メリーゴーラウンドが音楽を奏で、廻っている。
聴いたことのない異国の、だけど何処かノスタルジックで、儚げなメロディ。
廻っているのは、翼を生やした生きものたち――ペガサスや、それに翼を持つ人たちもそれと一緒に、楽しく踊っているよう。ヴァルキリー製の、両手に収まるほどの小さなメリーゴーラウンドの模型だった。細部まで緻密に作り上げられている。
「わぁ。綺麗ですね」
「可愛いな。ふふ、セイカはこういうの好きなんだな?」
それに見入っている二人。
「え、ええ。……ちょっと、子どもっぽいすぎるでしょうか??」
「いや。だけど、セイカらしいのかなって」
シャンバラ教導団のメイド、朝霧 垂。戦いの前線に立ったこともある、様々な局面で活躍してきた。今、となりにいる騎凛 セイカが師団長を務める第四師団では、その活躍からメイド隊長にも抜擢されている。それには、これまでの垂の功績ばかりでなく、戦いの初期からセイカと共にあって彼女を最も理解している一人でもあったから。
戦いに明け暮れてきたセイカが一時の休暇を取り、パートナーの故郷を訪れるのにも、(戦い以外何にもやれないので心配される)セイカのことを見ながら一緒に来た。そこでも思わぬ事件に巻き込まれ、悲しいこともあった旅になったけど……
二人は今、ヒラニプラの山麓にあるヴァルキリーの里ヴァレナセレダ最北、ハルモニアの街に滞在している。一時は意識不明にまでなっていたセイカの容態も、垂の看病で良くなり、今は外を歩けるまでになっている。
世間では、バレンタインの頃である。
いま少しは悲しいことも殺伐したことも忘れ、比較的大きなこの異国の街の、雑貨屋さんや服飾店やらをウィンドウショッピングして回った。
外へ出れば……ここもまた戦地なのだけど。
降り積む雪のためか、敵の攻撃の手も今は止まっている。やがて戦闘は再開されるだろう。ディナーに入ったレストランでも、
「治ったら、すぐ戦線に復帰しますよ。そしたら一気に相手をやっつけちゃいましょう」
「セイカ。今そんな話は……考えないわけにはいかないのかも知れないけど」
「あ、ごめんなさい。……」
「とにかく、絶対に無理はいけないからな」
その後は、とりとめもないけど楽しい会話をしながら、ディナーを終え、夜の公園の噴水の前で、垂はセイカにチョコレートを渡したのだった。
小花模様の白地の包装紙に、ピンクのリボンのついたチョコ。
可愛い異国のチョコである。それに、ヴァルキリーのお守りである羽の紋章の形をしたペンダント。真ん中の蒼い石は、機晶石でできている。
そして……
「厄払いのおまじないだ……好きだぜ、セイカ」
軽く唇と唇を触れさせる。
「えっ、えっ……朝霧さ……いえ、垂さん……」
少し戸惑っていたセイカ。戦いばかりしてきたような彼女だ。それに、垂自身も。今のセイカに対する気持ちが、垂にこんなふうにさせたのだけど……
前に温泉に二人で入ったときには、お互いにどんな男性が好みかとか、ちょっとした恋愛話はしたことがある。だけど実際には戦い戦いの中で、恋愛なんてしてこなかったらしいセイカ。今の好きな人は……? というのにも、言葉を濁していた。「だけど……戦いしかありませんから。……」
垂の方は、以前に空京のメイド喫茶?でバイトをしていたときには、メイドらしくない言葉遣いながらも一部には人気があり、垂ファンの男性たちもかなりいたのだ。だがパラミタに来てからは恋愛らしい恋愛はしたことがなかった。教導団の任務に大忙しになっていたし、メイドの仕事も、団内のことに限られることが多くなっていった。教導団の気風はさすがに、あまり恋愛恋愛というものでもなかったし(そうでもないか?)。
「垂……」
今、セイカは……垂のとなりで眠っている。
黒羊郷への旅の途中からは、互いに名前で呼び合うようになった。セイカは、あまりそういうことにすら慣れていないようであったけど。何だかちょっと恥ずかしくてと言っていた。
夢の中で、セイカは?
夢の中でくらい、安心して休んでいるだろうか。まさか、夢の中でも戦いの続きを?
そんなふうには思えない……安らかな寝顔だけれど。
それをそっと見つめる、垂。
将来の夢は……戦い続けることだ、と言っていた。けどそれは、夢というより宿命的なものとして捉えていることではないだろうか。垂は思う。セイカにとっての幸せとは何だろう。垂は、幸福になること、それが将来の夢だけど。本当の幸せとは……それは、自らが問い続けていることだ。この戦いや任務の中で、見つけていけるだろうか。
でも、今、自分にとってその一つの答え……に至るヒントだろうか。それがセイカとのことにあるのかも知れない。
メイドとして生きてきたことから、最初は師団を束ね前線で戦うセイカを、守りたい、助けたい、と思う気持ちだった筈、それが、だんだんと……これは、恋に近い感情なのだろうか。セイカのことを大切な人、と感じるようになった。
「本当にうれしかったんです……」
垂のキスを受けて、戸惑いの中、素直な気持ちを語ったセイカ。セイカは、どうなのだろう。実際、今、セイカの最も近くにいる人が垂であり、セイカもまた垂を大切な人、と思っている。
その先、は……
垂は再び、静かに眠るセイカの顔を見つめる。
「セイカ……」
「あれ、垂? まだ、起きてるの。もう、こんな夜中だよー……」
同じくヴァレナセレダに滞在している、垂の剣の花嫁ライゼ・エンブだ。
「ああ。セイカが心配だからな。今は、良くなっているみたいだけど……。ライゼこそ、どうしたんだ?」
「うん。僕も今まで騎凛先生のことずっと看病してきたから。ついクセで診に来ちゃって。
垂が付いてるから、安心か。だけど、騎凛先生良くなってよかったねっ。あ、料理だけは、絶対垂が作っちゃダメだからね。おやすみー」
「な、何だよ。ああ、おやすみ。俺ももう、寝るから」
夢の中では、セイカが騎馬にまたがっていた。
「さぁ、今から総攻撃をかけますよ!」
ナギナタを持って。
「えぇい。私は第四師団の騎凛セイカなり。敵将はいずこっ?!」
そこへメイド姿の垂がやって来る。
「セイカ……やっぱり、夢の中でも戦ってたのか。……」
「あ、朝霧さ……いえ、垂。えへ。これがないと落ち着きませんね。
そうだ敵は……? 皆は?」
「ほら」
垂が指差すと、二人の後ろで、華やかなメリーゴーラウンドが廻り、優しい音楽が響いてくる。
「わっ。綺麗……ですね」
「あっちに行こうぜ。今は敵なんてどこにもいない」
「それに……皆の姿も見あたりませんね。では……二人で行きましょうか、垂」
「ああ。なら、後ろに乗っけてもらおうかな」
「もちろんですよ」
本当の幸せとは何か……か。
「ん? どうかしましたか」
「いいや。何でも。行こうぜ」
翼の生えた馬で、メリーゴーラウンドの中へ駆けていく、垂とセイカ。今だけは戦いを忘れて。