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星影さやかな夜に 第一回

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星影さやかな夜に 第一回
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 十五章 カーニバル『深夜』

 どこかの路地裏。
 瀬乃 和深(せの・かずみ)セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)は構成員の男を追い詰め、尋問を行っていた。

「ほら、早く喋らないと悪戯に傷が増えていくぞ」
「……がっ……はっ」

 セドナが<光条兵器>の凶ノ大海蛇を振るい、男をじわじわ傷つける。
 やがて強情だったその男も、諦めたかのように口を開いた。

「……わ、分かった。何でも話す! だからもう止めてくれ!」
「ふん、最初からそう言えば良いのじゃ」

 セドナはそう言うと、凶ノ大海蛇を元に戻す。
 彼女がいつもより凶暴なのは、せっかくの祭りをヴィータ探しに使わされたからだろう。
 和深はセドナと入れ替わり、男の前に立って問いかけた。

「聞きたいことは一つだ。ヴィータ・インケルタはどこにいる?」
「……ヴィータ? ああ、あの金髪の姉ちゃんか。それなら、さっきあっちの屋上で見つけたぜ」
「そうか、すまんな」

 和深はそう言うと、セドナに目で合図を送る。
 セドナは若干拗ねた様子で頷くと、和深と共に駆け出した。
 それはヴィータの目的を探るため。会ったこともないはずなのに、なぜかとても危険な気配を感じたからだった。

「チッ……なんだよ、あいつらは。
 覚えてろ、クソ。早速組織に連絡を……」

 男はゆっくりと通信機に手を伸ばし、さっきの二人のことを組織に連絡しようとした。
 が、男の手が通信機を掴むよりも先に、首元に《鎖鎌》の刃が当てられる。

「待ってください。
 ……もし、主様のことを組織に報告すればどうなるか……言わなくても分かりますよね?」

 冷たい声でそう言ったのは、和深のパートナーのシアン・日ヶ澄(しあん・ひがずみ)だ。
 あの二人の護衛として《朧の衣》を身に纏い<隠形の術>で身を隠し、悟られないよう後をつけていたのだった。
 男は額に大粒の汗を浮かべながら、こくりと頷く。

「ならば良いです。分かってくだされば」

 シアンはそう言うと、鎌を腰に戻す。
 男は勿論、その言葉通りに従う気はなかったが、とりあえずこの場だけは従順な演技をしておこうと思い――。

「あ、ああ……?」

 男の視界がくるくる回り、身体に力が入らなくなってその場に倒れる。
 シアンはその男を見下ろしながら、一言。

「私の刃には<毒使い>で毒を塗ってあります」
「……て、てめえ」
「あなた様が従わぬことなどこちらの読みどおりです。
 安心してください。死にはしませんよ。ただ一日はまともに動けないと思いますが」

 シアンのその言葉を最後に、男の意識は暗転した。
 シアンはその姿を確認すると、先に走っていった二人を追いかけ出す。

「全く、あのお二方は。いつも詰めが甘いんですから」

 ――――――――――

 どこかの建物の屋上。

「……ふ〜ん、なるほどなるほど。
 組織の情報はそこまでばれて、明人とリュカはこうなった、か」

 ヴィータは顎に手を添え、和輝とアニスの<情報通信>のハッキングで監視カメラや通話から得た情報にうんうんと頷いていた。

「どうする? なにかするか?」
「いいや、何もしないわよ。もう夜も遅いし、今日の最低限のノルマは達成したし」

 和輝の問いかけに、ヴィータは片手をひらひらとさせる。
 そして、眠たそうに瞳を擦ると、欠伸をして呟いた。

「そうね。もうあとは一人でも出来ることだけだし。
 ……あっ、そうだ。あなた達、わたしの魔法が見たいって言ってたわよね」
「……見せてくれるのか?」
「魔法陣だけならね。発動には生贄と犠牲がいるから、そう簡単には出来ないんだけど」

 ヴィータはそう言うと、親指を噛み傷口を作って、屋上の床に魔法陣を描き始めた。
 血によってなぞられるその魔法陣の術式は複雑怪奇。
 初めて見る魔法陣にアニスは「ほえ〜!」と感嘆の息を洩らして目を輝かせ、『ダンタリオンの書』は「ほぅ……」と呟き、言葉を続けた。

「随分と風流な術式を組むではないか、それを使っているならば、貴様にはこの術式も使えるぞ」
「術式? ……ああ〜、なるほどね。そうゆうのもあるんだ。ふ〜ん……もっと見せてよ」
「ダメだ。私の知識を与えすぎ、ただの狂人に成り下がってもらっては困るのでな」
「カッチーン。今のはちょっと頭に来ちゃったなぁ。まるでわたしが普段から狂人みたいじゃない」
「……正気ではないだろう?」
「……ちょっと、その放蕩息子を見る母親のような目を止めてよ。マジでへこむわ」

 ヴィータはそう言ってため息を吐くと、夜空に目をやった。

「ねぇ、あなたもそう思わない? そこで見ている人達」

 ――――――――――

 ヴィータの視線の先。
 星影さやかな夜空を飛行する《小型飛空艇アルバトロス》の室内。
 そこには月谷 要(つきたに・かなめ)一行が乗っていた。
 彼らは地上のことは特別警備部隊の者達に任せ、空から怪しいものがないか捜索をしていたのだが。

「うわっ、この距離でもばれんのか?」
「……なによ、あれ。本当は少女の皮を被った獣かなにかなんじゃないの?」

 窓からこちらを向いているヴィータを見つめ、月谷 要(つきたに・かなめ)霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)はそう呟いた。
 要は建物の屋上に集まるヴィータとその契約者達を見渡し、手に持ったお菓子をかじり、困ったように一人ごちる。

「怪しいものがあるかなー、と思ってきたら大当たりも大当たりだなぁ。さて、相手側にもばれたみたいだし、こっからどうするかぁ……」

 要はそこで、飛空艇の窓に引っ付き、驚愕で目を見開ける月谷 八斗(つきたに・やと)に気づいた。

「どうしたんだぁ、八斗。そんなに驚いて」
「……何、これ。こんな術式知らない」
「ん?」

 八斗は窓から顔を離し、必死な様子で要に言った。

「なに、あれ!? あんな術式知らない! あんな術式あるほうがおかしい!!」

 八斗は信じられないといった表情を浮かべ、叫んだ。
 それもそのはず、<オカルト>と<召喚者の知識>を併せ持つ八斗には知らない術式はほとんどない。
 けれど、見たこと、聞いたこと、未来の知識を総動員させても、ヴィータの描いた血の魔法陣だけは分からない。
 複雑怪奇なその陣は、魔法陣として成り立つのか不思議に思わせるほど。
 魔力ではなく血で描いた魔法陣のはずなのに、なぜあそこまで魔力がこもっているのかも分からない。
 あの魔法陣は異常だ。

「親父! あれを見てくれよ。あの術式を!」
「はー? んー、どこだよ……」

 要は窓からヴィータ達のいる屋上にもう一度目をやった。
 八斗はその魔法陣の危険性を、その不可解さを、あますことなく要に伝えようとして――。

「!? って、危ねぇ――!」

 それよりも早く要が八斗と悠美香の身体を両手で抱え込む。
 そして、荒々しく飛空艇のドアを蹴破り、思い切り外へ跳躍した。
 と、同時。

「……チッ、なんだ脱出しやがったか」

 竜造による《梟雄剣ヴァルザドーン》の砲撃が、要達が乗っていた飛空艇に炸裂した。

 ――――――――――

「ッ、くそぉ。滅茶苦茶だなぁ」

 二人を脇に抱え、ヴィータ達のいる屋上に無事着陸した要は竜造にそう言った。
 竜造はくははと好戦的な笑みを浮かべて、梟雄剣の切っ先を彼に向けた。

「っくは。久しぶりだな、オイ!
 何もしてなかったから暇で暇でしょうがなかったんだよ」
「……白津さんに……松岡さんか。うわぁ、今この状況で一番会いたくない二人だなぁ」
「つれねぇこと言うなよ。相手してくれやぁ、オイ!!」

 竜造は梟雄剣を担ぎ、今にも襲い掛かろうとした。
 しかし、それよりも早く、ヴィータが竜造を静止する。

「待って、竜造。ちょっとだけこのお兄さんとお話させてもらってもいい?」
「……はぁ? てめぇ、今回はすぐに逃げるんじゃなかったのかよ」
「まぁ、そのつもりだったんだけどね。
 このまま五日目が終わっちゃちょっと物足りなすぎるから。ゲームっていうのなら互いにリスクがあってこそでしょ?」
「……チッ、早くしろよ? でなきゃ、俺が退屈すぎて死んじまいそうだからよぉ」
「まぁ、一言二言よ。心配しなくてもいいわ」

 ヴィータはクスクスと笑うと、要に問いかける。

「で、お兄さん。わたしになにか用があるんでしょ?」
「……俺としては、なんかよく分からないけど妖しさ爆発なそれが気になる訳でして。
 できれば教えてくださいなー……なんて言ってもよろしいでしょうかねぇ?」
「んー、その質問は答えられないわ。だって、いきなり判明しちゃったらつまらないでしょ?
 でも、まぁ、さっきの飛空艇の脱出は見ごたえがあったし、一つだけ教えちゃおうかな」

 ヴィータはきゃはっと嗤った。

「これから起きることは、憎悪と悪意の果てのゲーム。未はまだ役者は揃っていないわ」
「……はぁ?」
「まぁ、あとは主役の誕生ってとこだけだけどね」

 ヴィータの意味深な言葉に、要は首を傾げる。
 と、同時。建物の屋上の扉が開いた。

「ヴィータ!」

 扉に開いた先にいたのは、和深と霜月とジャンヌだ。
 情報収集の末、この場所にやっとたどり着いたのだった。

「あら、これは予想外。でも、気安く名前を呼ばれる筋合いはないなぁ」

 ヴィータは屋上の扉のほうに目を移し、要達から視線を外した。
 と、それを確認した要が<奈落の鉄鎖>を全力でヴィータに発動。
 重力に干渉してヴィータの体勢を崩す。

「ありゃりゃ、ちぃーと油断しすぎたかな?」

 ヴィータはおどけたようにそう呟いた。
 すかさず、要は両手の《スプレッドカーネイジ》と《9/G》の引き金を引く。が。

「邪魔をする輩がいるのならぁ! 即・退・去!」

 ゼブラが叫びと共に《ラブ・デス・ドクトル》をヴィータの前に<降霊>。
 己の身の倍はあろうかという得物『ザ・メス』で銃弾を弾き返す。

「我が玩具アユナよ! カモォォォォンンン!!」
「……うふふふふふ」

 アユナは<地獄の天使>で羽を出してはばたき、酸度を下げた<アシッドミスト>で煙幕をヴィータの周囲に展開。
 ゼブラがそこに《ラブ・デス・ドクトル》の『ザ・ウィルス』で周囲に病原菌を撒き散らす。
 その隙に仕事モードに入った徹雄が、<疾風迅雷>でヴィータに近寄り、問いかけた。

「……どうする?」
「相変わらず惚れ惚れするような連携ねぇ。
 じゃあ、面倒くさくなってきたし、ちょっと逃げましょうか」
「……了解だ」

 ヴィータと徹雄はそう言うと、比較的煙幕の薄い場所を突っ切り、屋上の縁まで走る。
 途中で、屋上に集まる他の仲間にも撤退する旨を伝え、自分より先にそれぞれの方法で逃げさせた。

「さぁてと、じゃあ後は竜造に任せて、先に行きましょうか」
「……ああ」

 ヴィータと徹雄はそう会話をして飛び降りようとした、が。

「逃がさない。良くは分からない……けど、見過ごすつもりは無いの」
「……っ」

 煙幕を突破してきた悠美香が《梟雄双刀「ヒジラユリ」》で斬りかかる。
 しかし、それを徹雄が《影縫いのクナイ》と《さざれ石の短刀》で受け止めた。

「……先に行け」
「ん、了解。ありがとね、徹雄」

 そう言って、ヴィータは屋上の縁に到着し、飛び降りようとした。が。

「「待て!」」
「いやーん、またぁ? モテモテなのも困りものねぇ」

 ヴィータが屋上の縁にバランス良く立ち、振り返る。
 そこに立っていたのは煙幕を越えてきた霜月と和深だ。

「……ヴィータさん、あなたはなにを企んでいるんですか?」
「別に、ただの面白いこと。この街を巻き込んだ盛大なゲームね」

 霜月の問いかけに、ヴィータは嗤いながら答える。
 と、次に和深が彼女に質問を投げかけた。

「ヴィータ、あんたはこの街を、この世界をどうしたいんだ?」

 ヴィータは闇色の笑みを広げて、答えた。

「ぶち壊したいのよ。ゲームの電源を切るみたいに。
 あるだけで不条理なこのクソつまんない世界をね。それに」

 ヴィータは夜空を抱くかのように、両手を広げた。

「わたしはあの場所に、たどり着きたいの」
「……あの場所?」
「あなたは知らないのよ。真理の深さを。あの果て無き深淵を。
 あの領域に至るには、きっと数千年なんて時間じゃ足りないわ――!」
「なにを、言っているんだ……?」

 和深の質問に、ヴィータは答えない。
 ただ嗤い、そして――。

「それじゃあね、ばいばい♪」

 十字架のポーズのまま、屋上から落ちていった。



「そろそろ、か……!」

 竜造は全員が逃げ終わって、数十分が経つと<ゴッドスピード>を発動。
 屋上での戦いを切り上げ、飛び降りようと走る。

「くそっ、待て!」

 八斗は逃げる竜造に<凍てつく炎>を放つ。
 竜造はそれを梟雄剣で切り裂き、そのまま屋上から飛び降りる。
 要は両手の銃を発砲。しかし、その全てを<百戦錬磨>の経験と<ウェポンマスタリー>の技量による斬撃で切り落とす。

「逃げるのかぁっ!」

 要の叫びに、竜造は親指を首元に当て切り裂くジェスチャーをした。

「こっちはまだウォーミングアップ中だ。本番はまた後でしてやるよ!」