リアクション
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ どこかから閑かに、深く重い鐘の音が聞こえてくる。 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は目を閉じて、しばしその響を楽しんだ。 「除夜の鐘か……まさに大晦日って感じだな」 日本式の暦を採用すると、年末など瞬く間だ。先週はクリスマスで慌ただしく過ごしていたというのに、一週間もしないうちにもう年が暮れる。 アルクラントは鍋の火加減を見つつ、そっと振り返った。 パートナー三人がそろって待っている。 こうした光景は、なんとなくだが久しぶりのような気がした。自分を含めて四人、こうやってそろう機会はこのところ減っていた。 アルクラントの視線を受けて、シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)が腰を浮かせかけた。 「なに? アル君、手伝おうか?」 なんとなく釣られて完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)、エメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)も和風暖房器具……つまりコタツから身を起こすも、アルクラントは手を振って声をかけるのだ。 「いや、いいから、君たちは座ってて」 「でも」 「盛り付けのときだけ手伝ってくれればいいから」 「まー、マスターもあー言ってるわけだし、いいんじゃないー」 ペトラはアルクラントの気持ちを察したのか、そう言ってシルフィアを座らせる。 「そうよね。アルクなら、『厨房は己のテリトリーだ』なんて思ってそうだし」 と言ってエメリアーヌは清酒を杯に注ぎ、呵々と笑った。 ――見抜かれてるな。 アルクラントは鍋に向き直る。苦笑いが口元にあった。 ――キッチンは男の戦場だ……今日ばかりは邪魔されたらたまらないからな。 そんな言葉が心に浮かんだばかりだったのだ。 まあいい、遠慮してくれるのであればそれに越したことがないだろう。シルフィアとペトラが手伝えば味がおかしくなることは予想が付く。それに、いずれにせよエメリアーヌは面倒といって手伝わないだろうし。 鍋の火加減は上々、フライパンの焼き物もきつね色になってきた。 さあ、もうじき完成だ。今年最後の豪華な食事、大盤振る舞い! 「さて、どうだい。なかなかのものだろう」 アルクラントが料理を披露すると、三人は目を輝かせた。 チキンの香草焼き、チーズリゾットにアボカドのサラダ、ベーコンとポテトのピザもオーブンから出てくる。配膳を手伝うと言ったペトラは、ただもう目を丸くしてこの光景に見とれていた。 「こいつをつまみつつ、酒も楽しむとするか……あ、ペトラはノンアルコールの炭酸飲料な」 やがて、 「それでは、乾杯といこうか」 という彼の言葉を合図に、四つのグラスが冴えた音を上げたのである。 晩餐の時間帯としては多少遅くなったものの、どうせこのまま日付が変わるまで楽しむ気配なのでそれでいいとしよう。 「今年もこれで終わりな訳だが……本当に色々あったな」 さっそくグラスを乾したエメリアーヌに、アルクラントは赤いワインを注ぐ。 「色々? たとえば?」 いきなりボールを投げ返された格好だ、アルクラントはぐっとグラスを空けた。頬が熱いのは酒のせいだろう。多分。 「やはり大きかったのは……シルフィアとのこと、かな」 びくっ、と仔猫のようのシルフィアが身を竦ませるのがわかった。彼女の顔がみるみる紅潮するのがなんだか、微笑ましい。 「散々回りから言われてはいたけれど、やはりきちんとした、というのは私的にもね、色々とね」 後半、ちょっとシルフィアの言葉は曖昧になる。 「なーにが『色々とね』よ、いっぱしの口きいちゃって」 さっとエメリアーヌはシルフィアにワインボトルを向けた。 「ほら、グラス貸して。空になってる」 「え? あ……まあ、じゃあ、ちょっとだけ……」 「ワインを注ぐときはテーブルに置くの。日本酒みたいに杯を手で持たないように」 このあたり、エメリアーヌにはこだわりがあるようだ。それはそうと、と言葉を切って続ける。 「それより、次はシルフィアが言うべきじゃない? 今年の思い出」 「え!? 私! ……えーと、私も…やっぱり、その、アル君とのこと、かな。出会った日もそうだったけど、なんというか、私の心を暖かくしてくれて……ってなに言わせんのよ、もう」 「あー、はいはい、二人ともお熱いことで」 「あ、シルフィアのろけてるー。マスターも照れちゃって。ひゅーひゅー!」 「こら、冷やかすんじゃない。これでも真面目に言ってるんだぞ」 言いながらどうにも反応に困って、アルクラントは多少乱暴に、手にしたピザにかぶりついた。 「そうよ、ペトラもエメリーもからかわないでよー」 それを聞くや、ふーん、という顔をして、 「そのときの影に私がいたこと忘れずにね。感謝なさいな」 と言いかけたエメリアーヌだが、そういえば、とでも言いたげにアルクラントとシルフィアが視線を投げてきたので、 「……いや、ホント悪気はなかったんだってば」 あははと声に出して肩をすくめた。 「それに二人だって色々あったくせに。私知ってるんだからね」 逆襲すべくシルフィアが身を乗り出す。アルクラントも言葉を合わせた。 「そうそう、ペトラとも空の上の冒険に行ったな。まさかペトラのルーツの一端を知ることになるとは思いもしなかったが……過去は過去として、これからを考えるにはいい機会だった」 ペトラはうなずいて見せた。 「そうだね、自分自身のことを知ったっていうのはたしかに大きかったかなー。でもね、それ以上にお友達がいっぱい増えたってのが僕のすてきかな」 「そういや『彼』とはそれからどう?」 シルフィアのいう『彼』というのは、忍野ポチの助のことだ。 待ってました、とばかりにペトラは満面の笑みを見せた。 「そうそう、この間もポチさんとねー」 今年どんな交流をしたかをペトラは一気にまくし立てた。なんとも清くそしてほのぼのした交際が行われているようだ。今後が楽しみではないか。 「それで、明日も遊びに行く約束もしてるんだー。だから年が変わったらすぐに寝るつもりだよ!」 「おんや、ペトラもスミに置けないじゃないの」 と呟いたエメリアーヌは、三人から見つめられていることに気がついた。 どうやら彼女にも、2023年の総括をせよということらしい。アルクラントが水を向ける。 「今年はエメリーも結構表に行ったな。未来に飛ばされてみたり本の世界に行ってみたり。私の言葉だけじゃなくて、自分の目で見るってのもいいものだろう?」 「んー、そうね。その経験とも関連して、今年思ったことを言うわね。もともとアルクの見聞録だった私だけど、こうやって人間の姿を取るのが普通になってしまって、アルクが日記書いてももう私の記憶にはならなくなったわけだし、今後はあらゆるものを自分の目で見て耳で聞いて……覚えてないとね、なんて思ったりしたわ。しっかりとね。だから、アルクもシルフィアもペトラも、これからずっと私に素敵を見せ続けられるように努力しなさいよ」 ほう、と感心するような声が三人から聞こえたので、むっ、と眉をしかめるエメリアーヌである。 「な、なによ、私が真面目な事言ったら変? そんな気分の日もあるってことよ。一年の計は元旦にありっていうでしょ。まだ日付変わってないけど」 ぶつくさと言いながら徳利を手に、手酌で清酒を呷るのだ。 その様子に思わずアルクラントも吹きだしてしまった。 「いや悪い悪い、いいこと言うなあと思っただけだ。気を悪くしないでくれ」 そこからアルクラントは、自分の回想に戻った。 「あとは……グランツ教の件か」 鮮明に思い出す。アルクラントと相対したカスパールの姿を。 銃口を向けても、彼女は微動だにしなかった。 「この銃はライジング・トリガーという。竜の角で作られた弾丸を使う特殊なものだ。これであれば、きみを傷つけることができると思う」 「おそらく、おっしゃる通りになるでしょう。その種類の武器には経験がありませんもの」 潤んだようなカスパールの瞳……そこに寸毫の嘘もなかった。それは断言できる。 「アルクラント、他のパートナーたちと別れ、私と共に来ると約束して下さい。そうすれば私はあなたに、私のすべてを捧げましょう……」 だがアルクラントは、その『契約』を断った。 「あれはなんとも、肝を冷やしたというか…アルティメットクイーンもそうだが、カスパールやメルキオール……やつらとも来年こそは決着をつけないとな」 「そうね」 とシルフィアは彼の腕に手を置いた。 「来年は色々と決着をつけなきゃいけない年なんでしょうね。私もそんな予感がするわ。 でも、それが終わったらまた新しい素敵を見つけるんだから。……これからも、皆と一緒にね」 アルクラントは頬を緩めた。なんだか彼女の一言で、救われた気がする。 「そうだな。来年も、共に素敵な一年を過ごそう」 つい長話になってしまった、そろそろ年が変わる。 ソバを食べないと、とアルクラントは席を立った。手打ちソバを用意している。 たらふく食べたというのに、ソバとなればまだ食べられるのは、なんとも不思議というものだ。 気がつけばもう除夜の鐘は、聞こえなくなっている。 |
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