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別れの曲

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別れの曲
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【幸福】


 イルミンスール魔法学校地下――闘技場。
 常から雄々しい声が響くその場所に、一際大きな挨拶が木霊した。
「押忍! イルミンスール武術部部長マイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)だ!
 この場に来た事に感謝する」
 マイトが新たな仲間を出迎えたのは、彼がイルミンスール魔法学校に入学後、魔法に対抗できる武術を編み出すために立ち上げた部活動『イルミンスール武術部』であった。
 活動を続けるうちやがて道場が立ち上がり、イルミンスール魔法学校の校長の認可が下りて――、
 今ではマイトが正式な武術として認められ師範代として認められ、多くの心強い部員に恵まれている。
「それでは早速基礎トレーニングから――、ヒャッハー!」
 と言う具合で、マイトは仲間達と共に日々の鍛錬を積んでいた。

 『イルミンスール武術』の第一の目的は対魔法武術故、想定する戦いの相手は魔術師である。稽古相手として必要な魔術師のコネクションを作るのもまた、マイトの仕事であった。
 その為彼は、様々な土地を周り、その地の有力な魔術師との交渉を行う。
 交渉とは勿論会話である、…………時には「ヒャッハー! 要するに俺の武術に勝てないと思っているのだろう! ヒャッハー!」等といって挑発して無理やり、稽古相手をする時があるやもしれないが。

 こんな風に行き当たりばったりを繰り返しながら、マイトはパラミタを動き回っていた。
 彼が契約者としてイルミンスール魔法学校で学んで行こうと考えた動機は、『亡き妹の蘇生』であった。
 魔術師との交流を広めるのは、自らの志す武の道の為だけではない。
 そうして知識や見聞を増やし、死者蘇生の魔法の実現させる事こそ、マイトのパラミタでの究極の目的なのだ。

 尤も、今となってはそれが、常世に眠る妹の幸せに繋がるのか――マイト自身疑問を感じていた。

 そんな彼の日々を昔から見守っていたのが、パートナーのマナ・オーバーウェルム(まな・おーばーうぇるむ)だった。家族から見放されたマイトを、姉や母に変わるように面倒を見ていたのだ。
 今や彼も立派な青年となり、一人の人間として生きられるようになった。
 可愛い婚約者も居るのだ。
 パラミタに入ってから共に行動する事も少なくなったが、それすらも必要なさそうだと、マナは思う。
 親としての役目を終えた、とマナは彼の成長を感じている。


 * * * 



 そんな日々から一年後の2025年、新年を迎えて数日後――。
 空京に、あの日のイルミンスール魔法学校と同じような声が木霊している。
「メトロー!」
 メトロ・ファウジセン(めとろ・ふぁうじせん)、地球へ旅に出ていたマイトの大切な婚約者が、今日パラミタへ帰ってくる。
「メトロはまだかぁーッ!!」
「もぉ、やかましいじぇ。みんな見てるでしょ」
 慌てて止める声に振り返れば、懐かしい彼女がそこに立っていた。
 カラフルなコートに身を包んだメトロは少女っぽさを残しつつも随分と成長して見えるが、あの口を尖らせる癖は健在のようだ。
 両手いっぱいに抱えた荷物を受け取ると、「荷物は後で届くじぇ」とメトロが笑う。
「これは荷物じゃないのか?」
「それは門下生の皆にお土産だじぇ」
「成る程、丁度いい」
 荷物を目線まで上げながらマイトが言った言葉に、メトロはえ? と首を傾げる。これから行くのはザンスカールの森であって、門下生達が集まる道場ではないのだが彼は何を言っているのだろうか……。


 そうして首を傾げたまま彼等が辿り着いたのは――更地だった。
「え? え? 準備出来てるんじゃ!?」
 メトロは右に左に前に後ろにとその場所を見回して、話に聞いていた『家』が無い事に驚きを隠せない。
 しかしマイトは事も無げにこう言うのだ。
「さぁ! 建てるぞ! 手伝え」
「え、建てるとこからっ!?」
「何、助っ人も呼んであるから大丈夫だ。おいおめーら!」
 マイトの声に呼ばれて、ザッザッと土を踏みしめながら屈強な男達が横並びになる。
「ああ、丁度良いってこういうこと。成る程だじぇ……」
 頷くメトロがやけに聞き分けが良いのは、マイトの破天荒さを理解しているからと、こういった出来事が何もこれが一度目では無いからだ。
 イナテミスにあるイルミンスール魔法学校で最初に道場を建築した時も、こんな風だったと、メトロはむしろ懐かしさに声を高鳴らせる。
「俺にとっては皆も家族だ!」
 だから初めての家は彼等と共に造りたかったのだと、マイトは言う。
「まぁ、マイトらしいと言えばマイトらしいじぇ」
 苦笑しながら呟いていると、「姐さん! これは何処に置きますか?」と声が背中に飛ぶ。そして次から次へと彼女を慕い呼ぶ声に、メトロは『家族』の元へ小走りに向かった。

「だーかーらー! サウナは絶対に必要だじぇ!!」
「もうココまで建てたのにか!?」
「そこの無駄な場所を使えば充分!」
「無駄じゃない、そこは俺がヒャッハー! したくなった時に使う第二の道場で――」
 争う声は何も本気で喧嘩している訳では無い。戯れは幸せの象徴だ。
 それを耳に入れながら、マナは一人家族達に背中を向ける。 
「マイト幸せになってね……」
 ふっと微笑んで、彼女は空へと舞い上がり、それきりマイトのもとへは戻らなかった。


 * * * 



 ザンスカールの森、元気で評判な夫婦が暮らすログハウスからは、今日も蒸気がもくもくと立ち上る。
 白い蒸気に混じって、時折ヴァルキリーが現れるようだ。
 彼女は家から響く笑い声を聞くと、笑顔で空へ帰って行く。
 声は掛けなくて良い、笑顔は見せなくても良い。
 家族の心は常に一つなのだと、彼女は知っているのだ。