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バレンタインミニノベル2011

イラスト:puico / ノベル:灰島懐音

 2月15日、バレンタイン翌日。
「…………」
 衿栖は気まずそうに、工房前に立っていた。
 ――入り辛い……。
 14日、チョコを渡す際に妙なことを口走り、あまつさえ逃げてしまってから1日と経っていない。
 ――会いたい。
 ――けど、どんな顔して会えばいいの?
 ――……怖い、な。
 ――でも、会いたい。
 そんな気持ちがぐるぐる回って、立ち往生すること十数分。
 がちゃり、音がして。
 ドアが勝手に開いた。
 ――いつから自動ドアになったのかしら、工房。
 なんて間の抜けたことを考えたのは一瞬で。
 ドアの陰からリンスが出てきて目を見開いた。
「リ……っ、」
「いつまでそうしてるの」
「……いつまでって」
「昼間でも外は寒いでしょ。入れば?」
 ちょいちょい、と手招きされて、口をつぐんだ。
 ――招かれたから入るんじゃないの。仕事があるから入るのよ。義務よ。任務よ。
 そんなことをつらつらと思ったのは、誰に宛てての弁明かしら。


 1日仕事をこなしていて、わかった。
 ――私、本当に。
 ――リンスのことが、好きなんだ。
 顔を見るだけでどきどきする。隣で人形を作っている時、気取られないかどうかが心配になるくらい。
 それに、自分でも驚くほどリンスのことを知っていた。
 布を縫うペース。集中が切れるタイミング。休憩時に飲む飲み物は、紅茶ならストレート、コーヒーなら角砂糖ひとつ。
 ――でも、まだ知らないことがきっとたくさんあるんだわ。
 それを知りたいと思う。
 教えてほしいと思う。
 こんな風に人を想うことが、恋というなら。
 ――私は、……。
 ……ああ。
 胸が苦しい。
「体調悪いの?」
「え、」
「今日、テンション変」
 普段は鈍い癖に。
 どうして気付かれたくない時に気付くのだろう。
 逆かな。
 気付いてほしいことかも、しれない。
リンス
「何?」
「名前で呼んで」
「…………」
 だめでもともと。昔一蹴された要望を口にしてみたら、黙り込まれた。
「……何も黙らなくていいじゃない」
 いいの、期待してなかったから。
 そうやって自分を宥めて席を断つ。空はもうオレンジ色だ。帰らないと。
 ドアノブに手を掛けた時、
「……衿栖
 ごくごく小さな声が聞こえた。
 今なんて、と振り返る。普段より二割増し仏頂面のリンスがこちらを見ないで「衿栖」と言った。
「…………」
 何も言えなくなった。
 ああ、名前って。
 呼ばれることが、こんなに嬉しいものだったのね。
「……茅野瀬、に戻したら駄目? 呼びづらい」
「だめ」
 それにだけは即答して、だけどそれ以上は何も言えなくて。
 舞い上がる気持ちや慌てる気持ち、ひっくるめて息苦しくなって、胸が苦しくなって、でもそれは不快なものじゃなくって。
 ひとつ、息を大きく吸って、吐いて。
「また明日っ!」
 挨拶だけは、しっかりと。
 明日も会おうと口約束。