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若葉のころ~First of May

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若葉のころ~First of May
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●Tell Me
 
 榊 朝斗(さかき・あさと)は自宅で目覚め、自分以外誰もいなくなっていることに気がついた。
「ん〜……なんか長く寝てたな……ルシェ〜ン、アイビス〜。あれ、いない?」
 無人の居間に残されていたのは一枚の置き手紙だ。
 ぱらりと開くと、以下の文面があった。

『ルシェンと一緒にポートシャングリラで買い物してきます。
 夕方頃までに帰る予定です byアイビス』


「……つまり、お留守番ということか」
 まあそれならそれでいい。食材の買出し、久しぶりに洗濯物と掃除、後は夕飯の支度……やるべきことはたくさんあるじゃないか。
「がんばろっと」
 それでいいのかよ、お前は……という声が自分の内側のどこかから聞こえたような気がしたが、朝斗はそれを聞き流した。
 気のせいだろう。きっと。
 
 ポートシャングリラ。
「久々にブティックとか見て回ろうかしら」
 無料送迎バスから降りて、最初にルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が言ったのはこの言葉だった。
 わざとらしい、とアイビスは思った。どうわざとらいいのかは自分でもわからなかった。ごく一般的な言葉を口にしただけだから。
 でも、違和感があるのは事実だった。
 ――アイビスが買い物に誘ってきたというのは驚いたけど。
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)のほうをちらりと見る。
 まあ、もっと前だったらそれこそ、どうすればいいのかわからないくらい動揺しただろう。
 でもアイビスは変わった。
 最近、女の子らしくなったというか、どちらかというとお母さんキャラになってるような気がする。
「どこから回る?」
 久々の買い物にわくわくした様子でアイビスが聞いてきた。
 無表情でなにを考えているかわからず、唐突に暴走するかつてのアイビスはそこにはいない。今のアイビスは適度に世話焼きで母性的で、ムードメイカー的なところがある。はっきり言って、今のほうが幸せそうだ。
 これがアイビスの本来の姿なのだろう。ルシェンも慣れてはきたが……二人きりで出かけるというのははじめてだ。
「そうね。誘ってきたのはアイビスだし、アイビスの行きたいところからまず聞かせてよ」
「私? それならあそこがいいな」
「量販店? それも男性用衣料品の店に見えるけど」
 なんともお洒落とは言いがたいチョイスにルシェンは首をかしげた。
「うん。朝斗のパンツと靴下! ストックを増やしておきたいの。そろそろゴムが伸びてきたものがあるし、露が近づいて来たから毎日洗濯できるとは限らないし……」
「アイビスあなた…………『かーちゃん』って感じ」
「やだあ、そんなにオバサンくさい発言だった?」
「いやそういう意味じゃなくて……」
 そこからあちこちを巡って、二人は喫茶店で小休止を取った。
 オープンカフェだ。パラソルの下で緑の風に吹かれる。
 洋服にカバン、それにもちろん朝斗の身の回りの物……けっこう色々と買ったものだ。荷物を空いた席において、冷たいドリンクに手を伸ばす。
 目の前のメロンソーダを飲むでもなく、シャラララとストローでかき混ぜながら、ぽつりとアイビスが言った。
「唐突だけどルシェン、あなた朝斗のこと、どう思ってるの?」
 なにかの聞き間違いかとルシェンは思った。
 それほどに、突然すぎる質問だった。
「そ、それどういう意味……? あさにゃんとしてオモチャにするのは楽しいし、家族としてなら……」
 アイビスは首を振った。
「あさにゃんや家族じゃなく、男性としてどう見てるのか聞いてるの」
 ルシェンの前のアイスコーヒーのグラス、溶けた氷がカラッと音を立てた。
「もちろん、大切な人だと思ってるけど」
「私が聞いてるのは男性としてどう思ってるのか、よ?」
 ピシッ、と音がした。アイスコーヒーの氷に亀裂が走ったのだろう。
「え……っと、その……」
「朝斗はもう立派な男性よ。女性を本気で愛していてもおかしくない。
 だけどルシェン、あなたは朝斗の事を男性として本気で好きなのか、そこをハッキリと聞いておきたいの」
「あ……う…………」
 喉がカラカラだ。ルシェンはストローを使わず、冷たいコーヒーをグラスから直接口に含んだ。
 だからといって、アイビスは間をとってくれない。立て続けに告げた。
「実際はどうなの?」
「わから……ない」
「わからない?」
「好きか、っていう質問ならもちろん好きよ。朝斗と離れて暮らすなんて考えられない。でも……それ以上どうなのかと言われたら……」
「自信がないってこと?」
 今日のアイビスは変だ。追求に容赦がない。まるで、以前のマシーンさながらのアイビスと、現在の母性的なアイビスを足し二分割したような。
「質問を変えるわ。私ね、機晶姫だけど、女性としての機能は残っているの」
「それってどういう……?」
「子どもが産めるってこと。元々は人間で、病気か大怪我かの治療のため、機晶姫化しただけというのもあるから……クランジと同じね。念のために先日、病院で調べて確認もしてる」
 まさか、とルシェンは目を見開いた。
「――私、朝斗の赤ちゃんを産むことができるわ」
 ハンマーで横面を張られたような、そんな感覚にルシェンは襲われた。
 かつてクランジΟ(オミクロン)が朝斗にキスをするのを目の当たりにしたときの衝撃に似ている……似ているが、質は異なる。オミクロンは敵だった。でもアイビスは……。
「ごめんね。ルシェンは友達。友達だから、困らせたくはなかった。だけど友達だからこそ、言えることもあるってわかって」
 ここの払いは済ませておくわ、そう言ってアイビスは立ち上がった。
「今すぐじゃなくていい。けれど、あまり待たせずに回答を聞かせて。ルシェン、あなたは朝斗のこと……どう思っているの?」
 荷物を持って、アイビスの背中が小さくなっていく。
 ルシェンは何も言えなかった。立つこともできなかった。
 手の中で、アイスコーヒーがぬるくなっていくのがわかった。