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【マスター合同シナリオ】百合園女学院合同学園祭!

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貴族体験


「ピンクのカシミア……こっちはショール? ストール?」
 ショールとストールって、そういえば違いってあるのかな?
「タフタとベルベットってどう違うんだろう?」
「大丈夫、メリッサちゃん?」
「うーん。うーん、あれっ? からまってるー?」
 着付けの練習のはずが、自分が布にくるくる巻きになりかけてしっぽをぱたぱたさせていたメリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)。彼女の上から手が伸びて、布をさらっていった。
「私がやりましょうか」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)がメリッサを助け出すと、お客さん役のスタッフにショールを巻いた。
「いっぱいあって難しいね。でも、しっかり頑張るもん!」
 ロザリンドとトルソー、それからメモを交互ににらめっこするメリッサに、立ち居振る舞いのチェックのためにドレス姿になったロザリンドも頷く。
 彼女のドレスのポケットにもメモ帳が入っていたが、朝からの書き込みでいっぱいになっている。
 百合園女学院の認定専攻科、女官コースの講師エヴァット婦人は、空京で実際に宮廷の女官をしていた、とのことだ。
 であればこの機会に少しでも心得や作法を学んでおこう。──そう思って、熱心にメモを取ったからだ。
「一つ一つのものをどう使うか。性質はどうか。そして由来。高価なものなら、ひとつひとつの来歴。考えるだけで大変ですけれど……、それで頭がいっぱいになってくつろいでいただけなければ本末転倒ですしね」
 教室で行われている出し物・貴族体験のスタッフとして、ロザリンドとメリッサが選んだのは、侍女役だった。
 つまり、お客さんに最も近い立場でサービスするということ。
 彼女には、他に二人のパートナーもいたが、テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)は畏まった雰囲気が苦手だと、「私にこういうの合わないわ。ロザリーたちに任せた! 後は宜しくー」と言ってひらひら手を振ると遊びに行ってしまったし、もう一人のパートナーシャロン・ヘルムズ(しゃろん・へるむず)の方は、エヴァット夫人に指示されて、バックヤードの備品管理用の小部屋で、貸出した衣装・小物、カトラリー類の管理・出納チェックをしている。
 貴族体験は本物志向のためかなり高価なものも持ってきているため、うっかり失くしてしまうのを防ぐためだ。あまり愛想のある方ではないし、書類仕事の方が性に合うだろう。
「服の見立て、着付け、整髪……給仕とかもしますでしょうか。校内の案内は、三尺下がって主の影踏まずとか」
「……熱心ですね」
 顔を出したのはエヴァット夫人だった。
 きりりとした雰囲気の中でも、この人がいると気が引きしまる。いつでも背筋を伸ばしてぴしっと服装にも隙がなく、皺ひとつなく、緊張感を与えるような雰囲気がある。
 今生徒に教えているような侍女(レディースメイド)の職にいたというよりは、家政婦(ハウスキーパー)や家庭教師(ガヴァネス)といった方がぴったりくるだろう。
 決してしかめっ面をしていたりは、しないのだけれど。
「そろそろドレスは脱いで侍女の服装に戻って下さい」
「はい」
(可愛いドレス沢山ありましたね。終わったら静香さんにも着てもらおうかな……)
 手早く侍女用の地味なドレスに着替える間、ロザリンドは聞いてみる。
「これからお客様の前に出るわけですが、作法の要、侍女の心得といったものはどういったものでしょうか?」
「規律です」
 一言、きっぱりとエヴァット夫人は答える。
「……それでは、エヴァットさんご自身は、宮殿での仕事や生活はいかがでしたか?」
「規律正しい一日、です。主人と働く使用人の全員で、お屋敷という大きな存在を毎日回していくという意識を持っていました。華やかな仕事こそ裏方の仕事は大変。それをまとめるのが規律です。
 具体的にはスケジュールと上下関係でしょうか。生活面で言えば、下級使用人は相部屋ですが、上級使用人は個室が与えられますし、休暇など待遇にも差があります。
 私は様々な部署を経験しましたが、その部署の人間として、お屋敷の歯車のひとつとして働くことを常に意識していました」
 ロザリンドは抑えた色柄のドレスに袖を通していく。
「失礼ですが、どのような経緯で宮殿に上がられたのでしょうか?」
「私は、ツァンダの富裕な家の出身ですが、幼少の頃から将来しかるべきところへ仕えるよう教育されてきました。使用人としてお屋敷を幾つか経て少しずつキャリアを積みましたが、ずっと使用人の人生だった、というわけです。女王陛下にお仕え出来たことは幸福です」
 彼女だって望めばそこそこの家に嫁いで、女主人としてのんびりとした人生を過ごしたに違いない。というより、講師をしている今の方がそれに近い人生なのだろうが。
「あの……今の世界情勢や女王に対してどう思っているのでしょうか」
 その問いには、彼女は小さく首を振る。
「私は使用人です。使用人は滅多に私見を述べることはありません。判断の材料を集めたり、求められればまれに言うことも有りますが。ただ尊敬申し上げている、とだけお答えしましょう」
 ロザリンド自身、将来はまだ決めていない。宮殿で女官を目指すのか、どうか。でもこの経験は覚えていて損はないはず、とも思っていた。
 仕えるのが誰になるにせよ、迷惑にならないよう、その人の役に少しでも立てるように。
「準備は出来ましたね。──お客様がいらっしゃったわ」
 ロザリンドはその言葉に、
(お客様に主人として、華やかですがゆっくりとリラックスできるムード作りを目指して)
 と意識して、背筋が良い緊張感で伸びて──ふいに、喉が鳴る。
 それは不思議な出で立ちの契約者二人組と、教導団の団長金 鋭峰(じん・るいふぉん)その人だった。
 ──大変なお客様だ。
「私もサポートします。不安は見せずに、自信を持って、いってらっしゃい」
 エヴァットに送り出されてロザリンドが一歩を踏み出すと、その前を行く人がいる。
 ラズィーヤの秘書をしている前白百合会会長の伊藤 春佳だった。ロザリンドとは顔見知りである。
 クルージングをしているラズィーヤに代わって会場の各地の様子をチェックして回っていたが、金団長の姿にここの手伝いをするために留まったのだ。
「……かしこまりました。此方のお二方に貴族体験と、皆様に軽食を……」
 部下らしき個性的な教導団員からてきぱきと用件を承ると、簡単に周囲に指示を出した。