。
 言い聞かせてもどきどきは止まず、足は止まってしまっていた。顔だって、妙に熱い。頭がくらくらするような錯覚に陥った。
 ディートハルトは、こんな自分のことをどう思っているのだろう。ちらりと窺うと、いつも通りの表情をしていた。
 す、っと。
 手が、離された。
 同時に、どきどきがゆっくりと引いていく。
 また、残念な気持ちが少しだけ寄せてきた。
 ――?? どうして?
 自分の気持ちに、追いつけない。
 ぐるぐると疑問符を浮かべていたら、「悠」とディートハルトが声をかけてきた。
「服を」
「?」
「服の袖をつまんでいろ。それくらいなら、平気か?」
 ――まだ、はぐれないように心配してくれてるんだ。
 なんだか、少し温かな気持ちになる。頷いて、袖を握った。どきどきは、少しはあったけれど、立ち止まってしまうほどではない。
 悠が大丈夫そうなのを見て、ディートハルトは歩き出す。悠に歩幅を合わせた、ゆっくりとした足取りで。
 ――どうしてなんだろう?
 悠は、歩きながら自問した。
 はぐれそうになった時、どうしてあんなにも不安に思ったのか。怖い、と思ったのか。
 手を繋がれた時、どうして心臓が高鳴ったのか。
「わからないです」
 ぽそりと呟いた声は、雑踏に消え、悠の耳にしか届かなかった。
 帰宅するまで何度となく同じ問いかけをしても、自らが発した答え以外には、行き着かなかった。