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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
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リアクション

「アーデルハイト様もここに来てるみたいですね」
 川へと繋がる通りを歩きながら、フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)は花火の名残を眺めてフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)に話しかける。
「こういうのを見ると、帰ってきたっていう実感が沸きます」
「う、うん……そうね」
 花火大会もあと少し。最後に向けて一気に上がる花火を見ようと、通りには沢山の人が歩いている。人混みの中にはカップル達の姿も多くあって、彼女達は彼と仲良く手を繋いだり腕を組んだりしていた。
 だが、フレデリカとフィリップはずっとつかず離れずの距離を保っていた。気楽にのんびりと、友人同士として彼とお祭をまわっていて、それは、フレデリカ自身が気をつけてそうしていたのだけれど。
 ――私も、手を繋いだりしてみたいな……
 カップル達を見ていると、やっぱり、彼女達が羨ましくなってしまう。フィリップの気持ちを考えて、あまり恋愛感情は意識させないように。
(フィル君がこうやって私の隣にいてくれる。それだけで私にとって、とっても素敵で特別な日)
 だから、無理にこっちを向いてもらう必要ないって頭ではわかっているんだけど……
『フリッカさんの背負うと決めたものを、僕にも背負わせてください』
 彼は、そう言ってくれた。自分を選んでくれて、こちらを見てくれるようにもなった。
 それでも、2人の関係はまだ、恋人、にまでは進んでいない。
 友達同士でも、お祭だし手を繋いでる人達はいっぱいいるけど……
 それは、お互いに友人だという共通認識があるからで。
 ――どうしても、ダメ。
 ――だって、フィリップ君、ズルいくらい優しくて、格好良すぎるんだもん。
「きゃ……!」
「うわっ」
 そんなことを考えていたら後ろから人の波に押され、フレデリカは一瞬、バランスを崩した。慌てて、フィリップが転ばないように彼女を支える。距離がぐっと近付いて、浴衣の上から両腕をしっかりとつかまれて、どきっとする。
 意識しないなんて、そんなの……ムリ。
「……フリッカさん」
 そこで、フィリップが彼女に手を差し延べてきた。まるで、手を繋ごうと誘うように。
「これだけの人ですし、はぐれないように手を繋ぎましょう」
「え? う……うん」
 そっと、彼の手を握る。
 心臓の音が手を通じて伝わってしまうんじゃないか、と思ってしまうくらいに、フレデリカはドキドキしていた。今日のお祭、楽しく過ごせるように頑張ったけれど――
 ――少しでも、好きになってもらえたかな……

              ◇◇◇◇◇◇

 消えかけた花火から火の粉が落ちてきて、手を翳してそれを防ぐ。
「あっ……、先生、大丈夫ですか?」
「ええ。理子さんは熱くなかったですか?」
「あたしは平気ですけど……」
 戸惑う理子に、酒杜 陽一(さかもり・よういち)は安心させるように優しく微笑む。ナノ強化装置で身体が強くなっているから、実際、全然熱くはなかった。
 盆踊りの後には花火を見に行って。幸いにも前の方まで出る事が出来て、酒杜 陽一(さかもり・よういち)は理子と最後まで花火を鑑賞した。
「花火、綺麗ですねー……」
 夜空に咲く光の花は本当に綺麗で、心に安らぎを齎してくれる。
 けれど。
「理子さん、まだ、時間はありますか?」
「え? あ、はい。もう夜だし……。今日は、まだ」
「であれば、これから灯篭流しに行きませんか?」
「…………」
 彼の表情に何かを感じたのだろう。理子は少し真面目な顔になって、それからこくん、と頷いた。

 ――流れていく灯篭に対して、目を閉じる。
 祈るのは、これまでのシャンバラや世界に於ける戦いで犠牲となっていった人々の鎮魂。
 川岸で風を感じながら彼等は祈り、どちらからともなく目を開き、向かい合う。そこで、陽一は小さな箱を取り出した。群青色のそれは、どう見てもアクセサリーの入った箱だ。
「これは……?」
「5日遅れだけど、誕生日プレゼントだよ」
 そう言って蓋を開ける。そこには、サードニクスのペンダントが入っていた。朱色とし白の入り混じった石が月明かりを受け、静かにそこに存在していた。
「サードニクスは8月の誕生石。男女の愛を高めてくれるんだってさ。……で、でもね、友情を結ぶ石でもあるんだって。だから、大丈夫だよ」
『だよ』の語尾が、何か跳ね上がった。何が? と自分に突っ込みを入れるみたいに。
「…………」
 理子はどこか、きょとんとした顔でペンダントを見詰めていた。それから、おかしそうに笑い出す。小箱を受け取って蓋を閉めて。
「……そんな言い訳っぽいこと付け加えなくても、いいのに」
 済んだ瞳で、陽一と目を合わせる。
「確かに、大丈夫ですね」
「……た、誕生日おめでとう」
「……ありがとうございます!」
 理子は嬉しそうに、とても可愛らしく、そして綺麗な笑顔を浮かべた。

              ◇◇◇◇◇◇

 ――1つ2つ、3つ4つ。
 炎を燈した灯篭が、静かに川を流れていく。
(あ……)
 フレデリカはふと、兄の事を思い出した。昔、兄にもこうやって手を引かれて花火大会に来た事があった。その時の楽しかった気持ち、彼の笑顔を思い、少しだけ気分が沈む。
 花火は上がり続けていて、周囲の人々は一発ごとに歓声を上げる。フレデリカもそれに合わせ、フィリップに明るく話しかけた。
「ね、フィル君、今の花火……フィル君?」
「…………」
 だが、目を合わせたフィリップはどこか真面目な表情をしていた。それから、優しく手を離す。
「フリッカさん、ちょっと待っていてください」
 人混みに入り、彼が向かったのは赤い暖簾の屋台だった。やがて、少し小さめのりんご飴を持って戻ってくる。姫りんご飴だ。
「これ、好きでしたよね、どうぞ」
「……ありがとう」
 姫りんご飴を受け取って、改めてフィリップを見上げる。気のせいかもしれないが、穏やかな笑みの中に、心配の色が見え隠れしているような気がした。
(……もしかして、気遣って、くれたのかな)
 彼も、フレデリカの亡くなった兄への思いを知っているから。
 気付かせないようにしていたつもりだけど、普通の人なら気付かなかったと思うけれど。
「フィル君……」
 さりげなく、元気づけようとしてくれている。そんな彼の姿を目の当たりにして。
 ――やっぱり私は、フィル君が大好きだ。
 そう、再確認する。
「ありがとう、行こうか」
 もう一度お礼を言って、歩き出す。その時――

 ……いいやつを見つけたな……

「……え?」
 懐かしい声が気がして振り返る。
 でも、そこには誰も居なかった。

              ◇◇◇◇◇◇

 ぎゅっ、と手を握り締めた博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)の前で、大きな大きな花火が上がっては、消える。
 楽しみにしていた花火大会は2人とも浴衣姿で、博季は長い後ろ髪をバレッタで留めていた。そしてリンネの浴衣姿は……本当に綺麗だ。
 彼女の頬が花火に照らされ、色々な色に光っている。
 素朴な光に彩られる彼女は、まるで舞台の中央で光をあびるヒロインのようで、とてもとても、輝いて見えた。
「あ、ほら、博季くん! すごい! すごいよ!」
 音にかき消されないような声で、博季に感動を伝えてくる。共有したい、と伝えてくる。
 花火も綺麗だけど、それ以上にリンネの瞳はきらきらと光っていて。
 ――楽しそうで、嬉しそう。そんな彼女が、本当に綺麗で。
 あまりにも綺麗で、こうしてたまに視線を奪われてしまう。
 花火を見に来たのに、気付くとリンネを見てしまっていて。
 ――ずっと、ずっと見ていたい。この花火と、今の彼女を。
 ばれないよね? と思うけれど。
「……博季くん、花火の下にいると、たくさん光ってて綺麗だね」
 ふと、リンネがこちらを向いて、覗き込むような仕草をして微笑んだ。
「かっこいい、と思う時もあるけど、今日はやっぱりきれいだと思うな」
「……え……そ、そうかな……?」
 彼女に自分の想いを真っ直ぐに伝えるのは照れないのに、恥ずかしいとか、全然思わないのに。リンネ自身からきれい、とかかっこいい、とか言われると照れてしまう。
「博季くんがリンネちゃんを見てくれていたみたいに、リンネちゃんも博季くんを見てたんだよ!」
 それから、「あれ? あたし達何しにきたんだっけ」と楽しそうに笑って目を戻す。
 一緒に居れば居るほど、彼女への想いが溢れてくる。きっと、それには、際限が無い。
 ……リンネさん。
 世界で一番綺麗なリンネさん。可愛い可愛いリンネさん。
 可愛らしくて綺麗なリンネさん……
 僕の、最愛のお嫁さん。
「リンネさん」
「んー? なーに?」
「僕、リンネさんと結婚できて本当によかった。リンネさんと結婚出来たことが、僕の一番の誇りです」
 握る手と言葉に、精一杯の気持ちを込める。リンネが、驚いたように振り向いた。これまでとは比較にはならない程の数の花火が、一斉に夜空に上がっていく。まるで、これがクライマックスだというように。花火の連続音の中で、彼女の唇が「……ひろきくん……」と微かに動いた。
 愛してる。愛してるなんて言葉じゃ言い表せないくらいに、愛してる。
 僕の宝物……。いや、僕の『世界』。僕の全て。リンネさん。
「もう! それはこっちの台詞だよ!」
 ぴょんっ、と、嬉しそうにリンネは博季の首に飛びついた。
「わっ、リンネさん。今日は浴衣だから……」
 慣れない履き物で、いつもよりバランスが取りにくい。たたらを踏んで何歩か後退して、彼女が転ばないように気をつけて――
 その時、どんっ、と空砲が鳴った。空砲、だったと思う。良くは見ていなかったけれど、花火は、上がらなかった。空は、少し煙を含んだ暗さを保っていて。
「……リンネさん。次の花火」
 それは博季にとっての合図だった。花火師から、彼に向けての。
「……この花火、リンネさんのためにお願いしたんだよ」
「……え?」
 反射的にリンネの視線が空に向く。直後、『HappyBirthday』という七色の文字が横並びに打ち上がった。背景には、放射状に広がる吹き上げ花火。最後に、とお願いしておいた、一世一代の花火。彼女の誕生日は一月前で、その時にはトネリコの杖を送ったけれど、これは、追加のサプライズだ。
「……成人おめでとう。リンネさん」
 光が消えるまで、虹色の花火が夜に溶けて消えるまで、リンネは夜空を見上げていた。博季はその横顔から目を逸らさず、優しい眼差しで見つめ続ける。花火を見ている彼女の姿を、目に焼き付けたいから。
 驚きに満ちていた彼女の瞳が幸せそうに細まる。落ち着いた微笑みに、包まれる。
「ありがとう……博季くん」
 ――結婚した時からも、少し大人びたリンネさん。今年成人したリンネさん。
「僕は貴女と一緒に居られて、本当に幸せです。こうして1歩1歩、一緒に歩いていって。
 こうして1つ1つ、幸せを見つけていきましょうね」