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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第44章


「ぐ……はぁっ!!」
『幸輝さん!!』
 幸輝がさらに激しく吐血し、レンカが叫び声を上げる。

 血を吐きながら、幸輝はその光景を見つめていた。

 恋歌が振り絞ったサイコキネシスで、アニーの入ったカプセルにヒビが入り、そのヒビがどんどん拡大していく。
 すぐにそのヒビはカプセル全体に行き渡り、乾いた音を立ててカプセルは割れてしまった。

「――おっと」
 エヴァルト・マルトリッツは粉々に砕けたカプセルからアニーが倒れてくるのを支えた。
 褐色の少女は華奢な身体つきをしていた。恋歌の話だと当時12歳ということだったが、強化人間の実験の影響だろうか、肉体はもう少し成長しているように見えた。
「……よし、呼吸は安定している……」
 エヴァルトは注意深くアニーを抱きかかえた。まだ意識は戻らないが、フューチャーXが聞いたという未来の話のように暴走したりする様子はない。

「ああ……アニー……」
 一方、カプセルを割った恋歌は、全ての気力を振り絞って、背後のルーツにもたれかかっている。顔が赤く、目の端には涙が伝っていた。

 その光景を眺めながら、幸輝は悟っていた。
 もはや、恋歌の能力を押さえ込むことはできないと。

「レンカ……残念ですが……実験はこれまでのようです……」
『そんな……』
「残念ですが、ね……ですが……私の最後の研究成果を、披露しようかと思いますよ……」
 幸輝はよろり、と立ち上がった。
 さきほど魔力で集めた頭上の炎が暴走しかかっているのが分かった。
 もはや幸輝本人にも制御できないその炎は、いずれ自分とこのビルを飲み込むだろう。

「天神山 葛葉さん……その魔科学の一端を……応用させてもらいましょうか……」
 幸輝の身体から、ドス黒い瘴気が漂い始めた。

「……あれは!?」
 七枷 陣が叫ぶ。
 幸輝は応えた。
「そう……これがあなたの言う……今までのしっぺ返しですよ。
 今までの『幸運』のツケによる、『不運』『不幸』……。葛葉さんは、私の研究を通じてより多くの人間を不幸にする研究を進めていた。
 その時から考えていたのです……『不幸を操る力』……私の『幸運』の反動を『不幸』として利用することができるのではないか、と」
 特に構えもしない幸輝の身体から、次々に闇があふれ出る。恋歌の能力がなければ、多くの人間の命をたやすく奪っていた5年分の『不幸』が、幸輝の身体に宿っていた。
 その『不幸』がドス黒い闇となって溢れ出ている。もし幸輝の言うとおり、それを操ることができるならば、ここにいる全員がタダではすまないことが容易に予想できた。

「……もうやめろ、そんなことをして何になる!!
 ヤケになって死を選ぶよりも、自らの罪を償うんだ――まだ間に合う!!」
 レン・オズワルドは叫んだ。しかし、レンカをその身に憑依させた幸輝に、その言葉は届かない。
「くっく……反吐が出ますよ……。
 残念ですが、私は実験が終わったと言っただけです……この不幸をも、もし操ることができれば、私はまだ生き残れる可能性がある……。
 そして……その為には皆さんが邪魔ですよねぇ……」
 幸輝の顔には微笑みが張り付いたままだ。
 この期に及んで、幸輝はまだ諦めていない。
 その身に取り付く『不幸』すら操って、この場の人間を皆殺しにして生き永らえようというのだ。

「あきれた悪党だな……」
 エヴァルトが呟いた時、胸の中に違和感を覚えた。
「……ん?」
 くりっとした栗色の瞳が、エヴァルトを見つめていた。アニーだ。
「!! 目が覚めたのか……!?」
 その一言に、数人がそちらを注視する。
 褐色の裸身を横たえた少女は、それを気にする様子もなく、エヴァルトに手を差し出した。
「……大丈夫……なのか……?」
 心配するエヴァルトだが、とりあえず差し出されたその手を握る。
 ゆっくりと、アニーの口が動いた。
「だい……じょうぶ……あり……が、とう……」
 その途端、エヴァルトの手の中に強い光が宿った。

「あれは!?」
 それを見ていた天神山 清明が叫ぶ。
 フューチャーXは何かを思い出したように、言った。
「ああ、そういえば……。
 儂の依頼人――未来の四葉 恋歌が調べたところによると、アニーが生まれた家系は、はるか昔には特殊な稼業を営んでいたらしい」
 清明は、フューチャーXを見上げる。
「……稼業……?」
「ああ、魔や霊などに対する、特殊な狩りを行っていたらしい。アニーが生まれた頃にはすっかり廃れてしまい、受け継ぐ者はいなかったそうだが……」
 アニーにも、その特殊な才能が受け継がれていたということだろうか。
「つまり……その遺伝的な才能が、恋歌さんとの契約や、強化人間の実験で呼び起こされていた……?」
 フューチャーXは頷く。
「おそらくはな。……アニー、彼女の本名は……」

 アニーは、エヴァルトの持つ銃を指差した。エヴァルトの手を取り、握らせる。
 すると、手の中の強い光はエヴァルトの銃の中に移り、周囲を照らした。
「これで……あれを撃てということか?」
 エヴァルトは尋ねた。アニーは応える。
「……あそこ……力を、貸して……あげて……」
 アニーはエヴァルトの視線を誘導して指差した。
「分かった……任せろ!!」
 エヴァルトが銃を構える。この距離だ、外れるはずもない。
 引き金を絞ると、アニーがエヴァルトに託した光が弾丸として発射された。それは、一直線に幸輝の方へと向かって飛んでいく。
 フューチャーXは、言った。


「アニーの本名は、アニー・サントアルク。
 彼女の村の言葉で『聖なる弓のアニー』という意味だそうだ」


 エヴァルトの撃った銃弾は光の塊となって、一直線に幸輝を狙う。


「――!?」
 だがしかし、その弾丸は今にもその身に宿した『不幸』の力を放とうとしていた幸輝のわずか数cm横をすり抜けてしまった。

「は、どこを狙っているのです――!!」

 幸輝の嘲笑が響く。
 まさか、さほど遠くはないこの距離でエヴァルトが狙いを外したということなのか。それとも、これが幸輝の言う『不幸』の力なのだろうか。
 いずれにせよ、アニーが持っていた何らかの力は空振りしたのだ。
 周囲のコントラクターが次のアクションを起こそうとした時、エヴァルトは言った。


「いいや、狙いは外していない……アニーの狙った的は、幸輝――お前ではなかったのさ」