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世界を滅ぼす方法(第3回/全6回)

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世界を滅ぼす方法(第3回/全6回)

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 第8章 閉ざされし未来


「ここは思い切って、草原地帯まで行ってから、森を北上してみようぜ」
 シルバ・フォード(しるば・ふぉーど)の選んだルートに、
「あなたがそうしたいのでしたら」
と、パートナーの雨宮 夏希(あまみや・なつき)も反対しなかった。
 比島 真紀(ひしま・まき)と彼女のパートナー、サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)も同様のルートを進むことになり、シルバ達は、彼女等のバイクに同乗させて貰うことにする。
 ちなみに、真紀とサイモンのバイクを運転するのはそれぞれシルバと真紀、後部が夏希とサイモン、という組み合せである。

 サルヴィン大河を越えると、荒涼とした大地は、緑を多く目にする生きた世界に変わる。
 それに何処か安堵を覚えながら先を急いでいると、真紀がふとバイクのエンジンを止めた。
「どうした?」
「何か、別のバイク音が聞こえた気がしたのであります」
 言われて、シルバも耳を澄ます。
 すると、真紀の言う通り、遠くにバイク音がした。
 ヒャッハァ! と、独特の浮かれた雄叫びも聞こえる。
「誰か、追われてる!」
 サイモンが指差す。
 数台のスパイクバイクが、何かを追いかけている。
 それは巨大な毛玉だった。人が乗っている。
「……ネズミ?」
「後だ。とりあえず助けよう!」
 シルバ達は再びバイクのエンジンをかけた。
 パラ実カツアゲ部隊と思われる連中は、獲物と自分達の間に割って入ったシルバ達を見て機嫌を急降下させた。
 「追いかけっこの邪魔をしやがって、てめえらが代わりに通行料を払ってくれんのかよ!?」
 やれやれ、面倒な戦いは避けたかったんだがな、と思いつつ、
「冗談だろ」
とシルバは返す。
「上等だ!! パラ実四天王配下、十二神将軍が6! スターマイカ様の華麗なる一撃を食らいやがれ!!!」
 戦斧を構え持ちながら、スターマイカは叫ぶ。
 最大限までふかしたエンジンを一気に開いて突撃してきたがしかし、華麗なる一撃を食らったのは、スターマイカの方だった。

「いやあ、どうも、ありがとう。助かったよ」
 息切れを宥めながら、男は4人に礼を言った。
「ははは。スナネズミは俊敏なんだが、持久性に欠けていてね。
あんまりしつこいようなら、私の持つ最強魔法で応戦しようかと思っていたところだよ」
 いやいや、危険な魔法なので、あまり使いたくなかったんだがね。と、いうセリフがいかにもわざとらしい。
「真っ青に震えながら言っても説得力がないぜ」
 そもそもスナネズミとやらの背に乗っていたのに何であんなに息切れしてるんだ、と突っ込んでやりたいところである。
「いやあ、はっはっは。参ったね」
 へらりと悪びれずに肩を竦め、
「本当に、ここ数年ですっかり物騒になったよねえ。
 空京では厄介事に巻き込まれそうにはなるし、ほとぼりが冷めるまで逃げてようと思って、ついでに墓参りでもしようかなと思えば、カツアゲされそうになるしね」
「墓参り、ですか?」
 夏希が首を傾げた。墓の類がありそうな場所には見えないが、ここから更に離れているのだろうか。
 無事に着けるだろうか、この人、と案じたのだ。
「いやぁ……間抜けな話だったよ。
 昔は、何処かその辺に村があったはずなんだけどね、何か、跡形もなくなってて。
 そうだよね〜忘れてたよ」
「忘れてた?」
 何だか、この男の話は奇妙だった。
「うん、まあ、もしも彼の魂が眠ってるとしたら、ここじゃなくて地球だろうから、別にいいんだけどね」
「……地球で、亡くなったのでありますか」
 少し気まずそうに、真紀が訊ねる。
 訳の解らないことを言ってはいるが、亡くなった人のことをあれこれ訊ねるのは失礼なことかと思ったのだ。
「うん、まあね。昔々あるところに、夢と冒険に憧れる1人の錬金術師がおりました」
「は?」
 突然始まった昔話に、4人の反応が止まる。
「彼はある日、憧れのフロンティア、地球に旅立ち、そして二度と戻ってきませんでしたとさ。終わり」
「……それ、昔話に仕立てる必要あったのか……?」
 シルバが唖然として訊ねる。
「パラミタが、地球上に現れる前の話ですか?」
 夏希の質問に、そう、と男は頷いた。
「地球に行く方法は解っても帰る方法は解らなかったんだろうねえ。
 ま、旅だった先で志半ばで死ぬなんてのは、よくある話。
 天寿をまっとうしたのかもしれないけど」
 そんな男の住む村が、昔この辺にあったんだけどね、と。
「まあ、何処に行っても物騒なのは解ったから、私ももう、帰ろうかな……。
 ほとぼりも冷めただろうし」
「家まで送ろうか?」
 大丈夫かこいつ、と思わないでもなかったのでシルバが言うと、
「いいよいいよ。ここから空京では君達大変でしょ。帰ることくらいできるさ」
と笑う。
「助けてくれて本当にありがとう。お陰で助かったよ。
 近くに来た時は、お礼をするから寄ってくれ」
 これ名刺。地球風の習慣ね。と、シルバにカードを渡すと、再びスナネズミに跨り、手を振って去って行く。
 見送った後、カードを見てみたシルバは呆れた。
「何だこれ、白紙じゃないか……」
 名刺の何たるかを解っていないのか、からかわれたのか。
「……とにかく、先に進むのであります」
「そうだね。早くザンスカールに行かなきゃ!」
 真紀とサイモンが言って、そうだな、とシルバも頷いた。




「気が滅入っている時は、甘いもの! これよね」
 コハクのお見舞いに、と、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、ホットケーキを焼いた。
 ミスドのドーナツは勿論この町にはない。
 なので、メイプルシロップたっぷりのホットケーキ、そして甘いミルクココア。
 これでコハクが元気になるといいな、と願いを込めて。

「はいっ、あーんして!」
 世間知らずなコハクなら、案外何も知らずにあーんとやってしまうのではと期待したが、やはりそうはいかなかったようで、コハクは真っ赤になって、自分で食べられるよ、と言った。
「残念、まいっか。はい!」
 しつこくしても何だと、あっさり諦めて、美羽はホットケーキの皿をコハクに渡す。
 ありがとう、とコハクはそれを全部食べた。
 うん、食欲があるなら大丈夫だよね、と、美羽は安心する。
「美味しそうだったね……」
 よだれを垂らさんばかりの勢いで、コハクのホットケーキを見ていたファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)は(というかコハクに1枚貰った)、
「ザンスカールに、オムレツが美味しいお店があるんだって。
 夕ご飯に皆で行こうよ」
と、おやつを食べたすぐからもう夕飯の話だった。
「うん。楽しみにしてる」
と、コハクは小さく微笑んだ。
「ボクいっぱい食べるよ!
 いつもコユキに『まだ食べるのか?』ってびっくりされるよ。
 コハクもびっくりしないでね」
 うん、とファルの言葉にコハクは笑う。
 ファルが、一生懸命元気付けてくれるのが、とてもよく解ったから、コハクも懸命に微笑んだ。


「ああ、コハク、ベッドを出ていたんだねえ、よかった、ちょっと付き合ってもらえるかなあ」
 ひょこりと佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が顔を出した。
「どこ行くの?」
 美羽が訊ねると、弥十郎はちょっとね、と笑う。
「うん、ちょっと病院へ」
 ザンスカールは魔法都市なのだから、コハクの呪いについても、何か新しいことが解ってもいいのではないかと思ったのだ。
 治せるかも、という期待は、しないでおくにしろ、何かヒントが得られれば、と思う。
「専門の病院を見付けてきたからさ〜、ちょっと行ってみようよ」
 コハクは頷いた。

 病院で、コハクの背中を見て、弥十郎はびっくりした。
 表情には出さず、コハクを不安がらせないように、のほほんとしていたが、明らかに、背中の火傷が広がっている。
 それはつまり、呪詛が広がっている、ということだ。
「この呪詛は、広がっているね?」
 医師もそれに気づいたのか、あっさりとコハクの前で言ってくれる。
 もー、こっちの努力を台無しにしてくれるなあ、と弥十郎は思った。
「ここに来る前に、どこかの魔法医に看せたかい?」
「はあ。空京で」
 弥十郎の答えに、医師は成程と頷く。
「呪詛が広がらないよう抑制する魔法がかかっているよ。
 施術は完璧だが、それでも呪詛の力が強くて、じわじわ漏れ出して来てるようだ」
 何と、そんなことあの魔法医は全然言っていなかった。
 多分、今の自分と同じように、コハクを不安がらせないよう、黙っていたのだろうな、と弥十郎は思う。
「気分はどう? 以前と比べて」
「……少し、体が重くなったような気がします」
 そうだろうね、と医師は頷く。
 重い、というか、きっと辛いのだろう。弥十郎は訊ねる。
「治す方法はないんですか?」
「うーん……、この呪詛が何で括られているのかが、さっぱり解らない」
 ……役立たず。
 弥十郎は溜め息を吐いた。

「ま、その内突き止めて、何とか解呪するからね〜」
 病院からの帰り道、のんびりとコハクの頭を撫でる。
「あ、りがとう」
 ぎこちなく笑ったコハクに、ああ、彼も不安なんだな、と思った。
 コハクに見えないところで、ぎゅっと拳を握りしめる。
 必ず、突き止めます、と、誓った。



「コハクの故郷はどんなところなんだ?」
 ファルお勧め店のオムレツは、卵がふわっふわで、とろけるような美味しさだった。
 甘過ぎず、アクセントのようにほんのちょっぴり入った塩味が憎い奴だ。
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に訊ねられて、もぐもぐと口に頬張っていたオムレツを呑み込んで、コハクは俯いた。
「ヴァルキリーの仲間の話とか、アズライアの話とか、無理に語れとは言わないが」
「………………セレスタインは、岩場の多い、立体的なところで、でも皆、翼があったから特に不便でもなかった」 
 兄弟のように育った幼なじみがいて、彼はアズライアに武器の指南を受けていた。
 父は弓の名手で、母は民族衣装を作らせたら右に出る者のない、細やかな織物の得意な人だった。
「……背後で」
 呟いて、コハクはそれ以上、語るのをやめた。

 ――背後で、断末魔の叫びが上がるのを耳にしていた。
 逃げながら、幼なじみの命が、そこで途切れたのを感じていた。
 血まみれの、母の死に顔。
 最後まで、父の姿を見ることができずに村を離れた。
 決して、誰にも語ることなく、心の内に秘め続けるだろう、故郷の最後。

「……辛いよな」
 黙り込んだコハクに、呼雪は呟く。
「ああ、俺は、父さんと母さんを、車の事故で一度に失った。
 目の前で燃えていたのを、見ていることしかできなかった。
 母さんが放り出してくれたお陰で、俺だけ助かったんだ」
 ファルが、呼雪の服の裾を、ぎゅうっと握りしめている。
 何も憶えていないが、ファルも全てを失ったのだ。失った事実だけを、憶えている。
「……初めから何でも出来る奴はいないよ。
 それでも願うことがあるなら、歩き出さなきゃなならない。
 コハクはこれから、どうしたい?」
 答えを急がなくても良いが、と、呼雪に言われ、コハクはじっと呼雪を見た。

「……僕は、アズライアを捜したい」
 それは、前に、その問いを掛けられた時に返した答えと同じだった。
 一度口を閉じて、そして、と呟く。
「セレスタインに帰りたい」
 もう、あの故郷は、かつてのようには存在していないけれど。
 見捨てるように逃げ出した故郷へ、もう一度だけでも帰ることができたらと、それはコハクの心の中に、棘のように刺さっていたことだった。