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クリスマスの魔法

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クリスマスの魔法
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リアクション

 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、パートナーのエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)と共にクリスマス市をのぞきにやってきていた。
 珍しい光景に、グラキエスはきょろきょろと辺りを見渡しながら、楽しそうに買い物をして回る。
 そんなグラキエスの後ろを、エルデネストは少し離れて見守っていた。今日は荷物持ちとお目付役を兼ねて同行している。
 クリスマスパーティー用の飾りやお菓子など、買う物は少なくない。
 一通りを買いそろえた頃には、結構な時間になっていた。
「グラキエス様、そろそろ帰らなくては」
「待ってくれエルデネスト……雪を見ていきたいんだ」
「……雪、ですか」
 中央広場では人工の雪が見られるという噂を聞いていたグラキエスは、ちょっぴりあきれ顔のエルデネストをよそに、すたすたと公園中央へ向かって歩き出す。
 小言は言いながらも基本的にグラキエスに甘いエルデネストは、ため息を一つ吐いただけで後は特に何も言わず、パートナーの後を追いかけた。
「おお……雪だ!」
 広場に着くなり、辺りに舞い散る雪のかけらに、エルデネストのテンションがぐっと上がる。
 すっかりエルデネストをほったらかして、人工の雪の下で手を広げてはしゃいでいる。
 やれやれ仕方が無い人だ、とエルデネストは荷物片手に、広場の片隅でその様子を見つめていた。
 のだが。
 雪に夢中になっているグラキエスの様子を見ているうち、妙な苛立ちが募ってくる。
――グラキエス様……私の存在を忘れて、他の物に心奪われるとは……
 普段のエルデネストで在れば、無機物相手にくだらない嫉妬など、と我に返れたかもしれない。
 が、あいにく、人工雪に掛けられた魔法の効果は、覿面だった。
「グラキエス様」
 エルデネストは、つかつかとグラキエスに歩み寄る。
 少し苛立ちを見せているエルデネストに、遊びすぎたことを怒られると思ったグラキエスは、ちょっとしおらしく彼の方を振り向く。
「すまない、エルデネスト。もう時間だろうか」
「……貴方は、私の物だ」
 ぱし、と軽い音を立てて、エルデネストはグラキエスの手を取る。
 突然の言葉に、グラキエスはぽかん、とパートナーの顔を見つめる。
「契約したときから、ずっとそうだろう? 今更何を言うんだ」
 グラキエスとエルデネストの間には、小さな、そして埋めがたい齟齬がある。
 ――グラキエスは、恋愛感情と言う物が分かっていない。
 捕まれた手をぐいぐいと引かれ、木陰に連れて行かれようとして居るのも、エルデネストの視線の先に先ほどの買い物の荷物があるから、荷物のところへ戻るだけだと思っている。
 しかし、エルデネストは荷物には目もくれず、グラキエスを一本の木の幹の前に立たせ、ずいと迫る。
「契約だけでは足りない。それだけでは満たされない――貴方のすべてを、私の物にしたい」
 呼吸の音さえも聞こえそうな距離で、二人の視線が絡み合う。
 けれど、獲物を追い詰める獣の視線に射竦められて尚、グラキエスは彼の意図が分かっていないらしい。
「だから――俺のすべてはあなたのものだ、エルデネスト。そういう、契約だろう?」
 こんな場面でも「契約」という言葉が出てくるグラキエスに歯がゆいものを覚える。
 そして、自分は彼に、契約を超えた何か――もっと深いつながりを、求めているのだと気づく。それが何なのかは、エルデネストにも分からなかったけれど。
「ならば……契約を強化しましょう。二度とあなたが、私以外のものに目を奪われないように」
「? ……それが必要なことなら、構わない」
 グラキエスは自分を受け入れてくれているというのに――なんだ、この遣る瀬なさは。
 抑えきれない苛立ちに任せて、エルデネストはグラキエスの左の首筋にある、契約の証に触れる。
 そして、自分の魔力をそこへ注ぐ。
 首筋をなめる炎が、力を受けて輝き始めた。と同時に、魂を削られるような嫌悪感や痛みがグラキエスを襲う。
 ぐ、と悲鳴を噛み殺すグラキエスの頬を、注ぎ込んでいる魔力の強さに反する優しさで撫で、そっと唇で触れる。
 浸食の感覚に耐えている体を支えるように抱き留めてやると、グラキエスの手がぐっとエルデネストの背中を握りしめる。
「貴方の、魂も、肉体も――心もすべて、私のものです、グラキエス」
 耳元で囁くように呟くと、所有を宣言するかのように深い深い口づけを与える。
 それは、炎の刻印がグラキエスの左半身を覆い尽くすまで続いた。
 ようやく浸食の痛みが治まり、唇も解放されたグラキエスは、ぐったりとその場にしゃがみ込む。
 まだ心なしかくらくらする。
「……さあ、帰りましょう。今夜は、覚悟して下さい?」
 ふふ、と怪しい笑みを口元に浮かべ、エルデネストはグラキエスの手を取り、甲に軽く口づけた。


■■■


 公園は、デートスポットといて宣伝されているおかげもあって、カップルがあふれている。
 三井 静(みつい・せい)は、パートナーの三井 藍(みつい・あお)と二人で見学がてら散歩に来ていた。
 お目当ては、中央広場で降らせているという人工の雪。
 静は藍の後ろを、三歩下がってついて行っている。
 辺りには幸せそうに腕を絡めるカップル達。
 それが少し、羨ましい。
 藍の事は好きだけれど――こんな風に腕を絡めて歩く仲な訳では、ない。
 こんな風に……普通に、人に心を開いて、楽しんだりすることが、どうしてできるのだろう。不器用な静は、それが不思議でならない。
 藍とこんな風になれたら……幸せ、かな……
 そう、思って見る。けれどやはり恥ずかしくて、でも、周りのカップル達は羨ましくて、自分の三歩先で揺れている藍の手を、捕まえたくて、できなくて、行き場が無い気持ちが、頭の中で、ぐるぐる。
「どうした、静?」
 気がついたら静はその場で足を止めて俯いてしまっていた。
 心配した藍が、静の顔を覗き込んでいる。
「……手、繋いで……」
 静に言えたのは、それだけだった。
 恥ずかしくて、視線も合わせることが出来ない。
 けれど藍は、小さく笑うと右手を差し出してくれた。
 そして、様子のおかしいことを察し、静の頭をぽんぽんと撫でてくれる。
 静は差し出された手を取る。
 カップル達のように絡める事は出来なくても、繋いだ手は温かくて、少し、安心出来るような気がする。
 藍はそのまま、静をベンチへと連れて行ってくれた。
 並んで座るなり、静は藍の腕にきゅ、と寄り添う。
 その寄る辺ない姿に、藍は思わず静の肩を抱き寄せた。
 そして、無言のままで優しく背を撫でてやる。
 ただでさえ線が細い静だが、今日は一層頼りない。
 何かを不安に思っているのだろう、視線が定まらず、肩は小刻みに震えている。
 藍は、空いている方の手で静の手を取る。
 重ねた手のひらが、藍の暖かな思いを、静へと伝える。
 静は少し穏やかな気持ちで、藍の胸に頭を預ける。
 こうしていると、とても安心出来る。ふんわりした気持ちに包まれて、不安が少し薄らぐ。
 これは、ただの依存なのだろうか。
 自分の気持ちを測りかねて、静は小さなため息を吐いた。
 けれども、ずっとこのまま居たいと思う――それだけは、間違いない。
「ねえ、藍……?」
 か細い声で、静が呟く。何だ、と藍は静の顔を覗き込んだ。
「……ここに、居てね……」
 静には、それだけしか言えない。
 けれど、藍はにっこりと笑う。
「もちろん。俺は、静のために居るんだから」
 その言葉に、静は小さく頷いた。