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真紅の花嫁衣裳

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真紅の花嫁衣裳
真紅の花嫁衣裳 真紅の花嫁衣裳

リアクション

「セレアナ、ごはんおいしかったね。でも、おてつだいしないで、あそんじゃってちょっとごめんなさいだったね」
 つないだ手をぶんぶん振りながら、
 4歳児と化したセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、5歳児と化したセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と手を繋いで、展望台へと歩いていた。
 怪我はすっかり良くなり、今回の林間学校には2人で参加することが出来た。
「かわりにあしたのあさごはんおてつだいしよっか!」
「こどもは、たいそうがあるから、あさごはんのじゅんびはできないのよ、セレン」
 慌ててセレアナはそう答えた。
 訳あって、セレンフィリティに料理をさせてはいけないのだ。
 幼児と化している今はなおさら。
 魚釣りで釣った魚を祥子達に渡した後、セレアナは子供達の美味しい食事を守るため、急いでセレンフィリティを連れだし、食事までの間、食材探しの散策をしていたのだ。
 そして、美味しいご飯を食べた後。
 2人は皆と一緒に、星空観察をする為に展望台へと向かった。
「セレアナー」
 突如セレンフィリティがセレアナの名前を呼んだ。
 にこにこ嬉しそうな笑みを浮かべている。
「どうしたの、セレン?」
「なんでもなーい。ふふふっ」
 言って、セレンフィリティは無邪気にセレアナに抱き着いた。
「セレアナ〜。かわいい、かわいいっ」
 そして頬ずりして、幸せそうな笑みを浮かべる。
「セレンのほうが、かわいいわ。とってもかわいい」
「んとね、セレアナはきれいなの。とってもきれいでかわいいの〜」
 顔を上げてセレンフィリティはまた嬉しそうに笑って。
「いこういこう、セレアナ〜」
 ぶんぶんと手を振って、再び歩き出す。

 引率の先生たちの懐中電灯の光を頼りに歩いて、うんしょうんしょと階段を上り、はあはあと息をしながら、子供達はお山の展望台へとたどり着いた。
「すごーい、すごーい、おほしさま、いっぱーーーーーーーい!」
 満天の星空を見て、セレンフィリティが大きな声を上げた。
「すごいすごい、おほしさま、おっほしさま♪」
 まるで落ちてくる星を拾おうとするかのように、両手を広げて空に向けて走りだす。
「セレン、まっくらだから、あぶないわ」
 先生に怒られる前に、セレアナはセレンフィリティを追いかけて抱き着いて止めた。
「すごいきれい、すごーい」
 掴まってからも、セレンフィリティは星々のように目をキラキラ輝かせ、はしゃぎ続けていた。
「もう……セレンってば」
 はしゃぐセレンフィリティに、世話を焼くセレアナ……。
 小さくなってもあまり変わらない互いの関係に、セレアナはそっと息をつき微笑んだ。
「くびがいたくなっちゃうね」
「しずかによこになってたほうが、よくみれるかな?」
 2人は並んで横になって、星空を観賞することにした。
 それからは星の名前を尋ねたり、流れ星のような光を指差したり、セレンフィリティは明るい声を上げ、セレアナはそれに答えながら観賞を続けていた。
(いつもみるほしとちょっとちがう……ふしぎ)
 幼い心で、セレンフィリティは不思議な気持ちを感じていた。
 大人の時に見る星よりも綺麗に見えていたのだ。とっても心が弾む。
 星座も、星の名前も今はよくわからない。
 ヒラニプラからは、地球の星が見えるけれど、普段は星空を見てそんなに感動することはなかった。星座も、星の名も大人の自分は知っているから。
「……」
「……?」
 しばらくして、セレンフィリティの声が止まったことに、セレアナは気付いた。
 横を向いて、彼女を見ると、セレンフィリティは無表情に空を見ていた。
 その横顔に、セレアナは不安を覚えた。
 ……過去の事を、思い出しているのだろうかと。

 セレンフィリティが幼児化を望んだ理由の一つは、彼女に幼児だったころの記憶がないからだった。
 記憶の始まりは、14歳の時。
 売春組織でひたすら奪われる日々を送っていたころからのスタートで……。
 16歳の時に、組織に刃向って『殺されて』、『死体として捨てられた』のを、シャンバラから旅行に来ていたセレアナに救われた。
 ……彼女は子供の頃の、思い出を作りたかったのかもしれない。

「セレン?」
 優しく、囁くようにセレアナは大切な人の名前を呼んだ。
「……ん?」
「どうかしたの?」
「なんでもない」
 笑みを浮かべるとまたセレンフィリティは手を伸ばして、小さな星を指差した。
「あっ、ながれぼしだー!!」
「ひこうきかも……?」
「ながれぼしだよ、きっとそう。ねがいごと……いわなきゃ」
 セレンフィリティは心の中で願い事を唱える。
 真剣なセレンフィリティの顔を見て、セレアナも願い事を唱えた。……幼いセレンの願いが叶いますように、と。

○     ○     ○


「後で見回りに来るからな、夜更かしするなよ。あと、怖くなったらいつでも呼んでいいからな」
 引率者として訪れたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、コテージに子供達を案内していた。
 今回は事故も発生せず、きちんと大人の姿のまま教師として、子供達の世話をしている。
「あちら側の子の案内終わったよ。そろそろ仕事も終わりだね」
 別のコテージを担当していたサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が、シリウスのもとに戻った。
「はーっ、あっという間だったな。目が離せない子や元気な子ばかりで、疲れたぜ。ま、楽しかったけどな!」
 笑顔を見せるシリウスにサビクも笑みを返す。
「充実した1日だったようだね。で、ボクは教職員じゃないし、手伝った分の報酬は別に貰うつもりだよ」
「いや、これボランティアだから金銭的な報酬は出ないぞ」
「いやいや、ボクは確かキミに頼まれてきたんだけど? つまり、頼んだキミからもらうつもり」
 意地悪気にサビクは笑い、シリウスは苦笑する。
「まあ、うーん、あ……っと、あのコテージ騒がしいな、見に行くぞ。サビク、お前も来い」
 はぐらかしてシリウスは、明かりのついているコテージの方へと走り出した。
「はいはい、今いきますよ」
 ゆっくり、サビクはシリウスの後を追う――。

 全ての子供達をコテージに案内し、見回りを終えた後。
 静かな夜の道を、シリウスとサビクは並んで歩いていた。
 雲が晴れて、月と星が綺麗に輝いている。
「今日は晩酌しない?」
「よーし、今日の苦労をねぎらって一杯……」
 サビクにそう答えかけたシリウスだが、直ぐに首を横に振った。
「いや、やっぱやめとこう。
 なんかそういう気分にならないし……」
「ふぅ、ん……いやいいことじゃないの、ボクも怒られる心配が減って助かる」
 そう答えながら、サビクは周囲に警戒を払う。
 単なる気まぐれだろうか、それとも何か異変でも感じたのだろうかとサビクは神経をとがらせたが、特に何も感じられなかった。
「……この星空に酔っちまったのかなぁ?」
 シリウスは空に目を向けた。
 日本の夏の星空が広がっていた。
 辺りには街頭がなく、大きな建物もなかった。
 とても美しい星の輝きに心を奪われ、シリウスはしばらく見入っていた。
「本当に綺麗に星が見えるんだな、ここ。東京とかから想像もできなかったけど。
 オレも星空観察したくなるよ……お、アレがサビクのかな?」
 突如、シリウスは空の一方を指差した。
「ん? サビクのって……あぁ、星座か。ほんと話が急に飛ぶな、キミは」
 軽く息をついて、サビクも空を見上げる。
「……そうだよ。蛇遣い座だ」
「で、隣がリーブラとティセラねーさん(てんびん座)、アレナ(いて座)とパッフェル(さそり座)も……
 って、えらい狙ったように集まってるな、おい!? 百合園に集まるって予言か何かだったのか……いやいやいや」
「固まってるのは当たり前でしょ、黄道十三星座なんだから」
「てゆかオレはどこだよ!? シリウスは、えーと……おおいぬ座だから……」
 シリウスはおおいぬ座の一等星のシリウスを探す。
 しかし……。
「……ない!?」
 見える範囲すべての空を見回したが、シリウスは見つからなかった。
 それもそのはず。おおいぬ座は冬の星座なのだから。
「オレだけ仲間はずれかよ……くそー」
「それ言い出したら、しし座(セイニィ)は他とかなり離れてるし、おとめ座(ザクロ)は近くだけど交友は皆無だし」
「確かに。けどな……
 パラミタの星空と地球の星空は違うとはいえ、なんだか納得いかねえ……」
 シリウスはくるくる回りながら、空を確認するが、やはりおおいぬ座のシリウスは見えなかった。
「ただの偶然さ……全て偶然だよ……」
 サビクも空を見上げ、へびつかい座を――サビクを見ながら言った。
「はあ……」
 シリウスが首を押さえてため息をついた。
「もう見てるだけでなんか疲れてきた……そろそろ就寝時間か。最後の見回りをして寝るか」
「そうだね。明日も子供達が起きる前に、色々やらなきゃならないこともあるしね」
「そうだな……。あと、明日は近くで結婚式かあるんだっけかな……」
 シリウスは若干の孤独を感じながら、歩き出す。
「パラミタに帰ってから、皆も呼んで宴会しようか。……それともキミには合コンの方が必要かな?」
 サビクの悪戯気に言うと、シリウスがじろりと睨んできた。
「はいはい、見回りね、見回り」
 ぽすぽすとサビクはシリウスの頭を叩くと、一緒に歩き出すのだった。

○     ○     ○


 遊び疲れた子供達の多くは、早い時間に眠りに落ちた。
 だけれど疲れよりも、不安の方が大きい子もいた。
 皆が眠ってからはより不安になって、ベッドの中でしくしく泣き出してしまう子や、隣の子を起こそうとする子もいた。
「眠れないのですか? わたくしのベッドに来ますか?」
 そんな子供達に、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は小さな声で優しく問いかけた。
 エリシアは元々は子供が好きなわけでも、世話好きなわけでもないが、エリシアのパートナーである御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の娘を預かることもあるため、幼子を世話することに熟達しておきたいと考え、ボランティアに参加したのだ。
 この子達は元々はシャンバラの契約者――幼子ではなく少年少女、あるいは成人した若者だ。
 だから、本当の幼子よりは多少世話は楽なはずだったが。
 それでも、最初はかなり手を焼いた。
 ちょっと目を離せば、姿が見えなくなるし。
 直前まで友達と笑っていたかと思えば、次の瞬間には泣きながら喧嘩をしていたり。
 言葉は通じているはずなのに、聞こえていないのかいうことを聞いてくれないので、手を掴んで一人一人に言い聞かせなくてはならず、そうしている間に他の子が問題を起こすといった状態だった。
 それでも、周りの大人達の子供への接し方を見ながら学んで、少しずつ子供達の行動パターンが読めてきたところだった。
「せんせい、あたしおうちにかえりたい」
 女の子はしくしく涙を流しながら言った。
 こんなに小さいのに、その子は声を上げて泣かなかった。
「今日はここでお泊りですけれど、明日はお土産を沢山もってお家に帰るんですよ」
「いまかえりたい」
「ぼくも!」
 隣の子を起こそうとしていた子が、起き上がった。
 エリシアは指を一本唇にあてて「しー」というと、2人の間の通路に座った。
「今は新幹線さんも眠ってるんです。新幹線さんが起きるまでの間、わたくしが面白い話をしてあげますわ」
 言って、エリシアは出かけ前に読んでおいた昔話を幼い2人に聞かせてあげた。
 おじいさんとおばあさんの、ほのぼのとした日常の昔話を。
 全て語り終わる前に、2人は目を閉じて小さな寝息を立て始めた。
(おやすみなさい)
 2人の寝顔に優しい笑みを向けてから、エリシアは立ち上がって入口付近の自分のベッドへと向かう。
 ベッドに入ろうとした途端……。
「せんせー、おしっこ」
 子供が1人、起き上がった。
「はい、一緒にいきましょうね」
 夜中に目を覚ました子供の世話を嫌な顔一つせずにしながら、子供達の傍らでエリシアは夜を過ごした。

 そして2日目の朝。
 明るい太陽がコテージの中に降り注ぎ、子供達が目を覚ましていく。
「おはよー!」
「おはよ!! きょうはなにしよ〜!」
 寝ぼけ顔から、元気いっぱいになっていく子供達の顔を見て、エリシアの顔にも笑顔が浮かぶ。
(きょうも一日大変そうですけれど、頑張りましょう!)
 心の中でそう思いながら、エリシアも子供達に負けない笑顔を浮かべて。
「おはようございます、みなさん。さあ、体操の時間ですよ」
 子供達を引き連れて体操に向かうのだった。