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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第1回/全3回)

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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第1回/全3回)

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●小休止……その頃、研究所では

 イルミンスールで精霊祭が行われているまさにその時、かつて『聖少女』にまつわる事件で二度も戦いの場になった『イルミンスール鳥獣研究所』。
 表向きはパラミタに生息する動物の生態調査を元に、治療を行うための製薬、医療行為までを手がける研究所、しかし裏の顔として動物と動物、さらには動物と人の合成実験が行われていた研究所は、イルミンスールの生徒たちに救出されたディル・ラートスンとそのパートナーであるエルミティを中心とした、そこに生徒たちも混じえた復興チームにより、とりあえずの機能を回復するところまで進んでいた。

「やあ、来てくれたんだね。何も無いところだけど、よければ入って」
 そこを訪れた鷹野 栗(たかの・まろん)をディルが出迎え、何人かがくつろげる応接間へ案内する。
「この前……って言っても大分前なのですけど、その時とは見違えるくらい綺麗なのです」
 辺りを見回して、栗が感想を漏らす。二度の戦闘でその殆どの施設が破壊された研究所は、空間としてはまだまだ空きがたくさん見られるものの、外見上は他の研究所と遜色ない程度にまで復興されていた。
「エリザベート校長を通じて、ザンスカール家から多額の支援があったらしい。……その名目の殆どが、キメラに関するものというのが、僕にとっては残念だけれどね」
 ディルが溜息をつく。彼としては、無理矢理生み出された存在であるキメラをこれ以上酷い目に合わせたくはないという思いを抱いていた。しかし、既にキメラはこの大陸の様々な場所に存在している可能性が高い。もし野生化して人々を襲うようにでもなれば、キメラ一体で一つの村が滅ぶほどの脅威である。その前にキメラの生態調査を行い、できれば管理を行って、人と共存する方向に持っていく方が、結果として悲劇は少なくて済むかもしれないと、ディルは思うようになっていた。
「それよりも問題なのが、この研究所に入所を希望する人がまったく現れないことだよ。……それも仕方のないことだけれどもね」
 ディルの言うように、ここにはかつて数百人規模の研究者、及び警備員やスタッフがいたが、最初のキメラの襲撃で百名以上が死亡、重軽傷者多数という結果を残していた。これはシャンバラ全域にニュースで伝えられ、人々は真相を知ることはなくても、ここで凄惨な事件が起きたということは知っているため、今再び研究者を募っても、来ないのはある意味当然のことでもあった。
「機材は調達の目処がついたけど、それを使えるスタッフがいないことには、表向きの研究さえも進まない。かつてのように数百人とはいかなくても、十人、二十人くらいは欲しいところだね」
「……あの、もしもの話ですけど、私がここに来たいと言ったら――」
 栗の話を遮って、エルミティからの通信が入る。
『ディル、あなたにお客さんよ』
「おや、珍しい。今日は千客万来だね。分かった、ここに連れてきてくれ」
 ディルが席を立って、客を出迎える準備をする。

「この前はお礼も言わずに去ってしまって申し訳ない。君たちのおかげで研究所は今こうしてあるのだ。姿形は違えども、君たちも立派に私たちの仲間だ」
 応接間に通されたイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)が、エルミティが連れてきたキメラ、『ファス』と『セド』に話しかける。二匹のキメラは少なくとも、相手に敵意のないことは理解したのか、座って静かに耳を傾けている。
「ジャーン! そんなキミたちにあたしから素敵なご褒美ー! あたしが至高のメニューのために厳選した羊肉だよ!」
 カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)が、抱えていたクーラーボックスから重量感溢れる羊肉を取り出し、部屋の端、床が磨きやすくなっている場所に置く。指示を待つかのように視線を向けるファスとセドに、エルミティが頷いた。
「ねえ、キメラも乗り物として利用するつもりはないの? 教導団じゃ狼を乗り物に利用してるんだよ」
「ああ、あのオークが乗るという大きな狼のことだね。……僕は正直、キメラの兵器的利用には反対だな。教導団には教導団の考えがあって、そして僕はイルミンスールの人間だ。イルミンスールは魔法生物の利用ではなく、共存する方向に進んで欲しいと思っている。だから、もし望まれたとしても量産……こんな言い方は彼らに失礼だね」
 ディルの言葉に、肉を食い争っていたファスとセドが振り返り、一声啼いてまた肉にかぶりつく。
「とにかく、生産はしない。そうでなくても、キメラはかつてここのスポンサーを務めていた集団に納入されている。おそらく、生成方法までもその集団に伝わっていると見ていいだろう。キメラを手に入れてその集団が何をするのか、何のために活動しているのかは分からないけど、おおよそいい目的とは思えなくてね」
 肉を食べ終えたファスとセドが、大きく口を開けて欠伸をする。
「……話が重くなってしまったね。そういえば君たちは、どうしてまたこんなところに来たんだい?」
「そう、それなんです。ワタシたち、まずはキメラに会いに来たっていうのがあるんですけど、もしできるなら、今イルミンスールで開催されている精霊祭に、キメラを招待したいんです」
 持ってきたブラシでファスとセドの毛並みを整えていたミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が、ディルの疑問に答える。
「そうか、そういえばそんな話を聞いていたのをすっかり忘れてたよ。精霊祭は盛り上がっているのかい?」
「ええ、少し見てきただけですが、かなりの盛り上がりぶりでした」
「我が隠れているのが見つかってしまうほどにな。なかなか感の鋭い者たちだよ」
 シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)デューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)の話を聞いて、ディルが楽しそうに笑みを漏らす。
「そうか、それはよかった。イルミンスールの一員として、人間と精霊が仲良くしてくれるのは嬉しい限りだよ。僕も行きたいところなんだけど、これから外せない会議が控えていてね。エルミティにも参加してもらおうと思っていたんだ」
「私はディルに付いていきます。ですが、この子たちが心配ですね」
 エルミティに頭を撫でられたファスとセドが、気持ちよさそうに喉を鳴らす。大本に虎が含まれているからか、どこか猫のような仕草を垣間見せていた。ただ、頭と四肢は虎、胴体は山羊、そして蛇の尻尾という姿は、ここに居る者たちはともかく、他の一般の人には受け入れ難いであろう。
「とはいっても、置いていくのも心配でね。結局は頑丈な檻に押し込めておくしか……そうか、この手があったか」
 妙案を思いついた、とばかりにディルが手を打ち、一行に問いかける。
「君たち、ファスとセドを精霊祭に連れて行ってくれないか? もしキメラが人間と、精霊に受け入れられるとしたら、共存も夢じゃないかもしれない。彼らには小型のカメラをつけておくから、後でそれを見て僕も楽しませてもらうよ。君たちは彼らと普通に、精霊祭を楽しんでくれればいい。……勝手な相談だが、引き受けてくれないだろうか」
「はい! 私、この子たちを連れて行きたいのです!」
 栗が賛同の意思を示し、皆も基本的にそれに合意する。
「ありがとう。もしもの時のために、いくつか渡しておくものがある。まずは、これだ」
 言ってディルが、引き出しに入っていたものを取り出す。
「これは何ですかな? 見たところカプセルのようですが……」
 ルイ・フリード(るい・ふりーど)リア・リム(りあ・りむ)が覗き込むそれは、掌に収まるくらいの球体であった。
「これは、万が一の時にキメラを収納することができるカプセルだ。ここに侵入してきた男が使っていたのを、データを解析して試作してみた。まだ試作段階だから、一度収納したらここに戻ってくるまで出すことはできない。……もちろん、これを使わないようなのが一番だし、可能なら君たちで彼らを守ってほしい」
「ワタシに任せてください、必ずや無事に守ってみせましょう!」
 いつもの暑苦しい笑顔を見せるルイを、いつもなら苦笑いを浮かべるリアが、今日はほっとしたような安堵の表情を浮かべて見守っていた。……ちなみにここで一つ言っておく分には、このカプセルは決して「ゲットだぜ!」のあのボールではない。似たようなものという否定はできないのが事実ではあるが。
「もう一つは、キメラと共に歩む者、『キメラウィステッパー』を証明するカード。……最初はブリーダーにしようとして、でも育てるだけじゃない、自分も一緒に歩きながら育ってほしい、と思って、考えてみたんだ。このカードにはファスとセドの生体情報が記録されている。ゆくゆくはこのカードで、キメラを個体管理しながら、最終的には人間との共存を成し得たらいいと思っているんだ。……今回は、じゃあ、君に託そうかな」
「え、わ、私なのですか?」
 カプセルとカードを渡された栗が、戸惑いの声をあげる。
「君なら、キメラのことをより理解し、そして周りの人も理解してくれるように動いてくれると思ったからね。ファスとセドも、君に懐いているようだし」
「本当。ちょっと、妬けちゃうかも」
 ファスとセドが、姿勢を低くして栗に歩み寄る。お前のことは覚えたぞ、俺のことも忘れるなよと言わんばかりに顔をこすりつけてくるファスとセドの頭を、栗の掌が撫でる。
「えっと……よろしくね、ファス、セド」
 栗の言葉に、頷きの変わりに一声啼いて、ファスとセドが答えた。

 身だしなみを整えられ、首輪の下にカメラを取り付けられたファスとセドを連れて、一行は再びイルミンスールを目指す。
 お祭りは、まだまだ終わらない。