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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

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 海風のような香りのついた風が吹くギリシャのエリア。石造りの神殿が印象的なこのエリアの庭園では、日奈々千百合の模擬結婚式が行われる。
 2人とも女性ということもあって、用意されたのは可愛らしくて対になったデザインのドレス。どちらかがタキシードを着るということもなく、自分たちの希望通りのドレスがあって、日奈々は何度も手触りを確認して頭の中にイメージを浮かべる。これを着て素敵な思い出にするんだと幸せそうで、千百合もその笑顔に満足そうだ。
 参列席には同じエリアでドレスの試着を行っていた女性陣と、隅の方で気を遣うように清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)が。どこかの結婚式を見て何かを考えられたらと思っていたのだが、何となく同性同士の愛の形を知ったから、北都はこのエリアに参列することを決めたようだ。
 千百合が日奈々をリードするように手をひいて入場してきた。2人で相談して、みんなが良いなと感じてくれるような宣伝らしい式に、そして模擬でも自分たちの結婚式には変わりないのだからしっかりと雰囲気を味わえるような。そんな手作り感溢れる式を好きな人と出来るのだから幸せだろう。
 例え、障害になるような物があっても2人で一緒に頑張れる。そういった協力し合う姿勢がみられる式になっていた。
 愛にはいろんなカタチがあると思う。それに恵まれなかった自分は、どうすればあんな風に笑えるのかがわからない。楽しいことがあったときとも、面白い話を聞いたときとも違うあの笑顔は幸せだとこちらにまで訴えかけてくるようで、きっと隣にいる人にしか引き出せない顔なのだろう。
(隣に居る……大切な人、か)
 隣では、いつものように平静を装ったクナイが式を進める2人を見ていて、彼が自分に向けてくれる愛情もどんなカタチをしているのだろうかと考えようとして背中がゾクリとなる。
 思い出すだけで熱くなるような、不思議な感覚。元々クナイは警戒心の強い自分が緊張せずに付き合える相手だった。そんな相手が何か気になって、求めてもらえて……それも1つの愛があるのかもしれない。でもこれは、彼女たちが持っている物と同じ物だろうか。神様に誓ってまで、相手を裏切らず一緒にいようと……クナイは、思ってくれるのだろうか。
 とりあえず今日は、日頃の感謝を伝える日でもあるのだからと頭の中で巡らせていた考えをリセットして空を仰ぎ見る。まだ色の薄い空に千切れた雲がぽつぽつと浮かんでいて、今渡してしまおうと包みを取り出した。
「はい、これ。感謝の気持ちだから、深い意味はないんだけど」
 ガーデン挙式のため静まり帰った空間ではないけれど、クナイは少しだけ主役の2人に申し訳なく思いながら包みを開ける。そこには白い毛糸の帽子が入っていて、北都から貰えるもなは何だって嬉しいけれど、手作り感溢れるそれにクナイは愛おしそうに抱きしめた。
「クナイの髪、空の色みたいだから。白い雲が合うんじゃないかって」
「私の髪が空の色なら、北都の瞳は海の色ですね。深くて……吸い込まれそうです」
「――人前でキス禁止!」
 言葉通りに顔が近づいてくるから北都は思わずクナイの額を叩き返す。いくら隅の方の席とは言え、人前でなにを考えているんだと警戒心を剥き出しにしている。丁度式は指輪の交換が終わり、誓いのキスをするところだった。
「……人前でなければいいのですか?」
「僕達は恋人じゃないんだから……状況次第、かな」
 地球で見る電車内のバカップルみたいに、人目も憚らずするのは止めて欲しい。けれど、行為自体は……嫌じゃない。矛盾しているのだろうか、同じ人前でも彼女たちと同じように何かを誓い、その証人になってくれるような形で見られるのは、そこまで嫌では無い気もする。
「とにかく、まだ式も終わってないんだから禁止。ちゃんと理由は話すから」
 その理由を聞いたら笑うだろうか、怒るだろうか。呆れたり嫌いになったり、クナイは自分のことをどう思うのだろう嫌ではない、というのが1つの答えなら、喜んでくれるものだろうか。幸せそうに笑いあう彼女たちを見て、貰うだけでなく自分の手で誰かを笑顔にすることが出来たなら。そう考えたときに思い浮かぶのは、晴れた空にぷかぷか浮かぶ白い雲だった。
「日奈々、今から退場だよ。しっかり捕まってね」
 千百合がしっかりと抱き上げて、顔を見合わせて笑いあう。ゆっくりゆっくり、日奈々を落とさないように慎重に歩き、ライスシャワーを浴びながら退場する。
「今回は……模擬、だけど……いつかは……ほんとの、式が……できるといいね」
「そうだね。いつかホントの式をやろうね」
 そのときも、今日と同じように対のドレスを着たり、こうしてお姫様抱っこをしたりしてるだろうか。それとも、今日1度やったから、別の形でやってみたいと話しているだろうか。本当の式を挙げられるのはいつになるかわからないけれど、今日の誓いだって本物だ。
「模擬だけど……誓いの言葉には、本当に……誓ったよ。……私ね、今……とっても、幸せ……」
「あたしも日奈々と同じ。ちゃんと誓ったし、幸せな気持ちだよ。それを、次の人にも分けてあげよう?」
 その言葉に、参列者の席を抜けてきたことがわかると、日奈々はブーケトスをする。集まってくる人の気配、幸せは人から人へ伝わるものなんだ。自分たちが感じている幸せが、知らない誰かにも届きますように。そう願って2人は幸せそうにもう1度笑うのだった。



 水路が縦横に走るヴァイシャリーのエリアでは、エレンディラによる模擬結婚式が行われる。百合園生の2人がヴァイシャリーで挙式をするとあってはお祝いに行かなければと意欲に燃える鳥丘 ヨル(とりおか・よる)なのだが、どちらかと言えばビュッフェスタイルの披露宴が目的のようで、カティ・レイ(かてぃ・れい)も少し呆れ顔だ。
 元々周囲を湖で囲まれた島にある街をモチーフにしているとあって、シャンバラでもっとも風光明媚な土地として知られている場所を切り取ったかのように再現してあって、庭園を巡るにはゴンドラに乗ったりと美しくはあるが少々移動が難しいかもしれないエリアだ。
 けれども、そこで生活する葵たちには気になるような物でもなく、ドレスとタキシードに身を包みゴンドラに乗って水に浮かぶ神殿のような場所へスタッフに連れて行ってもらう。
「でも、なんで私が新婦役なの? 昔は髪も短くて男の子みたいだったけど……」
「可愛らしい葵ちゃんの花嫁姿が見たかったんですもの。だって本番は私が花嫁でしょ……だからです。」
 薔薇をあしらったウェディングドレスは、元気な自分よりもおっとりと優しそうなエレンディラに似合いそうなのに、彼女は新郎役で参加するからと長い髪を後ろで束ねている。あまり見慣れない格好だけれど、それが新鮮に見えるから、たまにはドレスもいいかなと葵も考えてしまう。
「ふふ、私はやっぱり男の子役が似合うかな?」
 同じように薔薇をあしらったリボンをつけさせてもらったゆるスターのマカロンは上機嫌で肩の上でくるくる走り回っているけれど、自分にはどんな物が似合うだろう。
「男の子じゃなくて、葵ちゃんは何時だって私の王子様。……泣いてた私をなぐさめてくれた、あの時から」
 2人の出逢いがあった、地球のパーティ。もしエレンディラがしっかりもので方向音痴じゃなかったなら、どんな出逢い方をしていたのだろうか。
「これも2人の素敵な思い出にしようね! 本番で失敗しないための、予行演習も兼ねて♪」
 誰かの手本となるほどのことは出来ないかもしれないけれど、幸せをお裾分け出来るような可愛らしい式なるといいな。そう思いながら、2人はゴンドラから下りるのだった。
 やってきた新郎新婦に祝福するように拍手を贈るヨル。この後も他の式に間に合うのなら見て回りたいと思っているので、少し時間を気にしているようだ。
 同じ学校の人がモデルとして出ると聞いてとても楽しみにしていたのだが、ドレス同士ではなくタキシードを着ているところもまた素敵だと思う。
「ねぇカティ、新郎新婦を見ていると憧れない? 幸せな気分も嫌な気分も、人に伝染するから結婚式は好きなんだ」
「確かに、幸せそうなカップルを見るのは悪くないね」
 見ず知らずの人のでも、チャペルなんかで楽しそうなのを見かけると、こっちまでいい気分になる。普段は「シュクジョノタシナミ」とやらで雑巾みたいに毎日絞り上げられていたから、そんな幸せオーラを吸収したいものだ。
(もちろん、披露宴の料理も最高なんだけどね!)
「……本当に憧れてる? 料理に恋してるようにしか見えないよ」
 正直言って、ヨルの食い気は以上だと思う。まるで掃除機のように食べるから、たまにこの生き物が同じ女性であることを忘れてしまいそうになる。
「カティは不良達と大暴れして楽しく殺伐とやってたじゃないか」
 掃除機扱いが気にくわなかったのか、口を尖らせてそんなことを言い出した。ああいえばこういうと半ば諦めたように主役へ視線を向けると、どうやら人前で誓いのキスをするのが恥ずかしいのかあわあわした葵の顔が見えたので、何となく気を遣って逸らしてしまう。
「……ボク達、恋愛できるのかな。心配になってきたな」
 幸せそうな人を見ると同じような幸せが欲しくなる物で、素敵な相手を見付けるにはどうすればいいんだろう。
「あたしはどうでもいいけど、あんたはその食い気を何とかしない限り無理だろ」
「むー……よし、いろんな結婚式を見て恋愛について研究しよう!」
 この式が終わっておめでとうと伝えたら、披露宴で……と結局食べることから離れられないヨルには、まだ恋愛は少し早いのかも知れない。



 邸宅内でブーケを作り終えた4人は、邪魔にならないところで結婚式に参列していた。とくには、ブーケトスに一瞬ピクリと耳を立てるが、それよりも大切なブーケがあると作り上げたブーケを握りしめて誓夜を見た。
 あのブーケほど立派でないどころか、少々くたびれてしまっている感もある。けれど、大切な想いを1つ1つに込めて作り上げた、大事なブーケだ。
「……誓夜、可愛い物が好きであったな」
「ええ。今日は小物が作れて楽しかった、また来ようね」
 にっこり微笑む誓夜に、手元のブーケへの自信を無くす。けれど、胸元に飾ったブローチに少しの勇気をもらい深呼吸する。
「俺には可愛い物は作れない、けれど誓夜となら出来る気がする……これからも、一緒にいてはくれないか。初めて会った時から好きだったんだ」
 ぎゅっと目を瞑り、差し出されるブーケ。優しく微笑んで、両手で包み込むように受け取った。
「俺もです。初めて会った時から放っておけない、幸せにしたいと思ってた」
 恐る恐る開いた瞳には真っ直ぐ見つめ返す誓夜しか映らなくて、聞き間違えたのではなく本当に好きだと言ってくれたのだと黎は赤くなる顔を隠すように誓夜の腕に飛び込んだ。
「親友とか家族じゃなくて……こ、恋人として、か?」
「……もちろんですよ」
 優しく頭を撫でる誓夜の温もりに夢心地になりつつも、黎はしっかりと捕まえるように誓夜を抱きしめるのだった。
 ライスシャワーに混ざっていた綺人クリスも、葵たちを見送ると沈黙が訪れた。そういえば、式を見ているときも感嘆の声を漏らすだけで会話らしい会話は無かったのかもしれない。もしかしたら、クリスマスに気を利かせたユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)はどこかに潜んでそんな2人の様子を見守っているかもしれない。
(そうです、あのときの失敗を繰り返すわけにはいきません!)
 告白しよう。人が散り散りになった今ならさりげなく伝えられるかもしれない。
「あの、アヤ――」
「結婚式、綺麗だったね。すぐに片付けないみたいだし、祭壇の辺りもう少しよく見させて貰おうよ」
 微笑んで先に言ってしまう綺人にはぐらかされたような気分になりながら、クリスは必死についていく。丁度その辺りは取材をしていた人達が撤収を始めていて、人気が少なくなっていた。今度こそ、と呼吸を整えたとき、振り返った綺人に小さなクレッセントブーケを差し出された。
「アヤ、これは一体……」
 こんなもの、いつの間に作っていたんだろう。自分の分で一生懸命すぎてすっかり気付いていなかったブーケに驚きながら、受け取って良い物かと綺人を見た。
「クリスは好きな人がいるみたいだけど……僕はクリスが好きだから、ちゃんと伝えたくて」
「え……?」
 瞬かれる瞳に、やはり迷惑だったろうかと思う。けれど、何もせずに諦めることだけは嫌なので、もう1度クリスをしっかり見て告げる。
「僕はクリスが好きだ。1人の女の子として、大好きなんだ」
「ほ、本当ですか? あの、これ、夢じゃ……ないです、よね」
 ずっとずっと自分の片思いだと思っていたのに、まさか綺人の方から告白してくれるとは思わず実感が沸かないクリスは赤くなりながら綺人に詰め寄った。
「え、クリスには大切な人がいるって……」
「そんなの、アヤのことに決まっているじゃないですか!」
 まさか受け取ってもらえると思ってもらえなかったのに、気持ちごとブーケを受け取ってくれたことに綺人は少し面食らってしまう。そうして、何かを思い出したようにクリスはニーベルングリングを取り出した。
「あの、今さら……なんですけど、本当に渡したかったクリスマスプレゼントはこれだったんです。アヤに告白するつもりで、用意してて……」
 気が早いですよね、と笑って手を引っ込めようとするクリスの手を握り、綺人は優しく微笑む。
「それくらい、クリスが僕を思ってくれてるんだよね? 嬉しいな、ありがとう」
 けれど、恋人同士になった2人は3人暮らし。必然的に今まで通りユーリを含めた3人で過ごすことが多くなるのだろう。兄のような彼ならば祝福はしてくれるだろうが、報告するのも照れくさい。どう伝えたものかと幸せな悩みを抱えながら、2人はゆったりと庭園を散策し始めるのだった。