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あの頃の君の物語

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あの頃の君の物語
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契約はしたけれど〜ヴィナ・アーダベルト〜

 パラミタに行きたい。
 特別な力が欲しい。
 そんな理由でコントラクターのなることを望む地球人も多くいた。
 しかし、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)は違った。
 契約をしてみたものの、パラミタには行きたくない。
 ヴィナは迷っていた。
 そこで、自分の正妻であるセージ・アーダベルトにそのことを相談してみることにした。
「ほう、契約したのか、ヴィナ。パラミタに行くのか?」
 妻のあっさりした物言いに逆にヴィナのほうが面を食らってしまう。
「契約はしたけれど、パラミタには行きたくない」
「行きたくないならどうして契約したのさ」
「だって、放っておけなかったから」
 その言葉にセージが笑う。
「お前らしい」
 自分を良く知る大事な妻の言葉に、ヴィナは反論もない。
「まぁ、そうなんだけど……」
 美しい金の瞳を物憂げに伏せるヴィナを見て、セージは問いかけた。
「で、どうするの?」
「どうするの……か。うん、それを相談したくて」
 聞こうじゃないか、というようにセージの暗緑色の瞳がヴィナを見つめる。
 ヴィナはゆっくりと正妻に思いを話した。
「放っておけないから契約した。その思いは嘘じゃないんだ。でも、俺には妻が2人いて、娘がいる。……離れられない家族が多い。家族と離れて過ごすというのが、俺には難しい」
 その言葉にセージは紅いショートボブの髪をいじりながら笑った。
「って、そこで笑うのか、セージ」
「笑わずにいられるか」
「家族と離れて過ごせないと思うのは普通だ。それに、娘には父親が必要だろう?」
 じっと自分を見つめるヴィナの強い視線を受け流し、セージはもう一度笑った。
「何? 家族があるから行かない?バカ言え、お前がいなくとも家など守れる。そんなことよりチャンスがあるなら決めて来い」
 非常に男らしくセージは言い切った。
 あまりの思い切りの良さに、ヴィナの声が小さくなる。
「バカ言えって…そりゃセージは俺より強いよ、物理的にも精神的にも俺の何倍も強いのは知ってる。でも、娘は違うだろう? チャンスだろうって……俺はチャンスよりもだね?」
「私と娘なら心配ないだろう。何を迷う必要がある?」
「迷ってるから、相談しているんだろう」
「私なら迷わず行く」
 男前な妻の言葉に、ヴィナはなんだか悩んでしまう。
 ヴィナは現実的な性格だ。
 だから、たくさんの現実を見て、契約をしたはずなのだ。
 それがわかるセージは逆にヴィナに問いかけた。
「ただ、放っておけないから契約したのではなく、パラミタで何かをしないといけないと思ったから、契約したのもあるのだろう?」
「うん、それは事実だ」
 契約した際に思ったいくつかの気持ちの1つをヴィナは語った。
「娘が将来笑って過ごせる未来を考えれば、パラミタで何かをなさなければならないと思うし……」
 パラミタは地球に大いなる影響を及ぼす。
 しかし、今、地球にいるヴィナはその影響がどんなものなのか、そもそもパラミタ自体がどんなところなのかわからない。
 わからないものには対応できず、ヴィナは『知る』必要があった。
 知ることは行動への第一歩だった。
「セージは迷わないのか?」
「迷わない」
「そう、迷わないのか」
 ハァ……とヴィナが溜息をつく。
 その物憂げな姿が美しく、そして、セージには愛しく、セージ自身も苦笑したくなってしまう。
「もう一度言う。行け」
 ヴィナの背を押すように、強い口調でセージは告げた。
 それでもヴィナは思い切れなかった。
「行け、か。でも、俺は……」
 顔を伏せるヴィナの耳にカチカチと何かの音が聞こえてきた。
 見るとセージは槍を持ち出していた。
「……煮え切らない奴だな。そんな腑抜けの夫はいらん」
 ぶん、と音を鳴らして槍が振られる。
 それを見て、ヴィナは慌てた。
「って、うわぁぁ、槍を持ち出さないで槍を! 死ぬ死ぬ死ぬマジで死ぬ!! 腑抜けの夫はいらんって言うけど、物理的にはちょっと待って!」
 槍を振るうセージをヴィナは慌てて止めた。
 一瞬、前髪を槍がかすりかけてヒヤッとする。
「分かった。分かった!! 行く、行って来る!! 行って、自分に出来ることないか探してくる!! だから、槍はしまって、マジで!!」
「分かればいい」
 槍を収めたセージは清々しいほどいい笑顔を見せた。
 かなわないなとヴィナは思った。
 セージはすべてを見抜いている。
「俺の奥さんは最強だよなぁ」
 でも、ヴィナはセージのこういうところが好きだった。
 迷いない炎でヴィナの道をいつだって照らしてくれる。
 その強い炎にヴィナはいつも助けられている。
 ヴィナに二人目の奥さんがいるのも、正妻がセージだったからだ。
「愛してるよ」
 思いをたくさん込めて、ヴィナが愛を口にする。
「知っている」
「知ってたか」
 あまりに堂々たるセージの態度に、ヴィナは笑ってしまう。
「本当にセージには敵わない。一生勝てる気がしないよね」
 娘を育て、妻同士も仲良くし、夫を支えてくれるこの人を自分の正妻にできたのが、自分の人生で一番の幸福だったかもしれないとヴィナは思った。
 そして、セージがいるからこそ、自分はパラミタに行けると。
 自分がいなければどうにもならない……なんてことはないのだ。
 この家にセージがいてくれれば。
「内助の功ってすごいな」
 思わずヴィナの口から漏れた言葉に、セージはふふっと笑う。
「そう思うならさっさと行ってこい。お前がいなくてもこの家はきちんと守るから」
「うん、うん、ありがとう……」
 ヴィナは感謝の気持ちを込めてセージをぎゅっと抱きしめ、セージも夫を抱き返した。
 こうして、ヴィナはパラミタに行くことを最終決定した。