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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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(この閉ざされた世界で、和解の道を模索しようともせず戦い続ける龍族と鉄族……。
 彼らは何やかんやで、お互いを必要としてるのかもな……)
 遠くに、鉄族の勢力範囲を見つつ酒杜 陽一(さかもり・よういち)がそれぞれの種族に思いを馳せる。彼らは決して、彼らだけが特別なのではなく、他の生物にも共通するものを持っているように思えた。
(敵が存在すれば集団を団結させられるし、悪が存在すれば自分が正しい側にいる事を確認できる。
 ……敵や悪を欲する本能は、地球も、パラミタも、この天秤世界も同じなのかもしれない)
 陽一は視線を、かつての“敵”、アムドゥスキアスへ向ける。彼ら魔族もまた、その時代の“正義”によって“悪”と決めつけられた存在である。
(デュプリケーターや彼らの背後にいる存在が龍族と鉄族共通の敵となれば、ふたつの種族の和解の道になるかもしれない。
 ……でも、それが最良の道かは分からない。魔神達もそういう解決は好まないかもしれない)
 『この世界は天秤』とは、よく言ったものだと思う。龍族、鉄族、そしてデュプリケーター。この3つが“天秤”の対象になっていて、ギリギリの所でバランスを保っているのが今の天秤世界なのだろう。デュプリケーターが龍族と鉄族の共通の敵になるということは、その内の1つがバランスを崩すことになる。そうなったらこの世界はどうなってしまうのか……想像がつかなかった。
(……尤も、俺のこうして考えている事はてんで見当外れかもしれないしな。今後の方針を出す為にも情報を集めないとな――)
 瞬間、前方で爆発音が響き、一行が警戒の色を強くする。同時に複数の端末が、緊急の情報を受信する。先行する形になっていた海松からの、デュプリケーター接触を告げる情報だった。
「……デュプリケーターは戦うことで成長するものと聞く。アムドゥスキアスさんとナベリウスさんはなるべく戦わず、自分の身を護ることを優先してほしい、と思うのだが」
「確かに、最初からこっちの手を見せて強くなられるのも嫌だね。分かったよ、ボクはナベたんとここに居るようにする」
 陽一の意見に賛同する意思を示したアムドゥスキアスが、ナベリウスの元へ走る。
(さて……こちらも加減していくか。話し合いが出来ればいいが……)
 聞いた様子では難しいだろうかと思いつつ、陽一はロケットランチャーを積んだケルベロスやヘルハウンドを使役し、戦う以外の選択肢を実行出来るかどうか様子を見る。


「ナナちゃんとモモちゃん、サクラちゃんは後ろに下がっていてくれ。デュプリケーターは俺達が相手する!」
「お〜、だいご、なんだかかっこいい! わかった、わたしたちはあむくんといっしょにいるね!」
 ナベリウスたちを後方に下がらせ、無限 大吾(むげん・だいご)がゆらり、と迫るデュプリケーターを見据える。
(分からない事はたくさんある。たった一つの『富』とは何だ? そして何故、この世界では戦いが終わることなく続いている?
 ……だが、今は護るべき者が居る。誰も傷つけさせはしない! 俺が皆を、守るんだ!!)
 盾を前に、大吾が少しずつ距離を詰める。デュプリケーターは歩幅を変えず、まだ武器を手にしていない状態で同じく距離を詰める。
「君たちは何の目的があって、龍族と鉄族の相手をしている? 教えてくれないか?」
 意思が疎通可能であるかを確認するため声を発した大吾へ、デュプリケーターは表情も変えず、口も開かず歩みを止めない。反応を待った大吾へ返された相手の反応は、それぞれ手にした武器を構え駆け出すことだった。
「……問答無用というわけか! なら、こっちだって!」
 自身の身体を龍の鱗の如く強化した大吾が、複数のデュプリケーターの攻撃を引き受ける。背後にはナベリウスやアムドゥスキアス、セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)が護る契約者の拠点がある。今はまだ拠点に襲撃の様子は見られないが、ここでもしデュプリケーターを抜かせることがあれば、ナベリウスやアムドゥスキアスに危険が及ぶし、拠点も危機に晒される。
「抜かせるものかぁ!!」
 力を込め、盾で押すようにデュプリケーターを弾いて、大吾が特注の銃を抜き、脚を狙って撃つ。弾丸は右脚の膝から下を吹き飛ばし、衝撃でゆうに十数メートルは吹き飛んだデュプリケーターが地面に転がり、蠢く。
「痛い目に遭いたくなかったら、話をしよう! 教えてくれ、この世界のことや、君たちの目的を!」
 ……だが、大吾の訴えも虚しく、デュプリケーターは無表情のまま契約者に攻撃を仕掛け続ける。

 デュプリケーターの突き出した槍を、西表 アリカ(いりおもて・ありか)が素早い動きで回避する。身につけたグッズの効果で今のアリカは、並の者には姿を見ることすらかなわない。
「やあっ!」
 デュプリケーターが敵を見失っている隙を狙って、アリカの振るった刀がデュプリケーターの頭部を打つ。峰による打撃のため切れはしないが、それでも十分な威力はあったらしく、デュプリケーターはその場に崩れ落ちる。
「――――」
 息を吸って吐く音が聞こえ、次いで刀がデュプリケーターの首筋を狙い……ギリギリの所で止められる。
「キミの負けだよ。命までは取らないから、降参して」
 降ってくる言葉にデュプリケーターが顔を上げれば、刀を首筋へ当てたままのアリカの眼力が突き刺さる。これが“普通の感性を持った生物”であったなら、戦意を喪失していただろう。
「…………!」
 だが、デュプリケーターは違った。彼らは決して、“普通ではない”。アリカがトドメを刺さなかったと分かると、腕を捻って持った槍でアリカを薙ぐ。金属音が鳴り、アリカの持っていた刀が弾かれ地面を転がる。
「……どうして! どうしてそこまでして戦うの!?
 戦争なんて結局、奪い合って、皆傷ついて、悲しみが増える。その繰り返しなのに!」
 アリカの叫びは、それでもデュプリケーターには届かない。立ち上がったデュプリケーターが槍を構え、突撃せんと一歩を踏み出した所で、上空から雷が落ちデュプリケーターを貫く。
「アリカちゃんのピンチに、颯爽とあたい登場〜。空飛ぶ箒マスターの称号は伊達じゃないんだよ〜」
 廿日 千結(はつか・ちゆ)が箒を巧みに操り、デュプリケーターの手が届かない上空から、火術による火弾連射を見舞う。一発の威力は小さいが、それによりデュプリケーターは対応を余儀なくされる。……そしてそれが、彼にとって命取りであった。
『――――!!』
 銃声が響き、肩に弾を浴びたデュプリケーターが吹っ飛んで地面を転がる。起き上がってこないのを確認してアリカが音のした方を向けば、銃を構え険しい面持ちの大吾の姿があった。


(デュプリケーター……複製者? 強い人達複製して何をするのかしら。
 軍備増強? あるいは何かのシミュレートのつもりかしらねぇ……)
「あ、アルちゃん? まともにはなせるならなんでそのかっこうで、わたしをむにむにしてるのかな? いまてきがきてるからね? ぜんぜんほんわかじゃないからね?」

 ようじょの姿に変じた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が、ナベリウスの一人ナナにすりよってむにむにと頬や肉球を揉んでいた。『三人いたら一人はいける!』と目論んだ結果、モモとサクラがちゃっかりナナを囮にし、ナナがアルコリアの手に落ちたのであった。
「ふふ、ナナちゃんむにむに。いーじゃない、モモちゃんもサクラちゃんもたたかってないよ」
「あうぅ、そうだけどそうじゃないよぅ〜」
 ナナの発言の通り、モモとサクラもデュプリケーターを相手にはせず、契約者に守られる形になっていた。
「シーマちゃん、ナコちゃん、相手よろしくー。手強い様だったら呼んで」
 ひらひらと手を振るアルコリア、前方ではシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)がデュプリケーターの相手をしていた。
「イエス、マイロード……何者であれ、殲滅いたしますわ」
 居並ぶデュプリケーターを前に、ナコトが強大な魔力を秘めた杖を掲げれば、発せられる純粋魔力がデュプリケーターを襲う。
「散るがいいですわ! 下朗ども」
 魔力のもたらす破壊の前に、デュプリケーターは跡形もなく消え去っていた。いや、正確には地面にごく薄い膜を残して消え去っていた。術を行使するまでもなく抵抗力を失うデュプリケーターは、今はアルコリアたちの敵ではなかった。

「ふぅ……リミッターを解除するまでもなかったか。ともすれば学ばれる可能性もあるわけか……厄介だな」
 剣を仕舞い、シーマが息をつく。対峙したデュプリケーターは数ばかりで、一人一人の力は大したことがなかった。しかし、これらが全て、受けた技を吸収してしまうのだとしたら。次に生まれてくる個体に受け継がれるとしたら。……なかなかに驚異であることは想像に難くない。
「……ボクとナコトだけを戦わせたのは、デュプリケーターに力をつけさせないため? いやいや、アルがそんなことを思うだろうか。せいぜい「面白くないから」とかそんなところだろう」
 視線の向こうで、ナナと戯れるアルコリアを見やり、ため息をつく。思慮深いのかそうでないのかはっきりしない主であった。