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ユールの祭日

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ユールの祭日
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●●● ライジング・サン

「今まで師匠らしい事をしてやらんかったが、またとない機会じゃ。
 これが最初で最後の師事じゃ、わしの業を見て盗むのじゃぞ。
 さあ鎚を持てい」

水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)天津 麻羅(あまつ・まら)の仕事ぶりを見ていた。
もちろん、ただ漫然と見ていたわけではないし、手を止めたわけでもない。

麻羅の鍛冶仕事の秘技を目の当たりにする機会は、今後あるとも思えない。
だからこそ、すべての技を盗むつもりでいた。



「さあ、これぞ我が畢生の作じゃ! もっていけ!」
麻羅がサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)に差し出したそれはバグ・ナウ、いわゆる鉄の爪であった。
5本の鋼刃がついており、左右一対、あわせて10本もの刃が生えている。

「これだけの数の刃を一時に鍛えるのは難行だったわい。
 天竺のほうでは『虎の爪』というそうな。
 おぬしに似合うのは刀ではなく、これであろうと思ってな」

これならば拳聖の武器として十二分に効果を発揮するだろう。
サクラコは礼を言い、両手にそれをはめた。


サクラコと対峙するのは出雲 阿国(いずもの・おくに)である。
阿国は会場に入りながら、魅惑の舞を舞っていた。
それは神に奉納する神楽であった。

(……美しい……これが全盛期の阿国の舞……)
志位 大地(しい・だいち)は呆然と見とれていた。

阿国は巫女であると同時に芸能者で、歌舞伎の創始者となったとされている。
英霊となったいまでも、その所作には舞踏家のような優雅さが見られた。
大地がここにきた理由は、戦いよりも舞が見たかったからに他ならない。

そんな大地の視線に阿国も気づいている。
(大地、わたくしの晴れ姿……しっかりとその目に焼き付けるのですよ)

サクラコはその様子をじっと見ていた。
対戦相手としてではなく、地球の神事とおぼしき舞に興をそそられたからだ。

舞がひとしきり終わり、サクラコはこの鉄の爪を使うべきかと悩みつつも一礼して構えを取った。

「神代(かみよ)の無双の怪力……貴方様には受け止めていただけますか?」

阿国の出で立ちが、武家の男ものに変わる。
武器も槍となった。

阿国の舞には、男装してのものがあった。
今のこの姿は、愛人であったとも言われる槍の名手「名古屋山三郎」を模した姿である。
「私の力は舞。
 舞のために化身し、舞によって神から力を借りるのです。
 今の私の力は、天手力男(アメノタヂカラオ)のそれに等しい」

これを聞いてサクラコは自らの油断を恥じた。
やはり英霊を見た目や立ち振る舞いで軽々に判断はできぬ。
しかし今の阿国の言葉がサクラコを奮い立たせもした。

「天手力男、天の岩戸を開いた大力の神ですね!
 ならば相手にとって不足なし!

 この戦い、太陽再生のためのユールの儀式と聞きました。
 天手力男もまた太陽の化身、天照大御神を呼び戻した神!

 私は太陽神ラーの娘、バステト女神の化身となってみせましょう!
 あなたの力を使って!」


今のサクラコの叫びを聞いて、大地は事態が思わぬ流れを生み出したことに気づいた。
阿国がどこまで意識していたのかは定かでないが、奇しくもその力は『ユールの祭日』の呪力と共鳴するものがあったのだ。

英霊でないサクラコには、この戦いで英霊が示すような驚異的な力はない。
バステトの力云々も実際のところ気合を入れるためのものだ。

しかし今のサクラコの手には、天津麻羅の刃があった。
天津麻羅は岩戸隠れにおいて叢雲の剣を鍛え、天照大御神に献上したという説がある。
繰り返しになるが、天手力雄は岩戸を開いた。
天照大御神が岩戸を開く契機は……天宇受賣命(あめのうずめ)、芸能の女神の舞だ!


「まさかこれは英霊の戦いの域にとどまらず、神話の再演だというのか!
 阿国が天宇受賣命、サクラコが天照大御神だと!」


サクラコの手にした虎の爪、その10本の刃が燦々と輝く。
あたかも太陽から放たれるまばゆい光のように。

阿国の舞が素晴らしいものであればあるほど、天手力雄の力が強ければ強いほど、太陽の力はより熱烈に引き出されるのだ!

その太陽の牙はやすやすと阿国の槍を砕き、流れるような次の一撃で阿国をはじき飛ばす。


「そうじゃ、それこそが我が最高の剣!
 わしが作りたかったのは剣であり、鏡であった!
 日輪そのものを作りたかったのじゃ!
 名付けよう、それは今より『日輪天虎爪(にちりんあめのとらつめ)』」

天津麻羅はついに自らの望みを悟り、それが実現されゆくのを目にした。