

 
        イラスト:TOH. ノベル:蒼空のフロンティア運営チーム
				西暦2022年1月。
				
				日本領海の上空に突如として浮遊大陸パラミタが出現したあの日から、
				まもなく13年を迎えようとしていた。
				
				契約者の出現。
				
				女王の復活とエリュシオンの支配。
				サロゲート・エイコーン(イコン)の登場。
				西と東に分断されたシャンバラを巡る新たな戦い。
				
				前女王アムリアナ・シュヴァーラの終わりと女王アイシャ・シュヴァーラの誕生。
				エリュシオン帝国との決戦を経て訪れた、ウゲン・カイラスによるパラミタと地球の危機。
				
				数々の運命を乗り越えた先――
				 
				我々は、『パラミタ大陸の崩壊』を知る。
				パラミタ大陸を支えるアトラスの寿命は残り僅かだった。
				徐々に力を失いつつある大地は脆く、
				いずれパラミタ大陸全土は崩壊し、ナラカの底へと沈むことになるだろう。
				
				シャンバラとエリュシオン帝国は、
				パラミタに住まう者たちの希望を求め、今、地球・パラミタとは全く異なる新たな世界……
				ニルヴァーナへ至る道を開こうとしていた。
				
■□■
				約一万二千年の昔にパラミタに接近したという浮遊大陸ニルヴァーナ。
				 
				(それが私の故郷……)
				
				パラミタの月での、ブラッディ・ディヴァインとの死闘の中、 
				たいむちゃんは、自身の故郷を想っていた。
				 
				(もうすぐ、帰れるのね)
				
				膨大な距離を渡り、どれほどかの時を渡り、パラミタへ漂着してから十数年。
				幼き日の記憶の中で、故郷ニルヴァーナは滅びに瀕していた。
				予感はある。
				だが……
				 
				「帰りたい。
				そして――確かめたい」
				
■□■
				地球側の月面、宇宙基地アルテミス。
				
				アメリカと日本が共同で建造・運営している施設だが、ここに来たるべき宇宙時代に備えて、月で生まれ育った少年少女達が生活していることを知る者はほとんどいない。
				
				少年少女達はアポロ計画の裏側で秘密裏に進められていた“アルテミス計画”の一環であり、『ムーンチルドレン』と呼ばれていた。
				パラミタの出現に伴い、各国は宇宙開発の予算をパラミタ開発に向ける中、アメリカと日本は縮小傾向にあるものの投資をし続け、この宇宙ステーションを維持していた。
				
				「もっとお散歩出来たらいいのに」
				
				ルシア・ミュー・アルテミスは、宇宙服の中から見る青い地球を見ていた。
				12番目のムーンチルドレン、だからコードネームはミュー。
				
				今は週に一度の、月面散歩の時間だった。
				パラミタの滅亡が噂されるようになり、月面開発が見直されてきていた。
				
				そのため、最近では基地の人員が増え機材が不足しており、散歩も減らされていた。
				
				「でも、お散歩出来るなら……地球に行きたい、よね」
				
				眼前に広がる母なる星。
				手を伸ばせば届きそうな位置にあるのに、今のルシアにはあまりにも遠かった。
				地球の1/6の重力下で育ったルシアの体は、地球の暮らしに耐えることが出来ないからだ。
				
				ルシアの親はその秀でた遺伝子を月面開発に捧げ、今ではアメリカ大統領だと言う。
				姉はパラミタで校長をしていると聞く。だが、一度も会ったことはない。
				
				「……無理だよね」
				
				その時。
				
				(……しも)
				
				「え!? 女の人の、声!?」
				
				(……私も……行き……)
				
				「通信じゃないよね!? どこから!?」
				
				ルシアの耳にかすかな女性の声が聞こえてきた。
				通信機からではなく、直接耳に響くようなその声に戸惑いながらも、ルシアは声を感じる方へと走った。
				
■□■
				ルシアは声に導かれるように月面を駆けた。
				やがて普段の月面散歩では来ないような、通信圏外のクレーターまで来ていた。
				そこには。
				
				「……!? 凍りついた、女の人……
				でも、背中に翼がある……ただの女の人じゃない……?」
				
				日の光が当たらない暗く冷たいそこには、全身凍りついた女性がひっそりと佇んでいた。
				背中に湛えた6枚の金属の翼は霜で覆われて痛々しい。
				
				ルシアは思わず手を伸ばしていた。
				
				「あなたがわたしに話し掛けてくれたの?」
				
				(あなたが私の声を聞いて下さったの?)
				
				「うん! あなたはどこに行きたいの?」
				
				(私はパラミタに、いえ、その先にあるニルヴァーナに行きたいのです)
				
				「……わたしも、行きたい!
				わたしも、月だけではなく、いろんな場所に、この足で、行きたい!」
				
				(私に力があれば、あなたを誘えるのですが……)
				
				「じゃあ、連れて行ってよ、あなたが行くところに!」
				
				気が付けば目の前の女性と自然に話をしていた。
				知識だけで知っている色んな世界がルシアの脳裏を駆け巡る。
				
				この女性となら行ける、そんな確信めいたものを感じ、固く冷たい手を握り締めた。
				次の瞬間、ルシアが握り締めた手から眩いばかり光が溢れ出した。
				
				光は女性の氷をみるみる溶かしていった。
				そしてルシアは今までにない力が湧くのを感じていた。
				
				「うわ……綺麗な人……
				わたしはルシア、ルシア・ミュー・アルテミス、あなたは?」
				
				「私はリファニー・ウィンポリア、パラミタの熾天使です」
				
				「パラミタの人なの?
				ねえ、あなたと“契約”したから、わたしもパラミタに行ける?」
				
				契約。それは地球人とパラミタの民の魂の結びつき。
				二人の少女は自分たちが契約した事を悟っていた。
				
				「ええ。行けます。
				パラミタも、その先のニルヴァーナにだって、どこへでも行けます!」
				
				「ニルヴァーナには何があるの?」
				
				「分かりません。……思い出せないの。
				
				でも、あなたと会う前の最後の記憶が、“ニルヴァーナへ行け”って言ってるんです。
				
				そして誰かが言ってたんです。
				“パラミタはニルヴァーナへ至る道”って」
				
				「なら、行こうよニルヴァーナに!
				わたしなら、どこまでも一緒にいくよ!」
				
				ルシアはりファニーの手を握った。
				
				「……はい!」
				
				リファニーは顔を綻ばせた。
				
■□■
				その後、アルテミス基地は驚きに包まれた。
				
				検査の結果、コントラクターとしての力を得たルシアは
				地球の重力に耐えられるようになっていたのだ。
				
				そしてリファニーは古代に滅亡した伝説の種族“熾天使”である事も分かり、
				アメリカと日本はシャンバラ政府と協議の上、二人をパラミタへ派遣することにした。
				
				地球へ向かうシャトルの中で。
				
				「ねえ、リファニー。
				
				パラミタにはお姉ちゃんもいるし、他にもたくさんの学生さんがいるんだって。
				楽しみだよね!」
				
				「ええ。ルシアとの旅、楽しみです」
				
				こうして二人の――“ムーン・コントラクター”の旅が始まった。