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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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15


 空が高い。
 よく晴れていて、雲もない。いい天気だと、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は空を見て思った。
 今日は、柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)の買い物に付き合ってヴァイシャリーに来ている。雑貨屋やら洋服屋やらをはしごし、
「ケーキ屋さんに行きませんか? 一休みしましょう」
 今度はケーキ屋に行くことになった。行き先は『Sweet Illusion』だ。
 ドアを開けると、ベルが涼やかな音色を奏でる。
「いらっしゃいませ」
「お久しぶりです」
 声を上げたフィルに、翡翠は会釈する。
「あれ、本当久しぶり。どうぞゆっくりしていってー」
 はい、と頷きショーケースの前に立つ。
「美鈴、どれにしますか?」
「え〜と……あの、迷いますわ。どれも美味しそうに見えるので」
「ではゆっくり悩むといいですよ。フィルさん、自分はこれとこれを」
 ケーキと飲み物を指差して、美鈴より先に席に着く。買い込んだ荷物を置き、しばらくすると美鈴がやってきた。
「お待たせしました」
「いいえ。おかえりなさい」
 短く言葉を交わし、ケーキを待つ。美鈴は何を頼んだのだろう。随分悩んでいたようだけれど。
 ややしてフィルがケーキを持ってやってきた。皿の上にのっていたのは、本日のおすすめケーキ。翡翠が選んだものと同じだった。
「あら。マスターと同じでしたのね」
「お揃いですね」
「ええ。お揃いですわ」
 飲み物は、紅茶とコーヒーで違っていたけれど。
「ではどうぞごゆっくり♪」
 フィルが笑って席を離れる。はい、と頷きフォークを持った。
「美味しいですわ」
 美鈴が嬉しそうな声を上げる。それならよかったと、翡翠も一口食べる。うん、これは美味しい。
「いくつか持って帰りましょうか」
「そうですわね。……また、迷ってしまいますわ。美味しそうなケーキ、たくさんありましたもの」
「買えばいいんじゃないですか?」
「衝動買いは避けたいのです。でも、迷いますわね」
 そういえば、さっきもそんなことを言って装飾品を買うのを止めていたっけ、と思い出す。
 自制心が強いんですね、と頷き、またケーキを食べた。


*...***...*


「春といえば桜よね〜♪」
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は、フィルの店でくつろぎながらそう言った。
「桜って花だけど、食べ物のイメージとしては強いわよね」
 たとえば、桜の花びらを模したり、桜の色を彩ったり。
「でも、桜自体って食べないわよね?」
「塩漬けにしたりジャムにしたり、そんなものかな?」
 問いに、フィルが答えた。そうよね。緋雨は頷く。
「所詮花びら。味なんてないわよね〜」
「桜は味というより香りだよねー」
 どうやらフィルは色々知っているようだった。が、それ以上は言わない。緋雨がさほど桜について興味がないのがわかったのだろう。桜の話は、なんとなく思ったから振ってみただけにすぎない。
「フィルさんって聞き上手よね」
「そう? ありがとう♪」
「さてそんなフィルさんに質問です」
「はいはい。何でしょー?」
「今日のお勧めは?」
「苺のタルト☆」
「きゃー♪ やっぱり春といえば苺よね。紅茶もお願い」
 言って、席につく。席ではすでに天津 麻羅(あまつ・まら)がアイスティーを飲んでおり、
「なあ、緋雨よ」
 座るなり話しかけられた。
「何?」
「わしらは毎回、何故ここでケーキを食べておるのじゃろうな?」
「美味しいからでしょう」
「いやいや。そういう根本的な話ではない」
 じゃあどういうことよ? 首を傾げると、麻羅はずずーと音を立ててアイスティーをストローで吸い、飲み干した。
「巷じゃお見舞いブームだったり、それに合わせて病院では人形劇を開催されたり……でもわしらには全く関係ないよな?」
「ないわね」
「何故じゃ!?」
「なぜって。麻羅、あなたよくわかってるでしょう」
 緋雨も、麻羅も。
 身体に悪いところなんてひとつもない健康体である。
「なのにどうして病院へ行かないといけないの?」
「……まあ、の。たかが風邪で病院へ言っても、『風邪です』言われて薬出されるのがオチよのぅ。
 怪我をしても余程大怪我でなければ見せに行く手間の法が大きい……うぬぅ」
「さすがにインフルエンザとかになったら行かなきゃいけないでしょうけれど」
 それ以外では、病院へ行くという選択肢は遠いのだ。他の人がどうかはわからないし、それはまたその人の考えなのだろうから否定もしないけれど。
 等と話していたら、タルトと紅茶がテーブルに置かれた。
「今日のケーキも美味しそう。紅茶もいい香り〜♪」
 病院へ行くよりも、ここでこうしてティータイムを過ごすほうが健康的な生活ができる気がする。
「あ、そういえばフィルさん」
 ふと、思いついて話しかけた。ん? とフィルが立ち止まる。ちょっと隣に座りなさいよと緋雨は椅子を叩いた。幸い、店内の状況は落ち着いている。少しくらいなら話すことはできるだろう。フィルもそう判断したのか、椅子に腰掛けた。
「フィルさんってパラミタの人よね?」
「うん、そうだよー」
「パティシエの修行とかはパラミタ? それとも地球? もしかして独学?」
「あ、そっか。緋雨ちゃん知らないんだ」
「?? 何が?」
「俺ねー、パティシエじゃないんだよー。ケーキ作ってるのは別の子」
「初耳だわ」
「やっぱり?」
 てっきりフィルが作っているのだとばかり思っていた。パティシエ。そうかそんな存在がいたのか。
「そのパティシエさんは独学なんだけどね」
「ええっ。独学でこんな美味しいケーキを……」
「天才だもの。あの子」
 身内贔屓みたいに聞こえるねー、とフィルが笑った。が、緋雨はフィルは身内だからといって贔屓するような優しい人間ではないと知っているので、言葉の通りなのだろうなと思う。
「その道を極めようと思ったら、ちゃんとした人に師事したほうがいいと思っていたんだけど」
「一部例外もいるってことだね。リンちゃんも独学で人形師やってるし」
「多いのね、天才」
「いるところにはいるよねー」
 生憎緋雨は天才とまではいかないので、こうして麻羅に師事を仰いでいる。
 麻羅の腕は、さすが神というべきか。しっかりとしたものなのだけれど。
「いかんせん性格がね……」
「麻羅ちゃん?」
「フィルさんって行間読めすぎよね」
「取り柄です♪」
 名前を呼ばれて、麻羅が「ん?」と緋雨を見た。
「わしが、何?」
「いや、麻羅の性格がね? 悪いってわけじゃなくて、……うーん。なんていうかな。端的に言うなら、『いまひとつ信用できない』っていうか」
「おいこら緋雨。どういう意味じゃ」
「偉い神様ならもう少しちゃんと威厳をつけてほしいっていうか」
「あのな。わしが神であるという事実は覆らぬ。そこに威厳があろうがなかろうが変わらんよ」
「そうなのかもしれないけれど」
 なんとなく、釈然としない。
 なので、
「フィルさん、ケーキもうひとつ追加〜」
 ケーキを食べることにした。
 もやもやは美味しいものを食べて晴らしてしまおう。