コーラルワールド。
世界樹アガスティアの内なる場所にある、深い森の中のように思えるそこは、パラミタの全ての世界樹と繋がる、擬似コーラネットワークのような場所でした。
この森の中に、コーラルネットワークと繋がる「スポット」と呼ばれる場所があり、そこに聖剣アトリムパスを差し込めば、パラミタ各地の世界樹の活性化が成せる、というのです。
「きゃあああああ!!」
突如、悲鳴が響き渡りました。
前触れもなく突然、絶叫を上げたのは、長く黒い髪、黒い瞳、黒い衣装の幼い少女、カラスでした。
この精霊は、世界の何処かで今、悪しき世界樹であるアールキングが滅びたことを、知ったのです。
「アールキング! アールキング!! ああ、何てこと、何てことを!
酷いわ! 酷いわ! 酷いわ!」
愕然と見開かれた瞳からはぼろぼろと涙が溢れ、アールキングを滅ぼした者達へ、狂ったように怨嗟の言葉を吐くカラスは、その叫びによって居場所を知り、近づいて来た契約者達に捕まる前に、いいえ、と首を横に振りました。
「……まだ、間に合う。まだ間に合うわ。
アールキングは、まだ死んでない。だって此処に“根”があるんだもの。
これはまだ、枯れてない。この根をコーラルネットワークに落とし込めば、世界樹達を礎に、アールキングは復活するのよ!」
カラスは、胸の前に握り締めたそれを開きました。
ビー玉大くらいのそれが、輝きを放ちます。
ずるり、と、巨大な根が現れ、蠢きました。四方に伸びて行く巨大な根が、コーラルネットワークへの入り口を探し始めたのです。
「何という、厄介な物を持ち込みおって……」
エリュシオン皇帝セルウスの姿を借りたユグドラシルが、遠目にもよく見える“アールキングの根”に、眉を寄せました。
本体が滅びた後も、未だ生気を失っていないとは、何という生命力でしょう。
今はまだ、それは巨悪の残滓に過ぎませんが、カラスの言う通り、あれがコーラルネットワークに至れば、アールキングはあの根を核にして再び復活するに違いありません。
「どうしましょう、ユグドラシル様ぁ?」
「奴を、コーラルネットワークに入れるわけには行かぬ。此処を切り離す」
「けどぉ、そうしたらぁ……」
イルミンスール校長、エリザベートの姿を借りたイルミンスールが言い淀みます。
この場のコーラルネットワークとの繋がりが絶たれれば、世界樹達の、聖剣による活性化も成せません。
「それに、あの“根”があったら……」
「黙れ」
じろり、とユグドラシルはイルミンスールを睨みつけました。
「それは、人間達に選択させることだ」
「……はぁい」
しょぼん、とイルミンスールは項垂れます。
「お前は戻るのだ、イルミンスール。
此処を切り離したら、戻るのに容易ではなくなる」
「でもぉ……」
じっ、と訴えるようなイルミンスールに、ユグドラシルは溜息を吐きました。
「契約者達が上手く動く可能性を視野に入れ、しばし待つ」
イルミンスールはほっとして、契約者達を見ました。
「皆、がんばって、くださぁい」
◇ ◇
パルメーラの導きに従って、彼女の指差した方へ、『死の門』からコーラルワールドへ至った契約者達との合流を図っていた者達は、意外な人物に遭遇していました。
「この先には進ませない」
ぎらつく憎悪と敵意に溢れ、立ちはだかった男を、
トゥレンがじっと見つめます。
やがて、長い諦観の溜息を吐いて、彼は、剣に手をかけました。
「何てザマだ、テオフィロス。――今、楽にしてやる」
かつての仲間も解らない様子のテオフィロスは、そんなトゥレンの様子に一瞥もせず、ただ、この先には進ませない、と、昏く濁った瞳を歪ませて呟くだけでした。
約束したのだ、と。