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『君を待ってる~封印の巫女~(第4回/全4回)』

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『君を待ってる~封印の巫女~(第4回/全4回)』
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第1章 選択の行方
「いつか、この場所が花でいっぱいになったら嬉しいです」
 蒼空学園の一角。かつては不毛の土地だったそこにはいつしか花が植えられた。
 たくさんの願い、たくさんの思い、多くの人の手が、そこに花壇を作った。
 けれど、知らせれた。
 その地が不毛だったのは、そこに災厄が封じられていたからだと。
 そして、封印のほころび。
 今、最後の幕が上がる。
「思い出して下さいよ。貴方は化け物……大いなる災いなんですよ」
 鏖殺寺院の影使いの言葉に、大いなる災いと呼ばれた少女・夜魅の心は絶望に染まり。
 その背後に現れる、巨大な扉。
 影使いは夜魅を生け贄に、扉を開くつもりで。
 扉の向こう側には、封印された『もの』がある。
 かつてシャンバラを滅ぼしたものの一部とも影とも言われる、形なき存在が封印されている。
 影の王とも影の龍とも称されるもの……解き放たれれば、蒼空学園だけでなく世界にどんな悪影響を及ばすか、想像に難くない。
 そう、だからこそ。
「私が死ねば、少なくとも扉は消える……そうなのでしょう?」
 春川雛子井上陸斗にそう、告げたのだ。
「陸斗くんは封印の守護者なのでしょう? 守護者は封印を……世界を救ってきたのでしょう? だったら、迷わないで下さい」
「……俺は」
「……出来ないなら、私がやるわ」
 と、口ごもる陸斗を制し白波 理沙(しらなみ・りさ)が前に出た。
「被害を最小限に抑えるだけの話よね」
「はい」
 青ざめた顔の理沙に、雛子は小さく頷いた。
 この場所だった。ここで共に花を植えた。
 雛子を喜ばせたくて、悲しい顔を見たくなくて、一生懸命花を植えた。
 今も、そう。
 心のどこかで、雛子を犠牲になんかしたくないと叫ぶ自分がいる。
 それでも、理沙はその心を無理やり押し殺し、雛子へとまた一歩近づく。
 パートナー……チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)を、万が一にも失わない為に。
 まるでそんな理沙の内心を分かっているように、雛子はただ静かに佇んで、その選択を受け入れようとしていた。
「……待って」
 だが、そこにリネン・エルフト(りねん・えるふと)が割り込んだ。
「みんな……悲劇を覆すために頑張っている。未来を信じて戦っている……だから、信じて。今は……待って」
 みんなが夜魅と災いを切り離すために頑張っている、頑張ってくれるはずだ。
 だからこそ信じて待って欲しいと説得するリネンを、理沙は凍えた瞳で一蹴した。
「……綺麗事言ってる間に何かあったら遅いのよ!」
 言葉は言った理沙自身とそして、リネンにも突き刺さる。
 何故ならばリネンのパートナー、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は影使いに操られ、障害として立ち塞がる事を強要されているのだから。
 だがそれでも、リネンは思う。
 それでも、それでも自分は信じたい、最後の最後まで。
「……私は確実な方法でパートナーを守りたい、それだけよ」
 そんなリネンにあくまで淡々と理沙は告げ、ダガーを握り。
「もし邪魔をするというなら……」
「……そこまでだ!」
 緊張感の高まる中、クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)は妖刀村雨丸を抜刀した。
 発生させた霧が、理沙とリネンの視界を塞ぐ中。
「……今は生徒同士で争っている場合じゃないだろう……今は協力するべきだ……そうだろう?」
「今は一緒に頑張りましょう。目的は同じな筈です。協力出来る筈でしょう?」
 クルードとユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)は理沙を諭した。
「……限界まで待て……まだ希望はあるだろう……もし間に合わなければ、俺が何とかする……だから、まだ待て……」
 いざという時は……覚悟をにじませたクルードの真摯な瞳に、しかし、激昂した理沙が映り込む。
「だから、そんな悠長なコト言ってられないって言ってるの!」
「止めて下さい、理沙さん!」
 けれどその時。その守りたいはずのパートナーが、雛子を守る様に両手を広げ、立ちふさがった。
(「理沙さん、あんなに雛子さんを喜ばせようとしてたのに何でこんな事をいうのでしょうか」)
 いや、本当の所チェルシーには分かっていた。
(「おそらく、わたくしを心配してくださっているのでしょうが……嬉しくないですわ」)
 分かったからこそ、止めなければと強く思った。
 今の理沙はいつもの理沙と違う。
 それでも、もしも自分の為に雛子を殺すような事があれば……理沙はきっと苦しむから。
 チェルシーはそんな理沙を見たくなかった。
 だから。
「チェル!?」
 咄嗟にチェルシーは理沙のダガーを奪い、その切っ先を自分に向けていた。
「ちょっ、チェル……何を?!」
「わたくしが死ぬとあなたの身体にも影響がでるはず。そしたら雛子さんには手出しできませんよね?」
 震える手で持ったダガーは、今にもチェルシーのノドを傷つけそうで。
 理沙は震えた。
 足元からじわじわと這い上がってくる、恐怖。
 大切な大切な人をまた失うかもしれない、と。
 手は震えながら、キッと自分を見つめるチェルシーの目は本気そのものだった。
 もし雛子を犠牲にするようなら、自分の命をも断ちかねなかった。
「……何で、何で分かってくれないのよ……」
 泣き崩れる理沙を、やはり自らも泣きべそをかきながら、チェルシーがギュッと抱きしめた。
 そんな二人を、申し訳なさそうに見つめる雛子。
 途端。パンっ!、小気味いい音を立てて、雛子の左頬が鳴った。
「……」
 叩いたのは、橘 恭司(たちばな・きょうじ)だった。
「ちょっ!? ヒナに何……ぐはっ!?」
 恭司は返す拳を、血相変えて詰め寄ろうとした陸斗にお見舞いした。ちなみにこっちは男相手なので少々手荒く拳骨☆、である。
「誰かを犠牲にするか否か……簡単な事で迷うな!」
 拳骨のプレゼントを贈りつつ、一喝。
「難しい?……だからどうした! そんな事やってみなければ解らないだろ」
 頭を押さえてちょっぴり涙目だった陸斗が、その言葉にハッと顔を上げた。
「それから……」
 恭司は剣呑な眼差しを、雛子に向けた。
「自分が犠牲になって成功率を上げようなんて下らない事を考えてるようなら、もう一回引っ叩く」
「ですが……」
 パシっ、言い淀む雛子の両頬を挟み込むように、少しだけ優しく叩いた。
 ビックリしたように、何だか悪い夢から覚めたように、目を見開く雛子。
 恭司は小さく溜め息をついた。
 一体何をトチ狂ったんだか。
 自分のせいでこんな状況になってるとか、扉を呼び寄せたのは自分だとか、雛子の罪悪感とかそんな事は関係なかった。
 ただ、気に入らないのだ。
「あえて言おう……誰かを犠牲にして手に入れたハッピーエンドなんて糞喰らえだ!」
 言い捨て、恭司は雛子に背を向けた。
 自分の発言に、きっちり責任を取る為に。
「本当に、君は俺達の事を馬鹿にしてます。夜魅と災いを切り離すのが困難?、だから何ですか、やれますよ俺達なら」
 同じく、樹月 刀真(きづき・とうま)は「やれやれ」と言いつつ、言葉を重ねた。
「皆が幸せを願い、その幸せの為に全力を尽くしているんです。これで幸せな結末にならないはずがありません」
 そうして、刀真はパートナー漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)神和 綺人(かんなぎ・あやと)……仲間達を見まわし。
「二人のお母さんにも頼まれましたし……行きましょう忍丸、綺人」
「さぁて、花壇防衛班の最後の仕事だ!」
 互いの拳をコツンと合わせた。

「やってみなければ解らない、か」
 一方、拳骨をもらった箇所をさすりながら陸斗は恭司の言葉を噛みしめていた。
「陸斗殿」
 その背に、そっと声を掛ける藍澤 黎(あいざわ・れい)
「封印の守護者の責任は大事だが、陸斗殿が守りたいのは封印自体なのか?」
 陸斗の望み、本当にしたい事。
 それはずっと側で見守ってきた黎には手に取る様に分かった。
 だが、責任やら重圧やらで口に出来ない苦悩もまた。
 それでも。
(「最後に笑って振り返れない、そんな選択はするべきじゃない」)
 そう思うから、静かに告げた。
「そうではなくて、封印を守る事で得る生活ではないのか?」
「!?」
 多分、恭司にも陸斗にも分かっているだろうが、誰も犠牲にせずハッピーエンドを手にするのは一番難易度が高い。
 しかしそれでも、諦めるなと。
 言葉で思いで、背中を押す。
「そうでありますよ! 陸斗殿が心の底から望むことを実行してください」
それはロレッカ・アンリエンス(ろれっか・あんりえんす)も同じ気持ちで。
「堅実な手段は、時には必要かもしれませんが、賭けに出たってきっと誰も文句いわないでありますよ」
「陸斗殿」
「……そうだよな。あ〜もう! 悩むのって苦手なんだよな」
 押された陸斗は、ぐしゃぐしゃっと髪をかきむしった後、さっぱりした顔で笑った。
「とりあえず、全力でやる……後はまぁ何とかなるだろ」
「ていうかあんた、俺が何とかしてやる!、くらいの気概はないわけ?」
「ない! けど、黎達と一緒なら、きっと何とかなる……はず!」
「まったく、ほんっと陸斗らしいヘタレっぷりよね」
 呆れ顔を作ろうとしたキアは失敗し、盛大に噴き出した。
「それでも、そんなあんたを選んじゃったのはあたしだし……仕方ない、付き合うわ」
 一応パートナーだしね、肩をすくめるキアに破顔し。
「それでこそ陸斗殿だ。陸斗殿が選んだなら、我は全力を持って補佐する」
「自分も可能な限り持ちこたえてみせますから、頑張りましょう」
 黎がロレッカが、破顔し。
「もうキミらにつける薬はあらへんって思い知ったわ。好きにやったり」
「皆がしあわせって、いいよねっ! オレも頑張って出来る事するんだ♪」
「……承認」
 黎のパートナーフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)は呆れ半分諦め半分の気持ちで、エディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)は無邪気な中に決意を込めて、そしてヴァルフレード・イズルノシア(う゛ぁるふれーど・いずるのしあ)はいつものように淡々と。
 最後まで陸斗と黎をサポートするべく心を決める。
 そうして、頼もしい仲間と共に、陸斗は走り出す。
「ヒナ、待ってろよな。色々、ササッと片づけてくるから」
 その身体にディフェンスシフトをかけながら、黎もまた迷いをなくした背を追った。
 雛子を安心させるように、一つ頷いてやりながら。
「陸斗くん、また……」
「……安心して」
 俯く雛子に、リネンはそっと声を掛けた。
「私は学園のみんなが好き、友達に死んで欲しくない。……だから、もし最悪の場合……雛子、あなたを殺してでも扉の開放を阻止することも考えている。覚えておいて」
 脳裏に浮かぶ、垣間見た『災厄』。
 あれは何があってね解き放ってはいけないものだ。
 恭司の言う通り、リネンも信じたい、ハッピーエンドを。
 だがそれでも、もしもどうしてもどうにもならなかった時は。
 その時は自分が責を負う。
 それが、理沙の気持ちを踏みにじった自分の、災厄を垣間見た自分の使命だから。
「……はい」
 真剣な中にホンの少し安堵をにじませ、雛子は頷いた。
「私も死にたくはありません。恭司さんの言葉、嬉しかったです。でも……本当にもし扉が開放される事になったら、後悔してもし切れないですから」
 安心させるように一つ首肯し、リネンは「……でもね」と声に力を込めた。
「……私も、雛子を殺したくなんかない。雛子も学園の友達だから……だから誰より強く信じようと思うの、みんなが奇跡を起こしてくれることを」
「大丈夫です!」
 と、そんな二人に騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がぐっと力説した。
 詩穂は知っている。
 キアも陸斗も雛子も、誰もが必死に打開策を探しているつもりになっている事を。
「みんな誰かを、自分を、犠牲にして解決しようとしている。だから迷いが生じているの」
 真っすぐ見つめられ、雛子の瞳が揺れる。
「でも、大丈夫! そのためにみんな集まったのですから」
 詩穂は一度、雛子の手を握った。
 緊張しているのだろう、冷たくなっている手。
 そっと握りしめながら、言葉を重ねた。
「気にしないで。詩穂はご主人様、お嬢様がたに仕える単なるメイドですから。扉を封じて、誰一人として犠牲にしないのが当然の選択ですよ☆」
 誰一人守れずに【シャンバラの守護者】に意味はないのだから。
「そうですわ。最後まで希望は捨ててはいれませんわ」
「泣かないで、ね。ダメだよ、誰かいなくなっちゃうなんて、そんなことしても寂しくなるんだよ」
 セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)アリーセ・リヒテンベルク(ありーせ・りひてんべるく)も気持ちは詩穂と一緒だ。
「ここに集まった人たち、みーんな強いんだから。夜魅ちゃんも、白花ちゃんも助けるからね。そして扉も封じちゃうんだから」
 アリーセの髪をそっと撫で、陸斗達の後を追おうとしながら。
「だからリネンさん、くれぐれも早まった事はしないでね……何かイヤな感じがするし」
 詩穂はそう、念を押した。