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海の都で逢いましょう

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●ビーチでビッグなBBQ!(5)

 訊くべきか訊かざるべきか、迷ったが結局、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)に訊いてしまった。
「に、似あってるかな、これ……?」
 目が覚めるような翠色したワンピースの水着、ドレスコードという話を聞いて、気が進まないながら秋日子は、勇気をもって着てきたのだ。
 けれど訊いた瞬間にはもう勇気はみるみる萎んで、超早口で秋日子は言ってしまう。
「ああごめんね変なこと訊いちゃったね! いいのいいの感想が聞きたかったわけじゃないから! 変じゃなかったらそれでいいから!」
 訊くんじゃなかったー……と、後悔するも秋日子の念は、次の瞬間昇華した。
「秋日子くんの水着、可愛いですね。似合ってますよ」
 笑顔で要は言ったのである。
「本当!?」
「嘘ついても仕方ないじゃありませんか。秋日子くん、素敵です」
 もし秋日子がロボットなら、今ごろ頭から煙を噴いているのではないか。それくらい胸一杯になってしまって、それなのになぜか身を小さくして、秋日子はおずおずと返答した。
「あ、ありがとう……その……要も格好いいよ」
 人前に肌を露出するのは好まないと言って、彼は水着の上にパーカーを着ているのだった。
 それでは行こうか、と二人が付いた立食用のテーブルには先客がいた。
「あっと、ごめんなさい。ぶつからなかった?」
 秋日子はその一人に頭を下げた。位置が低くて見えなかったのだ。その少女は、車椅子に乗っていたから。
 少女は軽く会釈した。せっかくの晴れやかな場なのに、車椅子の少女は水着ではなく暗い色のワンピースを着ていた。心なしか表情も沈んでいるように見える。
 交流しないとね、と思い、バーベキューコーナーで得た紙皿と食べ物を机に置いて秋日子は話しかけた。
「どこから来たの? 私たちは葦原明倫館から」
「空京大学です」
 少女ではなく、その連れの青年が答えた。
 これをきっかけとして、互いに自己紹介して秋日子と緋桜遙遠は話した。元々社交的な秋日子である。他愛もない世間話から始まって、明倫館と空大、それに天学の校風文化の違いなどについても意見を交換する。
「……なるほど、どの学校にもそれぞれの良さがあるよね」
「こうした交流会でもないとなかなか、自分の学校を客観的に見ることはないので面白いと思います」
 と活発に話し合っている二人を見て、なんだか要はもやもやしたものを覚えた。なんだか料理の味もあまり感じられなくなる。理由はうまく説明できないし、そもそも口に出すべきことではないかと思って、要はそちらを見るのをやめた。かわりに、車椅子の少女に話しかける。
「カーネリアン・パークスくんとおっしゃいましたか。あなたはあまり話さないのですね?」
 カーネリアンは一瞬戸惑ったようだが、
「話す必要を感じない……から」
 と呟くように言って下を向いた。
「……話題も……ない」
 目の覚めるような美少女なのに、これはなんとも味気ない。ならば自分が話すだけと思って要は自分から積極的に話す。
「そんなことはないですよ。話すことで得られるものは多いはずです。それに、話題が困るのなら今食べているものの話でもすればいいんです。ほらこれ、先ほど運ばれてきましたが、シーサーペントの肉だそうで……」
 普段はそれほど饒舌ではない彼なのだが、あまりにカーネリアンが哀しそうなのでつい言葉を重ねていた。そこに、
「おっ、交流会だけに交流してるわね。加えてもらっていいかしら?」
 すらり長身の女性がテーブルに加わった。赤みがかった茶色の髪を束ね、ナチュラルメイクながら大人の魅力を発散している。ショート丈のパンツでラッシュガードを着ていた。彼女は荒井 雅香(あらい・もとか)と名乗った。天御柱学院整備科生徒代表だという。
「普段は整備かで機械ばっかり相手してるから、同科の人以外と話すことあんまりないのよね」
 話し上手の雅香が加わって、テーブルは一気に華やいだ。主として話すのは雅香と要だが、カーネもわずかずつだが加わっている。機械の話題にはカーネとて興味があるらしい。
「ね? 整備科って案外面白そうでしょ? 転校しない? 整備科はいつでもあなたを待ってるわ。今ならお揃いのツナギをプレゼント!」
 冗談まじりでそんなことを言って、雅香は要を笑わせていた。
 それに気づいて今度は、秋日子が落ち着かない気分になる番だった。棘のびっしり生えたウニのような球体が、胸の中でコロコロと転がっているように感じる。針が幾度も、ちくちくと心を刺すような気持ちだ。あの要が、他校の女性二人に挟まれている。よく話しよく笑っているのは、もしかしたら両手に花の気分だだからかも……いやまさか要に限って、そんなことは考えないだろうが。
 空になった紙皿を秋日子は持ちあげた。皿は、肉の脂がまわって黒ずんでいる。交換したほうがいい。
「お皿交換に行こうと思うんだけど……要も行く?」
 断られるかと不安になったが杞憂だった。
「そうしましょう」
 要はそう言って、すばやく秋日子に並んだのだ。しかも彼は、
「それではみなさん、また機会があればお会いしたいものですね」
 と手短に言った。ここに戻る気はないということだ。
 それは――本当に申し訳ないのだけど秋日子が考えていたこととぴたり一致した。
「じゃあ、天学生徒会執行部の人たちに感謝しに行こうよ」
 秋日子は笑顔で言った。
「素敵な交流会にしてくれてありがとう、って!」
 秋日子たちが去ったのを機に、このテーブルは散会となった。
「またね」
 と離れようとした雅香に、待って下さいと遙遠が追いすがった。
「どうしたの?」
 カーネと少し離れた場所なのを確認して彼は言った。
「ありがとうございました」
「えっと……何かお礼言われるようなことしたかしら、私」
「カーネが、ほんの少しでしたが笑いました」
 どうして? とか、あなたたち何か事情でもあるの? といった野暮を、大人である雅香は口にしたりしない。人それぞれ事情というものがあるのは当然で、少なくとも喜ばれているのだから、それ以上は追求しないのがエチケットというものだ。
「どういたしまして。あ、これ私の連絡先ね」
 雅香は整備科で作った名刺を遙遠に握らせた。
「困ったことがあったら相談くらい乗るわ。亀の甲より年の功、長く生きてる分良いこと言うかもしれないし……たまには、お姉さんに頼ってみるのもいいものよ」
 ふふっ、と微笑を残して遙遠は立ち去った。
 大人の慎ましさで雅香が言わずに済ませたことがもうひとつある。それは、
『あなた、あの子のこと好きでしょ?』
 という質問だ。