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太陽の天使たち、海辺の女神たち

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太陽の天使たち、海辺の女神たち
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リアクション


●Tonight Tonight(4)

 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の、ちょっとズレた発言はいつものことだが、
「マスター! この度も大変楽しい時間をいただけ誠にありがとうございます。こてーじも大変素敵ですが、ただ防衛の機能は少々弱く……」
 三つ指ついて、なにやら頓珍漢なことを言っている。これは二人が、一緒のコテージのドアをくぐった途端の発言だ。
 少々、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は頭を抱えた。
「……いや、わかってた。わかってたよ」
 そういうことを言うだろう、って。
 せっかくの一泊旅行だ。邪魔っけなやつもいない二人っきりの一夜……といっても、やはりフレイはフレイなのだ。泊まりに誘って彼女があっさりOKを出したあたりから、予想できていたことじゃないか。
 まあでも、これだけは言っておきたい。
「フレイ、今回も俺たちは恋人同士で来たわけで、護衛じゃねぇからな?」
 ロマンティックな展開は今日もお預けらしい。すっかり胃薬が常備薬のベルクだ。今夜も、飲んでおこうか。
「だいたい、誰も攻めてこないから」
「そうですか。ですが私はマスターを、常在戦場の意識でお守りしたいと思います」
 ……なんだか微妙に会話が噛み合っていない。
 ――っていうか、『恋人同士』ってとこ、さりげなくスルーされてるし。
 いや、これはフレイが(いつものように)一生懸命なだけだとベルクは考え直して、いい機会なので彼女の懸命さの内側にあるものを、覗いてみたいと思った。
 つまり、フレイのことをもっと知りたいということである。
 ――考えてみたら俺、フレイが抱えているものを詳しく知らねぇんだよな。
 そこに壁があるような気がした。
 一気に壁を乗り越えるのは難しい。けれど、少しずつ崩していきたい。いま思えば、前回の宿泊で彼が失敗した(フレイに泣かれた)のは、強引に壁越えを狙ったからだった。大切な彼女だからこそ、無理はするべきではないだろう。婚活祭をきっかけに、彼女の内部にもなにか、大きな揺さぶりがあったようだし……。
 椅子を引いてベルクは座った。
「フレイ、今日は、聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「フレイが、忍の里の跡継ぎになるのがいやでパラミタに逃れてきたということは知ってる。そのあたりのことを、詳しく話してくれないか」
 出逢ってから二年弱、この事情については、フレンディスはほとんど語っていない。
「それは……」
「ずっと曖昧なままだった。俺はそれでも構わねぇと思ってた。けど……フレイ、好きな人のことを知りたいというのは、人として自然なことだ」
「好きな人!?」
 ぼんっ、と音がするくらい瞬間的に、頬を染めるフレイだ。
「俺の過去についてならあとで存分に訊いてくれ。けど今は、フレイに話してもらいたい。もし重いものがあったとしても、それはもう、フレイ一人が抱えるべき問題じゃねぇだろ? 俺がいる。俺が、半分もってやるよ」
 我ながらキザすぎるかな――という気もしたが、これはいつわりなきベルクの本心だ。
「はい……」
 頭の耳(フレイによれば狼の耳)が、ちょこなんと垂れている。
 しばらく葛藤があったようだが、それでも、ポツリポツリと彼女は語った。話には前後する部分や詰まってしまう部分があったので、要点を整理して記すと、こうなる。
 フレイには、実の母親との間に問題があるということだった。
 フレイの母親は、女性としてはこれ以上ないほどに魅力的だという。
 けれど娘からすれば、母として最低部類に入る女性だ。あまりに奔放で、子を常に、都合のよい道具や玩具とみなしている風がある。
 ただし……ここをフレイは強調した……互いに愛情がないわけではない。
 ただ、フレイが母に対して母親としての愛情を抱く一方で、彼女の母はフレイに対して、愛玩動物のような愛情を抱いているにすぎない。少なくともフレイはそう感じていた。
「私のパラミタ修行を母が認めてくれたのは、単に、『いままでずっと言いなりだった娘』が生まれてはじめて反抗してきたのが面白かったからだと思います。『別に戻って来なくても』と平気で考えてるはずです……あの人は」
「まさかそんなことは……」
「いえ、マスター。私はたしかに、『子が必要になればまた作るから』と彼女が言い切るのを聞きました」
 フレイにとって、故郷である里は母親とイコールなのだ。
 思慕の情はある。だが、それ以上に畏怖の対象である。自分をさんざ翻弄し、おとしめてきた存在。
 吐き出すのが辛いのだろう。目頭を押さえながらフレイは言う。
「……今だって、いつ、母の気まぐれで地球に連れ戻されるかわかりません……逃げられないのです。連れ帰ると決めたらあの人は、絶対に連れて帰るでしょう。私の意思などお構いなしです……」
 あまりのことに、ベルクはしばし、かけるべき言葉を見つけられないでいた。
 フレイの根底にある自信のなさ、ときどき『忍者さん』と自称するのも、その過去が原因と考えられた。
 ――よくわからねぇが、『くの一失格』だなんて言われ自尊心を傷つけられてきたのかもしれない。
「……申し訳ありません。つまらない話をして……でもこれは、全部私が、自身で解決すべき問題です。申し出はとても嬉しいのですが、マスターの手をわずらわせるわけには……」
「なに言ってんだ!」
 瞬間、ベルクは悟っていた。
「防衛の機能は少々弱く……」
「常在戦場の意識で」

 こういったフレイの発言、いつも『敵』の存在を意識し怯えていた理由、それは彼女の中にある母親への恐怖心がもたらたしたものだと。
「母親に絶対連れ戻される、だと、馬鹿野郎! フレイ、お前はもう一人じゃねぇんだ、俺がいるだろ! フレイが連れ戻されるのを、俺が黙って眺めているとでも思ってるのか! 死んでもそんなことはさせねぇってんだ!!」
 荒々しく彼は、彼女を立ち上がらせ抱きしめた。
 恐怖のためかフレイの体は冷えていた。それを温めるように、さすりながら、
「フレイ……もう十八歳だろう? 子どもじゃない。自分の行きたくない場所には行かないし、いたい場所にいる……それを自分で決められる年齢だし、自分で決めなきゃならねぇ。
 ……教えてくれ、フレイ、お前はどこにいたい?」
「マスターと……マスターと一緒にいたいです」
「もっと大きな声で」
「マスターといたいです!」
「俺も同じ気持ちだ。よく話してくれた……。忘れるな、今の気持ちを。俺たちは運命共同体だ。フレイの問題は、俺の問題でもある。恐れるな……いや、恐れてもいいが、そのときは、俺を呼ぶんだ」
 こらえていた嗚咽が、一気にフレイからあふれだした。
 彼の胸に顔を埋め、フレイは肩を震わせていた。
 今夜はずっと見守ろう――ベルクは決めている。
 彼女が落ち着きを取り戻し、やがて眠りに落ちるまで。

 遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)と結婚してから、早いものでもう二年が経過している。
 もちろん現在まで、二人ででかけた回数は数限りない。
 ゆえに、今さらコテージの部屋に二人きりだからといって、照れる必要はまったくない。
 はずなのである。
 なのである。
 でも。
 ――全然平常心でなんていられませんッ!
 もうそろそろおネムの時間なのだが、歌菜の目はギンッギンに覚めている。
「歌菜、もう飲みすぎじゃないか?」
 ワイングラスに次の一杯を注ごうとする彼女の手を羽純は止めた。
「だって……」
 ――わかって、この気持ち!
 歌菜は叫びたい。もう夜も遅いから叫ばないけど、叫び出したい。
 ――どうして、羽純くんは……。
 ちらりと彼を見た。それだけでもう、歌菜の全身には高圧電流が流れるのである。
 ――こういう場所だと、こんなに色気というか何というかもう! なんでしょうかっ!
「もうしまうからな」
 いささか素っ気ない態度で羽純はワインにコルクを戻した。
 ただそれだけの動作だというのに、彼からは、鳥肌が立つようなクールさが立ち昇る。歌菜を感電死させるつもりなのか、彼は。
 無論、彼女がカチコチになっているのは羽純にはとっくにわかっている。
 といっても、その理由はサッパリわからないのであるが。
 それはそれで、可愛いと思うし、反応だって面白い。けれど、
 ――なんだか傷付くぞ。
 それも羽純の本音なのだった。もしかして家族と思ってくれていないのだろうか?
「歌菜、こっちを見ろ」
 もう荒治療するしかない――そう決めて、彼は彼女の肩に手を置いた。
「いつもは目を合わせて話すだろ?」
「え? えー……」
 しかし歌菜は目を逸らそうとする。イタズラが露呈した小学生のように。
「正直に話してくれ。俺のことが、嫌いなのか?」
 彼女は首を横に振った。
「なら、怖い?」
 やっぱり首を振った。
「どちらも違うなら、何で?」
 額がくっつくくらい顔を近づけて問いかけた。
「だって、ドキドキしちゃうんだもん!」
 嘘をついても仕方がない――そう肚をくくって彼女は言った。
「結婚して二年以上経っても、どうしようもなくドキドキしちゃって……自分でもコントロールできないのっ! だから、ドキドキしないようにするなんて無理と思う」
 一気に言ってしまって、これで安心かと思いきやさにあらず、ますますもって彼女の動悸は加速した。
 羽純は溜息をついた。
「ますますドキドキする? ……じゃあ、そのドキドキに慣れろ」
「え? ドキドキに慣れる?」
「俺は、もう慣れた」
「嘘!」
 いきなり歌菜は強い口調になった。
「羽純くんはいつも大人の余裕で……ドキドキしている様子なんて、数えるほどしか見たことない」
 涙目になってしまうが、これが歌菜の正直な気持ちだ。
 一笑に付すには重すぎる状態だ――羽純は理解した。これは、こちらも相応の覚悟が必要だ。
「……これでも、そんなことが言えるのか?」
 言うなり彼はするりと上半身をはだけた。歌菜は飛び上がりそうになるが意に介さない。同じく彼女の上着をはぎとって、下着越しにその細い肩を抱きしめた。
「静かにしてろ……ほら、わかるか?」
 温かな体温、触れあったその場所から、彼の鼓動が伝わってくる。歌菜はたしかにそれを受け取った。
 ――羽純くんの心臓の音、私に負けないくらい速くてドキドキしてる。
「俺も……ドキドキしてるだろ? そういうことだ」
「……うん」
 一緒なんだ、やっとわかった。
「いまだにドキドキするの、私だけじゃなかったんだ……」
「当たり前だろ?」
 こらえていた涙が、一粒だけ零れた。歌菜は首を巡らせて、彼の肩でこれを拭った。
「ねえ……」
 早い鼓動に身を任せながら、歌菜は囁いた。
「安心したら、羽純くんの温もりが欲しいって、思った」
「ああ」
 羽純の指がゆっくりと、歌菜の下着、その肩紐をさぐり始めた。

 ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)はもつれ合うようにしてベッドに倒れ込んだ。
 今日はもう、難しいことはなんにも考えたくない――これがハイコドの偽りなき気持ちだ。
 ふたりの子どもは、事前予約しておいたベビーベッドで寝息を立てている。
 店は、残りのパートナーたちが店番をしている。
 だから自分たちのこと以外は気にしなくていいのだ。少なくとも明日の朝までは。
 柔らかなベッドに背を預け、仰向けになってハイコドは言った。
「ああ……光陰矢の如し、か」
「ええ、なに?」
 その隣に寝転んで、ソランは不思議そうな顔をする。
「いや、さっきのバーベキューで思ったんだよ。息子たちがあんなにバーベキューに興味津々だとはな。子どもの成長ってほんと早いな。そんなに貴重な時期を三ヶ月も見逃しちまうなんて……痛いよなぁ」
 約三ヶ月、ハイコドは別の存在に体を乗っ取られ行方をくらませていた。その期間を悔いているのだ。
「なに言ってるの?」
 チュッと音が立つ軽いキスを彼に与えてソランは言った。
「これから取り戻せばいいでしょ。子育てはまだまだ続くんだから」
「ん、まあそうだな……」
 言いながら多少ぎこちなく、もぞもぞと彼は彼女の背に腕を回した。
「それに、妻との三ヶ月も取り戻さねーと」
「いいの? 私のお腹傷があるよ? まだ腹筋とか戻ってないし前とは違うよ?」
「違うだあ? あんな俺なんかもっとヒデーぞ。目は死んでるし左腕は完全義手だし触手にょろにょろ出るしマジデ人外だぞ!?」
 がばとソランは身を起こしている。
「はあ!? だから自分のほうがすごい、って言いたいわけ!? なんでも私に勝ってないと気がすまないの? それなんて人外亭主関白!?」
 違う、と声を上げてハイコドもベッドに身を起こしている。
「俺はな! ドMでド変態で全身敏感で他の女とたまに遊んで、かててくわえてたまに俺を性転換薬で女にさせようするけど、ちゃんと妻をやってるお前が大好きなんだよ!」
「ナニソレ! 貶してるのか褒めてるのかどっちなのよ!? 大体この子達産んでからは遊んでません! 大体母乳が出すぎるのは……」
「なんだとお! でもお前喜んでるじゃねーか! この雌狼!」
「雌狼ぃ……」
 なぜか一瞬、恍惚とするソランであるが、それはともかく、とまた目を怒らせて、
「なによこのおっぱい星人! 形とか垂れないようにとか努力する私の身にもなれ!」
「だったら俺が垂れないように整えてやるわー!」
 言うなり今度は、ハイコドはソランに覆い被さった。
「あーん♪ じゃなくてアホー!」
「アホで結構だー! 二度とそんな口がきけないようにしてやらー!」
 ところがふたりの言い争いは、さすがに許容量を超えたらしい。
 ふぇ……と声が聞こえた。双子の赤ん坊が目覚めようとしている!
「まずい!」
 ふたりは同時に叫んだ。そして、着衣の乱れなど構わずに一人ずつ、赤ちゃんをあやすのだった。
 恋人同士の顔がアッという間に消え、たちまちパパとママの顔である。
 ……小半時がすぎた。
 ぐったりと疲れた状態で夫婦はベッドに戻った。
 苦笑をかわして、ごろりと横になる。
「あぁ、こんな風に言い争うのは付き合う前以来だな……」
「そうね……でも、まあ悪くないと思うわ」
「おい……愛してるぞ」
「なによ今さら」
 そうして二人は、優しく愛し合うのだった。