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そんな、一日。~二月、某日。~

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そんな、一日。~二月、某日。~

リアクション



3


 目が覚めた。伸びをして、カーテンを開け、顔と歯を洗って着替えを済ませる。
 そこで初めて遠野 歌菜(とおの・かな)は窓の向こうに目を向けた。昨日降った雪がまだかなり残っていて、太陽の光を反射してきらきらと輝いている。敷地内だからか踏み荒らされた形跡もなく、本当に綺麗で思わず見とれてしまった。
 ふと、昔こんなことがあったな、と幼い日のことを思い出した。雪が降った次の日に、積もった雪を見てはしゃいだことだ。小さな歌菜は、雪遊びができる、雪だるまを作るんだ、と外に飛び出していった。
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)は、そんな風に遊んだことがあるのだろうか? 絵になりそうだが、ないような気がする。
「よーし」
 思い付きを実行しようと唇を笑みの形に変えて、歌菜は部屋を出た。
「羽純くーん。雪かきするの、手伝ってー!」


 雪かきのためにと用意されたスコップを持って、羽純はせっせと雪を集めた。
「ここに集めてね」
 と言われたのは敷地内。てっきり、道路脇にでも集めて溶けるのを待つのかと思っていたから意外だった。
「いいのか、ここで」
「えっ。ええと……うん、いいんだよ。ほら、外に出して誰か転んでもいけないし」
 言葉に詰まった様子が疑問だったが、言い切られてしまってはそうかと頷くほかなかった。何せ羽純は雪のことをあまり知らない。好き好んで触ったこともなかったから、積もった雪がこんなに柔らかいものだともわからなかった。
 雪かきを始めてから、五分ほど経った頃だった。
「羽純くんは、雪だるま作ったことある?」
 それまで黙って雪かきをしていた歌菜が、話しかけてきた。羽純は、スコップを持つ手を止めることなく「ないな」と簡潔に答える。「そっかー」という歌菜の返事は妙に弾んだものだった。ん? と思って歌菜の方を見やる。なんだか、にこにこしているように見えた。
 視線に気付いた歌菜が振り返り、羽純を見た。やはり、笑っている。微笑みが、にっこりとした笑顔に変わった。
「作ったことないんだったら、せっかくの雪だし作ってみない?」
 ね? とねだるように小首を傾げられて、気付く。雪かきという誘い文句はただの口実だったのだ。
「本気か?」
「もちろん。楽しいよ〜、雪遊び!」
 心から楽しそうに歌菜は言った。あまりにも無邪気な声だったので、少し誘惑される。
「駄目かな……?」
 そこに、しゅんとした様子で言われたら、もう。
「別に。実際、雪だるまなんて作ったことないし……いい機会かもな」
 頷いた途端、歌菜はぱあっと表情を明るくさせた。ああ、もう。羽純は苦笑するように笑い、歌菜の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「わっ。えっ、えっ、何?」
「なんでも」
「??」
 不思議そうにしている歌菜を置き去りに、羽純は集め積まれた雪を手に取り丸く形作り始めた。


 あの、幼き日のことだ。
 歌菜は父親に、雪だるま作りのコツを教えてもらった。
「あのね、水分を含んだ雪の方が、固くて崩れにくい雪だるまが作れるんだよ」
 羽純が子供の頃の自分と同じように、さらさらの雪で丸を作っていたので教えてやる。
「たとえば、ん〜……この辺とかね」
「これか」
「そうそう。でもね、その前に雪だるまを置く土台を作るんだ。そこがしっかりしてると、安定するからね。これも、湿った雪を使うのがポイント」
「湿った雪で作るのか」
「作るっていうか、覆います」
 こんな風にね、と手本を見せてやると、羽純は同じようにして土台を作った。
「いい感じだね! じゃあ、雪玉作ろうか。これが雪だるまになるから、ちゃんと作らないと駄目だよー」
 説明しながら雪を取る。雪玉全体に雪が付着するように満遍なく力を込めると、ほどなくして綺麗な球体が出来上がった。
「どうでしょうか!」
「上手いな……」
「えへへ〜。小さい頃、パパに教わったからね! ささ、羽純くんもどうぞ!」
「雪玉に、満遍なく……」
「あっ、そうじゃなくて……こんな風に」
「……ああ! なるほど」
 時に手を貸し、時に見守り、雪玉が出来上がった。この時点で、羽純は少し満足しているようだ。小さい頃の自分もそうだった。デジャヴを感じて笑っていると、怪訝そうな顔をされたので表情を引き締める。
「じゃ、もう一個作って頭にしよう! 頭と胴のバランスは、三対四くらいが目安かな」
 一度コツを掴んでしまえばふたつめを作るのは早かった。
「慣れたものだねー。すごいや、私、パパの手伝いなしじゃできなかったのに」
「子供だったからだろ」
「でも、すごいよ。綺麗にできてる」
「それでこれをどうするんだ?」
「合体させるよ。小さい雪玉を、斜めにならないように気をつけながら大きい雪玉の真上に重ねてね」
 こうやって、と今までと同じように見本を見せる。次いで羽純が雪玉を乗せた。恐る恐る、そうっと乗せる様がなんだか可愛い。
「仕上げに顔を作ります。本当は木炭で作るんだけど……一般家庭にはないからね、スノーマン形式でやるよ」
 ぱっと庭先を見て、使えそうなものを探した。いくつか拾い、羽純に見せる。
「目は石で、口は枝で。それから、鼻はにんじんで。今取ってくるから、顔作って待ってて」
 はい、と渡して部屋に戻った。キッチンからにんじんを取り、庭に戻る。
 羽純は、歌菜に言われた通りに顔を作っていた。まだ鼻はないが、なんだか精悍な顔立ちをしている。
「どうだ?」
「いいと思う! じゃあ、はい! にんじん!」
 渡すと、羽純は少し考えてから鼻になる場所を決めて、つけた。完成した顔は、いっそう凛々しくなっている。雪だるまに凛々しいと思うなんて、変かもしれないが。
「羽純くんが作ったものだからそう見えるのかなあ……」
「何か言ったか?」
「ううんっ、なんでも! じゃ、私も作るからちょっと待っててね」
 誤魔化し、歌菜も雪だるまの顔を作った。羽純が作ったものよりも愛嬌のある顔立ちだ。
「夫婦雪だるまの完成ですっ」
 ふたつ並んだ雪だるまを見て笑い、羽純の反応を見る。羽純はやっぱり少し満足げで、それを見て歌菜も満たされた気持ちになった。
「どうだった?」
「なかなか本格的だから驚いた」
「そうかな?」
「適当に雪を丸めて玉にするだけだって思ってたからな」
「ああ。そう思ってたらそうかも」
「な。あと、意外なほど愛着が湧く」
「でしょー」
「もっと飾り付けないか? バケツを乗せるとか、見たことがある」
「いいね! マフラーも巻いてあげよう?」
「そうだな。可愛くなる」
 と言って笑った羽純の顔は楽しそうで、ああ、誘って良かった、と歌菜は心から思った。