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うそつきはどろぼうのはじまり。

リアクション公開中!

うそつきはどろぼうのはじまり。
うそつきはどろぼうのはじまり。 うそつきはどろぼうのはじまり。

リアクション



13


 四月一日、エイプリルフール。
 とはいえ嘘をつかなければいけないという決まりはない。
 だから、いつも通りの一日を過ごそうと、レイカ・スオウ(れいか・すおう)は決めていた。そもそも上手い嘘をつけるタイプではないのだ。人を楽しませることができる嘘がつけるなら、やってみたいと思ったかもしれないけれど。
 いつも通り、ともう一度心中で復唱していると、「主」と声がした。ユノウ・ティンバー(ゆのう・てぃんばー)が、神妙な顔で立っている。
「どうしたの、ユノウ?」
「大変だ、主。ワタシノ腕が取レた」
 ユノウの肩が動いた。肩の先、あるはずの場所に腕はない。ぽっかりと、平坦な断面があるだけだ。
「そんっ、え。ええ……? う、腕……外れちゃったの……?」
 混乱に、舌が上手く周らない。おろおろと焦るレイカに、ユノウは表情ひとつ変えないまま頷いた。
「街を歩イテたら、両方ともポろっト取れた」
「ぽろっと……」
 情景を想像してみる。非常にシュールだった。腕がないから拾えない。拾えないからそのままにするしかない。道に残された腕が、景観から浮いていた。
「ど、どうしよう……腕がないと困っちゃうよね。早くつけてあげないと……」
 だけど、その直すべき腕がないのだ。本来なら、クリスチャン・ローゼンクロイツ(くりすちゃん・ろーぜんくろいつ)に義手をつけてもらえばいいのだろう。けれどもないならどうすれば?
「買いなおすしかない、かなぁ……」
「心配なイ」
 ため息交じりのレイカの呟きに、即ユノウが答えを返す。
「新シい腕、ある。前に主かラ貰ってタお小遣イ貯めて買っタ」
「そうなの? いつの間に……」
 都合が良いというか、用意周到というか、そんな感情を一瞬だけ抱いた。けれどすぐに、「替えがあるならよかった」という思いに上書きされる。
「義手、部屋にあル。そレ、付けテ。自分じゃ、両腕ないカら付けレナい」
「そうね。じゃあ、クリスに付けてもらいに行きましょう」
「ん。オ願いしマす」
 義手を受け取り、クリスの部屋に向かう。ノックを繰り返すと、眠そうな顔の彼女が出てきた。今まで眠っていたようだ。もう午後も近い時間だけれど。
「ふぁぁ、ねみぃ……何……? どうしたって?」
「ユノウの義手が」
 寝ぼけ眼を擦るクリスに事情を説明すると、彼女は「はぁ!?」と声を上げた。
「どんな使い方したらあの頑丈な義手を外せんだよ……」
「ごメンなさイ」
 クリスの呟きに、ユノウがぺこりと頭を下げる。クリスは怪訝そうな顔のまま、ユノウをじっと見ていた。疑ってかかる者の目だ。疑う? 何を?
「クリス?」
「都合がいいな……」
 ああそうだ。それは、レイカも思った。ユノウを見る。ユノウの表情からは、感情が読み取れなかった。
「怪しい」
「? 何が?」
「都合の良さと、今日がエイプリルフールってところが。レイカだってわかるだろ、意味」
 つまり、これはユノウの仕組んだ嘘で、自分たちは騙されているのだと。
「そんなことあるはずがないでしょう」
「……ま、レイカがそう思うってんならいいけどさ。ほらユノウ、腕出しな。付けてやるから」
「はイ」
 ユノウは従順に頷いて、両腕をクリスへと差し出す。
(嘘なんてそんな)
 ユノウに限って、つくようには思えない。
 クリスは妙なことを言うわね、とユノウの頭を撫でた。ユノウは、きょとんとした顔でレイカを見ていた。


 午後。
 昼食を摂り、片付けをしていると席を外していたクリスが戻ってきて言った。
「見つけたぜ」
「何を?」
「ほら、これ」
「あっ……」
 クリスがテーブルの上に転がしたのは、ユノウの義手だった。
「ユノウ、これ……? 街で落としてなくしたんじゃ?」
「……ごメんなサい」
 問いかけると、ユノウは目を伏せて謝った。認めた。何を? 腕を落としたという嘘を?
「どういうこと?」
 怒っていないということを声音に込めて、優しく尋ねる。ユノウは、ぽつりぽつりといきさつを話した。
 以前、自分のお小遣いで新しい義手を手に入れた。
「こレは、ほントう」
 付け替えたかったが、今自分にはきちんと動く義手がある。
 壊れたら替えてもらおう。そう思っていたけれど、新しいものが傍にあると使いたくなるのは魔鎧にも言えることらしい。付けてみたくなった。装備したかった。そして気付いてしまった。
「ワタシの腕、取リ外しでキル」
 ユノウは自分の腕を外した。
「だケどワタシ、両腕なイ。腕ナいと、装備でキない」
 自分の都合でパートナーに頼るのは申し訳なかった。
「だカラ嘘ついタ」
 『外した』のではなく『取れた』ことにして。
 外した義手は、自室のベッド下の奥へと押し込んで隠して。
「新しイかっコイい腕、付けタカった。ごめんナさい……」
 しゅん、と謝るユノウに、クリスがデコピンをした。
「バーカ。最初から言えよ、替えてほしいって」
「でモ」
「嘘なんかついて、心配するだろ? 別におまえの都合で付け替えて欲しいって言われても億劫に思わねえよ。そんな手間じゃないしさ」
 ユノウの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫で回しながら、クリスは言った。
「そうね。もっと気軽に、気楽に、頼ってくれていいのよ、ユノウ」
「そッカ。……うン。わかッタ。次カら、ちゃんト頼む。……ヨロしくオ願いしまス」
 はいはい、と軽く、クリスは頷く。よかったね、とユノウに笑いかけるとユノウも笑った。
 ふと、クリスが「嘘ってあれか?」と呟いた。
「今日がエイプリルフールだからついたのか? 嘘」
 ああそうか。レイカも合点する。嘘をついてもいい日だから、嘘に乗せて希望を伝えたかったのか。
 そう思ったのだけど、当のユノウは目を丸くしていた。
「……エいぷりルふーる? なんだ、そレ?」
 レイカはクリスと顔を見合わせる。
「知らないのに」
「嘘ついてたのかよ。やるなあ……」
「??」
 クリスと息を吐く中、ユノウはひとり、理解不能といった顔でこちらを見ていた。


*...***...*


 昼下がり、ツァンダにある喫茶店にて。
 窓に面した日当たりの良い席に、瀬乃 和深(せの・かずみ)は座っていた。テーブルに肘をつき、指を組み、その指に顎を乗せて。そしてそのポーズのまま、神妙な顔で呟く。
「俺、今日からセクハラ止めるんだ」
 発言後、卓を共にしているパートナーたちの反応を窺うが、和深の前に座っていたふたり――セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)も、瀬乃 月琥(せの・つきこ)も、表情ひとつ動かさない。
 唯一、リオナ・フェトラント(りおな・ふぇとらんと)だけは手を止めて、持ち上げたカップの中身に視線を注いでいた。
 今のは、エイプリルフールだからと思い立ちついてみた嘘だ。きっととてもわかりやすい嘘。
(でもだからってこのリアクションのなさはないだろ)
 もうちょっと乗ってくれよと、和深は言葉を探して継いだ。
「今日からは心を入れ替えてみるぜ」
 できるだけ格好をつけて、嘘に嘘の上塗りを。
 これだけキメて嘘をつけば、何かしらリアクションを取りたくなるだろう。なるはずだ。なってくれ。
 しかし願望はあっさりと打ち砕かれる。
 セドナも月琥も同じタイミングで「やれやれだ」とでも言いたげなため息を吐いた。そして、
「見え透いた嘘をつくな」
 セドナは中身が半分ほど減ったカップをソーサーに置きながらため息を吐き、ばっさりと切り捨て。
「ありえませんから」
 月琥は、ジト目で和深を見ている。ほとんど同時に、全く以って容赦がない。
「そもそも兄さんからセクハラを取ると、タダでさえ薄い個性が霧散するのは目に見えてます」
 おまけに追い討ちまでかけてきた。どこまで無遠慮なのだろう。
(いや逆に、この発言はセクハラを認められていると取っても)
「いいわけありませんからね」
「ナチュラルに心読まないでくれ。
 ……ていうかふたりとも、嘘なんだからもっとこう、なんだってー! とかリアクション取ってくれよ」
 寂しいだろ、と拗ねてみせると月琥が鼻で笑った。
 しかしセドナは「ふむ」と頷き宙を見て、
「悪かった。侘び……というわけではないが、我に、しても、いいぞ。その、……セクハラ」
 視線を泳がせ頬を染め、ぽそりと小さな声で言う。
「ははは」
 その発言に、和深は思わず笑ってしまった。それも、無表情で。
「ありえん」
「このっ! 嘘でもいいから頷け!」
 突っ込むと、即座に拳が繰り出された。顔面で受け止め、席から転げ落ちそうになる。踏ん張ってこらえて頬を押さえ、和深は言い返した。
「なんだよ! おまえらはしてくれなかっただろ、意趣返しっつーかさあ!」
「はっ」
「鼻で笑うか……」
「いえ、もういっそ笑えないくらいです、兄さん。嘘をつく才もないんですね」
「おまえら……」
 とどめを刺しにかかっているふたりに対し、思わず涙目になった。現実とはかくも厳しきものなのか。
「……あの」
 肩を落とす和深へと、それまで沈黙していたリオナが声をかける。なんだろう。何か反応してくれるのか。期待してもいいのか。ほんの僅かに浮き足立ちつつ、和深はリオナの目を見て姿勢を正す。
「嘘でも本当でもセクハラは許しませんから」
「……あ、はい」
 大変尤もなことを言われてしまった。はいそうですね。セクハラはいけませんね。素直に頷いて、今度こそがっくりと肩を落とす。
「エイプリルフールなんて嫌いだ」