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リアクション
レベッカのパートナー、アリシア・スウィーニー(ありしあ・すうぃーにー)が顔に似合わぬスピード狂、と聞き、五条武のパートナー、イビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)は、話が合いそうだな、と思った。
武を乗せて走る為にバイクに変形していたが、武に了解をとって、
「よかったら乗りませんか?」
と誘ってみる。
「ありがとうございます」
アリシアは、イビーの好意を喜んで受けた。
機晶姫の変形したバイクは、バイクとしての機能やスピードで通常のバイクとは比べるべくもないし、その上イビーは最低限とはいえ、水や食料などの荷物を積んでいる。
スピードとは無縁のイビーだったが、それでも、コミュニケーションが嬉しかった。
アリシアのバイクは武に貸して、もう1人のパートナー、明智 ミツ子(あけち・みつこ)と2ケツのレベッカと、油断したら風に浚われて飛んで行ってしまいそうなトト・ジェイバウォッカ(とと・じぇいばうぉっか)を抱えた武は、追跡はスピードが命! と、あっという間に地平線の向こうへ消えてしまったが、マイペースで後を追う。
レベッカとミツ子の2ケツに、距離的な話ではなく置いていかれた気がしてちょっぴり寂しいアリシアだったが、でも負けない、と心に誓った。
「ヒラニプラでは今度こそ、ハルカのおじいさんを見付けることができればいいですね」
イビーの言葉に、そうですね、とアリシアも頷く。
「私のサンドイッチマンは既に決定事項ですけどね」
ヒラニプラについたら看板作らないとネ! と言っていたレベッカが、当然アリシアと2ケツをするつもりでいることは、今のところアリシアは知らないことである。
そんなアリシアの携帯電話が鳴った。
「レベッカ様?」
『2人とも、早く来るネ!』
遥か後方に見えなくなった2人に痺れを切らしたのかと思いきや、そうではなかった。
レベッカと武は、街道よりやや西に外れた荒野に乗り捨てられてある、ジープを発見したのだ。
「これは、ハルカのおじいさんが同乗していたジープに間違いないの?」
ミツ子の問いに、
「恐らくな。
シャンパラでは車両は貴重なんだ。そうそうあちこちにジープがあったりするものか」
と、武が答える。
「でも、乗ってた人達は何処に行っちゃったの?」
武の肩から、殆ど横転しかかっているジープを見て、トトが首を傾げる。
「解らないケド多分、このジープが乗り捨てられて、そう時間は経ってないハズヨ」
「どうして解るのです?」
レベッカの言葉にミツ子が訊ねれば、当然のように、
「ジープは貴重だからネ!
こんなものが放置されていて、ハイエナみたいに荒野をうろついてるパラ実生が放っておくハズはないネ!」
なるほど、と大納得の一言である。
「ということは、この近くに、ハルカのおじいさん達が……?」
レベッカはアリシアとイビーへ、武はハルカと共にいる高潮津波と樹月刀真へとそれぞれ携帯で連絡をした。
程なくしてアリシアとイビーが合流し、発見できないまま、付近を捜索している所で、ハルカ達も合流した。
「おじいちゃんがいるですか?」
ハルカはきょろきょろと辺りを見渡し、皆と同様に付近を捜そうとするが、セシリア・ライトと漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がしっかりと脇を固める。
「ハルカ、1人で行ってはダメ」
見晴らしの良い荒野だからと油断してはいけない。
岩場や申し訳程度の林など、視界を遮るものはそれなりにあるのだし、何より相手はハルカなのだ。
「それにしても、ジープを乗り捨てとは。
一体、何があったんでしょう?」
刀真が呟いてみるが、全員、何となく察しはついていた。
「大海嘯とは一体どんなものなんですか?」
ザンスカールの宿で、マナ・ファクトリは女将に訊ねた。
「えーとね、大陸を縦断する大河があるでしょう、
人間は橋を使って河を渡るけど、獣とかモンスターとかにそういう頭はないからね、
でも1年にこの時期だけ、サルヴィン大河の水位が劇的に下がる時期があるんだよ。
その時期に、獣だのモンスターだのが一斉に、河を渡る現象があるわけ」
と、そう、噂に聞いたあれが、これに関係しているのではないかと。
ブチィッ!
音を立てて、光臣翔一朗の靴の紐が、盛大に切れた。
「何じゃあ?」
靴を見下ろして、はっとする。
これは、ハルカに渡したお守りに施した、『禁猟区』が発動したのだ。
「ハルカ、気ぃつけえ! 何か来るけえ!」
ズズズ、とも、ゴゴゴ、とも、ドドド、とも言えない地響きがし始めた。
「何? 地鳴り?」
ベイキがきょろきょろと辺りを見渡し、東の方を見てぎょっとする。
「何あれ!?」
上がる砂煙。
蠢く物体。
それは首をぐるりと巡らせないと端から端までを視界に捉えることができないくらいの大群だった。
「こっちに向かって…………!」
大海嘯。
それは『パラミタウルフ族』の幼生をメインとした、民族大移動のことを言う。
シャンバラ一帯に、群れまたは単独で棲息するパラミタウルフとは、人間の体格に頭が狼、という、二足歩行の所謂人狼というやつで、一見してまるでモンスターなのだが、人語を解す彼等はれっきとした知能を持つ人種のひとつだと主張して憚らない。
けれどもその気性はパラ実生に匹敵するほど荒々しく凶暴で、まるでモンスターなのだった。
しかし、そんなパラミタウルフ族も、幼生期は、身長なら50センチ足らずの、手足が寸詰まりの二足歩行の犬のぬいぐるみに過ぎず、人語も喋らず、気性もむしろ呑気と言っていい。
幼少期をイルミンスールとジャタの境界付近の森で過ごすパラミタウルフは、この時期一斉にサルヴィン河を越え、シャンバラ中に散って行くのだ。
しかも、それを餌として狙う、外見バッファローのような大型肉食獣の群れ、ライオンのような単独で獲物を狙う肉食獣、モンスター、はては乱獲しようとする人間のハンターまで混じって
(パラミタウルフは、およそ千匹に一匹の割合で、ぬいぐるみ状態のまま、人狼に成長しない突然変異体があり、ペットとして高く売られているのだ。
どの個体がぬいぐるみのままなのかの判別方法はないが、手当たり次第に乱獲し、テキ屋のパラ実生が祭りの屋台で売りまくるのは詐欺行為ではないかと近年問題になっている)、
その層々たる有様たるや、もはや何が何だか解らない状態になっている。
そしてその数を数えるのは不可能と言えた。
一匹一匹なら可愛いそれも、大群で迫ってくれば脅威だ。
「逃げろ! 巻き込まれる!」
刀真の叫びを耳にしながら、月夜が小型飛空艇にハルカを引き上げる。
他にも、牙竜がメイベルを引き上げるのを始め、小型飛空艇や箒を持つ者に助けられて、上空に逃げられた者はラッキーだったのだが。
「うっきゃぁああああああ!!」
タイミングが合わず、引き上げが間に合わなかったレベッカは、雄叫びを上げながらスパイクバイクで逃げて行く。
「ああっ! 追い付けない!」
不運にも、箒や小型飛空艇よりレベッカのバイクのスピードが速く、助けようにも追い付けない。
振り落とされた明智ミツ子は、既にパラミタウルフ達の下敷きになり、潰されるほどの重さではなく、パラミタウルフ的には「乗り越える」感じなのだが、何にしろ、もみくちゃに踏まれていた。
「くっ! ヒーローは何を相手にも背を向けねえ!」
ギャッ、とバイクを反転させて、正義がパラミタウルフの群れに向き直った。
「超変身! パラミタ刑事シャンバラン!」
「って、そんな、ポーズとか決めてる場合じゃないですよ!
仮面被ってる場合ですか――!!」
ちゃっかりとガゼル・ガズンに助けられていたパートナーの大神 愛(おおかみ・あい)が、悲鳴に似た声を上げる。
何しろ相手の数が尋常ではないのだ。焼け石に水と思いつつも、それでも愛は正義に『パワーブレス』をかける。
「の、ああぁぁぁぁぁぁぁ」
そして消え行く叫びと共に、程なくして姿が見えなくなった正義に、健気に上空からヒールを掛け続ける愛だった。
一方、五条武は、偶然にも上手く波に乗った。
つまり、下敷きになるのではなく、パラミタウルフを足元に、動く絨毯状態にしている。
「武! 何か聞こえた!」
武の懐で、地響きではない方向から、銃声が聞こえたのを鋭く耳に捕らえたトトが叫んだ。
武が居るのは、比較的大群の横の端に近かった。
脇から群れを狙う肉食獣の群れが見え、そして、それに襲われて反撃を試みる、2つの人影を見付けた。
苦戦しているのが一瞬で解る。
「トト! 支援を!」
叫びながら、武はパラミタウルフの動く絨毯の上を激走し、その場所へ猛進する。
「蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻ィ!」
絶叫しながら絨毯の端まで来て、バッ、と武はジャンプして飛び降り、尚勢いの止まらない速度で2人組を襲う肉食バイソンに向かってジャンプする。
「スカーレットインパクト!」
ドラゴンアーツによるジャンプキックと同時、トトが武に火術をぶつけた。
大海嘯は、1時間程で過ぎ去った。
「……な、何だったんですか、今の……」
ぐったりと大神愛がぼやく。
はっとして、ヒクヒクとうつ伏せに潰れている正義に駆け寄る。全身足跡模様になってはいたが、負傷の様子はないのを見てほっとした。
「しっかりするがよい、傷は深いぞ」
一方で、波が過ぎ去った後に残されたミツ子に、ベアトリクスがヒールをかける。
こちらも散々揉まれまくったが、命に関わるほどのものではない。
「子犬さん、可愛かったですね」
「……そう、ね」
びっくりしたけど、すごかったのです、と、月夜に言ったハルカに、月夜は反応に困った後、頷いた。
「……とりあえず、流され組を見付けませんと」
この場にいる全員の無事を確認した後、群れが去った先を見て、刀真が溜め息を吐く。
ちなみに、人間はやバイク程度ならどんどん踏み越えるパラミタウルフの幼生も、馬車は避けて進んだので荷物の類は無事だった。
そして、向かう途中で、ピースサインと共に戻ってくるレベッカが見えた。
レベッカは逃げ切ったのだ。
「レベッカ様! よかった!」
安堵するアリシアに、レベッカは当然ネ! と笑う。
「スピードの勝利ネ!」
「というか、よくも私を振り落として行ってくれたわね」
恨みがましいミツ子の言葉には、ドンマイ! と親指を立てるレベッカだった。
「あとは、五条君ですか」
群れを追う形で進んで行くと、やがて何処からか、
「おーい」
と声をかけられた。
見れば、岩陰から2人の男が手を振っている。
「君達、彼の仲間じゃないか?」
「彼?」
走り寄ってみれば、全身こんがりと焼けた状態で倒れているのは五条武だった。
武は、トトの火術による、炎をまとったジャンプキックで肉食バイソンを倒したが、その火術は武自身にもダメージを与えたのだ。
「彼に助けてもらったのだが、あいにく、我々は治癒魔法を使えなくて……」
申し訳なさそうに説明する2人の前に進み出て、
「大丈夫ですかぁ?」
と声をかけながら、メイベル・ポーターがヒールをかける。
「とんだ諸刃の剣ですね」
支倉遥の呟きを聞きつつ、刀真は2人の男を見た。
彼等は、シャンバラ教導団の制服を着ている。
「ひょっとして、君達、あのジープに乗っていた人ですか?」
「あ? ああ、そうだ。あのジープ見たのか。まだあるかな」
あの大海嘯は、第2波だったのだと、2人は言った。
最初の波に巻き込まれて流され、ぼうぼうの体で戻って来れば、ここまで来たところで第2波に再び巻き込まれてしまったのだ。
乗り捨てたジープが誰かに盗られていないといいのだが、と不安げな顔をする2人に、刀真は最も気になっていることを訊いた。
「ジープに同乗していた2人組がいると聞いたのですが。老人と女性の」
「ああ、あの2人なら、下ろしたよ。大海嘯に巻き込まれるより前だが」
「ええ!? そんなあ。一体何処でっ!?」
あっさりと返った返答に驚いて、鷹谷ベイキが訊ねる。
「途中立ち寄った村で、砂漠に、飛空艇が乗り捨ててあるいう噂を聞いて。
見てみたいと騒がれてね。まあ日数的な余裕もあったし……。
で、行ってみたら、あのじいさん達、そのまま飛空艇に乗って何処かに行っちまった」
「……飛空艇で??」
「何でも、燃料切れで墜落したって話だったんだが、一体どうやったんだかな。
まともに操縦できてないみたいな、ひょろひょろ危なっかしい感じで、南の方へ飛んで行っちまったけど」
「……おじいちゃん、飛んで行っちゃったです?」
ぽかんとする一同は暫く言葉もなかったが、やがてぽつりとハルカが呟いた。
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