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雪花滾々。

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雪花滾々。
雪花滾々。 雪花滾々。

リアクション



9


 雪が降り。
 一段と冷え込んだから、養護施設の子供たちが風邪を引いたらしい。
 診に来てほしいと頼まれた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、看病している間他の子供たちの面倒を見ていてもらおうと座頭 桂(ざとう・かつら)斑目 カンナ(まだらめ・かんな)と共に養護施設へやってきた、のだが。
「ねえお兄ちゃん、あそんでー」
「雪合戦しようよー」
「ごめんなぁ、私、きみらみたいに遊べないんよ」
 桂は盲目で、元気な子供を相手にするのは難しく。
「…………」
 カンナは、無口な上に子供の相手が苦手。
「んー……二人に子供の遊び相手は難しい……かなぁ」
「かんにんなぁ」
「ううん。でも、ごめんね。カンナと桂さんは、どこか適当なところで過ごしていてくれる?」
 このままここにいたら、いずれ桂は遊びに連れ出されるだろうし、カンナも何かしらちょっかいをかけられるだろう。そのあとどうなるかを考えると、ちょっと怖い。
 席を外してもらって、治療と子供の相手を同時にこなすことにした。風邪を引いた子は一人だったので、ローズ一人でもなんとかなるだろう。
 ――本当は、カンナとの親睦を深めたかったんだけどね。
 無理強いはしたくない。
 ――仕方ない。
 そう、思えるけれど。
「……いつか、もっと打ち解けたいなぁ」


 席を外してくれと言われて、カンナは正直ほっとしていた。
 子供の相手は苦手だし、ローズが傍で治療をしていて。
 彼女の姿が、本来自分に求められているものだと思うと、どうにも落ち着かなくて。
 ギターケースの持ち手を握り、息を吐いた。吐息が、空に昇る。
 ふと、音が聴こえた。庭の方から聴こえてくる。
 顔を出すと、桂が琵琶を弾いているのが見えた。近付く。
 雪を踏みしめる音で、カンナの来訪に気付いたようだ。桂が、顔を上げて微笑む。琵琶を弾く手はそのままに。
「…………」
「かんなも一緒に弾こう?」
「……え」
「今日も持ってはるやろ」
 指差すは、カンナのギターケース。戸惑いながらも隣に座り、ギターを取り出した。桂の音に合わせて、弾き始める。
「……だめだ」
 けれど、すぐに指を止めた。
「やっぱり、巧く弾けない……」
 これまでも、今でも、毎日のように練習しているのに。
「……なんで?」
 唇を噛み締め、地面を見た。真っ白だった。
 いつまでも、こんな音を鳴らし続けるのだろうか。
 ずっと、このままで、抜け出せないんじゃないか。
 ――嫌だ。嫌。
 胸が締め付けられるかと思った。
「あたしには、音楽しかないのに……」
「……かんなの音はねぇ。苛々して、がむしゃらになってるのがよくわかる」
「……え?」
「そういう時は、ただ無心に弾くとええよ」
「……でも、それじゃ」
 今弾いているのと、なんら変わらない。
 下手ではないけれど、決して巧くもない、そんな中途半端な音を奏でるのか。
「そういうのがあかんのやて」
「そういう……?」
「巧い巧くないなんて、今はいい。そんなたいそうなもん作ってるわけやないしょ?」
「……そう、だけど。でも」
「でももなにもあらしまへん。
 ただ目の前に広がっている、かんなが見ている綺麗な景色。それをそのまま音で表現することだけ、考えればええと思うんよ」
「……出来るかな」
「考えんで、指動かしてみぃ? 案外、なんとかなります」
 そういうものなのだろうか。半信半疑ながらも、弾いてみる。
 やっぱり、巧いとは思えなかったけれど。
「どうやった?」
「……さっきよりは、気楽……だった」
「ほんなら良かったわ」
 雪が、ちらちら舞ってきた。
「まだ、弾く?」
「うん。もうちょっとな」
「……あたしも、弾く」
「うん」
 音楽会は、もう少しだけ、続く。


*...***...*


「…………」
 なんとも不思議な光景だった。
「〜♪」
 この、キッチンで鼻歌交じりにチョコレートを作る可愛らしい少女が、自分の娘だなんて。


 事の始まりは、一時間ほど前に遡る。
「パパ、ハッピーバレンタイン!」
 世界で一番好きな笑顔によく似たそれを浮かべ、彼女は博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)へと向けて言った。
「……へ?」
 パパ?
 この、妻よりも少し幼いくらいの娘が?
「パパ?」
 どうしたの? と赤い瞳が覗き込んできた。
 瞬間、確信する。
 ――この子は、僕とリンネさんの娘だ。
 顔立ちはもちろんのこと、表情。声。仕草。
「娘……なんですね」
「うん! リリー・アシュリング(りりー・あしゅりんぐ)です、よろしくね!」
 そして、この明るい性格は、間違いなく。


 リリーは、未来からやってきたのだと話してくれた。
 曰く、未来にはリリーの他に姉や弟が居るらしい。
「三人姉弟かー」
 どんな子たちなのだろう? お姉ちゃんの方は、やはりリンネに似ているのだろうか。弟の方は?
「僕に似てる?」
「内緒!」
 未来のお楽しみ、ということらしい。けれど、真っ直ぐ育ってくれているようだ。
 まだ若い夫婦が、どんな風に家庭を作っていくのか。
 不安だったけれど、楽しみに思う気持ちがいっそう膨らんだ。
 リリーは、この世界に来た理由を博季から学びたいことがあったからと言ったけれど。
 ――先に、僕の方が教わっちゃったね。
「あっ!」
 不意に、リリーが大きな声を上げた。
「リリー、パパにバレンタインチョコあげるんだった!」
「そういえば、来たときもハッピーバレンタインって言ってたっけ」
 生憎と、バレンタインは数日前に過ぎたのだけれど。
「こっちに来るのがちょっと遅れちゃって、パパに何もあげれてないの。だからね、今作ってあげる!」
「ええっ……作れるの?」
「作れるよ! 幽綺子お姉ちゃんに教わったんだもん。すっごいの作ってあげる!」
 ぱたぱた、スリッパの音を響かせて。
 未来から来た娘は、キッチンに立つ。


 チョコを作るのは難しい。
 ――えーっと、温度がどうとか、こうとか……。
 未来で幽綺子から教わったメモを取り出しながら、リリーは頭を悩ませる。
 チョコを溶かす適温があると教わったのだけれど、そして温度もメモしてあるのだけれど、どうやって測るのだったか。
 ――体温計? まさかねー。でも似てたような、うーん。
 思い出そうとすればするほど記憶が遠のいていった。ので、諦める。なんとなくでいこう。きっとどうにかなるはずだ。
 まずは、イメージする。
 大きなハートのチョコレート、真ん中に、ホワイトチョコでハッピーバレンタインと綴るのだ。
 売り物のような、素敵で立派なものを作る。
 ――で、パパは喜ぶ。
 そして、博季の分だけでなくリンネの分も作って渡す。
 ――ママも喜んでくれる!
「完璧!」
 拳を握って、いざ作らん。
「ねえリリー、一人で大丈夫? アドバイスとか……」
「大丈夫!」
「やけどとか気をつけるんだよ? 湯煎するときとか、」
「平気だよ! リリー、子供じゃないんだから!」
 いや子供だよ、と至極もっともなツッコミが聞こえてきたけれど、聞こえない振りをして作り始めた。


 結果は、というと。
 見た目はともかく、味が少し残念だった。舌触りが少し、少しではあるが引っかかる。
 テンパリングが疎かだったんだろうなあ、と予測しつつ、これは『そこ』を評価するものではないと首を振る。
「? どうしたのパパ、……美味しくない?」
「ううん。美味しいよ」
 気持ちがこもっていれば、それだけで。
「リリーにはお返しをしないといけないね」
 なんともタイミング良く、冷蔵庫には昨日作ったチョコ菓子がある。
 即興で、『Thank you』と書き加え。
「とりあえずは、これで」
 リリーだけのために作るのは、先になってしまうけれど。
 そういう約束だって、いいでしょう?
「未来から来てくれて、それから、僕の娘になってくれてありがとう。これからも宜しく」