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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

リアクション

 お昼時を過ぎ、1番温かな時間が訪れる。ここザンスカール邸宅では、柔らかな午後の日差しを浴びて煌めく緑が一望できる小部屋に鬼崎 洋兵(きざき・ようへい)ユーディット・ベルヴィル(ゆーでぃっと・べるう゛ぃる)が案内されていた。
「ふふ、洋兵さんとまたデートが出来て嬉しいわ」
 窓の外では、友達に祝われている小さな花嫁と花婿の姿。ほんの少し、その幸せそうな雰囲気が羨ましくなりながらも、自分たちだってあんな式が挙げられるかなとユーディットは微笑ましげに眺めていた。
「まったく、こんな周りにカップルだらけじゃ……正直、おじさんは場違いな場所だろ」
「もう、どうしてそんなこと言うの? 洋兵さんは、誰にも負けないくらい素敵な人なのに」
 にっこりと笑う、ユーディットの微笑みが辛い。いつもなら、楽しんでいる様子に自分も和まされるのに、今日ばかりはそうもいかなかった。
(薄々、感じてはいたが……まさか、本当にこんな日が来るとはな)
 バレンタインのデート。それだけは避けなければと思っていたが、上手い嘘も思いつかなくて引きずられるようにやってきた。幸せそうなカップルに、模擬結婚式。雰囲気の良い場所での2人きりのティータイム……いくら鈍感な洋兵でも、ここまでお膳立てされればユーディットが何をしようとしているのか検討はつく。だからこそ、その言葉を言わせないようにするのは無理なことだと気付いているので、出来るだけ興味なさそうに遠回しにはぐらかして、彼女にどう答えるかずっと考えていた。
「見て見て洋兵さん、この木! クリスマスパーティのときオーナメントを飾った木みたいね」
「あ? あー……見えなくはないが、ザンスカールじゃ年中クリスマスでもやってるのか?」
 ユーディットの希望で用意された、もみの木。彼女の背丈より少し小さく、2人でオーナメントを飾ろうと控えめな装飾だけ施されたそれは、ユーディットにとって可愛らしい飾りでも、洋兵にとってはある意味忌々しい存在だ。あのとき、自分がハッキリとした態度をとっていたのなら――。
「洋兵さんってば、ロマンチックさに欠けるわよね。あのときも食事が優先だったし……だからね、あの時出来なかったことをしたいの」
 差し出したのは、薔薇のフラワークリップ。見覚えのありすぎるそれに、洋兵は「ああ、またか」と避け切れなかった事態に自分自身で毒づきながらも、最後の悪あがきをする。
「……で、何であん時と同じ薔薇のオーナメントを渡してくるわけだ? そんなことして一体何に……」
「ワタシは、洋兵さんが好き。相棒としてじゃなく……洋兵さんという人が、好きなの」
 真剣な瞳に、笑って誤魔化すなんてことは出来ない。真っ直ぐぶつけてきた思いなら、自分もきちんと答えなければと、洋兵は覚悟を決める」
「……すまない」
「え?」
 断られるなどと思っていなかったのだろう。洋兵が呟いた言葉が、聞いたこともない異国の言葉のように聞こえて、ユーディットは目を瞬かせる。
「ユディ、お前の気持ちは嬉しいぜ。……だが、俺はキミをそんな風に見ることは……出来ない」
「出来ない……って、どうして? ワタシ、洋兵さんに好かれるためなら何だって――」
「違う、そうじゃない。俺がユディを愛しているのは……娘として、なんだ」
 ぴしりと、何処かがひび割れる音がした。今まで築いてきた絆も、感じていた恩も、全て崩れ去ってしまうかのような言葉。確かに自分は、夢を見ていたのかも知れない。彼の態度を都合の良いように考えて、契約時の行為だとか彼の優しさだとかに「そうに違いない」と思い込んでいたのかもしれない。
「でも……娘って、何? だったら、あのコにも同じ事をするの? 同列なのっ!?」
「――すまない」
 多くを語らず、自分の非を認める洋兵に大人しいユーディットも怒りが込み上げる。言い訳すらしない彼は知っていたのだ、自分が洋兵に対してどう思っているのか。その上で、自分の独り相撲を笑っていたのだと手を振り上げた。
「……ワタシは、洋兵さんと誰の娘だって言うの?」
 頬を叩きたい気持ちをぐっと堪えて、彼の真意を問う。他の誰かが好きだと言うならば……それが、洋兵に相応しいと思える相手なら諦めも付く。けれど、何も言わずに娘としか思えないと言われて、はいそうですかと諦められるほど生半可な気持ちを育ててきたわけじゃない。
 きっと今の声は、彼が聞いたことも無いくらい低い声だったかもしれない。従順に彼好みのいい娘を演じるのが逆効果となるのなら遠慮なんてしないと、意志の強い瞳が洋兵を見据えていた。
「…………死んだよ、彼女は」
 あまりにも素っ気ない、抑揚のない声。もうずっと遠い昔のことのように口にして、大人な自分は割り切れているかのように振る舞っているつもりかもしれないが、彼がその人に縛られていることは明確だった。
「そう……洋兵さんの心には、ワタシは入れないのね」
 伏せられた目に、少しばかりの良心が痛む。けれど伝わって良かったと洋兵が安堵の息を吐こうとしたとき、乾いた音とともに左頬へ衝撃がやってきた。
「ユディ……」
「おじさんおじさんって言うなら、そろそろ悲劇の主人公から立ち直ったらどうなんですか! いつまでもそんなことを言っていたら怒りますよ」
 俯いたままの彼女の表情はわからないが、大きく肩で息をしきつく両拳を握りしめたまま堰を切ったように話し始めた。
「ワタシが嫌いならそれでいい、けど洋兵さんが幸せになれない選択をするのだけは許せない! その人は洋兵さんを不幸にしているだけじゃない!」
「おい、何を知ってそんなこと――」
「知らないわ! でも洋兵さんが大切だと思った人が、洋兵さんを大切に思ってないわけがない。なのにどうして、その人を悲しませるようなことをするの?」
 拭うのも忘れるくらいにボロボロと零した涙に、一瞬洋兵は怯んでしまう。死んでしまった彼女を思い、貫こうとするこの気持ちが悲しませることになるだなんて、思いもしなかったのだろう。
「忘れないことと、縛られることは違う。洋兵さんには、前を向いて欲しいの……!」
 泣き崩れるユーディットにかけてやる言葉も見あたらなくて、洋兵はずっと身につけているドッグタグを握りしめる。色んな事を教えてくれた彼女は、何を望んで教えてくれていたのだろう。そして、今の自分に何を望んでいるのだろう。
(それでも、俺は――)
 死んだ彼女が大切だと言う気持ちは変えられなくて、ユーディットを突き放すことも出来なくて。本当に娘として幸せにしてやりたいのか、彼女との娘と思うことで彼女の存在をいつまでも刻みつけておきたいのかはわからない。
 どちらにしても、ユーディットの存在を無視して自分の気持ちを押しつけていたことは変わりないだろう。
「……少し、頭を冷やしてくる。必ず迎えには来るから、許してくれるなら待っていてくれないか」
 すまない、ともう1度小さく呟いて出て行く洋兵を止めることもなく、ユーディットはいつの間にか落としてしまっていた薔薇のフラワークリップを拾い上げる。
(洋兵さん……ごめんなさい)
 口に出してしまった言葉は取り消すことが出来ない。彼のことも、彼が愛した彼女のことも悪く言いたいわけではなかったユーディットは、フラワークリップを握りしめたまま、1人静かに涙を流すのだった。
 ザンスカールでそんな空気になっていることなど露知らず、結婚式の準備が進む大聖堂の片隅、軸線に対して左右対称のこの庭園はフランスをモチーフにしている平面幾何学式庭園。広く平坦な作りになっているので、どこまで歩み進めても対の通りには人がいるのだが、プロポーズプランを申し込んだレーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)日野 明(ひの・あきら)のため、片側は貸し切り状態だった。
 ゆったりと歩く2人はお互いに緊張した面持ちで、まるでお見合いで好みの人と巡り会ったかのような雰囲気だが、彼らは面識のある間柄。ここまで緊張することもないと思うのだが、レーゼマンはここで男を見せなければと心の中で拳を握りしめた。
 これ以上、友人達にヘタレと言わせるものか。そんな野望に燃えるレーゼマンは、プロポーズプランを熱心にスタッフと相談し、この庭園の歩き方を頭に入れプレゼントを渡すタイミングも考えてある。念入りな作戦に隙などあるはずがないともう1度頭の中で手順を考えて確認する。
 けれど、隣を歩く明は他のことが気になってしょうがない。彼が大事そうに身につけている白いマフラーと手袋は以前自分がプレゼントした物。それを付けてくれているのは嬉しいが、一目見てわかってしまうほど見た目に特徴がありすぎていて、明は申し訳ないやら恥ずかしいやらでまともにレーゼマンの顔を見ることが出来なかった。
 手袋は編み間違えて片方は指が一本多いし、マフラーもいささか不格好。慣れない編み物を頑張ったからこそ形にはなっているが、今改めてみると何て物を贈ってしまったのだと後悔の念が明を襲う。
(でも、チョコレートは頑張りました。いつお渡しすればよいでしょうか)
 色んな解説をするレーゼマンの言葉が耳に入っていないわけではないが、緊張の上ぐるぐると頭の中で考え事を巡らせる明の返事は上の空のようで、レーゼマンの顔にも焦りの色が浮かぶ。
(私の計画は間違っていたのだろうか……いや、まだだ!)
 予定通りたどり着いた噴水には虹が架かっていて、明を見やすい位置へ連れて行く。そして、彼女が虹を眺めている間に隠し持っていたすずらんの花束を彼女の目の前に差し出した。
「私の祖国ドイツのバレンタインは男性が女性に花を贈る日でな。実は君に花束を用意してきた」
「わ、私に……ですか?」
 今日は自分が渡す日だとばかり思っていたのに、まさか贈り物を貰えるとは思わず、明は驚いたようにレーゼマンと花束を見比べる。本当に受け取っても良いのだろうかと恐縮しているような顔に、レーゼマンも何かに気付かれたのかと補足する。
「それで、だな……ドイツでは本来愛し合っている者が渡すんだが、それはまぁ日本式を混ぜるということで……」
 つまり、好意を持ってくれているので渡してくれている。そう思うと恥ずかしくなって、明は受け取る前に俯いてしまった。
(も、もしかしたら大切なお友達という意味かもしれないのに、そんな考え方をするなんて失礼ですよね)
 自分に自信のない明はつい前向きに捕らえかけてしまった思考を振り払うように、ぎゅっとクリーム色のスカートを握りしめる。
 けれど、彼が続けた言葉は意外な言葉だった。
「……すずらんの花言葉は純愛。私は……君を愛している。君にずっと私の隣にいて欲しい」
 きょとんと見つめる彼女に諦めなければいけない想いなのかと不安に思う。けれど、審判の時を待つようにじっと見つめ返すと、だんだん赤くなっていく頬に何かが重なっていく。はにかむように幸せな笑顔を浮かべていた、懐かしい顔
(違う……私が見なければいけないのは君じゃない。君を忘れるわけではないが、今の私が本当に愛しているのは……!)
「君が……日野が好きなんだ。……ダメ、だろうか?」
 振り切るように呼んだ名前。ポロポロと涙を零しながらすずらんの花束を受け取る彼女は、心配そうな顔をするレーゼマンを安心させるように微笑んだ。
「ありがとうございます……ど、どうぞよろしくお願いしますです」
「……ありがとう。約束するよ、私は君と何時までも共にあることを」
 泣き顔を隠すように花束を抱きしめてしまうから、近づけない距離をもどかしく思いながらもレーゼマンは優しく肩を抱き寄せた。次第に落ち着いてきた明は、少し恥ずかしそうに身を捩ると、ずっとタイミングを見計らっていたチョコレートの包みを差し出した。
「あ、のこれ……よかったら食べて下さいです」
「ありがとう、日野」
 周りはカップルばかりとは言え、なんとなく見つめ合っているのが照れくさくなって2人は互いのプレゼントを大切に持って歩き出す。もう片方の手はもちろん、大切な人の温もりに包まれて幸せそうに庭園を見て回るのだった。

 ギリシャ邸宅内で行われているドレスの試着会は女性ばかりの参加となり……それはもう大盛り上がりだった。
「きゃ〜このドレスかわいい〜! これ着たい〜っ!」
 騒ぎの発端ともなったどりーむ・ほしの(どりーむ・ほしの)ふぇいと・たかまち(ふぇいと・たかまち)は、互いに様々なドレスを着ては見せ合い褒め称え、きゃあきゃあと大騒ぎし、それよりも幾分か落ち着いているとは言えジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)もまた林田 樹(はやしだ・いつき)を着替えさせることに燃えており、同じようにパートナーのエリスフィア・ホワイトスノウ(えりすふぃあ・ほわいとすのう)を着替えさせていた白雪 魔姫(しらゆき・まき)は、とうとうその騒ぎに堪えきれず声を荒げた。
「あなたたちっ! 少しは静かに出来ないの!?」
 こんなに騒がしくては、エリスフィアを愛でることも出来やしないと随分ご立腹な理由は、主に騒いでいた3人が幼い顔立ちをしていたせいもあるかもしれない。子供の相手を苦手とする彼女は見た目的にも騒いでいるというという面で精神年齢てきにも幼いと判断した彼女らを、関わりたくない気持ち半分、どうやったらこちらの意図が通じるかと策を考えるのも半分でやり過ごしてきた。
「見た目だけは可愛いんだから、大人しくしてくれればワタシだって楽しめるのに……」
 ウェーブのかかった髪を掻き上げ、呆れたような顔をする魔姫に静まりかえるドレスの展示室。しかしそれは、様子を見守っていたスタッフも思っていたようで、どりーむたちに声をかけにいったようだ。
「あ、あの……魔姫様。エリスに至らない点はございませんか?」
 なんとなく様子がおかしいことを心配して声をかけてくるエリスに、大きな声も出して幾分かスッキリとした顔をした魔姫は優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。それにしても、やっぱりエリスは可愛いわね。普段メイド服ばかり着ているのが勿体ないくらいだわ」
 自分の見立てたドレスが似合ってご満悦の魔姫に、ありがとうございますとはにかむと、次のドレスを品定めしている魔姫におずおずと声をかける。
「あの、魔姫様。本日のお相手がエリスになってしまい、申し訳ありません」
「何言ってるの、可愛い子に可愛い服を着せられるお祭りなんてそうそう無いわよ? ワタシはエリスと来られて幸せよ」
 おかしなことを言うのね、と言いながらドレスを見て回る魔姫から少し視線をずらせば、先程より大人しくなったどりーむたちがタキシードを着て結婚式ごっこをし始めたのが見える。やはり場所柄とバレンタインということを考えれば、あのように過ごしたい物なのでは無いだろうか。
「エリスも、魔姫様と一緒に来られて凄く楽しいですよ。けれど、魔姫様は恋人さんと――」
「ああ、エリス。このティアラも可愛いわね、今着ているドレスにも合うかしら? 今度はこのドレスにこのグローブを合わせて……」
 まるでエリスフィアを喋らせないかのごとく急に話し出したので、この話には触れない方がいいのかもしれないと直感的に思う。
「似合うかどうかはわかりませんが、着させてください。エリスも魔姫様と一緒に来られて凄く楽しいです」
 恋人が出来てしまったら、こうして一緒に出かけることは少なくなってしまうかもしれないけれど、魔姫の幸せそうな顔を見ることが出来るのだろう。そんな日が来ることも楽しみだけれど、今はまだ、こうして2人で楽しく過ごせたらいいなとエリスフィアは思うのだった。
 そうして、先程怒られてしまったドリームたちはと言えば、ふぇいとがしっかり見張ってないとと意気込み、少しでも彼女が暴走しそうになると注意するようになっていた。
「だめだよどり〜むちゃん。ドレスがしわになっちゃうよ」
 めっと怒るふぇいとは気になるドレスを着終わったのかタキシード姿で、その格好で怒られるのもまんざらではないようだ。
「ふぇいとちゃんかっこいいっあたしをお嫁さんにしてー」
 どりーむに抱きつかれ、まさかそんな反応をされると思っていなかったのか、少し困ったような顔をして彼女を見つめ返すと、綺麗なドレスに身を包む彼女になんとなくその気になってきてしまう。
「え? ……うん、このまま結婚しよう」
「きゃ〜ん、これであたしはふぇいとちゃんのお嫁さんねぇ〜」
 ふふ、と嬉しそうに笑いながら胸にすがりついて甘えてくるので、結婚式と言えば何をするだろうかとふぇいとは考えた。花嫁が入場してきて、賛美歌を聴いて。それから司祭様のお話を聞いて、誓いの言葉を言ったり指輪の交換をしたり。けれど、ここにはバージンロードもなければ聖歌隊も司祭様もいない。祭壇でもないので、誓いを聞いてくれている神様もいないのかもしれない。
(交換する指輪もないし……あとは何が出来るかな)
 参列者もいないのでライスシャワーを撒いてくれることもないだろうし、やっぱりあれしか思いつかない。うん、と確認するように頷いて、ふぇいとはどりーむを見つめた後、目を閉じて唇を寄せていく。
「……ちょっとまって、ふぇいとちゃん、人目があるからっ……あ、あとでねっ」
 人目がなければ本当は自分も……とごにょごにょ呟くどりーむに、ちょっと残念そうな顔でキスの代わりだと言わんばかりに抱きついた。
「ほんとに? ほんとだからね? 約束だからね?」
 キスも、結婚式も、2人きりになったらやり直そうねと嬉しそうに抱きついてくるふぇいとにどりーむは微笑を浮かべる。その頃には格好良いタキシードも、可愛らしいウェディングドレスも着ていないだろうけれど、結婚式と言えばその後にもっと大切な行事が控えている。
「ほんとにほんとよ! ……今日も、あたしに夢中になってね?」
 そう微笑むどりーむの笑顔がなんとなく黒く見えるのは気のせいだろうか。とにかく幸せそうな2人には、そんなことは関係ないらしく、今度は入れ替わってみようとタキシードとドレスを交換するように着替えに向かう。
 彼女たちは全ての衣装を着たおすんじゃないかと言わんばかりに着替えまくり、満足した顔で仲睦まじく帰るのだった。
 そうして、10年来の付き合いがある樹とジーナと言えば、自分も着替えながら樹へドレスを勧めることも忘れないというジーナの手腕に、樹が音を上げたところだった。
「ジーナ、乗り気なのはわかる。楽しんでいるのはわかるんだ。……しかし、人には限度と言う物があるだろう」
 散々着せ替え人形をさせたれた樹は休憩にしようと提案する。まだ着替えさせ足りないが、これ以上無理に勧めて試着室に立てこもられても困ると、ジーナは近くのティーサロンへと樹を連れ出すのだった。
「は〜っ。やっぱり樹様は背が高いから、マーメイドラインのウエディングドレスがぴったりですね」
 憧れの眼差しを送る彼女に苦笑しようとしたが、さらりと違う呼び名で呼ばれたことが気になって、じっとジーナを見つめた。ハッとしたように口元を抑えるジーナに、やっぱり聞き間違いでは無かったかと樹は笑う。
「いや、いい。あの男のせいで名前で呼ばれるのは慣れた。今日からは、名前で呼んでも良いぞ」
(……なんだかあんな人のおかげっていうのが気にくわないけど、まあいいです)
 許しが出たことは素直に喜びたいのに、理由がライバルのおかげだと言うのが腑に落ちないのか、ジーナは拗ねたようにお茶菓子をつまむ。その顔がなんだか懐かしい記憶を連れてきて、カップを持ちながら樹は微笑を浮かべた。
「そう言えば初めてあったときは、名前で呼ぶなってきつく怒鳴りつけたんだよな」
 兵器にこだわっていた樹が見付けた人型兵器。まさか喜怒哀楽を自分以上に素直に表現できる兵器だなんて思わなかった。
「そう言えば、お名前でお呼びするのは、いけなかったんですよね。今回お許しを頂けて、とても嬉しいです」
 呼び名1つで、そんなにも変わる物だろうか。思った以上に喜ぶジーナを見て、長い付き合いなのだからもう少し早く許してやればよかったかとも思えてくる。
「あの時から10年か……フリフリ、ひらひらの洋服で散々私を困らせてくれたな。ジーナ、何で私にそんな『女の子らしい物』を勧めるんだ?」
 可愛らしいジーナの方がよっぽど似合うだろうに。それは自分を卑下しているわけでもなく率直な感想だった。
「フリひらは、幸せの印ですよ」
「幸せの印、ね……」
 それはもしかしたら、彼女の抱えるトラウマと何か関係があるのかもしれない。そう思うと、あまり人のいる所で振る話題ではないだろうと樹は思いとどまった。
「ジーナ、お前には色々思い出させて貰ったな。笑い方、冗談のつき方……本当にありがとう、これからもよろしくな。記念に、写真でも撮るか?」
「だったらワタシ、お姫様抱っこが」
「お姫様だっこは却下だ。ジーナ、お前は見た目より相当重いからな」
 機晶姫なのだから致し方ないといえばそれまでだが、だからと言って彼女を持ち上げることはさすがの樹でも無理だろう。10年も付き合っていれば、次第と樹のパートナーも増えて大人数で過ごすことが多くなってきた。こうして過去を懐かしむ暇も無いくらい日常を満喫しているが、たまには最初のパートナー同士ゆっくり過ごす時間があってもいいだろう。2人は久しぶりの懐かしい時間を楽しむのだった。