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 第3章 契約者の『普通』は異世界のかおり

 上野駅までは、普通だった。
 それが変わったのは、空京行きの新幹線に乗ってから。
「うわぁ……」
 モノレールなど、高い所を走る乗り物は地球にもある。しかし、地上を離れた新幹線の上昇ぶりはその比ではない。窓から外を見ていると、まだ昼間なのに銀河鉄道に乗っているような気さえしてくる。
 これが現実だなんて、ちょっと信じられない。
 空京の地を踏み改札を出ると、皆川 雪は兄である皆川 陽(みなかわ・よう)を探す。彼の姿は、人混みの中でもすぐに分かった。自分と同様に凡庸である兄は、基本どこにいても目立たない。けれど、個性的な人が多い場所だからだろうか。今日は、凡庸さが1つの個性に見えなくもない。
 連休だからと観光に来たものの、パラミタへの期待と同時に、雪は心細さや場違い感も感じていた。それが、安心感に取って代わる。
「来てくれてありがとうお兄ちゃん」
「家族だし。来るって言ったらまぁ、普通に会いに来るよ。お父さんとお母さんは元気?」
「うん、元気だよ」
 久し振りに会う家族の、普通の会話。控えめな笑顔を浮かべ、陽は先に歩き出した。

「やっぱり、シャンバラ宮殿はすごいなあ」
 空京の街は、新幹線での印象がすっかり上塗りされるくらいに未来都市だった。建物を見ても、最早、硝子以外は何の素材を使っているのかも想像がつかない。
 超産物と超技術が駆使されたような街の中、ショッピングモールで買い物したり、土産物屋でシャンバラ各地の品物を眺めたり。店の中は外と比べてそう前衛的でもなくて、雪は戸惑うこともなく観光を楽しんだ。手に提げた袋にはキーホルダーやタオル、ボールペンなど毒にも薬にもならないような定番品が入っている。
 歩いているうちに物珍しさは段々と消えてきたが、この宮殿の威容にはただただ感心するばかりだ。
「ここの記念写真も撮っておこうか」
 目を丸くしている妹に、デジカメを出して陽が言う。メモリには、これまでに撮った空京の思い出が入っている。
「うん。せっかくだしお兄ちゃんも一緒に撮ろう」
「え? 僕も?」
 宮殿を背景にシャッターを押そうとしていた陽は、きょろきょろと周囲を見回した。建物が少なく眺めの良いこの丘には何人かの姿があり、彼は初めに目に留まった真っ赤なスパンコール服を着た、暑いからか露出多めの男性に声を掛ける。男性は、巨大な鷲を従えていた。見るからに怪しく、見るからに恐い。
「すみません、写真お願いしていいですか?」
「写真? ああ、君達観光客か。いいよ、撮ろう」
 陽の頼みを、男性は快く引き受けた。垢抜けない雪達を、直感で観光客と判じたらしい。
「フレースヴェルグの羽休めですか?」
「そうだよ。今日は予定もなかったからね」
「…………」
 パシャパシャと何枚か撮影してもらい、二言三言会話を交わす。その兄と男性の様子を、雪はびっくりして見詰めていた。あんな個性的な人を恐がらないなんて――何も変わっていないように見えていたが、彼はパラミタに来て、少し変わったのかもしれない。

「え、さっきの? うん。一方的に頼みごとをして別れるっていうのも失礼かなと思って思いついたことを聞いてみたんだ。種類は違うけど、似たようなのなら僕も持ってるし」
 歩き疲れたこともあり、休憩を提案してコーヒーショップに入る。席についてデジカメを見ると、画面にはセミロングの髪を後ろでまとめただけの雪と、黒髪を単純に短くしただけの陽が映っていた。その地味な眼鏡の日本人2人組から目を上げて、雪は言う。
「似たようなの?」
「僕が呼べるのは違う種類だけどね。フェニックスとかサンダーバードとか」
 何だか漫画や小説に出てきそうな単語だ。「異世界のかおり」を感じたい。そう思ってパラミタに来てみたが、実は、彼と話すだけでもそれは感じられたのだ。
「お兄ちゃんって、普段はどんな生活してるの? パラミタで」
「え、普通に学校行ってるよ。雪の高校とそう違わないと思うけど……」
 好奇心に駆られて聞いてみると、陽は薔薇の学舎での暮らしについて話し始めた。本人に自覚はないようだがそれは充分に「異世界のかおり」のするもので、雪にとっては素通ではなく新鮮だ。
「そうだ、最近地球じゃどんなマンガが流行ってるの?」
 ひとつ話が終わったところで、陽がそう聞いてくる。雪は、これは地球のと変わらないコーヒーを飲みながら自室の本棚を思い返した。
「えーとね。大きな人と戦うのとか大きなGと戦うのとか、タコを暗殺するやつとか?」