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思い出のサマー

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思い出のサマー
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●新生活の第一歩

 巨大ショッピングモール『ポートシャングリラ』。
 そのなかの家具・日用雑貨売り場は、世界のブランドがしのぎを削る迷宮のような場所である。
 本日果敢にもここに挑んでいるのは、新婚のクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)ユマ・ユウヅキ(ゆま・ゆうづき)だった。
 今日、ここでクローラがある種徹底的に思い知らされた事実があった。それは、
 ――俺、女の子の好みというのがよくわからない。
 ということだ。
 たとえば、同じ商品でも複数のデザインがあったとする。そこで自分的にはこっちかなと思うほうを指すたび、店の女性店員は「そっちは可愛くないです」という目をする。ユマも同様の反応だ。
 なぜなのだ。自信がなくなる。
 機能的なものばかりチョイスするからかと考え、あえてぐっと可愛らしいほうを選んだつもりでも、「それはやりすぎでは……」なんて言われてしまう。ちょうどいい、がわからない。
 今さらかもしれないが、女の子についてもっと知っておくんだった――という後悔があった。
 そも、発端から話したほうがいいだろう。
 新婚旅行から戻って、二人はいよいよ、新生活の第一歩を踏み出した。
 しばらくはクローラが独身時代に住んでいた小さな家で暮らしていたが、さすがに三人が住むには手狭だ。引っ越すことになった。
「新居だけど……」
 クローラが新居について考えるにあたって、ユマに述べたのは以下のようなことだった。
 一戸建てを買うゆとりは十分にあるが、世界の趨勢が不明なのでしばらくはは賃貸でも構わないだろうか、ということ。
 今の家から遠くなくて、日当たりが良くて、駅に近くて、ベランダが広くて、新築で、見晴らしが良いと嬉しい、ということ。
 共稼ぎにはなるが無駄は良くない。将来のことは考えて節約はしよう、ということ。
 だいたいこのあたりのところだ。
 ユマもおおむね同意してくれるかと思っていたが、意外にも、クローラの考えに対してユマはこう言った。
「賃貸でいいというのは同意します。けれどクローラ、あなたの条件は贅沢すぎますよ。私は、古くてもいいし駅から少々遠いのは大丈夫、日当たりは多少考えますが、ベランダや見晴らしはむしろ我慢するべきではないかと思うんです」
「いや……でも……」
「節約というのはそういうことでしょう?」
「確かに……そうだが……」
 それを言われると、弱い。
 女性の現実認識と男性のそれとは異なる。当たり前かもしれないが今までなんとなくスルーしてきたその事実を、突きつけられた気分のクローラだった。
 ただし幸運にも、ユマと二人で不動産屋を根気よく回った結果、クローラの求める条件ほぼすべてを満たし、かつ経済的にも負担の少ない部屋を発見することに成功はしていた。
 善は急げと仮契約まで終わらせ、部屋が決まったら次は中身……と家具及び雑貨を見に来て、ふたたび彼は、女性の好みの方向性と自身のそれとの差を思い知らされたのであった。
 雑貨でこれなのだから、家具となればますます悲惨なことになりそうだ。
「家具についてはカタログをもらうにとどめて家で考えよう」
 弱音というわけではないがギブアップ宣言して、クローラはユマと帰路についた。
「なんだか元気がありませんね、疲れたのですか……?」
 新妻のユマが気遣ってくれるだけにつらい。自分の審美眼、選球眼に自信がなくなったとは言いづらかった。
「いやまあ、客観的な視点を増やそうかと思ったんだ」
 クローラは力なく笑った。
 客観的な視点、登場。
「もう戻ったんだ? 思ったより早かったね。まだ夕食作りの途中さ」
 自宅では、エプロン姿のセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)がクローラとユマを待っていた。
「待っててよ。すぐ食べられるようにするから」
 それから間もなくして食事の席で、ある程度話を聞いてセリオスはなるほどとうなずいた。
「家は決まったんだね。そして家具や生活用品はネットで注文することにしたのかい」
「それでなんというか、セリオスの意見を聞きたくてな……」
 クローラは言いにくそうに切り出すも、彼とは以心伝心のセリオスである。すぐに大体の事情を察している。頼もしくもこう言ってくれた。
「それなら僕に任せて。クローラよりはセンスあるって自信があるんだ」
 しかも、ふっふっふと力強い笑みまで浮かべているではないか。
 さすがのセリオスだった。
 テーブルを片付けてノートパソコンを開くや、目覚ましい活躍を見せてくれた。
 ユマも目を見張った。まずセリオスは検索からして早い。用途別、価格帯、材質や形状……ユマとクローラの希望を聞きながら、とりわけユマの好みに沿いながら、つぎつぎと的確なものを見つけて示してくれる。
 ユマは目を輝かせていた。
「すごいですね! セリオスさん、私の好みをなんでも知ってるみたい」
「すごいだろ? ……あ、クローラったらそんな顔しない。近すぎると見えないことがある、ってだけのことなんだから」
「だったら……いいのだが」
 だけどちょっといじけてしまう、クローラの男心である。
 こうして色々と買い進めていくうち、セリオスは、ある家具の選択をクローラに仰いだ。ユマも決められず、どっちにする? という話だったのだが、
「そうだな。そこはセリオスが決めてくれ」
「えっ、なんで僕が?」
「どうせセリオスも入りびたるだろ。新居」
「きっぱり言うなあ……ま、そうなりそうな気は僕もしてる」
「俺たちも、引越してもこっちにも入りびたるからいいんだよ」
「いつでも歓迎だよ。遊びに来てよね」
 でも、とユマが言った。
「セリオスさん一人になったら……」
「家賃のこと? この家、そんなに高くないから一人でも平気だよ」
 寂しくなりませんか――そう問うつもりのユマだったのだが、セリオスもそれはわかっているはずと思い、口を閉ざしたのだった。
「はい、じゃあこれで家具は大体終了だね。あとはスリッパとか、こまごましたもの。チョイスの方向性は『おそろ』で」
「オソロ? 北欧のブランドか何かか?」
「ノーノー、『お揃い』、新婚さんの基本だろ?」
「ああそうか……って!? 基本、なのか?」
「もちろんだよ。なに言ってんだいクローラは」
 やれやれ、とセリオスは肩をすくめた。ユマもまんざらでもなさそうにうなずいている。
 ――うーん。
 やっぱり、難しい。
「女の子についてもっと知っておくんだった……」
 ふとクローラの口から、ポートシャングリラに行っていたときから思っていた本音が飛び出してしまった。はっとなって口をつぐむも、
「大丈夫ですよ」
 ユマがそれを聞いて、抱きつくようにして自分の腕を絡めてくれたのである。
「私だって、男の人のこと、ぜんぜんわかりません。これから知識を深め合いましょう、そのための、夫婦なんですから……」
「そうだな」
 クローラは、今朝からずっと心にかかっていた雲が晴れた気がした。
 運命に感謝しなくては――改めて思った。
 ユマとめぐりあえたことに。こうして、結ばれたことに。