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リアクション
●人は離れても、想いは途切れることなく
全高五百メートルの世界樹『イルミンスール』を臨む平地に、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)に率いられた冒険者たちが転移してくる。
「さあ、ちびを迎えに行くですぅ――」
勇んで一歩を踏み出したエリザベートが、しかし崩れ落ち地面に倒れ伏す。
「エリザベート校長!」
騒然とする冒険者の中から一足早く、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が飛び出てエリザベートを抱き起こす。
「ふ、不覚ですぅ……たかが百三十人程度、何てことないと思っていたのですが、ちょっと無理があったようですぅ……」
ふらふらとしながら、エリザベートがさも悔しげに呟く――ちなみに転移魔法『テレポート』は、転移場所情報の有無、転移させるものの意思の有無(転移されることを望む場合と拒む場合では、魔力の消費が異なる。物質の場合は一定の消費量)などによって条件は異なるものの、十年経験を積んだ魔法使いがやっと自分一人を、一週間以内に行ったことのある場所に転移させることができるレベルという、難度の高い魔法である。エリザベートがこれだけの人数を易々とテレポートさせたのは、本人の生まれつき持つ才能、そして世界樹イルミンスールがあってのことである――。
「無理はなさらないでください。ちびを助け出したい思いは、皆同じです。……そしてできることなら、ヴィオラももう一人の少女も、助け出せるのならそうしたいと思っているのです」
祥子の言葉に、そうできたらいいと思っていた冒険者が賛同の意思を露にする。
「わ、私は、ちびの名付け親ですからぁ、ちびを助けたいと思っただけですぅ。他の者はどうなろうと構わないのですぅ」
エリザベートが言ってそっぽを向くが、その内容は態度からも、皆を集めての言葉の中で『ちび』と言わず『聖少女』と言ったことからも、嘘が多分に含まれているであろうと思われた。
「と、とにかく、ヴィオラを止めるですぅ! ここまで来させたらあなたたち、承知しませんからねぇ!」
もういつものワガママな口調を取り戻しつつあったエリザベートに急かされて、冒険者が準備を整え、意気揚々と進軍していく。
「……みんな、ちゃんと、戻ってくるですぅ……」
最後にそっと、皆を気にかけるような発言を残して、エリザベートが一時の眠りにつく。
(我侭放題の校長も、眠ってしまえば幼き子、ね)
寝息を立てるエリザベートを見遣って、祥子が微笑んだ。
ヴィオラはこの先にいる――。
重い空気の中、そう思いながら切り拓かれた森の中を進んでいた一行を出迎えたのは、数匹のキメラと冒険者の姿に似せたジェルであった。雄叫びと無言のプレッシャーが一行に立ちはだかる中、菅野 葉月(すがの・はづき)とミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が一歩前に進み出る。
「僕とミーナで道を切り拓きます! ……ミーナ、ここから先は死と隣り合わせの戦場です。何かあった時に護れる保障はない、その時はミーナだけでも――」
「今更何言ってるの、葉月! ワタシは葉月が嫌って言っても、どこまでも一緒にいるつもりだからね! 戦場? 地獄? そんなのどこだっていい、ワタシは葉月といられるなら、何の不安もないよ!」
ミーナの言葉には、一片の迷いもないように感じられた。
「……そうですか。なら、もう迷いはありません。『聖少女』をイルミンスールに連れて来てくれると信じて、力の限り戦います!」
決意を秘めた瞳で敵を見据え、葉月が魔法の詠唱を開始する。
「葉月に近づく虫は駆除だよ! 一匹残らず駆除しちゃうんだからね!」
ミーナが前に出て葉月の詠唱を助けるべく、向かってきたキメラの爪を受け流し、攻撃魔法を放とうとしていたジェルへ音速をも上回る速度の衝撃波を叩き込む。
「道を阻む悪しきモノたちよ、その身を永久に凍りつかせよ!」
詠唱を終えた葉月を中心とした放射状に、極低温の冷気が放たれる。地面を氷原に侵食しながら、冷気がキメラとジェルの身体を凍りつかせる。
「葉月、準備はできてるよね!?」
「当然です。ミーナの方こそいいのですか?」
「もっちろんだよ! じゃ、いっくよー!!」
爪や武器を振り上げた格好で氷像と化した敵へ、葉月とミーナが隣り合い、両腕に電撃を纏わせて一体ずつ貫いていく。電撃で貫かれた魔物の腕や足が吹き飛び、重要器官を吹き飛ばされたモノは氷が溶ける前に絶命し、死体を地面に晒していった。
行く手を阻む魔物たちに対して、冒険者は果敢に攻め立て、戦線を少しずつ押し上げていく。
(……誰も傷付かないなんて、もしかしたらないのかもしれない。現に、俺がこうして戦っているキメラやジェルだって、傷付き倒れていくんだから)
レオナーズ・アーズナック(れおなーず・あーずなっく)の放った火弾で、ライオンの頭を焼かれたキメラが悲鳴をあげる。山羊の頭が口を大きく開け、弔いとばかりに火弾を放とうとするのを、上空からヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)が飛び込み、ダガーの一撃をその頭へ深々と見舞う。返り血を浴びてもなお妖艶な笑みを浮かべて、ヴェルチェが次の標的へと忍び寄っていく。
(……それでも、誰も傷付かない、そう思いたい。……ヴィオラに取り込まれたチビ、その心が残っているのなら、助けたい。そのためには……俺は、邪魔をするこいつらを倒す!)
覚悟を固めたレオナーズの両手に、天空から稲妻が招来される。直前にヴェルチェが投擲したダガーが突き刺さったキメラ及びジェルへ、レオナーズが電撃を放射する。ダガーを伝ってより身体の中心へ電撃を流し込まれたキメラが、ジェルが、身体の内側を焼き尽くされ、痙攣させながら死に絶える。
(さあ、来るなら来い、ヴィオラ! 思うようにはさせないぞ!)
レオナーズやヴェルチェ、他の冒険者の猛攻の前に、残った魔物が怖れを抱いて逃げ帰っていく。
「私の前でその様を見せて、生きていられるとでも思ったか?」
声が響いた瞬間、駆ける魔物を黒い闇が取り巻く。闇はキメラの身体を風化させ、骨だけを残して消滅させる。ジェルに至ってはそれが存在していたと証明するものは何も残らなかった。
「貴様らなぞ、何の足しにもならぬ。……ここからは私が相手してやろう、勇敢で、そして弱き冒険者共よ」
闇が、人の姿を取る。ちびとネラを吸収した影響か、長くたなびく髪を銀色に光らせ、黒を基調とした戦闘に適した服装を纏い、地面に足を着けたヴィオラが、背中に三対の黒い羽根を羽ばたかせ、冒険者の前に立ち塞がる。
「会って早々弱いったあ、聞き捨てならねえなあ!」
そのヴィオラに対し、冒険者の中から飛び出す影があった。
「松平岩造、只今参上!!」
「武蔵坊弁慶、只今参上!!」
松平 岩造(まつだいら・がんぞう)と武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)が、それぞれ鉄棒と薙刀を担ぐようにして戦う意思を見せる。
「俺が助っ人として来たからには、もう安心しろ!! やい貴様、私を弱い呼ばわりするとは大した自信だな。ちびって言う子を返せば何もしないでおいてやる、だがそうでなければ、実力行使も辞さんぞ!!」
鉄棒を向けて話しかける岩造に対し、ヴィオラは微塵も動じず、微笑を湛えて応える。
「本当のことを言ったまでだが? 所詮人の身たる貴様らには、今や完全体となった私には指一つ触れることはできんよ」
「言うじゃねえか。だったら俺と弁慶で、貴様のその発言を撤回して、動きを封じてやる!! 弁慶、左右から行くぞ!!」
「心得たでござる!!」
岩造と弁慶が、息の合った動きで左右からヴィオラに迫る。
「忠告はしたぞ? 貴様らは絶対に、私に触れることはできぬとな。それでもなお向かってくるのならば――死んでも仕方あるまい」
ヴィオラの両腕から闇が伸び、それは地面に潜り込む。瞬間、岩造と弁慶は地面から突如飛び出た瘴気が作り出した蔦のようなものに絡め取られ、身動きができなくなる。
「ぐおおぉぉ!? ぎゃ、逆に俺たちが、動きを封じられることになるとは――」
「き、切れぬでござる……こやつ、一体何で出来ておる――」
「食い尽くせ、『侵食の闇』。貴様らの魂は、永遠に地獄を彷徨うのだ」
ヴィオラが、岩造と弁慶を縛り上げているモノに指示を出す。直後、二人の断末魔が響き渡り、解放された二人が地面に倒れ伏し、戦闘不能に陥る。
「さあ、次はどいつだ!?」
狂気にすら感じさせる微笑を湛え、ヴィオラが腕を組んで冒険者を待つ。
「ど、どうしようエリオットくん!? 今回は流石にヤバイよねー!!」
慌てふためくメリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)に対し、エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)は冷静な表情を崩さぬまま応える。
「……確かに、どう分析しても彼女を倒せるとは思わない。だが、このまま黙って見ているだけの私だと思うか!? 任せておけ、私が彼女に痛恨の一撃を受けさせてやる。メリエル、私が準備を完了するまで彼女を引き付けろ、絶対にだ。私が準備を完了したら離れ、そして私を助けるのだ」
「な、なんかムチャクチャ言ってない、エリオットくん!? ……分かったよ、エリオットくんのためだもん、やってみるよ。でも、エリオットくん……死んだりなんてしないよね!?」
不安げな表情のメリエルに、エリオットが自信をのぞかせる表情で応える。
「安心したまえ、そのつもりは毛頭ない。……では、行くぞ!」
エリオットの声に合わせて、メリエルの両手両足と肩甲骨付近に内蔵された加速用ブースターが、青緑色の粒子を放ち始める。
「あたし命名、『トランザム』発動!! いっけー!!」
とても常人では追いきれない軌道を見せながら、メリエルが剣に炎、雷、そして音速を超える衝撃波を生み出し、ヴィオラへ切りかかる。しかしそれを以ってしても、『侵食の闇』を切り飛ばすところまでは行くが、決してヴィオラに攻撃は届かない。
「面白い……人と、人が生み出したものの可能性は、世界の理を超越するか。……だが、それすらも私の前には無力だ!!」
ヴィオラに操られる『侵食の闇』が、メリエルを捉えるかと思われたその瞬間、準備を完了したエリオットが射程内に飛び込み、地面に手をついて魔法陣を展開させる。次の瞬間には、エリオットとヴィオラを覆うように、氷で出来たドームが形成された。
「ほう……これで私一人にすることは出来たようだ。だが、これからどうするというのだ?」
「どうするもない、取って置きの一発をお見舞いするまでだ!」
言ってエリオットが、自らの周りに酸の霧を――一口に酸と言っても、水溶液を示す場合と酸単体を示す場合がある。代表的な水溶液の酸は塩酸であり、また単体の酸で挙げられるのは過塩素酸などである。ここでは後者を発生させたものとするが、これはマスターの裁量における自由度の問題であり、公式設定ではないことをここで言っておきたい――発生させる。
「……何?」
ここで初めて、ヴィオラの表情に微笑以外の表情が浮かぶ。それを見たエリオットの顔に、会心の笑みが浮かんだ。
「これがその一発だ、食らうがいい!」
酸の充満した空間に、エリオットが火術で火を発生させる。瞬間、ドームが内側から大爆発を起こし、水蒸気がまるで雨が降ったかのように周囲を濡らしていく。
「エリオットくん! エリオットくん!!」
メリエルが、地面に倒れ伏すエリオットに声をかけるが、へんじがない、ただのしかばねのようだ……ではなく、エリオットのパートナーのヒロイックアサルト効果により、死亡は免れたが、戦闘不能状態になっていた。
「……もう、心配かけるんだから! 後で何倍にして返してもらうんだからね!」
こぼれかけた涙を拭って、メリエルがエリオットを担いでその場を後にする。
「……本当に、人とは面白いものよ。これだけの可能性を創り出すその力……私にもっと見せてみるがいい!」
あれだけの爆発の中で、しかし大した傷を負っていないように見えるヴィオラが、心底から楽しんでいるかのような態度で冒険者を挑発していく。
激化する戦闘、木々が吹き飛ばされ、爆音があちこちで共鳴する空間の中に、異様な雰囲気を纏って佇む二つの影があった。
「あの者たちは『生贄の少女』ではないのだろう?」
「ああ、紋様がない以上、我らの計画には無縁だ。……だが、あの者の力、放っておくには少しばかり度が過ぎる」
黒いローブで全身を隠し、僅かに覗く瞳が、冒険者に対して圧倒的な力を振るうヴィオラを見据える。
「いっそ、我ら『黄昏の瞳』の一員に加えてしまえばいいのではないか?」
「事は簡単には行かぬだろう。そもそも鏖殺寺院の彼も、表面上は協力姿勢を取っているが、いつ裏をかくか知れたものではない。……行く末を見届けるか、あるいはここで始末するのも手か――」
男の一人が懐から仕込み杖を覗かせた瞬間、二人の近くで衝撃が発生し、一つの影とそれを追う影が姿を見せる。
「っ……! 言うだけあって圧倒的な力じゃな。……それがちびとエリザベートの想いを踏みにじってもいいという理由にはならぬがの」
「セシリア様、お怪我はありませんか!?」
「私は問題いらぬ。……じゃがこのままではどうにも――」
ファルチェ・レクレラージュ(ふぁるちぇ・れくれらーじゅ)の介抱を受けながら、言いかけたセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)が、樹の上に潜んでいたローブ男の姿を捉える。
「……おぬしらは!! よもやと思って警戒しておったが、やはり現れおったか!! 答えよ、おぬしらは何ゆえにちびを付け狙う!?」
「ちっ、邪魔が入ったか。……幼き者よ、勘違いをしているようだが、我々には既にあの者たちを狙う理由はない」
「貴様らがあの者の脅威を取り除くのなら、それでもよい。……生贄の少女で我らが魔王を復活させた暁には、全て無用と成り果てるのだからな」
「生贄の少女? 魔王? ……どういうことじゃ、答えよ!!」
セシリアの言葉には答えず、男の一人が魔法の詠唱を開始する。
「待つのじゃ!! 受けた屈辱、きっちり返してもらうぞえ!!」
「セシリア様のため、みすみす逃がしはしませんよ!」
セシリアが詠唱を開始し、ファルチェが剣を構え飛び込む。それに別の男が剣を合わせ、ファルチェを弾き飛ばす。
「さらばだ、幼き者よ。……再び我らの前に立ちはだかるのなら、容赦はせん」
二人の姿が消えたその直後、詠唱を終えたセシリアの手から雷撃が奔るが、それは空しく空を裂いたのみであった。
「逃がしたか……! あやつらは一体何者なのじゃ?」
「分かりません……どうやら別の組織に組する者であることは想像できるのですが――」
残された数々の疑問に苛まれるセシリアとファルチェを、起きた爆風と衝撃が現実に返す。
(このままではここにいる皆、全員ヴィオラに吸収されてしまいますわ! エリザ様に進言したように、何とかして三人を分離させませんと!)
ヴィオラの攻撃で傷付いた冒険者を治療しながら、狭山 珠樹(さやま・たまき)が強い思いを抱く。治療を終えた珠樹が進み出、両腕を広げて攻撃する意思のないことを示しながら、ヴィオラへ呼びかける。
「ネラ、聞こえていますか!? 『ネラ』は『黒』だったのですね。黒は女を美しく見せる、いい名前です。……これからは一緒に幸せを探しましょう!」
「無駄だ、あやつらはもう、私の支配下にある! 呼びかけたところで、私から逃れられるはずがない!」
言ってヴィオラが手をかざし、漆黒に包まれた弾を放つ。地面が削り取られ、生じた塵が巻き上がる。
「あなたは何故この世界を滅ぼそうとしているの? 本当に復讐だけで、世界を滅ぼそうと考えているの?」
巻き上がった塵から、十六夜 泡(いざよい・うたかた)が珠樹を助け出して後方に避難させ、自らは武力でなく言葉による説得を試みる。
「くどい! ……復讐だと? そんなものは今になってはどうとでもいいことだ。今の私は、世界を滅ぼすという使命を背負っているのだ!」
爆風が起こり、木々が薙ぎ倒される。それに耐え、泡が言葉を続ける。
「それじゃ、世界を滅ぼした後、あなたは何をするの? あなただけの孤独な世界で、何をしようとしているの?」
「決まっている、新たな世界の創造だ!」
「本当にそれが、最善の選択だと思っているの? あなたは、この世界の人間を全て滅ぼしたいなどと思っているの?」
泡の言葉に、ヴィオラの動きが一瞬、止まる。
「あなたが過去に出会った人間は最悪な存在だったかもしれないけど、皆が皆そんな人間ばかりじゃない! 今だって、あなたに協力してくれる人、気にかけてくれる人がいるはず、それはあなただって分かっているでしょう!? ……ほんの僅かな時間だけで、急いで決めてしまわないで。もう少し、人間を観察してみて。……人間を、信じてあげて」
泡が微笑み、すっ、と右手を差し出す。
「……くどいと言っている!!」
旋風が巻き起こり、泡の身体を切り刻む。それでもなお、泡は一歩も引かずに告げる。
「もう一度言うよ、人間を……私を信じて、ヴィオラ!」
紅く染まった右手を懸命に掲げる泡、そしてヴィオラが出した回答は――。
「だまれーーー!!!」
辺りを揺るがさんばかりの爆発が巻き起こり、その中心でヴィオラが、狂乱に満ちた表情で、生き残った冒険者を見据える――。
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