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命の日、愛の歌

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命の日、愛の歌
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リアクション


○     ○     ○


 今日の残りの時間は、自由に過ごせる――。
「フィ、フィリス! 一緒に遊びに行こう!」
 那由他 行人(なゆた・ゆきと)は、緊張しながらも、勢いでフィリスを誘った。
 フィリス――フィリス・ボネット(ふぃりす・ぼねっと)は大親友だ。
 少し前まで、そう思っていた。
 だけれど……フィリスが女の子だと知ってから。その後に手をつないでから、行人は気恥ずかしさを感じていた。
 それまでは、一緒にいるとただ楽しかったのに……。
「うん、行きたいところもあるしな」
「そ、それじゃ、そこ行こう!」
 フィリスの返事を聞いた、行人の心臓が高鳴った。
 すっごく嬉しかった。
(行人、笑ってくれてて……いつも通りを装ってるけど、なんか女って明かしてから顔をまっすぐ見てくれることも減った……)
 だけれど、フィリスの方は違った。
 行人の様子に、彼女は共に歩きながら不安を感じていた。
(嫌われたのかな……やっぱ女だもんな……ずっと嘘ついてたし……)
 こんな空気で自分の気持ちを告げるのは、怖いけれど。
 でも、彼の本当の気持ちが知りたい――。

 花摘みをしていた人達は、もう帰った後のようで、花畑に人の姿はなかった。
 咲き誇る色とりどりの花。中でも魅かれるのは、赤くて可愛らしい花。
 愛の花と呼ばれている花だ。
(あれ、洞窟どっちだっけ? ま、まあ花が綺麗だし……ここでいいか)
 フィリスは鞄の中から、お菓子――マカロンを取り出して、行人に差し出した。
「よかったら、食べてくれ」
「マカロンだね。ありがとう!」
 喜んで受け取って、行人はマカロンを食べた。
 緊張しすぎていて、味はわからなかったのだけれど、もらえたってことが凄く嬉しくて。
「すごくおいしいよ!」
 そう笑顔で言った。
「よかった……」
 フィリスはほっとする。
 行人が見せている笑みは、彼のいつもの笑顔だった。
 やっぱりかっこいいな、と思う。
 女だと話してから、あまりこの笑顔を見てはいなかった。
 そっと深呼吸をして。
(自分の気持ちに嘘はつかないって決めた。一緒にいたい、行人のことがオレは好き。誰よりも大好きだ!)
 ぐっと拳を固めて、フィリスは決意する。
「一回しか言わないからな……!」
「ん?」
「行人……大好き……!」
 大好き、という言葉を聞いた行人は、一瞬戸惑って。
「俺も好きだよ」
 思ったとおりのことを言った。
「そっか……そ……か」
 フィリスの声は暗かった。
 好きという言葉を貰ったけれど。
 違う。
 “響きが”違う。
 表情が、現れている思いが違う。
 自分の想いとは明らかに違う……。そう感じてしまって。
「友達として、だよな。やっぱ、迷わ…く……」
 フィリスは顔をそむけた。
 涙が溢れてしまっていた。
 こんな顔、見せられない――。
「あ、フィリス、まって!」
 フィリスは行人の前から走り去ってしまう。
 彼女の涙と後ろ姿に、行人は混乱する。
 違、う。
 今までは、友達として、だったけれど。
 今は違う、違う!
(俺は……)
 行人は無我夢中でフィリスを追った。

 気づけば、フィリスは洞窟の中に入り込んでいた。
 2人の種族が、望んで一つになったという伝承のある洞窟――。
(でも……ひとつに結ばれるなんて……もう無理なんだ)
 女だったって明かすんじゃなかった。
 顔もまともに見てくれないなんて。
 笑顔も最近は、強張っているようで。
 こんな風になってしまうのなら、元の親友同士の方が……幸せだった。
「フィリス!」
 薄暗い空間に、迷うことなく行人も飛び込んで、フィリスの腕を掴んだ。
「聞いて! 好きって言うのは友達としてじゃない!」
 彼の声に、フィリスが振り向いた。
 彼女の目からは、いくつもの涙がこぼれていて。
 言いたいことがある、伝えたい気持ちがある。
 だけれど、行人の口からは何の言葉も出てこなかった。思い浮かばなかった。
(友達としてじゃない……? 行人の本当の気持ちは……)
 恐怖を振り払って、フィリスは再び決意する。
(オレは逃げないって決めた、自分にも行人にも嘘はつきたくない)
 今度は、言葉ではなく。
 彼に近づいて――顔を近づけて。
 フィリスは唇を行人の唇に重ねた。
 行人は少し驚いた顔をして。
 でも、その瞬間に、溢れる気持ちに気付いた。
 フィリスが、本当に、大好きだと。
 これが、“恋”という気持ちなのだと。
「俺は、フィリスが大好きだ! ずっと一緒にいたいんだ!」
 そして、行人はぎゅっと、フィリスを抱きしめた。
「行人……」
 彼の気持ちが、フィリスのことが本当に好きだという感情が伝わってきて。
 フィリスの目が熱くなった。先ほどまでとは違う、涙が落ちた。

 しばらく抱きしめた後、行人はフィリスの手を握って歩き出した。
 これまで分からなかった、心のもやもやが晴れて、凄くすっきりした気分で。
 隣に大好きな人がいるから、笑みが止まらない。
 フィリスの方も。
 彼の手の温もりと、嬉しそうな笑みを目にして。
 微笑と共に、心に幸せが広がっていく。
「これあげるよ!」
 行人はいつもつけていた十字架のペンダントをはずすと、フィリスの首に手を回してつけてあげた。
「くれるの? 大切なものなのに……でもありがとな」
 胸に飾られたペンダントに大切そうに触れて。
「嬉しい……」
 フィリスはふわりと微笑みを浮かべた。
「これからもっと一緒にいられる……」
「うん、一緒にいよう」
 行人は今度はフィリスをそっと抱きしめた。
 洞窟から出た2人は、太陽の祝福を受ける。
 入った時とは違い――2人の影は1つになっていた。

○     ○     ○


 夕方。
「ほたるー。もうすぐ見られますね」
 ぶらぶら街を巡って観光していた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、1人で洞窟へと訪れた。
 夕日の当たらない場所で、地獄の天使で翼を生やすと。
 翼をマット代わりにして、ごろりと横になった。
 自然と、生き物の音しか聞こえない、静かな場所だ。
 滅びのことも、戦いのことも。
 何も考えずに、ぼー……っと。
 アルコリアは空を眺めていた。
 ちらちら、現れはじめた蛍の光を、眺めていた――。
「足下に注意してくださいね。走り回ったらダメだぞ〜」
 人の声が近づいてくる。
「蛍観賞は地球でしたことあるかな? 光を当てたら、びっくりして逃げちゃうから、暗いけど、カメラのフラッシュや、ライトはつけないようにな」
 地図を片手に、晴海の親族を案内しながらやってきたのはアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だ。
「あっ、光った! あそこ、あそこー!」
 親族の中には子供の姿もあった。
「こら、走ったらダメよ。ちゃんと契約者のお兄さんのいうこと聞かないと、怖い怪物に攫われちゃうわよ」
 母親が走り出した子供を急いで捕まえる。
「この辺りにはモンスターが出ることはありませんが、未知の生物が出現する可能性も、予測不能な現象が突如起こる可能性もないとは言えません。俺から離れないでくださいね」
 アキラは親族にそう声をかけながら、辺りの説明を始める。
「この洞窟は、ハーフフェアリーが生まれた、神聖な場所といわれてるんだ。2つの命が望みあって、1つになったんだそうだ。現在は、プロポーズスポットとなっているようだ」
 付近に咲く赤い花は愛の花と呼ばれていること。
 訪れた恋人たちをハーフフェアリーは歌で祝福してくれるのだということ。
 そして……。
「ん??」
 親族を案内し、奥に進もうとしたアキラは恐ろしいモノを踏みそうになってしまった。
「っと! 危ないぞ?」
 寝っころがっていたアルコリアだ。
「ただの亡骸ですので、心配なさらず」
 ひらひら、手を振るアルコリア。
「そうか、亡骸なら踏んでも問題な……じゃなくて、亡骸のどこが“ただの”なんだっ」
 思わずつっこみを入れるアキラだが、親族たちに「跨いで行きましょう♪」などと言うわけにもいかず。
「観賞中の方がいます。俺達はあっちの方に行ってみましょう〜」
 と、親族たちを水辺の方へと案内して。
「夜は冷えるぞ。寝ぼけて湖に落ちて、本当に亡骸になるなよ?」
 アルコリアにそう声をかけてから、アキラは移動していく。
「もう亡骸なので問題ないです」
 ひらひら、アルコリアは手を振って見送った。
 皆が離れてから。
 アルコリアは目を閉じて、風が運んでくる香りを堪能する。
「……優しい水の香りがします」
 生まれと育ちは港のある街だが、同じ水辺でも故郷の香りとはまた違う。
 温度、湿度、水の成分、地形や環境。
 勿論、暮らしている、管理している人々も違うから。
 香りはまるで違う。
 そっと、静かに口を開いて。
 アルコリアは幸せの歌を口ずさむ。
 たまには、良いだろう。
 自分とは全く違う生き方をすることを決めた人を祝福しても。
 この心地良さが誰かに届きますように――。

「きれいだね……」
「ほたるは夜しかあそべないんだね。ボクたちはひるまあそぶから、よるはそっとみてるだけだね」
 子供達も、母親と手をつなぎながらじっとほたるを眺めている。
 アキラは美しい蛍の瞬きに感動を覚えながらも、親戚たちの後方へと下がり、観賞できていない人がいないかどうか、そして皆が外れたりしないよう、注意を払っておく。
 ファビオの依頼を受けた彼は、予め村の情報を聞いて置き、村に着いてからは親戚たちの側を離れることなく、ツアーガイドのように案内に努めていた。
 さりげなく自然に護衛しながら。
「それじゃ、さっき摘んだ花を持って、工房に行こう! 押し花を使ったガラス細工が作れるんだ」
 子供達が飽きる前に、そう声をかけて皆を促す。
 そうして親戚たちを楽しませながら、ずっと付き添って護っていく。

○     ○     ○


 静かな夜。
 子供達が寝静まり、大人達は宿でゆっくり過ごしている時間に。
 大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)を誘って、洞窟の側に訪れていた。
 月の光も弱く。
 風景はほとんど何も見えない。
 だけれど、小さな明かりだけは。
 蛍が放つ明かりだけは――沢山、星々よりも、冬のイルミネーションよりも賑やかに光り輝いていた。
「ふわふわ、光の綿が踊っているみたい、です」
 しばらく眺めていたアレナが、そんな言葉を発した。
「ああ、すげぇ綺麗だ……」
 話には聞いていたが、想像以上の美しさに康之もしばらく見惚れていた。
「蛍のことを抜きにしてもこの場所ってすげぇところだよ」
 康之の言葉に、アレナが彼に目を向ける。
「当たり前の事だけれど、パラミタのいろんな種族にはそれぞれ時間や場所は違っても生まれた場所がある。その一つが、ここなんだぜ? 俺達は今、一つの種族が生まれた場所にいる。こんなにすげぇ事はねえだろ?」
 康之の上気した微笑みに、アレナもこくんと頷いて微笑んだ。
「さらに、その場所が愛の花が咲いた場所だった。つまり、ハーフフェアリーは生まれた瞬間からパラミタに愛された種族って事だ! ますますすげぇ!」
 康之が両手を広げて、花々に向ける。
 そこには飛び回る蛍たちを優しく受け止める、赤い花の絨毯がある。
「そんな場所って聞いたから、俺はここでアレナの事を祝いたいって思ったんだ」
「え?」
 アレナが首を傾げる。
「誕生日をだよ! 一つの種族が愛されて生まれた場所で、アレナが生まれた事を祝う。そしたら、この土地の愛をもらえてアレナはもっと愛される女の子になる。そんな気がするんだ」
「……」
 戸惑いの表情を見せているアレナに、康之は用意してあった一輪の、一際可愛らしい赤い花を、アレナに差し出した。
「あ……りがとうございます」
 突然のことに、アレナは驚きながら赤い花を見詰めた。
「誕生日、おめでとう……おめでとう〜♪」
 康之は幸せの歌に乗せて、誕生日の歌を歌う。
 次第に、アレナの顔に幸せそうな笑みが浮かんでくる。
 歌を終えた後。
 拍手をしてくれる彼女に。
 この場所だからこそ、言いたい言葉を康之は伝える――。

「アレナ、誕生日おめでとう。そして、生まれてきてくれて本当にありがとう!」

 彼女は何故か泣いてしまった。
「康之、さん……私は……」
 受け取った赤い花を見ながら、涙を落とした。
「私、こそ……。あなたが、この世界に――この時、この時代に、いてくれて、よかった……」
 でもそれは、悲しくて泣いているわけではないことは確かだから。
 君がここにいること。
 生まれたことを嬉しく思う。
 その気持ちを、康之はアレナの傍で、この神秘的な空間に、2人一緒にいることで伝え続けた。

○     ○     ○


「加夜」
 静かな地に、優しい声が響く。
「涼司くん……昼間とは随分違いますね」
 差し出された手を掴んで、共に歩き出す。
 山葉 涼司(やまは・りょうじ)火村 加夜(ひむら・かや)は、昼間にも一度この場所――洞窟を訪れていた。
 可愛らしい赤い花々と、ハーフフェアリー達が奏でる愛の歌で、祝福してもらい、幸せな一時を過ごした。
 そして夜。
 皆が寝静まった頃に。
 蛍を見よう。
 そう言って、涼司が加夜を再び、この場所に連れてきた。
「涼司くん」
「ん?」
「忙しいのに、時間を作ってくれてありがとうございます」
 彼の手をぎゅっと握りしめながら、加夜は微笑みを向けた。
 暗くて、互いの顔も良くは分からないけれど、呼吸の音だけで、互いの表情は良く解る。
「龍騎士の婚約式、俺も見てみたかったしな。それに……ここじゃ、流石に仕事は殆ど出来ない。今晩は加夜と心からのんびり過ごせる。そんな日も、必要だしな」
「はい」
 頑張っている彼を、少しでも癒してあげたいと加夜は思う。
 こうしている時間はとても幸せだけれど。
 遅くならないうちに、宿に戻って彼を休ませてあげないとな……と、考えていた加夜の目に。
「あ……」
 小さな小さな光の玉が映った。
 ひとつ、ふたつ、みっつ……。
 目に映る光は、すぐに数えきれないほどの数になった。
「綺麗だな」
 立ち止まって、涼司が言い。
「はい」
 彼に寄り添って、加夜はこくりと首を振った。
 夜に蛍を見るのは、何年振りだろうか。
 加夜は小さなころを思い出して、とても懐かしくなっていた。
「幻想的ですね……」
「ああ、なんだか異空間に浮かんでいるような錯覚を覚える」
 涼司のそんな感想にくすりと笑みを漏らして。
「ほんと……違う世界に、いるみたいですね」
 舞い踊る蛍を見ながら加夜は、ゆっくりと話していく。
「これからも涼司くんと共に歩み、支え、喜びも苦しみも分かち合っていきたいです」
 握っていた手にもっと力を籠めようとしたら。
 突如、涼司が手を離して。代わりに、彼女の肩に腕を回して抱き寄せた。
「家を守り、涼司くんが安心して仕事ができるように頑張ります」
 堅苦しくならないよう、笑顔で。
 だけれど真剣に加夜は涼司に想いを、変わらぬ決意を語る。
「不束者ですが、末永くよろしくお願いいたします」
「迷惑ばかりかけるかもしれないが。今もかけ通しで、あまりかまってやれてないが」
 加夜が涼司を見上げた途端。
 涼司が加夜をそっと抱きしめた。
「これからもよろしく頼む」
 それから。
 彼は彼女の頭を優しく撫でて。
「いつも、ありがとう」
 瞬く光の星の中、2人だけの世界で囁いた。