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はっぴーめりーくりすます。2

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はっぴーめりーくりすます。2

リアクション



26


 テスラがリンスにあげられるものは、少ない。
 衿栖未散、そしてリィナのように、彼にとって大事な何かを差し出せるわけではないから。
 だけど、だからこそ。
「…………」
 パーティが終わり、いつも通りの静けさと、ゆっくりとした時間を取り戻した室内で。
 ぼんやりとしているようにも見えるリンスは、何を考えているのだろう。
 ――お姉さんのこと? それとも、人形師としてのこと?
 たぶん、そのどちらかだ。そしてそのどちらも、彼にとって大事なことだ。大事なことだから、きっと頭の中をぐるぐると巡っている。延々と、もしかしたら、堂々巡りで。
「ひとつひとつ、紐解いていきましょうか」
 夜の湖のような穏やかな声で、テスラは話しかける。
 テスラがリンスにあげられるものは、少ないから。
 彼の言葉を引き出すのは、自分でありたい。
 ――だって、好き、なんだもの。
 理由なんて、それだけ。
 色々考えた。考えて、考えて、出た結論はその二文字。
 シンプル過ぎて、自分自身、恥ずかしいやら自己嫌悪やらに陥ったけれど。
 それでも変わらなかった。
 好きだから、何かしたい。
 だからテスラは、話しかける。


 ぽつりぽつりと零すのは、先程見た姉のこと。
 あの数秒、リンスは何もできなかった。
 声をかけることはおろか、視線すら交わさなかったけど。
「わかるものだね」
 あんなに短い時間だったのに。横顔しか見れなかったのに。
 姉は、幸せそうな顔をしていた。
 それに、気付いた。
 同時に、
「……あの笑顔を、守りたいと思ったんだ」
 自分が一番、何をしたいのかにも。
 家族として、姉を大切に思う者として、彼女の笑顔を守りたい。
「俺が、会いたいとか。そういうのじゃなくて。ただ、俺は、」
 姉の枷なりたくない。
 そんな存在になるのはもうまっぴらだ。
「――姉さんに幸せであってほしいんだ」
 数秒の沈黙の後。
「手伝えますか。私にも、何か」
 発されたテスラの言葉に、リンスは視線を上げた。
「マグメルも、そう言ってくれるんだ」
「言いますよ。好きですから」
「……そういうもの?」
「はい。びっくりするほど、単純な動機です」
 にこり、彼女が綺麗に笑う。真似るように、リンスも笑った。たぶんぎこちなかったけれど。
「そうだ。まだ言ってませんでした。
 メリークリスマス」
「今言う? もうすぐクリスマス終わるよ」
「言葉にするのが大切なんですよ」
 口にすることで、気付かされるのだと。
 確かにそうかもしれないと、すんなり受け入れられたのは気持ちを言葉に乗せた直後だったからだろうか。
「ほら、リンスくんも」
 ね、と促されたし、言ってみようか。
「メリー、クリスマス」


*...***...*


 クリスマスは、過ぎていった。
 零時をまたぎ、日付は変わって二十六日。
 外では、こんこんと雪が降っている。
 草木も眠る丑三つ時となれば、音を立てるものは何もない。
 そう、普段ならば。
 ――本当はっ。私だってな、クリスマスパーティをしたかったんだよ!
 畜生、と口の中で愚痴を吐き捨てるのは、サンタの恰好をした若松 未散(わかまつ・みちる)だった。
 クリスマスは、直前まで空いていたのに急に仕事が舞い込んで。
 あっという間に時間は過ぎて、着替えず急いで来たというのにこんな時間。
 工房の電気は既に消え、静寂に包まれていた。
 ――そりゃそうだよな。こんな時間じゃ寝てるよな。
 だけど、せっかくだから用意したプレゼントを渡したい。
「…………」
 考えた未散が出した結論は、
 ――侵入するか。
 少々荒っぽいものだった。
 ――煙突……はないな。
 屋根を見て、確認してから工房の周りを歩く。窓かドアしか入れそうな場所はない。
 ドアの鍵よりは窓の鍵の方が開けやすいだろうか。
 ピッキングを用いて開け、こそっと入り込み。
 ――あとは枕元にでも置けばかんぺ、
「何やってるの」
「うわあ!!」
 突然声を掛けられて、心臓が口から飛び出るかと思った。振り返る。部屋着姿のリンスが立っていた。
「おま、……えっと。お、起きてたのか?」
「何か物音がしたから」
「寝起きいいのな、お前……」
「普段は悪いよ」
 普段のままであってほしかった。
「ていうか、なんでサンタの恰好?」
 そこもつっこまないで欲しかった。アイドル稼業を営んでいることは恥ずかしいから隠しておきたかったのだ。
 なので、押し黙った。ふぅ、と小さく息を吐く音が聞こえる。
「いいけどさ。寒いでしょ、その恰好」
 はい、とコートを渡された。うん、と頷き羽織る。
「…………」
「…………」
 一拍置いたおかげか、少し冷静になった。
 そして現状を改めて把握し直す。
 夜中、薄暗い室内に。
 サンタ衣装でいる自分と、寝起きで部屋着姿のリンス。
 ――なんだそれ! ものすごく恥ずかしい状況じゃないか!?
 一瞬で焦った。焦った結果、
「……外!」
 未散は自身が侵入してきた窓を指差す。夜風にカーテンがはためく。
「?」
「外行こう、雪積もってるから!」
「雪積もってるなら寒いんじゃないの?」
「あー、えっと、雪合戦がしたいんだよ!」
「俺ね。眠い」
「うるさいさっさと支度しろ!」
 横暴、と小さく文句を言う声が聞こえたが気にしないで外に出た。こうすればきっと来るだろう。
 ちょっとずるいかな、と思いつつ空を見上げる。雪は止んでいた。
 月が綺麗だ、なんて見上げたままでいたら、頭に軽い衝撃。
「あ。当たった」
「おまえ……! 不意打ちは卑怯だろ!」
「ハンデハンデ。運動神経良くないし、俺」
「リンス。私はな、やられたらやり返すのが信条だ」
「怖」
「覚悟しろ!」
 しゅばばば、と投げるが意外と当たらないもので。
「っていうかなんで避けるんだよ!」
「寒いから」
「当たれよ!」
「やだよ」
 運動神経が悪いと自称する癖に、いい動きをする。
「当たらないとな、あとで怖いからな!?」
「今十分怖いから」
「避けるな!」
「やだって。若松の投げる球、速くて怖い」
 ふ、っと。
 気になって、手を止めた。
「若松?」
 そう。
 リンスは、未散のことを苗字で呼ぶ。
 未散は、名前で呼ぶけれど。
 ――普通、なのかな。
 今まで友達も少なかったから、距離感とかはわからないけれど。
 ――名前で呼んで、ほしいな。
 だけどどう切り出せばいいのかわからない。
 ――ていうかこれ、もしかして私の一方通行じゃないか?
 不安が募って、考えは暗い方向へと転がっていく。
 転がり始めると、あとは簡単だった。
 ――私はリンスのこと大切だと思ってるけど。
 ――リンスにとって、私は?
 大勢のうちの、一人なんじゃないか、とか。
 急にいなくなっても、なんとも思われないんじゃないか、とか。
 ――やば、……。
 考えはじめたら止まらなくなって、涙が溢れてきた。慌てて拭うが遅かったらしい。驚いたような空気が伝わってきた。気付かれたようだ。
「若松、」
 呼ぶな。
 苗字で呼ぶな。
「大丈夫。雪が目に染みただけだから」
 自分でも下手な言い訳だと思った。リンスが戸惑っているのがわかる。
 申し訳なさと情けなさで、泣き止めなくなった。
 足音が聞こえる。一歩分の距離を置いて、リンスが立っていた。
 何も聞いてこない。ただ、適度な距離を取って、待っている。
 ――大人びてやがる。
 年下のくせに、なんて、理不尽にも考えた。
 言わなきゃ伝わらないことくらい、子供じゃないんだから知っている。
 そうだ。だから、言おう。
「あのな。……笑わないで聞いてほしいんだけど」
「うん」
「……、……名前、で」
「うん?」
「……名前で、呼んで」
「未散」
「…………」
 あまりにも、あっさりとしていた。こんなことで悩んでいたのか、と馬鹿らしく思えるくらい。
「っははは」
「?」
「お前のそういうところが嫌いだっ、ばーか!」
 ちょっとだけ、ムカついたので雪玉を投げた。不意打ちに近かったらしく、避けられなかった。それどころか体勢を崩し、尻もちをついていた。
 雪まみれになったリンスを見て、笑う。
「ざまーみろ、おあいこだ」
「どこが」
「ちょっと悪かったなって思うから、これやる」
 ぽん、とクリスマスプレゼントを投げて。
「またな」
 手を振った。
 またね、と手を振り返してくれたので、今日は良しとする。


*...***...*


 メティスは、墓の前にリィナと二人、体育座りで話をしていた。
 訊いたのは、昔のこと。
 リンスと二人で家を飛び出してきただとか。
 『魔女』とはその頃からお付き合いがあるのだとか。
「おかげで、まだ小さかった私でもやってこれたんだよねぇ」
「そうなんですか」
 リィナが遠くを見るような目をしていたから、そこは詳しくは訊けなかったけれど。
 リンスが魔法学校に通い始めた話を、楽しそうに語ってくれたり。
 死んでしまったことを悔いていたり。
 ぽつり、ぽつりと、いくつもの話を聞かせてもらった。
「今度はあなたの話を聞かせて?」
 と、言われてメティスは思い出し、言葉に乗せる。
 初めて出会った日のこと。掛けてくれた言葉。その言葉で、自分がどれだけ救われたか。
 『幸せ』を感じたこと。
 単調な色だった世界が、見違えるほど変わった。
 幸福という意味を、わかりはじめた時に彼の過去を少しだけ知って。
 自分だけ、何も知らないことに気付いて。
「知りたいと、思ったんです」
 それで今日、ここに来て。
 自身の気持ちに、整理がついた。
 話が一段落し、二人の間に沈黙が流れる。朝日のきらめきが目に眩しかった。
「リンスの傍にいてあげてね」
 不意に、リィナが呟く。
「私みたいな『保護者』じゃなくて。あの子と対等の場所に立った人が必要なの」
「……はい。傍に、いたいです」
 これが、自分の出した答えだ。
 すぐにでも、逢いに行きたい。
「…………」
「メティスさん?」
 だって、そういえばメリークリスマスも言ってない。
 伝えたい言葉も浮かんできたんだ。
 ――伝えなくちゃ。
 きちんと、この気持ちを。
 ――私は、リンスさんが好き。……大好き。
 告白したら、彼はどんな顔をするだろう?
 また、『好き』と返してくれるかもしれない。
 あるいは、驚くかもしれない。
 ――慌てるかも。
 メティスは小さく笑った。それはそれで見てみたい。
「行ってきます」
 告げて、工房への道を走り出す。
 もう、起きていますか?
 それともまだ眠っていますか?
 伝えたい言葉があるんです。
 貴方にしか、受け止められない言葉です。
 受け止めて、くれますか。
 二十六日の朝。
 一日遅れのクリスマスプレゼント。
 自身の気持ちを伝えるために、彼女は走る。


担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 お久しぶりです、あるいは初めまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 メリークリスマス、と言うには非常に遅くなってしまいましたが……!
 クリスマス気分を反芻して、リア充爆発しろ、なんて思うのもよろしいかもしれません。精神衛生上はお勧めできませんが。

 早いですが締めの挨拶をば。
 昨年は良くしていただいてありがとうございました。
 とっても楽しかったですし、また、楽しいと言っていただけてとても嬉しかったです。本当にありがとうございます。
 本年もどうかよろしくお願いします。

 それでは、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。