マクスウェルは、偏食だ。
食べられるものは、栄養食といったごく決まったものだけ。
椿はそれを知っている。
知っているけど、だって今日は2月14日。
大切な人にチョコを渡したい。
そして、食べてもらいたい。
けれど、繰り返すが、マクスウェルは偏食なのだ。
――どうすれば食べてもらえるでしょうか……。
キッチンの椅子に座り、膝の上にチョコレート菓子の本を乗せ、ページを1枚ずつめくっていく。これだ! と思うようなお菓子には出会えない。
お菓子作りに必要そうな道具も揃えたし、チョコだって買って準備は万端なのに、手詰まりになってしまった。
一旦本を閉じる。気分転換をしよう。散歩が良い。
コートを羽織って外に出て、大通りを歩き、ふと目に着いた雑貨屋さんに入る。
店内に並ぶ、ラッピングが施されたチョコの箱。そういったものを見るたびに、椿の頭にはマクスウェルの顔が浮かんだ。
――渡したいな。
――受け取って、喜んでもらいたい。
――それからやっぱり……食べてもらいたい、な。
何の気なしに店を見て歩いていると、バレンタインフェアとは関係ない棚に行きあたった。
「……っ!」
そしてそこで、椿は衝撃を受けた。
手のひらサイズのひよこのぬいぐるみ。つぶらな瞳、ちょんと突き出した口、ひよこの割に立派なとさか。
「こ……これですっ!」
なぜか。
なぜか、そう思った。
これしかないと。
ノーマルなひよこ三体と、薄紫の布地で出来た、文字通り毛色の違う一体をレジへと持って行ってお持ち帰りし。
椿は、ひよこ型のチョコを作ろうと家路を急いだ。
とはいえ、ひよこの型なんて売っていないから。
型作りからやることになって、四苦八苦。
それでも完成したひよこ型チョコは、大きさも見た目も満足いくもので。
――こんなに可愛いんだから、受け取ってくれるはずです。
自信もあった。口元に笑みが浮かぶ。
マクスウェルはどこに居るだろうか。
探しに行こうとしてキッチンから出ると、
「「あ」」
ばったり、遭遇。
「椿」
「ウェルさん。……あの、あのっ」
上手い言葉が出てこなくて、椿はお皿に乗せたひよこ型チョコをすいっと差し出した。
偏食を治したいという気持ちも勿論だけど、それよりも自分の気持ちを伝えたくて。
長い間使い手が見つからなかった自分を見つけてくれたことへの、感謝の気持ち。他にもいろいろな気持ち。
それに、喜ぶ顔が見たくて。
緊張しながら、マクスウェルを見た。
マクスウェルはふっと薄く笑っていて、
「なんでひよこ型なんだ?」
椿の考えることは突拍子もないな。
そう言って、皿を受け取った。
その時の瞳の色が、すごく優しかったから。
――良かった、喜んでくれた。
椿の顔も、自然と綻んだ。