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比丘尼ガールと恋するお寺

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比丘尼ガールと恋するお寺

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chapter.6 境内でのひと騒動 


 場面はCan閣寺に戻る。
 門を突破し、建物の中に入ろうとしていた謙二とその弟子たちは、まだ境内に留まっていた。
 それは、数名の生徒たちが謙二を止めるべく、彼と接触していたためだった。
「なんか、侍がたくさん!」
「物々しい雰囲気だね……」
 最初に謙二たちの姿を見つけたのは、Can閣寺に相談に来ていた桐生 円(きりゅう・まどか)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だった。
 円は以前ここで坐禅して以来、すっかり苦愛に懐いており、月夜もまた、パートナーについて相談事があってここを訪れていたのだ。
 ふたりの少し後に、数人の尼僧も様子を見るため寺の入り口までやってきていた。
「なんか、この寺の尼僧はダメだとか言ってるね。そんなことないのに」
「そもそも、ここには女の子しかいないんだから、あんな雰囲気でちゃんと話なんて出来るはずない……」
 自らの主張を叫びつつ寺へ入ろうとする謙二たちを見て、円と月夜はそんなやりとりを交わす。先に謙二たちの方に向かって動いたのは、円だった。
「ダメなんかじゃないよ。ここにいる苦愛さんなんて、とってもいい人だし」
「なんだお主は! ではまず、その苦愛とやらを出してもらおうか!」
 勇ましい口調で円の言葉に返す謙二。さらに彼は言った。
「お主もどうせ、くだらぬ悩みをここに吐きにきたひとりであろう。まったく、現代の女性の嘆かわしいことと言ったらない!」
「真剣な悩みを持った人だって、ここにはいるんだよ! 浮ついて、恋愛に成功してる人たちしかいないわけじゃないんだから、ここがなくなったら困るよ!」
 円はそう言うと、両手を広げ、寺の入り口を塞いだ。どうあっても、中へは入らせない構えだ。
 謙二らは顔を見合わせ、強引に突破するしかないかとそう意識を向けたその時。
「あー……ええと、あんた渡辺さんって言ったっけ?」
 突如、背後――門の方から声がかかった。謙二が声の方を向くと、そこには瀬島 壮太(せじま・そうた)、そして彼のパートナーである伊勢島 宗也(いせじま・そうや)がいた。
「お主もこの寺の者か?」
 謙二が尋ねると、壮太は門に肘をかけながら答えた。
「いや、ここ男子禁制だっていうし、オレが関係あるように見えねえだろ? 少し落ち着けよ」
 しかし、興奮している者にその言葉は逆効果であった。
「拙者らは、関係のない者と問答するほど暇ではござらん! 関わりがないのなら、そこでじっとしていてもらおうか」
「まあそう言わないで、少し話聞かせてくれよ」
 謙二の怒気を孕んだ声にも動じず、壮太は気になっていることを彼にぶつけてみた。
「ていうかよお、空京には他に浮ついてる女なんていくらでもいるのに、なんでこの寺だけ目の敵にしてんだよ?」
「……街に溢れている品のない女性も気に食わぬが、とりわけ寺という厳かな場所において浮ついているのが目についただけだ!」
 謙二が、ワンテンポ遅れてそう答えた。壮太は、その微妙な間に引っかかりを覚える。
 それはまるで、言葉が咄嗟に出てこなくて詰まったというより、本来言おうとした言葉を呑んだ時の間に思えたからだ。
 しかしその引っかかりは確信にまでは至らず、壮太は沈黙の後会話が終わることを恐れ別な質問へ移った。
「そもそも、その品のあるだとか、浮ついてないだとか、そういう女が理想ってことか? だとしたら、渡辺さんの周りにそういう女っているのか?」
「理想というより、あるべき姿だ! そして今そういった女性がおらぬことに、拙者は憤っている!」
「いないのかよ。だったらそれって、理想とかあるべき姿とかの前に、ただの幻想なんじゃねえの?」
「拙者が、夢幻を語る間抜けであると……!?」
 謙二が、憤って刀に手をかける。それを見た壮太は、慌てて手を左右に振りながら言った。
「そこまでは言ってないっての。オレだって、女が集団になった時の怖さとか風紀の乱れは分からなくもねえ。ただ、いきなり寺に突撃は危険すぎるからやめとけよって話だよ」
 壮太は謙二に、その強引とも言える手法を改められないか、提案をしてみる。その間宗也は後ろで会話を聞いているのみだったが、ここでようやくその口を開いた。
「おいおめぇら」
 そう告げる視線の先には、謙二が従えている弟子たち。宗也が言葉を向けたのは、彼らだった。
「おめぇらは、このお師匠様の言うことについてどう思ってんだ。こんな尼たちの寺なんざ、占拠されて当然だと思ってんのか?」
 彼の言葉を受け、弟子たちは一瞬顔を見合わせる。が、すぐに数人が声を上げた。
「我々は、師匠に従うのみだ!」
「常々、世の女性のうるささには耳が痛かった。師匠はそんな我らの気持ちを、代弁してくれたのだ!」
「あーあー、そうかよ」
 宗也はこりゃ埒があかない、と今度は謙二に話しかける。
「女たちがちょっとピイピイ喚いてんのぐれぇ、聞き流せなくてどうすんだよ、いいオッサンが」
「そういった綻びを許し続けてきたからこそ、今のこの嘆かわしい現状があるのだ! 他の誰が聞き流しても、拙者はこの寺を見過ごせぬわけがある!」
 やたらここの寺にこだわりを見せるな。謙二との会話で、壮太と宗也は共にそんなことを思った。それは、まるで何か因縁でもあるかのような物言いである。
 半ば強引に話を終わらせた謙二は、壮太たちに背中を向け、寺の入り口へ進みだした。そこには円や月夜が立ち塞がっているが、おそらく彼の雰囲気からすると、力づくでも突破するつもりだろう。
「怪我をしたくなければ、そこをどけい!」
 威嚇しながら進んでくる謙二とその弟子たち。それを防ごうとしたのは、月夜だった。
「止めなさい!」
 叫ぶと同時、月夜は周囲に光の剣を展開させた。それは彼女を守るように配置され、さながら結界のようである。さらに、彼女は拳銃型の光条兵器を出すと、その銃口を謙二へと向けた。が、謙二は構わず月夜の方へと突進してくる。
「っ!!」
 一瞬のことだった。謙二が鞘に収まったままの刀を一振りし、視認できないほどの速さで月夜の生み出した剣の結界を打ち破ったのだ。銃を放つ前に先制された月夜は、後方へと飛び退きどうにか事なきを得た。
 が、一度のやり取りで彼女の肌は感じていた。
 ――この人、強い。
 月夜の顔から、汗が一滴落ちた。直後、門から声が聞こえた。
「月夜!」
 それは、彼女の契約者、樹月 刀真(きづき・とうま)のものだった。Can閣寺に行くという月夜を迎えにきた彼は、寺の入り口で戦うふたりを目撃するやいなや、凄まじい勢いで月夜のもとへ駆け寄り、ふたりの間に立った。
「テメエ、月夜に何すんだこら!」
 怒りを声に孕ませ、刀真は白い刀身の魔法剣を抜いた。そして、そのまま彼は謙二へと斬りかかる。
「む……!」
 咄嗟に自身の刀で受け止める謙二だったが、思いの外、刀真の剣圧が強く、謙二は体ごと後方へ押された。どうにか反撃に出ようと、謙二は刀真の振り下ろされた一撃を強引にいなし、柄の部分で刀真の脇腹を突こうとする。
 しかし、幾多の戦場をくぐり抜けていた刀真は、謙二のその視線や重心の移動を見逃さない。その白い剣で謙二の攻撃を受け流し、軌道を逸らせる。謙二が僅かに体勢を崩した。
「はっ!!」
 そこに、刀真の剣が襲いかかった。コンパクトな動作で放たれた彼の斬撃は、その速度と相まって、一瞬の間に三つの閃光を生み出した。
「これしきで……拙者がやられるものか!」
 とはいえ、謙二とて伊達に歳を重ねてはいない。彼の戦闘経験もまた、かなりのものであった。謙二は回避が困難と瞬時に判断すると、あえてその身を刀真の方へと傾け、距離を埋めた。そうすることで、刀真の斬撃の間合いの内側へと入ったのだ。
 あわや懐に入られ決定的な隙を与えるところとなった刀真は、肘打ちで強引に謙二との距離を再びつくった。互いの体が離れ、ふたりは構えを直し息を吐いた。
「テメエ、その人数に物々しい雰囲気で、何の用があってこの寺に来た!」
 まだ興奮覚めやらぬ状態の刀真が、荒々しい口調で告げる。
「ここの尼僧共に、女性の本来あるべき姿を説きに来ただけよ。お主には関係ないことだ」
「は? 女性の本来あるべき姿?」
 刀真が、納得のいかない様子で聞き返す。次に謙二から出た「品位」だの「淑やかさ」だのという言葉を聞いてもなお、彼の不満は消えなかった。熱を帯びたまま、刀真はそれを謙二にぶつけた。
「つまり、ここにいる女たちや、銃を使って戦ったりしてた月夜は淑やかじゃないってことか? ざけんな、こいつは、俺が命を預け、預けることに応えてくれる俺の剣であり俺の女だ。女は淑やかであるべきなんて、テメエみたいな石頭の童貞野郎が持ってる下らない物差しじゃあ、コイツは測りきれない。それほど月夜は良い女なんだよ」
 おそらくそれは、普段の刀真であれば口にしたかどうか怪しい言葉だろう。さっき遭遇した、月夜の危機のせいかもしれない。当の月夜は、刀真の後ろで顔を赤らめながら刀真を見つめていた。
 そしてもうひとり。彼女の隣にいた円もまた、刀真をじいっと見ていた。その視線に気付いた刀真が振り返り、円の存在に気づく。
「円もこの寺に来ていたのか……って、なんだ、その目は」
 なにか言いたげな円の瞳に、刀真が眉をひそめた。すると円は、ぽつりと呟いた。
「いや、キミも童貞でしょって思って」
「あ?」
「何偉そうにしてるの? 下手すると、未来のキミの姿が、あの人かもしれないんだよ」
 言って、円は謙二を指さした。刀真は先程の自分の発言を思い返す。興奮していたのでよく覚えていないが、そんな単語を口走った気もする。にしても。
「な、なんだよ! コイツがふざけた言いがかりをしてきたんだから、少しくらい偉そうに反論したっていいだろ!」
「そうだね童貞」
「俺がどうなのかは今関係ないだろ! そもそも俺は大丈夫だから! コイツみたいに五十まで童貞とかないから! そこまで言ったら童貞っていうか童帝だろもう!」
 罵り合いを始めてしまった刀真と円だが、最もとばっちりを受けたのは謙二である。初対面の相手に童貞呼ばわりされては、侍の威厳も何もあったものではない。ここで、謙二にさらに追い打ちがかかる。
「なんだ、まさかおめぇ、童貞だったのか」
「オ、オッサン?」
 彼らの会話に入ってきたのは、宗也だった。これには思わずそばにいた壮太も耳を疑った。
「あぁ、だからこんなに騒いでんだな。童貞じゃ仕方ねぇよな」
「……」
 謙二の表情に、みるみる怒りが溜まっていく。しかし一度生まれたこの流れは、途切れてはくれなかった。
「あ、ほら童貞童貞言うから童貞が怒ってるよ」
「いや最初に言ったのは確かに俺だけど! 円がそこをフィーチャーしたからだろ!」
「……刀真が童帝って言っていた人の弟子の人たちも、そうなのかな」
「おい童貞、図星だったからって黙って縮こまんなよ。ちっちぇえ野郎だな。いろいろと。童貞な上にそれじゃ、いいとこなしじゃねぇか」
 皆口々に童貞を連呼し、もう童貞がゲシュタルト崩壊を起こしつつあった。気がつけば入り口のところから境内を見ている尼僧たちも、「あの人童貞なんだ……」みたいな視線を向けている。
 そして最終的には、なぜか皆が揃って謙二へと童貞コールを送っていた。
「大丈夫、童貞でもそのうちいいことあるって」
「頑張れ童貞!」
「童貞! 童貞!!」
「うるさい!!」
 一際大きな声で、謙二が叫んだ。さすがに悪ノリが過ぎたと思った一同は、おとなしくコールを止める。
 が、ひとりだけ、今ひとつ雰囲気を察することなくフリーダムなスタイルを貫く者がいた。
「すいません! なんだかお騒がせしてます」
 謙二が率いていた弟子集団からひょいと前に出てきてそう言ったのは、柳川 英輝(やながわ・ひでき)。この男、実は何を隠そう、謙二がここに来る途中に「俺もついていっていいですか」と自ら立候補し、弟子たちと共にここまでやってきたという、謙二に理解を示す側の者だった。
 ただ、「女子に手はあげない」という意思が彼にはあったため、厳密に言えば完全にシンクロしていたわけではないのだが。
 そんな彼が、このタイミングで両陣営の前へと飛び出して口にした言葉は、その場の誰もが予想していないものだった。「つか、一度、合コンしようぜ。俺もしたいし」
 その一言に、場はこれまでにない静寂に包まれた。誰もが、「この人何言ってんの」という目で英輝を見る。しかし肝心の英輝は、なぜか結構なドヤ顔だった。
 もしかして、彼がここまでついてきたのは、これを言うためだったのだろうか。だとしたら、なんという執念だろうか。それはそれで見事であったが、この場、この状況において英輝の提案が受け入れられることはなかった。
 どころか、「お前今そういう空気じゃなかっただろ」とでも言いたげに、周囲は殺気を放っている。
「ん? あれ?」
 ようやく英輝はこの場に生じた異様な空気に気付いたが、時既に遅し。
 童貞コールで気が立っていた謙二、そして流れを邪魔されたその他大勢たちの手によって、英輝には数多のゲンコツが飛ぶこととなった。
「なんでだよ! 合コンしたら色々卒業できるのに!」
「そういう問題ではござらん!!」
 その後、英輝がどれだけボコボコにされたかは、筆舌に尽くし難い。



 ひとつの小さな嵐が過ぎ去った後、謙二は改めて刀を構え、寺の入り口を見据えた。そこには未だ突入を防ごうとする者たちが壁をつくっている。奥には、少し怯えた表情の尼僧たち。
「ふざけるのはここまでよ。さあ、そこをどかれい」
 謙二が言うと、防衛側も再び戦闘態勢に入り、迎撃せんとする。そこに、加勢が現れた。
「待てっ! その暴挙を止めるんだ!!」
 凛とした声と共に敷地内へと入ってきたのは、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)だ。さらには、パートナーのラブ・リトル(らぶ・りとる)も横に並んでいる。
「蒼空戦士ハーティオン! か弱き女性たちを守るため、ここに見参!」
 ビシ、とポーズを決めて、コアが名乗りをあげる。コアは、謙二が乗り込むことで事が大きくなることを危惧し、Can閣寺のボディガードとして動くことを決めたようだ。
「ケンジ! 力づくでの解決は男として間違っているぞ! 君の侍の魂は、それを良しとするのか!?」
 コアは、目の前の謙二にそう問いかけた。しかし謙二もまた、ひく様子を見せない。
「一度決めたことは貫くのが、侍よ」
「どうしても、止める気はないというのだな!」
 言うと、コアは己の胸のクリスタルから剣を出現させた。それは眩しく輝き、コアの実直さを具現化しているようでもある。
「私は、世の中には多様な価値観があって良いと考えている。それ故、己の価値観を武力で押し付けることには反対だ」
 剣を構えつつ、自分の素直な意見を述べるコア。謙二は最初こそそれを聞いていたが、その話を聞くことで撤退することはなかった。
「拙者とて、最初から武力を用いようとは思っておらぬ! 先に手を出された故、埒があかぬと判断し刀を抜いたまでよ」
「経緯はどうあれ、実力行使に及んだ以上、私はこの剣を盾とし、戦わせてもらうぞ!」
 両者の間に、一触即発の空気が流れる。
 と、そこにここまで話を聞いていたラブが口を挟んだ。
「ていうか、ほんと何言ってんの、謙二は」
「む?」
 謙二が刀の切っ先を少し下げ、ラブの方を見る。
「ガールズトークくらいしたっていーじゃん。尼僧としての品位とか言い出す前に、まず自分の品を疑いなさいよねー。帯刀してお寺に上がってくるとか何様よー!」
 思わぬ方向からの正論に、謙二はすぐに反論できなかった。さらに、ラブは畳み掛けるように言う。
「しかも、女の子に意見するのに弟子まで連れてくるとか……どんだけ男気ないのー? 言いたいことがあるなら、ひとりで堂々と来なさいよね〜」
「ええい、関係のないお主に言われたくないわ!」
 大声を上げることで、劣勢を挽回しようとする謙二。しかし、次のラブの一言が、謙二の精神を大きく揺さぶった。
「そんなんだから、モテないのよ」
 彼が童貞かどうかはさておき、つい数分前まで散々男として馬鹿にされ続けていた謙二に、この一言は重かった。大勢に妙なコールをされた記憶がフラッシュバックする。彼の男としての尊厳は、もう崩れかけていた。
「もう勘弁ならん!! 貴様ら全員、叩っ斬る!!」
 謙二はそう叫ぶと、しまいかけた刀を再び日の下に晒した。そのギラリとした刃に、その場にいた誰もが危機感を覚え、臨戦態勢へと移る。
 時刻は夕方の四時。皮肉にも、この場の熱気とは対照的な涼しい風が空から運ばれてきて、それが交戦開始の合図となった。