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横山ミツエの演義(第1回/全4回)

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横山ミツエの演義(第1回/全4回)

リアクション


卍卍卍


 茨城県水戸市の千波湖から流れる川の河川敷に、白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は十数人の不良と一人で向き合っていた。
 不良達の頭はメロン番長。可愛い名前だが顔は凶悪だ。
 しかし珂慧はいつも通りの眠そうな顔をしている。
 どう見ても喧嘩に向かない体格の珂慧だが、ふと憧れを抱いてメロン番長に果たし状を送り付けてみたのだ。
 宛名には大きくこう書いた。

 いばらき県のメロン番長殿

 メロン番長はふだんは緑色っぽい顔色をやや赤く染めて上機嫌だ。そして珂慧を前にして余裕を見せ付けるように言う。
「全員でフクロにしてやりたいとこだが、その正しい知識に免じてサシで勝負してやる」
「全員で来てもいいのに……ね、いばら『き』番長」
「なかなか見どころのある奴だが、お前さんが何しに来たか、忘れたわけじゃねぇ」
 ちょっぴり悔しそうに呟くように言い、珂慧に殴りかかるメロン番長。
 珂慧もこれ以上のやり取りは諦め、同じく拳一つで応じた。
 番長の言葉に反することはしない舎弟達は、黙って戦いを見守っていた。
 何故なら、この番長に逆らうと『混沌のマスク』の刑に処せられるからだ。
 何度か番長の拳をかわして間合いを取った珂慧は、もう少し彼に隙ができないものかと再度口を開く。
「そういえば、メロンの出荷・生産量が国内一位だってことも知ってるよ」
「ほう、本当によくベンキョーしてるな。敵なのが惜しいぜ」
 メロン番長を名乗るだけあり、メロンを褒められてますます機嫌が良くなったようだ。
「でも夕張メロンの方が有名だよね」
 番長の気が緩んだ隙を見逃さず、懐に入り込み下から顎を突き上げる珂慧。
 不意打ちのようになった番長は、舌は噛まなかったものの数歩よろけた。
「言ってはいけないことを……混沌のマスクの刑だ!」
 クワッと血走った目を見開き、両腕を大きく広げた番長が珂慧に襲い掛かる。おそらくその大きな手で相手の頭を両側から挟もうというのだろうが、ここで唐突に珂慧は戦いに飽きてしまった。
 防ぐとかかわすとかではなく、くるりと背を向けて歩き出してしまう。
 番長の手は見事に空振りした。
 五歩くらい進んだところで足を止めた珂慧は恨めしげな目で振り返って言った。
「なんで納豆番長にしなかったの? 印籠はいつ出てくるの? 壁を破ったり風車が飛んできたりお団子食べたり、そもそも入浴シーンはいつ来るの? わざわざ水戸まで来たのに」
 メロンよりもはるかに有名なそれらは、グサグサとメロン番長のプライドを傷つけた。
 そして珂慧はとっておきの笑みを見せてゆっくり言った。
 呻き声を上げて立ち尽くす番長を冷たく見やり、珂慧はとどめの言葉を吐いた。
「君にはがっかりだ」
 瞬間、隠れ身で番長の背後に回りこむとリターニングダガーでサックリと倒してしまった。
 言葉と武器に倒された我らが番長に、舎弟達は敵討ちだといきり立った。
 しかし、それをメロン番長は許さなかった。
「うろたえるな……オレは負けたんだ。これからの頭は、この白菊珂慧と思え……いいな!」
 舎弟達は今まで慕ってきた番長の最後の言葉に涙し、その傍らで珂慧は面倒臭そうに「えー」とこぼした。
「僕、舎弟よりもお歳暮にメロンが欲しい……」
 けっこう本気な呟きは、元茨城番長と舎弟達の別れのシーンに掻き消された。

ミツエ陣茨城県制覇!

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『素直に自分を慕ってくれる子に弱いわよ』
『派手そうな子ほど寂しがりよ』
 増岡 つばさ(ますおか・ )のアドバイスを胸に、川村 まりあ(かわむら・ )は東京都は六本木を歩いていた。表通りではなく裏通りを。
 昼間の歓楽街は夜とは全く違う。
 まりあはきちんと目的地があって進んでいる。
 ここに来る前に、つばさといろんな雑誌を見てターゲットを決めたのだ。
「……いた」
 派手な看板の下に一人、女の子が誰かを待っているように立っていた。
「あの、六本木番長さんですか?」
 呼びかけとしてはぶっ飛んでるが、まだお互いの名前を知らないのだから仕方がない。
 六本木番長はちょっと驚いたように目を丸くすると、はにかんだような笑みを浮かべた。
「まりあさん、だっけ? それで、私に用事って何かしら」
 六本木でナンバーワンのキャバクラ嬢。もっと嫌な性格かと思ったら、とてもやわらかな印象だった。いや、これも接客術の一つなのか?
 それはともかく、まりあはさっそく作戦の実行に移る。
 まずはご挨拶。
「パラミタから来ました。ナンバーワンキャバ嬢のあなたに弟子入りさせてください!」
 腰を直角に折って頼み込む。
 まりあの様々な思いの末にまとまった作戦である。
 天下を目指すミツエ先輩のため、どうせなら東京の番長をぶっ潰した方が目立つこと、いつかパラミタで自分の店を持ちドージェを客として迎えること。
 一流のキャバクラ嬢になるため、拳で殴り合うという野蛮なことはしない。顔や体に傷が残っては大変だ。
「私……弟子なんて取らないわよ」
「そこを何とか! 修学旅行中の今だけなんです、あなたのような人に指導を仰げるのは」
 まりあの必死さが伝わったのか、番長は苦笑して折れた。
「しょうがないわね。それじゃ、まず何からいきましょうか?」
「お姉様!」
 大げさなくらいに喜びを表して番長に抱きつくまりあ。
 ちょっと路線が違ったか、と思ったが強行突破することにする。
「キャバ嬢にふさわしい服装から教えてください!」

 まりあと六本木番長は、ブティックを回るうちに親友のように仲良くなっていた。
 真剣に話を聞き質問をしてくるまりあに、始めのうちは軽くあしらうつもりでいた番長も見方を変えたようだ。
 値段は高いがセンスの良い服を数着見立ててもらったまりあは、番長に感謝しつつも作戦は忘れていなかった。
 おしゃれな通りの向こうに、打ち合わせ通りつばさの姿が見えてくる。
「つばさ!」
「あら、まりあ。あ、その人が番長さん?」
 振り向いたつばさの横には、どこの雑誌のモデルかと疑うような男性がつばさと腕を組んで並んでいた。ミツエから借りてきた作戦用の剣の花嫁(男)だ。
 つばさ自身もモデルをしていたほどの容姿の持ち主なので、二人は実に絵になるカップルである。
 ふと、つばさが眉をひそめて小声でまりあに言った。
「もう一人の彼なんだけど……困ったことになったのよ」
「ど、どうしたの?」
「そちらの番長さんに一目惚れしちゃったみたいでね。どうしたものかしら」
「ええーっ!? それで今どこにいるの?」
「そこに……」
 つばさが路地を見やれば、うつむいて居心地悪そうに男性の剣の花嫁が現れた。
「まりあの様子を見てくるって言って、追いかけていったはいいんだけど、帰ってきたとたん、ね」
 まりあは天を仰ぐと、六本木番長を振り返った。
「あのね」
 と、説明を始めようとした時、まりあと番長の間に割り込む剣の花嫁(男)。
 彼は番長の前に膝を着くと、恭しく手を取り真摯な眼差しで言った。
「俺と一緒に……来てくれないか。俺の運命の花嫁は君以外に考えられない」
 番長はぽかんとして花嫁(男)を見つめた。
 まりあとつばさが見守る中、やがて六本木番長が真っ赤な顔で頷いた。ナンバーワンキャバクラ嬢も、素敵な恋をしたい女の子だったのだ。
 いつの間にか集まっていたギャラリーから祝福の拍手が上がる。
 美男美女カップルの誕生に通りが沸く中、まりあとつばさは小さくガッツポーズを取っていた。
 作戦大成功!
 である。

ミツエ陣東京都制覇!

卍卍卍


「ひがぁ〜し〜アーライ・グーマぁ〜、に〜し〜金太郎〜番長〜」
 というわけで、クー・ポンポン(くー・ぽんぽん)が行司を務める前で、神奈川県金時山の登山道を少しそれたところにある開けた場所で、金太郎番長とゆる族アーライ・グーマ(あーらい・ぐーま)による相撲が行われようとしていた。
 アーライにはここに来る前にクーが相撲のことをみっちり教え、稽古もつけてきた。
 地面に円を描いた即席土俵で両者が睨みあう。
「みあってみあって〜……はっけよーい、のこった!」
 軍配団扇代わりに大きな葉を掲げ、声を上げればアーライと金太郎番長がガツンッとぶつかり合う。
 どちらもまわしを取ろうと手を伸ばすが、なかなかそうさせてはくれない。
「フッ、タヌキのくせにやるな。初っ端のダイナミック頭突きに対抗してくるとは」
「タヌキではない!」
 アーライが目を吊り上げた。
「かつて足柄山で金太郎に負けたクマは、私の先祖なのだよ! だが、昔話のようにはいかぬぞ!」
「なにぃ!?」
 金太郎番長が驚いたのは、まわしを取られたことに対してかアーライの先祖の事実に対してか。
 とにかく、アーライが優位にたった。
 態勢を立て直すため金太郎番長はいったん引いた。ついでにアーライを引き倒すことも忘れない。
 体勢を崩されたアーライは倒れまいととっさに踏み出した足でこらえたが、番長は横から押し出そうという構えをとっている。
 アーライさんが負けちゃう!
 クーは行司を忘れた。軍配を放り出し、力いっぱい声援を送る。
「アーライさん! 勝ったらミニスカスク水メイド服、動物耳しっぽ付きで着ちゃうから、だから、勝ってぇぇえええ!」
 アーライの茶色いつぶらな瞳に炎が燃え上がった。愛の炎である。
 金太郎番長の右からの押し出しに耐えるため、腰を落とし左足にグッと力を入れる。
「ぬ!」
 体勢を崩した相手などあっさり負かせると思ったのに、予想外の踏ん張りに番長は眉を寄せた。
 アーライはくるりと体の向きを変えると、猛烈な勢いで番長を押した。
 その気迫と勢いに圧され、番長はあっという間に土俵から押し出されてしまった……。
 最後には尻餅をついた金太郎番長は、ふぅ、と息を吐くと、
「お前、強ぇなぁ」
 と、負けたのに朗らかな笑顔を見せた。
 誰もが恐れる力の持ち主は、案外心根の真っ直ぐな奴だったようだ。
 大喜びでアーライに抱きついたクーは、どこかの番長が言っていたあの言葉は本当だった、と改めてその言葉を信じて真正面から勝負を挑んで良かったと思った。
『勝負は正々堂々とやった方が、後で良い関係を築ける』
 これである。
 あとは、みんなでちゃんこ鍋を食べるだけだ。
 アーライは番長に空いた方の手を差し伸べながら言った。
「ふっ。あなたは一つ間違いをしていた。私はクマはクマでも……アライグマだ!」
「何だってー!?」
 子供でもわかりそうな両者の違いを、金太郎番長は知らなかった。

ミツエ陣神奈川県制覇!

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 場所は変わって関が原バトルランド。
 笹尾山に陣を敷いた横山ミツエ一行は、時が来るのを待っていた。
 今はまだ決戦の時ではない。
 今は──。
「ミツエ殿、神奈川番長も下しましたよ」
「やったわね! さすがだわ」
 イレブン・オーヴィルの報告に手を打ち目を輝かせるミツエ。
 その傍で小牧 桜(こまき・さくら)が箱に収められた薔薇を一つ取り上げ、ホワイトボードに描かれた日本地図の神奈川県のところに貼り付けた。制覇された都道府県に、こうしてわかりやすいように示していっているのだ。
 全て桜の自前である。
 喜ぶミツエの姿に、脳内で「可愛い」を連発している伊達 恭之郎は、己の感情のままに行動した。
「みっつん、可愛い! ほっぺたぷにぷにしたくなっちゃう! してもいい?」
 がばっと抱きつき、もうすでにミツエの頬をぷにぷにしている。
 真っ赤になってもがいているミツエを見かねてか、あるいはやきもちか、天流女 八斗が引き離しに入った。
「勝手にヘンなあだ名つけちゃダメでしょ! 離れろー!」
「あああっ、何をするー! ミツエちゃーん!」
 恭之郎は八斗に引きずられて遠くへ行ってしまった。
 ぜぇぜぇと息を荒げながら衣服を正すミツエに、そっと近づいた桜が囁くような声で問いかけてきた。
「少しお聞きしたいことがあるのですが……」
「どうしたの?」
「ミツエ様は何故こちらの学校においでになったのですか? その、実はわたくしも元は百合園で……そこで陰謀にあって退学させられましたの」
 陰謀、という言葉にミツエは眉をひそめた。
 ミツエは特に陰謀の詳細は聞かずに、桜に尋ねられたことに返事をした。
「百合園じゃあたしの夢を叶えられないからよ。あそこにいたんじゃ中原の覇者にはなれないの」
「それで、パラ実に?」
「そうよ。パラ実の生徒は覇気があるわ。そこであたしが頂点に立って軍団を作り天下を統一するのよ!」
 強気に笑み、拳を握り締めるミツエ。
 桜は応じるように小さな笑みを見せた。
「わたくし、ミツエ様のお力になりますわ!」
「ゲッゲッ、ワタクシ、ミツゲッサマノオチカラニ、ゲッ、ナリマスワ!」
 桜の後ろで桜を模したと思われる着ぐるみを着た小牧 桜(こまき・さくら)が、ありえない方向に曲がった首をぐらぐらさせて繰り返した。
 ちょっと不気味な見た目だが、味方になってくれるならミツエは外見にはこだわらない。
 ミツエは笑みを引っ込めて今度は逆に桜に問いかけた。
「ねぇ、あなたの身の上には同情するけど、その後どうしたの? 復讐したの? 見返してやったの?」
 しかし、答えを聞く前にミツエは火口 敦に呼ばれて行ってしまった。
 また董卓のお腹すいたかしら、とブツブツ言いながら。
 ミツエを見送る桜にアルト・アクソニア(あると・あくそにあ)が音もなく近寄って冷たく囁いた。
「桜ちゃん、これからどうなさいますか?」
 桜が何を選ぶにしろ、アルトの行動は決まっているのだが口にはしない。
 その結末に導くのがアルトの楽しみだから。