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バレンタインミニノベル2010

私からは逃げられない!(恋愛的な意味でバレンタイン投げキッス! / 御茶ノ水 千代様

イラスト:大島天水 / ノベル:今唯ケンタロウ

 

教導団第四師団遠征軍の滞在する三日月湖。
本営のある湖畔の休憩室で、インスタントコーヒー片手に、煙草をふかすこの女性。大人の女。
御茶ノ水 千代だ。
「ふぅっ」
吐息のような溜め息のような……。大人の女だ。
少し距離を置いて、同じく休憩中の、本営守備の若い男性教導団員諸君がそれをじっとこっそりと見ている。声が、少しかけづらい。
煙草の銘柄はポールモールライト。大人の……
ガラガラッ。扉が開いて、本営の女性らが入って来る。
「あっ、御茶ノ水先輩。どうも、お疲れ様」
「えぇ。少尉さんたちも、お疲れ様です」
吸い終えた煙草ポールモールライトを灰皿に置いて、丁寧に応える千代。
年末あたりから、教導団に配属されやって来た彼女。まだ階級としては士官候補生ではあるが、女たちにとっては、色々と大先輩にあたるので(千代「えっ、と……゛大゛先輩は少し余計ではありません?」)、とにかく皆から敬われている。
年下の(ほとんどだが)女性教導団員らは、色々と彼女に教わりたいところだ。
「そう言えば、世間ではそろそろバレンタインの時期よね」
同じく三日月湖を訪れている李少尉が言う。
「そうですね。少尉たちは、どなたにお渡しするかお決めになっています?」
隅っこの方にいる男性教導団員らの耳が一斉にぴーんとなっている。
「そうね……最近の男子みたいに軟弱なだけじゃなくって、芯の強い……」
「わかります。草食系男子っていうのはちょっとね」何かと最近の若手男性諸君に物申したげな千代だが、それはまたの機会にと続くことになる。「李少尉さてはもう、決めていらっしゃいますね」
男性諸氏は俺だ、俺だ、と微かな声で言い合っている。
「え、ええ(どきっ。御茶ノ水先輩さすがに、鋭いわね……)。えっと、c少尉は? 本営のx少尉やi少尉等なんてどう? ちょっとよくない?」
女子(?)らの恋愛話に、いっそう耳をぴんと立てる男子たち。
「わ、私は……ごほん。御茶ノ水先輩こそ?」
「私は……うふふ」
その笑みには何が隠されているのか。再び、ポールモールライト。大人の女だ。

バレンタイン前日。
「ふぅ。これで今日の仕事は、終わり」
「あれ? 御茶ノ水さん。珍しい、今日は早いですな?」
「えぇ」
そう、今日は早く終わらせたのですよ。
「はー。ふふん、なるほど明日に備えるわけですね」
うふ、と言って、では、お疲れ様でした。と本営を去る前に、千代は男子らにキッ○カットを渡して回る。
「あ、あれ。御茶ノ水先輩。バレンタインは明日……」
「御茶ノ水さん、明日は休み取ってるんだってよ」
「そうか。明日はきっと、本命の人……」
「く、くく……そっか俺は違うのか。で、でも……嬉しい。この戦絶対勝つぞ」「おー」「そして来年こそは。よし、御茶ノ水先輩にもっと気に入られるように頑張るぞ」「おー!」
年齢のことで焦りを感じる今日この頃な、孤独と紫煙を愛する37、いや38歳。
千代はそんなふうに言ってはいるが、密かに、大人の女の魅力に惹かれている男性教導団員諸君もいるのだ。
「御茶ノ水先輩ってお幾つなんだろ?」
「馬鹿そんなこと聞けるか。お前、もしかして気になるのか?」
「でもこないだ、と言うか今さっきも゛年齢のことで焦りを感じる今日この頃な、孤独と紫煙を愛する3×歳゛とか、自分で呟いて……」
「そんなに上か……」
「しかも、噂によると、実は恋愛に関しては百戦錬磨とか」
「うっ。じゃあ、俺たちじゃとても太刀打ちできないくらいか」
やっぱり、ちょっと引いてしまう男性教導団員諸君であった。
誰も、踏み込めそうにない。
千代自身は、そう若者たちに噂されているとも知らず。
ときどき、若者に誘われカラオケに行ったりお茶に行ったりするが、
「たまには若い子と遊んで、若さを補充しなくってはね」
その先を狙っている男性教導団員諸君もいることにはあまり気付かず、千代はそこどまりであった。
千代はしかし、思う。
ここ(シャンバラ教導団)へ来る前は……日本・都内にて十数年、秘書職に従事してきた私。もちろん、あの頃だって何もなかったわけではないけれど?
この「シャンバラ教導団」という血気盛んな若者達が集う場に常にいるようになって、その熱気にあてられるのか、私まで気が若くなり、なんだかワクワクしてしまいますね。……だけど密かに。普段は、そんな態度は見せない。
軍人として常にルールに則った行動をし、軍法違反者達には厳しく冷ややかに追求する為、ミス・マシーンなどと不名誉な2ツ名で揶揄される、ことも。(「御茶ノ水伝」より引用。)
だけど、そんな千代にも、最近気になる人が?
「そろそろ、本気を出そうかしら?」
……メイクはばっちり、衣装はちょっと、……若作りしすぎかな。
ふ、と微笑する千代。
いよいよ、バレンタイン当日。
さあ、出かけましょう、密かに思いを寄せるあの人のもとに! 狙った獲物は逃がしませんわ!(恋愛的な意味で)! ……まだまだいける。まだまだこれからな、御茶ノ水千代であった。