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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第3回/全5回)

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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第3回/全5回)

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●決着、そして……

「この力さえあれば、それこそ世界だって手に入るかもしれないわね。残念だわ、本当に残念だわ」
 湧き上がる魔力のうねりに、メニエス・レイン(めにえす・れいん)が悔しそうな声をあげ、気を取り直すように片手を挙げ、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)に指示する。
「ミストラル、あなたはあたしの盾になりなさい。できるなら一撃をより深く当てるための隙も作りなさい」
「心得ました。わたくしの分までどうか、不満を存分に晴らしてください」
 ミストラルがメニエスの前に立ち、背後の者を護り抜く姿勢に入る。メニエスの前方、足元に魔法陣が展開され、それは電撃を放ちながら魔力を溜め込んでいく。
「……何がイルミンスールの加護、だと!? そんなもの、まとめて吹き飛ばしてくれる!」
 激昂したヴィオラが、両手に炎の種を生み出し、合わさって一つの火球となったそれを放る。
「メニエス様は、わたくしがお守りしますわ」
 ミストラルがかざした掌から、氷の粒が無数に放射される。それは火球と衝突して消え去るが、無数に放たれたそれらは火球の勢いを徐々に衰えさせ、やがて完全に消火させる。
「なんだと!?」
 表情に驚きと焦りを浮かばせるヴィオラは、飛んできた氷の粒を受けて動きを鈍らせる。
「隙を見せたわね。……あなたの力の強大さには感動を受けたけど、今はあたしの力が上よ!」
 詠唱を完了したメニエスの前方で、魔法陣が一瞬静まり返り、直後光り輝いて電撃を生み出し、それは上空まで飛んだ後鋭角に折れ曲がってヴィオラを直撃する。
「ぐおぉぉ!? ひ、人の身でこれほどの魔法の威力……バカな、あり得ん!!」
「現実にそれを食らっているあなたが言えることかしら? ……リベンジは始まったばかりよ。これからが楽しみだわ、ええ、本当に楽しみだわ」
 心から愉快そうに微笑んで、メニエスが次の魔法詠唱に入る。

「貴様がどれほどの絶望を味わったか、俺には到底知りえない。だが、そこで挫けるのは貴様の弱さだ。それは誰のせいでも、何の故でもない!」
 ヴィオラの放つ雷撃を爆発的な加速力で回避して、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が言葉という名の攻撃を加えていく。事前にイーオンの作戦を伝えられたフェリークス・モルス(ふぇりーくす・もるす)、そしてアルゲオ・メルムが、せめて主が一つの怪我も負わないまま終わるようにと祈っていた。
「貴様の見てきたものは、人間という生物の負の部分かもしれない。しかし、それが全てでないことは、貴様とて理解しているはずだ。それすら理解できぬというのなら、その塞いだ目を開き、俺たちを見ろ! 悪など、善など、人間のほんの一部に過ぎん!」
「黙れ……黙れ黙れ黙れ!! まるで全てを見てきたかのような口ぶりで、全てを知ったようにほざくな!!」
 ヴィオラの放つ電撃が、執拗にイーオンを追い詰めていく。イルミンスールの加護がなければとうに直撃を受けて感電死のところを、命に別状のない部位への損傷で踏み止まる。
「っ……! ああ、俺も何もかもを見てきたわけではない。だが、何も見ていないわけではない。人間は、生物は、未来に希望を抱き続ける限り、どれほど高い困難も、どれほど深い絶望も乗り越えることが出来ると俺は確信している。貴様も、全ての滅びなどという鬱帯に逃げ込んでいないで、これから起こる未知に希望を抱いて生きろ!」
 イーオンが、片腕を損傷した状態で、もう片方の腕を上げ、掌をかざしてヴィオラを見据える。
「……俺たちは、貴様を受け入れよう」
「……誰が貴様らになど!!」
 その手を振り払うように、ヴィオラの放った電撃がイーオンを捉えるかと思われたその瞬間、上空から角度のついた電撃が放たれ、それらは相殺し合って空間に消え、後に衝撃波だけが残った。
「この場は私たちが引き受けます! ここは一旦下がってください!」
 上空からエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が声をかけ、迎撃にやってきた新たな『侵食の闇』からの攻撃を箒の高速移動で避けていく。
(私は、ちび……ミーミルにもう一度会いたい……! 校長にもう一度引き合わせてあげたい! お願い魔法、私の想いを受け取って!)
 エラノールの想いと、イルミンスールの加護が重なり合い、展開された火術の魔法陣に膨大な魔力が注ぎ込まれていく。限界まで魔力を溜め込んだ魔法陣から、まるでドラゴンのブレスを彷彿とさせる火炎が放射され、ヴィオラと周りの闇を吹き飛ばさんと燃え盛る。
「ぐっ、お、おのれ……そんな小さな身なりのどこに、これほどの魔力が――」
「小さいからって弱いんじゃないよ! 身体は小さくたって、心はとっても大きいんだから!」
 叫び、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が祝福の力を全身に、そして握り締めた拳に注ぎ込んで、地面から突き出るように襲い来る闇の攻撃を避けながら駆けていく。
(私は、もう誰も失いたくない……! ヴィオラも、ネラも、そしてちび……ミーミルも! お願いこの手、私の想いを受け取って!)
 唯乃の想いが、拳に小さな、しかし決して遮られることのない確かな光を生み出す。それを力強く握り締め、唯乃がヴィオラの懐に飛び込む。
「私たちの想いを、受け取りなさい!」
 振るわれた拳は決して、拳法を極めたとかそういったものではない。しかし、拳がヴィオラの腹部に命中した瞬間、中を激しい奔流が貫くような衝撃がヴィオラを襲い、その顔が苦痛に歪む。さらに、光が局所的な爆発を生み、その衝撃でヴィオラが吹き飛ばされ、後方に大きく下がる。
「ぐ……み、認めん、認めんぞ! 想いの力などというまやかしに、私が押されるなど……断じて認めん!!」
 ヴィオラが吐き捨てるように言い放ち、それに応じるかのごとく、周囲の木々よりも太い胴体を持つ闇が両側に一本ずつ出現する。
「『暴虐の闇』よ、その名に相応しく、全てを暴虐の闇に染めよ!!」
 ヴィオラの声で、『暴虐の闇』が大蛇が暴れるが如く全身を武器にして冒険者に襲いかかる。枝葉が吹き飛び、地面はひび割れ、絶えず響く地鳴りの音が、冒険者を追い詰めていく。
「うわ、うわわ!? な、何だか凄いことになっちゃったよ!?」
 光り輝くモーニングスターを振り回し、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)を護っていたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、立て続けに襲う地震に転ばされないように踏ん張りながら、困惑した声を漏らす。
「ですが、それだけ彼女も、余裕がないことの表れでもありますわ。ここで畳み掛ければきっと、彼女からちび……ミーミルを救い出すことができますわ!」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)の言葉が、押され気味になっていた気持ちを前へと押し進める。
「そ、そうだよね! メイベル、僕たちはメイベルを絶対に護るからね! メイベルはちび……ミーミルちゃんに呼びかけて! メイベルの言葉は、きっと届くから!」
 セシリアがメイベルに呼びかけ、自らはフィリッパと共に、襲ってくる『暴虐の闇』からメイベルを護るべく奮闘する。イルミンスールの加護あっての動きという面もあるが、それ以上に想いの力が、普段では決して出し得ない力を彼女たちにもたらしていた。
(ちび……ミーミルちゃん。遺跡で、一緒に楽描きしたこと、覚えてますかぁ? あの楽しかった想い出、そして、あの時交わした言葉、私は全部覚えてますよぉ。……私は、ミーミルちゃんのことをあきらめません。どんなに姿が変わったとしても、ミーミルちゃんはミーミルちゃんとして戻ってきてくれるって、私は信じてます!)
 ミーミルのことを想いながら、メイベルがすっ、と口を開き、そこから旋律に乗せた言葉が吐き出される。その歌は冒険者の心に、そして何よりヴィオラの心に響き、本人の、『暴虐の闇』の動きが目に見えて衰える。
「ヴィオラさん……ネラさんやミーミル様を取り込み、一つとなった貴女なら分かるはずです。他者への憎しみや怒りを糧に生きる事の辛さ、そして、他者とわかちあう喜びや共に生きるという事の素晴らしさが」
 メイベルの歌に合わせるようにして、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)がヴィオラに歩み寄りながら言葉を一つ一つ紡いでいく。傍ではズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が、間に入り込もうとするもの全てに対し、邪魔はさせないとばかりに警戒を続けている。
「貴女の心にある闇はとても深い……私には到底知り得ない事かもしれませんが、さぞ辛い思いをされたのでしょう……そんな貴女が他者を信じるという事への絶望を抱くのは、無理もないことかもしれません。ですが……それでも、もう一度だけ、他者を……私の事を、信じてみてもらえませんか? 私が貴女の心の深い闇を照らす光となりたい。……いえ、なってみせます!」
 ナナが、ヴィオラのすぐ傍まで近付く。ともすれば一撃で命を奪われかねない危険を顧みず、ナナが続けて言葉を紡ぎ出す。
「確かに私は、一人では何も出来ないちっぽけな存在かもしれません。……それでも、貴女に他者と触れ合う事で得られる喜びや悲しみ、そしてそれをみんなで一緒に分かち合うという事を、教えてあげたい……!」
 崩れ落ちたヴィオラを包み込むように、ナナが全身でヴィオラを抱きしめる。そこまでされても反撃することのないヴィオラは、もはや力を行使することのないように思われた――。
 直後、周りで項垂れるように動きを止めていた『暴虐の闇』が、突如暴れ狂うようにのたうち回り、その一本がナナとヴィオラを押し潰さんと迫る。
 そこに現れたサトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)アルカナ・ディアディール(あるかな・でぃあでぃーる)が二人を連れ、その場を退散する。すんでのところで二人を助け出し、後方に控える仲間のところへ戻る。
「普段ならこのような力技、俺には無理だろうな。イルミンスールの加護とやらに感謝せねばなるまい」
「あはは、そうだね……えっと、どうやらヴィオラは止まってくれたのかな? でも、あの闇とか何とかが暴走して暴れている、っていう解釈でいいのかな?」
「いいんじゃないのか? ……にしても、こうして改めて見れば、何故あれほど強大な力を行使できたのかが信じられないな」
 アルカナの視界で、外見こそ威容ながら、蹲り微かに震えるヴィオラは、もはや完全に弱り切っているようであった。
「……彼女もまた、強い、とても強い想いを、持っていたんじゃないかな。そんなことをする必要もないのに、世界を征服するとわざわざ宣言したのも、僕たちに想いを分かって欲しい、止めて欲しいって、思ったからなのかな。……本当のことは分からないけどね」
 サトゥルヌスが呟くその言葉は、真実ではないのかもしれないが、あながち間違いというわけでもないように思えるものであった。
「とりあえず……後はあの大暴れしてる闇とやらを止めればいいんだろ? 随分とてこずりそうな気がするが――」
 アルカナが、目の前でなおも暴れ続ける『暴虐の闇』を見遣ってため息をつく。
「その役目、私たちにお任せ願えませんか」
 冒険者の前に現れたウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が、ファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)アニムス・ポルタ(あにむす・ぽるた)を連れて、毅然として言い放つ。
「皆さんは、あの闇を取り囲んで動けないようにしてください。私が、この剣で、闇を切り裂きます」
 言ってウィングが、ファティから取り出した剣【神魔剣レーヴァテイン】、アニムスから取り出した剣【幸喰剣ティルヴィング】を掲げる。その仕草が、今は妙に似合っており、冒険者たちも気分が盛り立てられていくようであった。
「……分かった、お前たちに託すぜ! んじゃ、俺たちも行くぞ、サトゥ!」
「うん、アル君!」
 アルカナとサトゥルヌスが、まだ動ける冒険者を引き連れ、『暴虐の闇』を足止めするべく必死の攻撃を加える。
「私も行くね! ……ウィング、必ず帰ってきてね。ここで終わるような『運命』は、持ち合わせてないんだからね!」
「アニムスもがんばるのです! 超幸運ラッキーパワーで、ぜーんぶやっつけちゃうのですよ!」
 ファティとアニムスも戦線に参加し、激闘が繰り広げられる。いかな強大な力を持つ『暴虐の闇』も、想いの力に後押しされた冒険者の前には、為すがままになる他なかった。攻撃をその身に受け、闇が自らの身体を地面へと伏せさせる。
「この一撃で、必ず二人を、助け出す!!」
 ウィングが、【神魔剣レーヴァテイン】を両手に持ち、爆炎を纏ったかのような加速で『暴虐の闇』の一体に迫り、飛び上がっての一閃を見舞う。刃は豆腐を切るよりも容易く胴体を切断し、二分された闇が掻き消え、塵と化す。そして【幸喰剣ティルヴィング】に持ち替えたウィングが再び飛び上がり、もう一体の『暴虐の闇』を切り落とす。その闇も塵に掻き消え、ようやく辺りに、森の普段の落ち着きが戻ろうとしていた――。

 顔を伏せ、小さく屈み込むヴィオラの両肩に、同じく屈み込んだエリザベートがその小さな両手を乗せる。はっとして顔を上げるヴィオラと、微笑むエリザベートの視線が重なる。
「あなたたちの想い、私に分けてください……その想いが、きっとミーミルを呼び覚ましてくれます」

「? 今、声が聞こえた気がするんだけど」
「……いいえ、確かにエリザベート様の声が聞こえたわ。ディル、願いましょう。聖少女様を再び、イルミンスールにお迎えすることができるように」
 キメラを撃退することに成功したディルとエルミティ、それに奮闘した冒険者たちが、脳裏に響いてきた声に従って願いを込める。
(きっと、届くよね……私もこうして、分かり合うことが出来たんだから)
 虎の顔をしたキメラ、『ファス』と『セド』に擦り寄られながら、鷹野 栗も目を閉じ、願いを込める。

「エリザベート、立派になりおって……ううっ、感動で涙が出そうじゃ」
「……アーデルハイト様、泣いている場合ではないと思うのですが」
「えっと、い、祈りましょうカイル」
 ジェルの存在が消え失せた遺跡の中で、エリザベートの声を聞いたアーデルハイトが目から涙をこぼし、カイルとダスタールが苦笑しつつ願いを込め始める。

「……大丈夫だよね? みんな、また会えるよね?」
「大丈夫だ、ミサ。ミサの見つけ出したあれは、きっと役に立ってくれる」
 何れ 水海に介抱される愛沢 ミサが、皆の無事を願う。

 イルミンスールが、皆の想いを吸い上げるように発光し、そしてエリザベートの身体も光を放つ。光がヴィオラへ伝わり、やがてヴィオラも光を放ち始める。
 一面光に包まれた中で、エリザベートの言葉が紡がれる。



「おかえりなさい……私のかわいい子供」



「……ただいま……お母さん!」



 光が消え、三対の白い羽根を舞わせて、ミーミルがエリザベートを抱きしめる。それを見遣って、歓声を挙げながら冒険者たちが集まってくる。
「ぷわー、ようやっと出てこられたわー。うーん……外の空気、ええもんやなー」
 日光を浴びて、ネラがうーん、と伸びをする。そこに、森崎 駿真とセイニー・フォーガレットが歩み寄ってくる。その気配に気付いて、ネラが正面を向く。
「え、えっと、あの、その……」
「駿真、今更何を恥ずかしがっているのですか?」
「だー、からかうなよ、セイ兄! ……また会えて嬉しいよ、ネラ!」
 満面の笑顔を向けられて、名前を呼ばれて、ネラが困ったような表情を見せる。
「なんや、うち、今すぐここを逃げ出したい感覚や。……そか、これが恥ずかしいってことなんか? ……でもな、うち、めっちゃ抱きつきたいねん! これが嬉しいってことなんやな!」
 ネラの顔も満面の笑みに変わって、そして駿真に飛びつく。周囲に人が集まり、また会えたことを喜び合う。

「……気分はどうだ?」
 歓喜に沸く集団から外れ、独り佇むヴィオラへ、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が声をかける。
「……最悪だな。私は何もかもを失ってしまった。力も、生きていく意味さえも……」
 自虐的な笑みを浮かべて、ヴィオラが呟く。羽根は消え、僅かに銀に光る髪だけが、それまでの名残として残っていた。
「……俺は、偶然の産物ではあるが、『娘』を授かった。結婚などするつもりもなかった俺が、だ。『父親』になった俺はしかし、娘に何もしてやれなかった。娘が苦しんでいるというのに、だ! 愚かだろう、情けないだろう……こんな俺は、父親失格かもしれん。笑われても仕方ないかも知れん」
「……私に、貴様を笑う資格はもうない。それに……貴様の言う娘とは、あいつのことだろう? 私では……ないのだろう?」
 言ってヴィオラが、賑やかな集団の真ん中で笑顔を見せるミーミルを見遣る。
「馬鹿を言うな。君も……いや、君こそ、私の娘だよ」
 アルツールが、ヴィオラを力強く抱きしめる。
「な……ん、だと?」
 与えられた重みに、そして、温もりに、ヴィオラが明らかに困惑した表情を浮かべる。
「子を想う親の気持ちは、いつの時代も変わらんか……」
 二人の様子を見守っていたシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)がそっと呟いて、その場を二人に任せる。
「私は、まだ娘にしてやりたいことが沢山あるのだ。手をつないでカーニバルに連れて行ってやりたい。眠れない夜に、ベッドで本を読み聞かせてやりたい。勉強を教えてやりたい。食事の穏やかな団欒を楽しみたい。好きになった人を紹介されてやきもきしたい。……だが、今してやれることは、たった、そう、情けないことにたった、これだけだ」
 アルツールが、背丈は自分よりも高い、しかし実際はまだほんの子供であるヴィオラに、『父親』として、本当の子供のように接する。
「っ……だが、私は……私には、もう生きる意味など何も――」
「だったら、これから作ればいいのだよ」
 その声にヴィオラが振り向けば、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)ララ サーズデイ(らら・さーずでい)の姿があった。
 リリがヴィオラに歩み寄り、手にしていた物を差し出す。
「……これは?」
「遺跡の中で仲間が見つけたものだそうだ。ララが預かり、持って来てくれたのだ」
「ちび……ミーミルが聞いたという言葉の内容が気になってな、遺跡で調査をしていた。私は手がかりを見つけることは出来なかったが、これを君にと託されたのだ」
 ヴィオラがそっと手を差し出し、リリから物を、古びた手帳を受け取る。裏を返して、そこに刻まれた名前を見つけて、ヴィオラが息を呑む。
「カリス……!」
「……その人のこと、知っているのですか?」
「ああ……私に、『ヴィオラ』をくれた人だ……」
 ユリの問いにヴィオラが答え、一枚一枚ページをめくっていく。
「ワタシ、気になって、ディルさんに尋ねてみました。……詳しくは分からないそうでしたけど、あの研究所に配属が決まった時、他にも配属先の候補があったみたいなんです。……ワタシの推測に過ぎませんけど、あの研究所の他にも、その、ヴィオラさんのような人を研究している場所とかがあったりするのでしょうか?」
「……この手帳にはそのような記述がされてはいるが、場所までは特定できないな」
 手帳を閉じ、ヴィオラがそれを慈しむように胸に抱く。
「ヴィオラ、その場所、リリが水晶玉を通じて探し当ててやるのだよ。そして、もう一人とてこのような悲しい出来事に巻き込まぬよう、護ってやるのだよ。……それが、生きる意味にはならないか? 『小さな幸せ』を期待したヴィオラの名付け親も、それを望んでいるように思うのだよ」
「カリスが……私に……?」
 尋ねるヴィオラに、リリ、そしてユリとララも頷く。
「途中で辛いことがあったら、ここに帰ってきてください。ワタシも、リリも、ララも、そしてみんなも、ヴィオラさんの帰りをずっと、待ってますから」
 気付けば、エリザベートにミーミル、ネラ、そして冒険者の皆々が、傷付き、肩を貸し合いながら、誰一人として嫌な顔をせず、笑顔でヴィオラを迎えていた。
「…………そう、だな。それで私の罪が少しでも許されると言うなら……それも悪くないかも知れん」
 呟いて、ヴィオラがアルツールに振り向いて、おそらく初めて見せるであろう微笑を浮かべて、口を開く。

「私を娘と呼んでくれて……その、ありがとう、お父さん」

 冒険者の歓声が湧き起こる。
 今ここに、『聖少女』を巡る長き戦いは、決着を見たのであった――。





「はぁ〜、イルミンスールも伸びましたしぃ、これでもっともぉっと、家来が増えますねぇ〜」
 イルミンスール魔法学校校長室で、エリザベートが上機嫌で椅子にふんぞり返る。
 
 結局、世界樹イルミンスールは全高が千メートルと、今までの二倍に成長を遂げた。
 校舎や研究室の一部は、成長の際に建物がひび割れたりしたものの、今では復興作業も大体完了し、元の学校生活が始まっていた。

 ヴィオラとネラは、イルミンスールを離れ、パラミタを巡りながら、自分たちと同じ境遇に遭っているかもしれない子たちを探し出すことを決めた。
「うちは少し力が残ってるでな。ねーさんの手助けには十分やろ」
「私たち二人で何ができるのか分からないが……できるだけのことはやってみようと思う。それが、カリスの望んだことかもしれないから」
 言って、二人手を繋いで仲良く歩いていく後ろ姿は、まるで本当の『姉妹』のようであった。

「……なんじゃ、エリザベートも少しは成長したかと思ったのじゃが、結局いつも通りじゃの」
「何か言いましたかぁ、超ババ様ぁ〜?」
「超ババ様言うでない!」
「超々大ババ様ぁ、お腹空きましたぁ。何か出してくださぁい」
「ぐぬぬぬ……こやつに感動して涙を流した私が、物凄く馬鹿に思えてきたぞ……」
 アーデルハイトにワガママ放題のエリザベートは、あの冒険の後もちっとも変わってないように見えた。
「これで、イルミンスールがちびちびって言われることもなくなりましたねぇ〜」
「はい? 呼びましたか?」
 声の主が、首を傾げながら校長室に入ってくる。……新しくエリザベートのパートナー契約を結んで、今はエリザベートとイルミンスールの守護を担っている、ミーミル・ワルプルギス本人であった。
「ミーミル、あなたはもう『ちび』ではないのですよぅ?」
「あっ、そうでした、ごめんなさい。……でも、お母さんにちびって呼ばれるのが、私、嬉しいみたいです。だってこんなに、心があったかくなって、笑顔になっちゃうんです」
 言ってミーミルが、満開の笑顔を浮かべる。
「……仕方ないですねぇ。じゃああなたはこれからもちび、ですぅ。ちびって呼んでいいのは私だけですぅ! 他の誰にも呼ばせませぇん!」
「うん! お母さん!」
 ミーミルがエリザベートに抱きつき、エリザベートも嬉しそうにミーミルの頭を撫でる。
 
 もしかしたら、研究者の一人と幸せな道を歩んでいたかもしれないヴィオラ。
 今よりずっと先に目覚め、誰にも利用されることなく自由な道を進んでいたかもしれないネラ。
 そして、ミーミル。
 
 考えられた無数の『IF』。しかし、現在はたった一つ。
 そして冒険者たちの力では、過去を変えることはできない。
 
 けれども、未来はいくらでも変えることができる。
 自らの行く末も、自らに関わるものの行方も、きっと変えることができる。
 変えることができると想い続ける限り、未来は変わり続ける。
 
 そのことを教えてくれた者たちに、イルミンスールの加護あれ――

 
 ――イルミンスールの冒険Part1〜聖少女編〜 完――

担当マスターより

▼担当マスター

猫宮烈

▼マスターコメント

 ……皆さまのアクションを受領し、一読して、思いました。
 
 (これ、どうやってまとめよう!?)
 
 
 お疲れさまです、猫宮・烈です。
 『イルミンスールの冒険Part1〜聖少女編』第三回リアクションをお届けいたします。
 
 初めてのキャンペーンシナリオ、しかも他マスター様からの引継ぎという事態の中、皆さまから届けられたアクションを基に、できる限り意図を汲みつつ、お話としてまとまったものに仕上げようと奮闘した結果が、あのようなものになりました。
 
 え〜、リアクションとしては不出来な点が多々あるかと思うのですが、そこは【ゆるマスター】猫宮・烈なのだ、ということでご容赦いただきたく……
 あ、痛い! 痛いです! お願いですから石を投げないで! 猫宮のヘルスポイントはもうゼロよーっ!
 
 ……改めまして。
 世界樹イルミンスールは五百メートルから千メートルになりました。
 『聖少女』はミーミル・ワルプルギスとしてエリザベートのパートナーになりました。
 ヴィオラとネラは、『聖少女』としての力は殆ど失いましたが、自らと同じような境遇に遭っている子供たちを捜す旅に出ました。
 称号が欲しいとおっしゃっていた方、今回はこの結果で代わりとさせて下さいませ。それでも不満足だという方は、どうぞ気兼ねなくお手紙の程……あ、止めて! カミソリレター送らないで! 猫宮のマインドポイントはもうゼロよーっ!
 
 ……再び改めまして。
 これで、『イルミンスールの冒険Part1〜聖少女編〜』は終了となります(回数表記に誤りがありましたこと、ここで謝罪いたします、申し訳ございませんでした)。
 次回、『イルミンスールの冒険Part2〜精霊編〜(仮)』に、どうぞご期待くださいませ。
 
 ……期待してくれないと、泣いちゃうぞ!?

 「キモイですぅーーー!!」
 えりざべーとのこうげき! つうこんのいちげき! ねこみやは しんでしまった!

 ……おあとがよろしいようで。

 それでは次の機会に、よろしくお願いいたします。