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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第1回/全3回)

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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第1回/全3回)

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「……ああ、そうだ。その場所は掴めた。より重要な場所があればそれも掴んでおきたいが……案外監視の目が厳しい。奴ら、お祭り騒ぎで浮かれているかと思ったが、意外と考えているようだ。……これは、計画を練り直す必要があるかもしれんぞ」
 枝の上に登って、片方の耳に手を当て、そこから伸びるマイクのようなものに話しかける一人の男。会話の内容から察するに、学校の生徒でも、精霊でもないようであった。
「待て、こちらの存在を探知した者がいる。一旦切る。……ちっ、奴らも確実に力をつけてきているようだな。この魔法を行使できるまでになるとは、いよいよ事を急がねばならんようだな」
 胸に提げたアクセサリーが紅く明滅するのを確認して、男が枝の上から移動する。その直後、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)ファルチェ・レクレラージュ(ふぁるちぇ・れくれらーじゅ)が姿を表した。
「むぅ、確かにこの辺に反応があったんじゃが……」
「セシリア様、ここに例の二人組の反応が?」
 ファルチェの問いに、セシリアが腕を組んで考え込む。
「いや、反応は一つじゃった。一人ずつ単独行動をしているか、今回は一人で来ているのか分からぬが、おそらくは私に無礼を働いた者たちじゃ。……これは私のカン、じゃがの」
「そうですか。セシリア様が受けた屈辱は私の屈辱でもあります。いつか払う機会が来るその時まで、警戒は怠りませんわ」
「まあ、何も起きぬのが最善じゃがの。……そういえば、こうしてイルミンスールを訪れるのは初めてだったかの。なんとも戸惑う作りじゃが、これはこれでなかなかに面白いかもしれぬの」
 気持ちを切り替えるように、セシリアが努めて明るい表情で辺りを見渡す。世界樹イルミンスールの内部、それは例えるなら人間の血管であり臓器であるように、枝が伸び建物が建っていた。枝を地面がわりにして建っている建物は高さもそして角度さえもバラバラで、あれでよく気持ち悪くならないものかと他学校の生徒は思うようだが、当のイルミンスール生徒は一ヶ月もすれば慣れてしまうようで、この空間内を自由に飛び回っていた。
「……む? ミリィはどこに行きおった!?」
 ふと、先程まで後を付いてきていたはずのミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)の姿がないことに、セシリアが気付く。
「あ、あれ? おっかしいなあ、確かこっち行けばよかったはずだけど……もう、この町不思議な上に分かりにくいわよ。案内板くらい立ててほしいわね」
「……おねーちゃん……」
「ああ、ごめんね。もう少しだけ待っててね。……にしても、いつもはあたしがおねーちゃんって呼んでるのに、まさかあたしが呼ばれることになるとはね……精霊にも色々いるってことなのかしら」
 そして当のミリィは、外見5歳前後の『サイフィードの光輝の精霊』ハルカを連れて、どこともしれぬ場所をうろついていた。はぐれたらしいハルカを偶然目にしたミリィが相手をしているうちに、ミリィ自身もセシリアとはぐれてしまったのだ。
「……ん? ありゃ何だ、精霊にも姉妹っているのか?」
「うーん、分かんないけど、なんだか困ってるみたいだよ。ボク、ちょっと行ってくるね!」
 そこに、レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)、次いで高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)イル・ブランフォード(いる・ぶらんふぉーど)が姿を表す。
「ねーねー、どーしたの? あ、ボクはレティシア。れち子って呼んでも良いよ。キミの名前は?」
「えっと、この精霊の子がはぐれちゃったみたいなの。で、あたしもここ来たの初めてだから、どこに行っていいか分かんなくて」
「そっかー、ボクたちと同じだ! ボクたちも今日初めてイルミンスールに来たんだ! じゃあよかったら一緒に回ろう? いいよね、悠司、イルおじさん!」
「いーんじゃねーの? めんどくせーことにならなきゃいいけどな」
「……構わない。……イル・ブランフォードだ」
 口数少なくイルが呟いて、その手がハルカの頭に伸びる。ハルカは逃げることなく、イルに頭を撫でられる。
「おお、初めてイルおじさんに会って、逃げない子供がいたよ〜」
「ガキにしちゃしっかりしてるじゃねーか。こりゃ将来が楽しみだな」
「……悠司、また何かやましいこと考えてるんでしょ!?」
「なんもしてねーよ。ったく、めんどくせーな」
 レティシアと悠司の軽い言い争いが続く中、ハルカの頭を撫でるイルはその内に秘めた性格もあって、幸せいっぱいであった。外見は怖そうに見えて、中身は優しい人柄であることを見抜く辺りは、やはり精霊なのである。
「ああ、見つけましたわ。ミリィ、あれほど勝手な行動をするなとセシリア様に言われたでしょう?」
 そこに、セシリアとファルチェが合流する。
「ちょ、ちょっとこの子が気になっただけ! ちゃんと合流するつもりだったの!」
「……なるほど、大体のことは理解した。精霊を放っておくわけにもゆかぬからの。……おぬしら、ミリィの相手をしてくれてすまぬの」
「あー、まあ大抵はれち子が勝手にやったことだしな」
「勝手って何さ、もー! このバカ悠司!」
「まあまあ。では、どういたしましょうか。セシリア様が宜しければこのまま……セシリア様?」
「ああ、いや。また何かよからぬことを考えておる輩がいるようじゃが……これだけ見回りの者がおるのじゃ、後は任せおこう。少しは気を抜かねば、疲れてしまうからの」
 ファルチェに振り向いて、セシリアが知り合った者たちと共に、出店や出し物が行われている広場へと向かっていった。

(精霊の力……彼等の力を利用することができれば、我は……そう、必要なのだ、彼等の力が……カレラノチカラガ……)
「キュー? ちょっと、聞いてるの?」
 セシリアが『よからぬこと』と評した思いを抱いていたキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)に、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が呼びかける。
「……ん、ああ。どうかしたか? 我をそのような目で見て」
「どうかしたか、じゃないわよ。本当にどうしたの? さっきから呼んでも返事しないことあるし、おかしいわよ」
「済まない、心配させたのなら謝る。……何、力の使い方というものをだな、考えるようになっただけだ。強力な力ほど、その使い方を誤れば身を滅ぼすこともあると、そう思ったのだ」
「ふーん……ま、キューが何もないって言うならいいんだけど。にしても、こんなに精霊が集まるなんて思ってもみなかったわね。それだけ、精霊にとっては気になるのかしら、イルミンスールが」
 地上を見ても空中を見上げても、どこかしこで精霊の姿が二人の目に映る。単にお祭り騒ぎが好きなだけでは説明の付かない、精霊にも何か思惑があったのことのように思われる現象であった。
「これだけの精霊が集まれば、事件の一つや二つ起こっても不思議ではない。そうならぬ内に防げればよいのだが」
 言って、キューが歩き出す。その背中を見つめながら、リカインが心に呟く。
(キュー、私に何を隠しているの? 精霊を見るその目は、とても好意的には見えないわ。……そう、まるで精霊を我が物とするかのような――)
「どうした、リカイン。ははっ、今度は我がどうした? と言うことになるとはな。これでお互い様だ」
「……な、何でもないわよ! ほら、行くわよ!」
 心に浮かんだキューへの疑念を振り払って、リカインがキューを追い越して歩いていく。
(……まさかね、そんなこと、するはずないわよね)

「はい、ミハエル。どうぞ」
「ああ、いただこう」
 屋台からクレープを2つ受け取った朱宮 満夜(あけみや・まよ)が、その片方をミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)に渡す。
「よかったんですか? 私と同じもので。他にも色々ありましたのに」
「構わない。我輩よりおまえの方が詳しいだろう」
 言って、ミハエルがクレープに噛り付く。それを見て、満夜も口をつける。
「ふふ、ミハエルに「詳しい」って言われるの、なんだか不思議な気がします」
「……そうだな。いつもは我輩がおまえに足手まといだの力不足だの言っているからな」
「ええ……本当、そうですよね。私、イナテミスのことではっきり自覚しました。私はまだまだ力不足だな、って。もしここで何か事件が起きたとしても、きっと自分だけじゃ何にも出来ないんだな、って」
 食べかけのクレープを膝において、満夜が視線を下げつつ呟く。そこに、ミハエルがかけた言葉は。
「……我輩も、おそらく無理であろうな。無論、満夜がいても無理であろうが」
「あぅ、慰められてるのか追い打ちかけられてるのか分かりませんね。……もしそういう事態に巻き込まれたとしたら、私は一人で立ち向かうよりも、ミハエルと立ち向かいたいです。ミハエルは私となんて嫌かもしれませんけど、でも――」
「ま、待て、満夜。我輩は、その……満夜と一緒にいて、嫌だと思ったことはないぞ」
「えっ、それって……」
 視線を向ける満夜に、慌てて視線を逸らしてミハエルが続ける。
「か、勘違いするな。別に満夜の力を認めたわけではないぞ。満夜にまで危害が及ぶのを望んでないってだけでな……」
 言い終えたミハエルが恐る恐る視線を満夜に向ければ、満夜は瞳にうっすらと涙を浮かべていた。
「お、おい、どうした」
「あ、あれ? 私、何で泣いてるんでしょう? おかしいですよね、こんなの」
 涙を拭って、満夜が笑顔を取り戻す。
「ごめんなさい、ミハエル。これからも、よろしくお願いしますね」
「……ふむ、そこまで言うなら付き合ってやろう。言っておくが、我輩は厳しいぞ?」
 言葉を交わし合った二人に、心からの笑顔が生まれた。

「ようやく静かになったか。今のところ反応はない。よし……せめてもう一箇所、重要な場所を探り当てられれば……」
 先程、蒼空学園の生徒に邪魔をされた男が、再び行動を開始するべく準備に取り掛かる。そして、重要な場所があるかもしれないとアタリをつけた学校へ至る道に男が辿り着いた瞬間、自らが察知されていることを伝える胸のアクセサリーが反応する。
「ちっ、運のいい奴らめ。ここで騒ぎを起こしては二度と立ち入れん、退くしかないか」
 舌打ちして男が身を隠した直後、飛空艇を操作しながら安芸宮 和輝(あきみや・かずき)が辺りの様子を伺っていた。
(……何もないようですね。ここからは学校が一望できます。何かを企む者にとっては絶好のポイント、しっかりと警戒しなくてはいけませんね)
 一旦飛空艇を降り、地に足をつけた和輝が伸びをする。飛空艇の稼働時間自体は、一回の使用で半日程度と普通の使用には問題ないのだが、それを乗りこなす人間の方が疲労を覚えてしまう。特に周囲の警戒という任務を負っている場合、その疲労は桁違いである。
(やはりこれだけ森が近いと、空気も澄んでいるように感じますね。休憩にはもってこいです)
 腰を下ろして、先に買っておいた飲み物を口にしながら、和輝が思い出すように携帯を取り出し、クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)と連絡を取る。
『安芸宮さん、どうしましたか?』
「いえ、私の方はこれといって問題なしです。シルフィーの様子はどうかと思いまして」
『はい、私の方も特に問題ありません。先程、仲間とはぐれたらしい精霊を連れた方々が来まして、そしたらすぐにその精霊達が来たんですよ。見つかってよかったって思います。精霊もきっと不安を抱えているかもしれませんから、この精霊祭が心の休まる場になればいいのですけれど』
 クレアの呟きは、他のこの場に参加している者たちの多くに共通している言葉でもあった。パラミタ各地で起きている戦乱は、おそらく精霊にもよからぬ影響を与えているのかもしれない。ならばせめてここでは、そういった気兼ねを忘れて楽しく過ごして欲しい。
「そう、ですね。何も起こらなければ、それが一番です」
 和輝も納得したように頷く。それからいくつか言葉を交わし合って、そして携帯を切る。
「さて、見回りを続けましょうか」
 再び飛空艇に乗り、和輝が見回りを再開する。

 太い枝が交差する場所では、精霊の道案内や応対をするべく、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)フェリークス・モルス(ふぇりーくす・もるす)セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が仕事に従事していた。観光場所などではないイルミンスールにおいて、彼らの存在はここを初めて訪れる精霊にとってはありがたい存在として、多くの精霊に頼られていた。
「……イオ、その目つきはもう少しどうにかならないのか。変に怖がらせても得はないぞ」
「いえ、お構いなくですよ〜。本当は怖くないってこと、分かってますから。案内ありがとうございます、それではお仕事、頑張ってくださいね〜」
 『ウインドリィの雷電の精霊』ファリアが、にこにこと笑顔を浮かべてその場を立ち去っていく。
「ほう、精霊は俺の視線を怖がらないというのか。それならば、こうして精霊と触れ合う機会、闇や雷といった精霊と懇意にしておきたいものだな」
「ふむ、イオのためにも連れてきてやりたいところだが……存外判別がつきにくくてな。声や匂いは属性によって大差ないのだな」
 フェリークスが、少しばかり無念そうに呟く。目の悪いフェリークスはその分聴覚や嗅覚に優れるが、人間と精霊の判断はできても、炎熱の精霊と氷結の精霊の違いまでは完全に判断できずにいた。それでもこれまで仕事をこなしてこれたのは、精霊が必ず最初に『(出身地)の(属性)の精霊』と名乗るからであった。どうやらそれが、精霊の名乗りの仕方であるらしかった。
「そういえば、セルの姿が見えないようだが」
 フェリークスの言葉にイーオンが辺りを見回したその時、探していたセルウィーと、その横に黒の長髪を優雅に垂らした『ナイフィードの闇黒の精霊』ウレイヌスが現れた。
「こちらの機晶姫のお嬢さんが、会わせたい人がいると言っていたようなのでね。我も人間がどのような思考をしているのか、興味が湧いてきた。戯言かもしれぬが、お付き合いいただけないだろうか」
「俺としても願ってもないことだ。是非とも精霊の思考、この頭で感じておきたい。……フェル、セル、済まないが後のことは頼んだぞ」
「「イエス・マイロード」」
 頷くフェリークスとセルウィーを置いて、イーオンはウレイヌスと向かい合わせに座り、人間同士とはまた違った、人間と精霊の会話を繰り広げていた。

「妖精さんには出会ったことがありますけど、精霊さんに会うのは初めてですわ。それにしても、ずいぶんとにぎやかなお祭りですわね。こうして歩いているだけで色んな精霊さんに出会いますわ。……アトラのような子はいないようですわね?」
「……何が言いたいのかなエレン? ボクはれっきとした女の子だからね!!」
「あら、私はそんなこと一言も言っていませんわよ? ただ、ボーイッシュな女の子の精霊の姿が見当たらないと……」
「だ・か・ら〜……」
「ほら、怒らないで。せっかくのお祭りなんですもの、楽しみましょうよ」
「……もう、怒らせてるのはエレンの方じゃないか……」
 溜息をつくアトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)を、神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)がまあまあと宥める。精霊は人間に比べ、本質を見極める能力に長けていることもあり、外見と中身が異なる容姿を取る精霊は、せいぜい個体差がある程度であった。もし性別を偽っている人間がいた場合、うっかりバレてしまうかもしれない。
「ほらほら、見てあの子。カワイイわ〜」
「ホント。隣の人もカッコいいわぁ〜」
 ……それでいて、カワイイ、カッコいいの概念は、案外人間と大差ないようである。
「あらあら、よかったじゃないアトラ、ちゃんと分かってくれる人……精霊がいて」
「……あ、改めてカワイイって言われると恥ずかしいよ……」
 カワイイ、と評されたアトラだが、そのことを素直に認められなくて顔を真っ赤にする。
「素直じゃないわねえ。……そうね、私も色々聞いてみたいわ。大昔の、まだシャンバラ王国が健在だった頃の話とか聞けないかしら」
 言ってエレンが、先程声を飛ばしてきたペアの精霊に声をかける。すぐさま『ヴォルテールの炎熱の精霊』ケセラとパセラと気を合わせたエレンに隠れるように、アトラが様子を伺っていた。

「あっちにもこっちにもゴミだらけなのじゃ。ゴミだらけでは精霊が快く精霊祭を楽しめないのじゃ。まろが全部拾って、精霊に快適に祭を楽しんでもらうのじゃ!」
 持ってきたローラースケートを履いて、箒にちり取りという格好で、ロミー・トラヴァーズ(ろみー・とらばーず)が地面に落ちたゴミを片っ端から拾っていく。もちろん量が多いので、ちり取りはすぐに一杯になってしまう。
「マシュ、早く来るのじゃ。マシュが来ないとゴミを持っていけないのじゃ」
「はいはい……って、俺は迷子案内するつもりだったんだけどねぇ。力仕事は得意じゃないんだよねぇ」
 ロミーに急かされつつも、マシュ・ペトリファイア(ましゅ・ぺとりふぁいあ)がのんびりとした口調と動きで後を追いかける。迷子案内をするつもりだった彼の飛空艇は可愛く装飾されていたが、今のところは出番がないようであった。幼い精霊の相手は主にモップスとミーミルが相手をしていることもあってか、訪れた精霊の数に対して報告された迷子の数は非常に少なかった。
(そういやぁ、キメラ研究所ってのがあるみたいだねぇ。気になるところだけど――)
「マシュ、もっとやる気を見せるのじゃ。まろ達で、楽しくて綺麗な精霊祭を作り上げるのじゃ!」
 マシュを急かしたロミーが、精霊の求めに応じて宙返りのパフォーマンスを見せる。イルミンスールの内部に伸びる枝は歩き易いようになされておリ、幅も数メートル規模で伸びているので、高いところにあったとしても落ちるようなことは、運動神経に自信さえあれば問題ないレベルである。もっとも、魔法使いたちは皆箒で飛んでしまうので、この枝が使われることはそうそうないのであるが。
「……ま、今は祭に集中かねぇ」
 ボソリと呟いたマシュが、またロミーに急かされる前に飛空艇を操り、その後を付いていく。

「眠ってたらお昼過ぎになってしまったんだな。ミーミル、一人でやらせてしまってゴメンなんだな」
「大丈夫でしたよ。私、こういうの初めてで、楽しいですから」
 見回りを再開したモップスとミーミルが、また精霊たちに声をかけながら歩いていく。
「ミーミルの元気はどこから来るんだな……元気だけならリンネも負けてはないんだな」
「えっと……何ででしょうね? きっとイルミンスールも元気だからですよ♪」
「よく分からないんだな……」
 溜息をつくモップスの前に、有志によるイルミネーションが広がる。地球で見られるような電気の光ではなく、魔術を用いた灯りがもたらす光の演奏は、見事なものであった。
「うわ〜、綺麗ですね〜」
「なかなかなんだな。これでもっと暗くなったらもっと綺麗なんだな」
 ミーミルとモップスそれぞれが感想を漏らす。他にも人間同士、あるいは精霊同士、さらには人間と精霊のカップルまでもが、煌めくイルミネーションに目を奪われていた。
「見てくださいアヤ、綺麗ですね。蒼空学園でもこのような飾り付けをするのでしょうか?」
「どうだろうね。もしやるなら、ここと向こうとで二度楽しめることになるね」
「……綺人、向こうを」
 クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)との祭を楽しんでいた神和 綺人(かんなぎ・あやと)が、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)の指す先を振り向き、そこにモップスとミーミルがいるのを確認して、歩み寄ってくる。
「こんにちは、モップスさん、ミーミルさん。見回り、お疲れさまです」
「そっちもお疲れさまなんだな。何か困ったこととかあったんだな?」
「いえ、特には。精霊が傷つくような事件とかあったらどうしようかと思いましたけど、そんなこともなくて安心です」
「そうなんだな。まだ最後のキャンプファイヤーまで時間があるんだな。その間に楽しむのもありなんだな」
「ミーミルさんは、これからどうするんですか?」
「私ですか? 私はこのままイルミンスールを見回ろうかと思っていました」
「ミーミル、少しは羽を伸ばしてきてもいいんだな。後のことはボクがやっておくんだな」
「そう……ですか? えっと、それじゃあ……少しだけ、いいですか?」
「構わないんだな。ボクはこの辺から向こうに行ってるから、もし何かあったら呼んでくれなんだな」
 頷くミーミルに振り返って歩き出そうとしたモップスに、同じくらいの背丈の少女がぶつかってくる。これが人間同士なら互いに弾き飛ばされたりするのだろうが、相手がモップスなのが幸い? して、少女はもふっ、とモップスに収まる形で留まる。
「ご、ゴメンなんだな。ケガはないんだな?」
「……も……」
「も?」
「もふもふだー!! このもふもふ感、もふもふスキーには堪りませんなー! もふもふもふもふ……」
 抱きついてきた少女、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が、モップスのもふもふな身体、特にお腹の辺りを執拗にもふもふする。
「な、なんなんだな」
「アイヤー、ゴメンアル、レキが失礼したアル。……こらレキ、初対面なのに失礼アル。もふもふするなら挨拶をしてからもふもふするアル」
「あ、そうだったね! ゴメンねモップス、ボク、レキ! 今日は制服を借りてきてるけど、百合園所属だよ!」
「チムチムはチムチム・リー(ちむちむ・りー)アル。同じゆる族として、よろしくアル」
「モップスなんだな。……別に挨拶をしても、ボクを揉んでいいわけじゃ――」
「……というわけで早速、もふもふー!! ああ、チムチムのとはまた違った肌触り……この使い古した感がまたいい感じですなぁ」
「……って、聞いてないんだな。とりあえずボクは見回りに行くんだな」
「あ、じゃあチムチムも一緒するアル。チムチム、役に立つアル」
 とりあえず歩きにくいので、モップスがレキを横に退ける。レキの横にチムチムが並んで、レキがちょうどモップスとチムチムに挟まれる形になる。
「ダブルでもふもふ、いいわぁ……もふもふもふもふもふもふもふもふ……」
「こんな調子でちゃんと見回りできるんだな?」
「まあまあ、楽しくやるのがいいと思うアルよ」
 なんとも微笑ましいやりとりを交わしながら歩き去っていく一行を見送って、ミーミルと共にする生徒たちも楽しげな会話を交わしながら祭の中へと消えていった。

「……よし、これで終わりか。おい、これでいいのか?」
「ああ、カンペキだ。悪いな、いきなり手伝ってもらっちゃって」
「いや、構わない。じゃ、俺はこれで」
 一人歩いていたところを、これから開催される立食パーティーの準備に駆り出された虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)が、さて、と呟いてこれからのことを考える。
(……このまま裏方として動くのも悪くはないが……やっぱり、せっかくだから精霊と交流がしたいな。でも、どう誘ったらいいものか……俺、目つきとか良くないから、悪い印象を持たれたらイヤだしな……)
 そうこうしながら歩いていると、木の陰に一人、淋しそうにもたれかかっている少女を目に留める。しばらく見つめていた涼に気づいて、少女も顔を上げて視線を合わせる。
「あー、その、ゴメン。ちょっと、気になっちゃって」
「あっ、いえ……私、ウインドリィの風の精霊、リディアです。仲間に誘われて来てはみたんですけど、どう振舞っていいか分からなくて。心配をかけさせてしまったのでしたら、すみません」
 顔を伏せるリディアに、どこか自分と近しいものを感じた涼が、よし、と頷いて言葉を発する。
「あー何だ、その……俺今暇だから……祭り、案内しようか?」
「……えっ?」
 驚くように顔をあげるリディアに、涼がやっぱりダメかな……と思いかけたその時。
「えっと……私でよければ、はい、ぜひ、お願いします」
 木から離れたリディアが、少し恥ずかしそうに、それでも笑みを浮かべて涼の横に並ぶ。鼻の位置に来た頭の天辺から漂う爽やかな香りが、涼に心地よさを与える。
「じゃ、じゃあ……多分もう少ししたら、向こうでパーティーをやるはずなんだ。それまでは出し物とか見に行こうか。何か見たいものとかある?」
「いえ、お任せします。……そうです、あなたの名前を聞いていませんでした」
「えと、俺は虎鶫 涼」
「涼さんですね。よろしくお願いします、涼さん」
 リディアの口から紡がれる自分の名前が、涼には恥ずかしく、それでいて心地よく聞こえていた。