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リアクション
【2022年12月24日 05:50AM】
ヴァイシャリー湖畔のどこか。
スワファル・ラーメ(すわふぁる・らーめ)は、軍用テントでルルゥ・メルクリウス(るるぅ・めるくりうす)が目覚めた際には冷たい朝の風に吹かれて、湖面を静かに眺めていた。
スワファルとルルゥはふたりとも、ヴァイシャリー・グランド・インの警備員証を身につけていた。
が、昨晩何をしていたのかいまいち思い出せない為、何故こんなものを身につけているのかも、今ひとつ理由が判然としなかった。
ルルゥが眠たげに両目をこすって軍用テントの中から這い出してきた時、不意に、スワファルの傍らに別の気配が生じた。
然程慌てた様子もなくスワファルがゆっくりと振り向くと、そこに、フレデリカの姿があった。
「突然御免なさい。私はフレデリカ・ニコラウス。ちょっとお話を聞きたいんだけど、良いかしら?」
スワファルが応と頷くと、フレデリカは昨晩のことについて何か覚えてないかと問う。
これにはスワファルもルルゥも、同じような調子で小首を傾げた。
「いわれてみれば……昨晩の記憶が酷く曖昧で、正確なところが思い出せぬ」
「何だろう、気持ち悪いな……ねぇ、キミは何か、知ってるの?」
ルルゥが逆に訊き返してみると、フレデリカは何故かばつが悪そうに頭を掻くばかりであった。
更にルルゥが何かを口にしようとすると、いきなりスワファルが小さく唸った為、タイミングを逸してしまった。
「いや、ちょっと待たれい……何かを思い出してきたぞ。確か我は……そうだ、我は誰かを追っていたのだ。それが誰なのかは思い出せぬが……途中で何か、妙なものを蹴飛ばしたのを覚えている。それが何であったのかも残念ながら、記憶にないのだが」
「あ……そういえば、ルルゥも誰かを追いかけてたような気がする。で、その途中で何か不思議なものを見つけたような……」
スワファルとルルゥの言葉を聞いた瞬間、フレデリカの面に緊張が走った。
何かを得た、といわんばかりの様子に、今度はスワファルとルルゥが訝しげな表情を見せた。
が、フレデリカとしては、これだけ聞ければもう十分であった。
「ありがとう、これで何となく繋がったわ」
直後、フレデリカは「ワンダフル・サンタクロース・ジャ〜ンプ!」の掛け声と共に、忽然と姿を消した。
* * *
エヴァルトさんはミュリエルさんに、何かをプレゼントしようとしてた。
拾い物をプレゼントにしようっていうその根性は如何なものかと思うけど、そんなことはこの際、どうでも良いわね。
ところでエヴァルトさん、パーティー会場で随分と派手に、パスタまみれの姿を披露してたみたいね。
「どわぁ! な、なんだ!」
エヴァルトさん、顔中パスタだらけじゃないの。
「お兄ちゃん、どうしたんですかー?」
「あ、ありのまま、今起きたことを話すぜッ!
『俺は皿に山と盛られたパスタを口に突っ込もうとしたら、パスタの山に顔を突っ込んでいた』
な、何をいってるか分からねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった……頭がどうにかなりそうだった……かぶりつきだとかバランスを崩したなんてチャチなもんじゃあ断じてねぇ……もっと恐ろしいものの片鱗を味わったうぐぉ!?」
あら、エヴァルトさんがミュリエルさんに対して必死に説明してるのに、いきなり背後から誰かが殴りかかってきてる。
一部で乱闘まがいの行為で警備員に追いかけられてたひと達が居たけど、エヴァルトさんもそのひとりだったのね。
で、そのエヴァルトさんを追いかけてたのが……スワファルさんとルルゥさんのふたりだった、と。
「パーティー会場で乱闘騒ぎとは言語道断! 別室で話を聞かせて貰おうか!」
「逃げても駄目だよ〜! すぐに捕まえちゃうよ〜!」
あ、エヴァルトさん、物凄い勢いで逃げてった。
……あれ?
何か落としたよ。あれってもしかして……あ、スワファルさん、更にそれを蹴っ飛ばした。ルルゥさんが拾って調べようとしてるけど、エヴァルトさんを捕まえるのが先だからって、その辺に放り出しちゃった。
でも、これで繋がったわね。
エヴァルトさんがミュリエルさんにプレゼントし損ねたもの、そしてスワファルさんが蹴っ飛ばして、ルルゥさんが一瞬だけ拾ったもの。
成る程、あそこにあったんだ。
この時、私の時計は2022年12月23日の17:00頃を差していた。
* * *
逆さ磔にされるというのは、余程の事情が無い限り、そうそう有り得るものではない。
ところが十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、その余程の事情に該当したのだろう。
彼は、頭に血が昇った時の不快感で目が覚めた。
実際宵一は、逆さ磔の為に頭に血が昇ってしまっており、その気分の悪さは筆舌に尽くし難い。眼前に広がるヴァイシャリー湖の美しい眺めなど、この逆さ磔のせいでゆっくり堪能していられる状況ではなかった。
「一体、何があった……何がどうなって、逆さ磔にまで行き着いたんだ……?」
頭に血が昇る苦しさの中で、それでも宵一は何とか必死に、昨晩の記憶を呼び起こそうとした。
が、どうにも意識の中に靄がかかったように記憶が曖昧となっていて、何があったのかよく思い出せない。
何となくではあるが、自身のパートナーにせがまれて、すぐ近くにそびえるヴァイシャリー・グランド・インでのパーティーに出席したような気はするのだが、それ以後の記憶が全く鮮明ではなかった。
「何だろう……確か、誰かにしこたま呑まされたような気がする……いや、それだけじゃないぞ。何かとんでもない騒ぎに巻き込まれたような気もする……くそ、駄目だ。思い出せない」
それから宵一は逆さ磔のまま、今初めて気づいたかのように、慌てて左右を見廻した。
「ちょっと待て、リイムはどこだ? 俺ひとりがヴァイシャリーくんだりまで足を運ぶ筈がない。リイムと一緒の筈だ……どこに居るんだ、リイム」
必死のパートナーの姿を探し求める宵一の表情には、この逆さ磔から少しでも早く脱出したいという焦りもあったからか、余裕らしい余裕が一切失われてしまっていた。
実はこの様子を、フレデリカが遠巻きに眺めていたのであるが、逆さ磔姿の宵一がプライドを傷つけてしまうのではないかという変な気遣いが湧いてしまい、結局そのまま放置することにしてしまったのである。
宵一にしてみれば余計な気遣いは良いからとにかく早く助けて欲しいところであったが、まさかフレデリカが近くに居るなど露とも知らぬ為、どうしようもなかった。
尤も、フレデリカ自身は宵一の焦燥の念たっぷりの言葉の一語一句を全て手帳に書き留め、自らの推測(という名の妄想)に役立てる準備は着々と進めていた。
「本当に、一体どうしてこうなった。俺、何も悪いことしてないような気がするし。冤罪にも程があるよ!」
こんな宵一の恨み言に近い台詞まできっちり書き留めていたフレデリカ。
変なところで几帳面だった。
* * *
現時点に於いては、フレデリカはもうひとつのサンタの秘宝を発見する為の情報には、まだ至っていない。
それならば、と彼女はヴァイシャリー・グランド・インに視線を向けた。
昨晩のパーティーに出席した者の大半は、まだこの一級ホテル内に居る筈なのだから、矢張りここからの情報に頼るのが一番だ、という結論に達したようである。
フレデリカが調べたところ、多くはホテルの自室で朝を迎えたようであるが、一部の者達はどういう訳か、ひとつの部屋に集中して朝を迎えていた。
その典型のひとつが、泉 美緒(いずみ・みお)が宿泊する一室である。
何とこの部屋には、美緒やイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)の他に、総勢15名のコントラクター達がベッドルームの床を埋め尽くすようにして、雑魚寝というより寿司詰めに近い形で寝転がっていたのである。
美緒の宿泊室を訪れたフレデリカは、応対に出たイングリットが苦笑を浮かべていた理由が最初のうちは分からなかったのだが、室内に通された瞬間に、その空気を敏感に察した。
ところが、美緒だけは何故か様子が違った。
彼女はこれだけ大勢の寿司詰め状態を前にして、妙に嬉しそうな表情を浮かべていたのである。
「何が、そんなに嬉しいの?」
「だって……こんな素敵なプレゼントをサンタさんから頂いたんですもの。嬉しくない筈がありませんわ」
曰く、美緒は一度、雑魚寝というものをやってみたかった、というのである。
厳密にいえば、美緒自身はしっかりベッドの上で目覚めていたのだが、それでもこういうシチュエーションは今まで経験したことがなかったらしく、所謂『女子会』というものに変な憧れを抱いていた彼女にとっては、朝起きたら周りで大勢の友人達が好き勝手に眠りこけているというこの状況そのものが、自分への盛大なプレゼントだと解釈する始末であった。
「あ、あぁ、そう、なの……あ、あはは……そりゃ結構なこと、だね」
天晴な程の天然ぶりを発揮している美緒を尻目に、フレデリカは気を取り直して情報収集へと入る。
これだけ大勢居ると誰から手を付けて良いのかと悩むより、手近に居るものからしらみつぶしに聞いていった方が早い。
フレデリカは、ドアマット付近で寝転がっていた雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)の肩を掴み、幾分乱暴な勢いで揺り起こした。
「ん〜? もう朝ぁ?」
寝ぼけ眼で起き上がったリナリエッタだが、しかし数秒後、いきなりその表情が一変した。
周囲の死屍累々というような勢いで眠りこける女子達に、ぎょっとした顔を見せていた。
「え? 何これ? どうなってんの? っていうか、私なんで女子だらけの部屋で寝てんの? もしかして、百合に目覚めたって訳?」
珍しく、ひとりでパニックに陥るリナリエッタ。
更に胸元が妙に涼しく感じられた為、慌てて襟元からパーティードレス(彼女はこの恰好で雑魚寝していた)の内側を覗き込んだ。
「うわ、何これ……ブラだけ、してないじゃない。ぱんつ履いてないのはいつものことだけど……」
何気にしれっと、物凄い台詞を吐きながらも、ひとりで勝手に混乱を続けているリナリエッタ。
最初に起こした相手としては、少々厳し過ぎたか、などとフレデリカは後悔の念をあらわにしていた。
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