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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第3回/全3回)

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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第3回/全3回)

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●精霊さん、お願い! この手を取って、一緒に行こっ!

 戦場は今や、イルミンスール全体に広がっていた。
 絶対安全と呼べる場所は、もはやどこにもない。

(まさか、こんなことになるなんてね……)
 騒音に飛び起き、医務室から外に視線を向けた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、そこかしこで飛び交う炎や雷、振りかざされる剣に撃たれて飛び散る漆黒の物体が、上空から絶えず落ちてくるのを目の当たりにする。
「何が起きていますの? ……いえ、何か良くないことが起きているのですね」
 ベッドから立ち上がった『サイフィードの光輝の精霊』イオテスが、心配するような表情を浮かべる。それは精霊か、ここイルミンスールか、あるいは眼前にいる一人の女性か――。
「私と……一緒に来てくれる? 私に、貴女を護らせてほしい」
 振り向いた祥子が手を差し出すのに、イオテスは自らの身体を寄せる。互いの温もりを伝え合って、想いを伝え合って、そしてどちらともなく身体を離す。
「ケイオース様が正気を取り戻すよう、祈っててくれる?」
 頷いたイオテスに、付け加えるように祥子が口を開く。
「あとー……できれば名前で呼んでくれると、嬉しいな」
 その言葉にイオテスが満面の笑みを浮かべて、初めての名前を呼ぶ。
「はい、祥子さん」

 できるだけ多くの生徒と合流する、その目的のために外に出た祥子とイオテスの視界に、上空から降り注ぐ『闇の僕』を光術で迎撃する五月葉 終夏(さつきば・おりが)の姿が映った。
「名づけて光術、きらきら星! ……なーんてね」
 星の形を取った光が空に上っていき、落ちてくる『闇の僕』と衝突して瞬きを残して消える。ぶつかった『闇の僕』はバラバラに砕け散り、ほんの欠片になった『闇の僕』はそのまま溶けるように消えていく。
「わー、きれーきれー!」
「おねーさんすごーい!」
 その光景を、終夏に守られる形で行動を共にしていた『ウインドリィの雷電の精霊』タタチチが、はしゃぎながら見上げる。
「はいはーい! 残っちゃったのは今、洗い流しますですよう!」
 そして、適度な大きさで地面に張り付いた『闇の僕』は、シシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)の洗濯で綺麗さっぱり流されていく。
「楽しいかい?」
「うん、楽しいー!」
「もっとやって、おねーさん!」
 終夏の言葉に笑顔で頷いたタタとチチが、続きをせがむ。
(見ててきれいな方が、楽しい方がいいじゃないか。そうだろう、ケイオース? 操られてたって、この子たちが楽しいということは、分かってるんじゃないのか?)
 遥か上空にいるはずのケイオースに、終夏が心の中で呼びかける。答えは、大量の『闇の僕』で返ってきた。
「あっはははは。それじゃあもっと楽しく行こうじゃないか。精霊祭の出し物のひとつ、ケイオースと黒い何かよく分からないのの大パレード!」
 終夏とシシル、タタとチチがまるでダンスを踊るかのように、降り注ぐ『闇の僕』を避けながら反撃を打ち込んでいく。
「ふふっ、本当に楽しいんですね、あの方たちは。わたくしまで楽しくなってしまいそうですわ」
 今が危機の真っ最中であることを感じさせない彼らの素振りに、イオテスも笑顔を浮かべる。つられて笑顔になりかけた祥子の表情が、近づく敵を察知して険しいものに変わる。
(今なら……イオテスが認めてくれた私なら、この技をも使える!)
 敵の位置を予測し、そこに最速で潜り込む自分を想像する。今いる場所と、最適な経路と、到達位置が定まれば、物事は真実となる力を得る。
(八極拳秘門の歩法、箭疾歩!)
 祥子の身体が躍動し、傍目には瞬間移動を行っているのではと錯覚するほどに、神速の動きを見せる。一瞬で五歩の距離を詰めた祥子の前には、『闇の僕』の一体や二体、障害にはなり得なかった。
「この身に代えても、イオテス。貴女は守ってみせる!」
 『闇の僕』を切り捨て、戦う者たちへ合流する道を拓きながら、祥子が絶対の想いを言葉に、形にする。

「これは……ケイオース様のご意志ではないな。操られているのか――」
 辺りの異変に、『ナイフィードの闇黒の精霊』ガルライが察するように呟いた矢先、彼の眼前に『闇の僕』が落ちてくる。その粘着質の身体が、彼を捕らえんと身体を伸ばして迫る――。
「させない!」
 ガルライと『闇の僕』の間に割って入った道明寺 玲(どうみょうじ・れい)の振るった刀が、『闇の僕』を一刀の下に切り捨てる。伸ばした身体とその他一部を吹き飛ばされ、『闇の僕』が地面に吸収されるように消えていく。
「お怪我はございませんか、ガルライさん」
「ああ、大丈夫だ。君は、武術の心得もあるのだな」
 感心するように呟いたガルライが、うごめく『闇の僕』を嫌がるような目つきで見下す。
「この闇は、不快だ。ケイオース様もさぞ苦しんでいることだろう。……こんなことを言えた立場ではないかもしれないが、頼む、こいつらを消してくれ。できるなら俺がやりたいが、俺には君のような力はないし、足手まといにはなりたくない」
「今はそのお心だけで十分です。期待に添えられるか分かりませんが、出来る限りのことは致しましょう」
 ガルライを守るように、玲が刀を携え『闇の僕』と対峙する。その直後、二人の頭上から『闇の僕』に向けて炎弾が降り注がれ、爆発に巻き込まれた『闇の僕』が粉々に砕け散る。
「やぁ、ここにおわりましたかぁ。探しましたわぁ」
 玲のところに、イルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)がやって来る。そしてすぐに、玲が自分の知らない、しかも精霊と仲良さげな雰囲気になっているのを察して、ガルライをじとーっとした目つきで睨む。
「真けませんどすえ。玲の一番は麿……いたっ」
「イルマ、会ったばかりの人に失礼です。それに今は、そういうことをしている場合ではありません」
 玲に小突かれたイルマがライバル心を隠さないまま、玲とガルライの間に位置しそこから魔術による援護を行う。その援護を受けて、玲が動きの緩んだ『闇の僕』に刀を振るい、無力化していく。
(一難去ってまた一難、かしら? ここがやられたら今までしてきたことが全て水の泡、よね。頑張らないと!)
 精霊の不安を取り除くために歌声を披露し、今また精霊の脅威を取り除き、その手で守るために、ミレーヌ・ハーバート(みれーぬ・はーばーと)が剣を取る。
「キルアさん、あたしの傍から離れないでね!」
「ああ、分かったよ。ミレーヌさん、よければボクにも、手伝わせてくれないかな? ここに世話になってるカヤノ様ほどじゃないけど、少しは力になれると思う」
 ミレーヌの言葉に頷いた『クリスタリアの氷の精霊』キルアが、協力を申し出る。
「ありがとう! じゃあ、あいつが近づいてきたら、凍らせてくれるかな? そこをあたしが攻撃する!」
 ミレーヌの指示通り、這い寄ってきた『闇の僕』に対し、キルアが氷の礫を生み出して放つ。礫を受けて動きが鈍った『闇の僕』が、飛び込んだミレーヌの一撃をまともに受けて、自身の塊を周囲に散らせる。
「あの子、なかなかやるじゃない。……で、アルフレッド、私がいない間はどうだったのかしら? ちょうどいい機会だから見てあげる。頑張りなさい!」
「ね、姉さん……言われなくてもちゃんと修行はしてたさ。ヴァルキリーの誇りは俺にもあるんだぞ」
「そうか? 俺が見る限りじゃカメラ持ってる姿しか思い浮かばないが……」
「アーサー、余計な事言うなよ!」
 弟の成長を確認せんとするシルヴィア・テイラー(しるう゛ぃあ・ていらー)に見つめられながら、アルフレッド・テイラー(あるふれっど・ていらー)アーサー・カーディフ(あーさー・かーでぃふ)のツッコミを遮る。
「何だとこの……まあいい、今は言い争っている場合ではないな。得体の知れないモンスター相手だ、動きは鈍いが、油断するなよ?」
 いつもの罵詈雑言を今回は抑えて、アーサーがアルフレッドに加護の力を施す。
「分かってる! 思い切り狙い撃ってやるさ! よーし、見てなよ!」
 銃を構えたアルフレッドが、前方からゆっくりと近づいてくる『闇の僕』に狙いをつけ、引き金を引く。収束された弾丸が『闇の僕』を貫き、身体に穴を開けた『闇の僕』が潰れるように地面に消えていく。
(アル兄も頑張ってくれてる。あたしももっと頑張らなくちゃ!)
 また一つ『闇の僕』を振り抜いた剣で仕留めながら、ミレーヌが周囲の様子をうかがう。視線の先に、精霊たちと行動を共にするヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)クレシダ・ビトツェフ(くれしだ・びとつぇふ)の姿が映った。
「闇の僕をやっつけてれば、リンネおねえちゃんたちがなんとかしてくれるとおもうんです。ケイオースおにいちゃんが元に戻ったときにかなしまないように、みんなをまもります!」
 ヴァーナーの言葉を受けて、『ヴォルテールの炎熱の精霊』アカシアの掌が、ヴァーナーの頭をぽん、と撫でる。
「……あなたは可愛らしいだけじゃなくて、強い意志を持った強い子でもあるのね。……それじゃ、あたしたちも黙って見てるわけにいかないわね!」
「えっ、お、俺もなのか?」
 自分もいつの間にか入っていることに、『ウインドリィの雷電の精霊』ケストナーが驚きの声をあげる。
「何よ、さっきはどうにかしてやる、って言ってたじゃない。それとも出任せだったの?」
「そ、そんなことはないさ。ただいきなりのことで驚いただけだ。……よし、いっちょやってやるか!」
 アカシアが炎を、ケストナーが風をそれぞれ掌に浮かばせ、ヴァーナーに頷く。
「アカシアおねえちゃん、ケストナーおにいちゃん……うん! ありがとう!」
「おっと、俺たちを忘れてもらっちゃあ困るぜ」
「同胞を苦しめる敵は、僕たちにとっても敵だ。及ばずながら、加勢させてもらおう」
 『ヴォルテールの炎熱の精霊』ガイが炎に包まれた拳を打ち付け、『クリスタリアの水の精霊』ネリアが流れる水を纏わせて進み出る。
「なかよく、なの」
 クレシダがガイとネリアを指して呟き、それにガイとネリアが居心地悪そうに視線を逸らしつつも口を開く。
「ま、炎と水が相容れねぇのは、俺らだけでどうにかなるもんじゃねぇ。精霊と人間とだって、じゃ明日から仲良くな、ってわけにゃいかねぇ。とりあえず今日のところは、俺たち仲良く、でまとめちまおうぜ!」
「おや、君にしてはいいことを言うね。これは僕の中の認識を改めないといけないな」
「ほう、んじゃ俺のことをどう思ってたのか、後でたっぷり聞かせてもらうぜ!」
 言い残して、ガイが炎の籠った拳を『闇の僕』に叩き付ける。砕けて細かくなった『闇の僕』は、ネリアの発生させた流水に流されていく。
「だいじなもの、まもるの」
 犬に乗った姿勢から、クレシダが光の一撃を放つ。反動でころん、と背の上を転がって一回転して、また元の位置に戻って次の一撃を放つ。見ていて微笑ましくなるが、放たれた光は容赦なく『闇の僕』を欠片も残さず消し飛ばす。
「風の流れを邪魔するお前たちは、吹き飛んじまえ!」
 ケストナーのかざした掌から風が生み出される。
「じゃ、そこに炎でも加えてみましょっか」
 アカシアが炎を付加し、例えるなら火炎放射器のように炎が『闇の僕』の集団を撫で、触れたところから塵に変えていく。
「みんな、がんばってくださいです! ボクもがんばります!」
 ヴァーナーの想いは精霊たちに、共に『闇の僕』を退けるだけの力を与えていく。

「リディア、無事か!?」
「は、はい。私は大丈夫です。……けど、涼さんが」
 前方を塞ぐ『闇の僕』から守るように立つ虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)へ、『ウインドリィの風の精霊』リディアが心配する表情を浮かべる。出会い頭に身体の一部を飛ばす攻撃を受け、涼の左腕、肘から下の服が溶け、皮膚が火傷を負ったように爛れていた。他の箇所はスーツによリ防がれ事なきを得たものの、両手武器が一時的に使用不能に陥っていた。
「俺のことはいい。リディア、お前は俺が守る」
 心配をかけさせないよう、出来る限り平静を装って涼が答える。
(……とはいえ、力不足なのが目に見えてるがな。せめて腕が回復すれば、ここを抜け出せるのだが――)
 迫り来る『闇の僕』に対応を迫られている涼とリディアの後ろ姿を、箒にまたがったリン・リーファ(りん・りーふぁ)が見つける。
「みゆう、人と精霊さんが襲われてる! 人の方はケガしてるみたい!」
 リンの報告に関谷 未憂(せきや・みゆう)が頷き、指示を飛ばす。
「リンは『闇の僕』をお願い! わたしは治療をしてくるわ」
「りょうかーい! キャンプファイヤーとシチューが待ってるから、がんばるよー」
 未憂が涼とリディアの方へ向きを変え、自らに魔力強化を施したリンはその二人から最も近い『闇の僕』を標的に定め、攻撃を見舞う。
「いらっしゃいませお客様ー! 早速ですがお帰り願いまーす!」
 洗濯される洗濯物のように全身を削り取られ、『闇の僕』が小さくなって消えていく。涼の傍に降り立った未憂が、涼のケガをした箇所に治癒を行う。破れた服までは直らないものの、腕に確かな力が戻っていくのを涼は感じていた。
「すまない、感謝する」
 礼を述べる涼に頷いた未憂の視線が、不安そうな表情のリディアを捉える。
(……プリムさん、大丈夫かな。怖がったりしてないかな)
 今頃は家庭科室で、未憂が作ったシチューの番をしている『サイフィードの光輝の精霊』プリムのことを思う。
(一緒にキャンプファイヤーを見れるように、って言ったからには、そうできるように頑張らないとね。……大事な友人には、指一本触れさせないわ)
 決意を新たにして、飛空艇に飛び乗った未憂が片手に羽根飾りのついた槍を持ち、『闇の僕』を相手しているリンの援護に入る。
(……力不足、などと思っている場合ではないな。今の俺にできることは――)
 涼の両手に、銃の重みが伝わってくる。取回しに問題のないのを確認して、弾を装填し発射準備を完了する。
(――リディアを守り、一緒にキャンプファイヤーを迎える)
 意志の籠った瞳で、障害となる『闇の僕』を見据え、涼が銃を掲げる。そこに電撃が落ち、銃に雷の力が付与される。駆け出した涼を撃ち落とすべく、狙いをつけた『闇の僕』が自らの身体を飛ばしてくる。
「同じ手は通用しない!」
 飛ばされた闇の塊を、涼が銃の一射で吹き飛ばす。機敏な動作で二射目を見舞い、雷を纏った弾丸に全身を貫かれた『闇の僕』が砕け散り、欠片となって消えていく。
 互いに守りたい精霊のため、力を振るう未憂とリン、涼。周囲の『闇の僕』を退けた一行は、奥で同じように一戦を交える者たちの姿を認め、合流を図るべくその場を後にしていった――。

 そのプリムを始めとした精霊が避難している魔法学校にも、『闇の僕』の侵食は確実に進行していた。主に精気を渡すという目的のため、精気を持つ存在が集まる場所に惹かれるように『闇の僕』が、学校へ触手を伸ばす――。

「ヨルムさん、アムリアさん。今日はお客さんとして来てくれたのに、こんなこと頼むのは気が引けるけど……一緒にイルミンスールを、何よりケイオースさんを守ってくれないか」
 『闇の僕』を引き連れたケイオース襲撃の知らせを学校内で耳にした和原 樹(なぎはら・いつき)が、行動を共にしていた『ナイフィードの闇黒の精霊』ヨルム『ヴォルテールの炎熱の精霊』アムリアに頼む。誰かが犠牲になっても仕方ないなんて思いたくない、もし誰かが犠牲になったらケイオースも傷つく、樹の紡ぐ言葉をヨルムとアムリアがじっと受け止める。
「……君の想いは分かる。俺も、ケイオース様のことを案じている。ならば、為すべきことはただ一つだ」
「我からも頼む。我も樹の、誰かを助けたいと思う気持ちを大事にしたい」
「えっと……何でしょう、分かっていることを言葉にするのって、難しいですね。……私も、サラ様やセイラン様、ケイオース様が無事であるよう、あなたたちと協力したいと思っています」
 フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)の言葉に、アムリアが頷いて答える。一行の思いは固まった、後は行動に移すばかり。
「ヨルムさん、ケイオースさんの心が呑まれてしまわないように、祈ってくれないか。ケイオースさん自身も抗ってるはず、だから、支えてあげて欲しい」
「後ろに乗って。祈るのに集中するなら、移動の手間はない方がいい。私は小さいから、箒も元気が余ってるの」
 樹の言葉に頷いたヨルムが、ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)の勧めに従って腰を下ろす。アムリアはフォルクスの後ろにつき、フォルクスが悪を探知する魔法で、『闇の僕』の位置を探る。
「既に複数の反応がある。樹、どこを優先する?」
「それだと……講堂かな。あそこは天井からイルミンスールの枝葉が覗いている。取り付くにも、中に入るにも格好の場所だと思う」
 候補を示された樹が、講堂へ向かうことを提案し、一行がそれに従う。周囲の警戒を行うフォルクスとアムリアのペアを先頭に、樹、ショコラッテとヨルムと続く。そして、講堂に入り込んだ一行は、天井が吹き抜けになっている位置から落ちてくる『闇の僕』を目の当たりにする。
「樹、集中して倒すぞ。合わせられるな?」
 フォルクスの方針に樹が頷いて応え、二人が魔法の詠唱に入る。『闇の僕』が本格的な行動に入る前に、樹とフォルクスそれぞれの掌から放たれた光が『闇の僕』を包み込み、天井の枝葉に吸い込まれるように消えていく。
「ここから、各地に散らばっているんだな。ここで各個迎撃した方がいいのかな?」
「……待ってくれ。近くに同胞の気配を感じる。一つ、かなり動揺している」
 精神を集中させていたヨルムが、自らが感じた気配の方向を指して言う。一行はそれに従い、講堂を後に教室が並ぶ方面へ向かっていった。

「な、何だお前たち……く、来るな! 近づくな!」
 樹一行が進路を取ったその場所、直角の曲がり角の頂点の部分に、七三に分けられていた髪を乱し、恐怖を浮かべた表情の精霊が立ち尽くす。右と左、そのどちらからも複数の『闇の僕』が這い寄り、精霊の精気を我が物にせんとする。
「や、止めろ、来るな……だ、誰か、助けてくれーっ!」
 それまでの態度が虚勢であったかのように、腰が抜けて地面にへたり込んだ七三が、喚いて助けを求める。そんなものはないと言うかのように身体を変形させて七三に取り付こうとした『闇の僕』は、背後から飛んできた光の筋に貫かれ、漆黒の液体を撒けながら風船がしぼむように地面に伏せ、ゆっくりと消えていく。
「波音ちゃん、闇の僕が二方向からあの精霊さんに近づいています!」
「自分とアンナさんはここでグレイスさんとコヨンさんを守ってるっす。波音さんとプレナさんは一方を集中攻撃して、七三の精霊さんを助けるっす!」
 『サイフィードの光輝の精霊』グレイス『ウインドリィの雷電の精霊』コヨンを背後に控えさせ、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)穂露 緑香(ぽろ・ろっか)クラーク 波音(くらーく・はのん)プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)に指示を飛ばす。
「うんっ、分かったよ! プレナお姉ちゃん、あたしが魔法で援護するね!」
 一つがやられたことで、一方の『闇の僕』が波音とプレナに標的を変え、身体の一部を飛ばしてくる。それを波音の放った光の筋が撃ち落とし、プレナへ突破口を開く。
(戦うのはこれが初めて……戦うのは嫌い、だけど、プレナが怖がってたら、精霊さんも怖がっちゃうし、守れない! ……怖くない、怖くない! 怖くないんだ!)
 湧き起こる恐怖を感じながら、それを克服するように自らに言い聞かせ、プレナが手にした光り輝く武器を振り回して突撃する。武器の取り回しに不慣れなのが目に見えていたが、波音がプレナに近づく『闇の僕』を優先に光を放っていたこと、その光を受けて動きの鈍った『闇の僕』だけを攻撃していたこと、二人の言葉に出さずとも息の合った行動、そして何より、『精霊さんを守りたい!』という絶対の意思が、想いが、プレナに普段以上の力を発揮させていた。
「こっち、来て! お願い!」
 一方の『闇の僕』をあらかた行動不能にし、七三の傍に辿り着いたプレナが、上がった息のまま七三に手を差し伸べて叫ぶ。
「ど、どうしてここに――ふ、ふん! 君の助けなど借りん! 勝手にさせてもらおうか!」
 顔を背け、七三がプレナの声を拒絶する。
「プレナさん、もう一方から来ちゃうっす!」
 緑香の声にプレナ、そして七三が振り向いた先には、すぐ傍に這い寄ってくる『闇の僕』の集団がいた。先程相手した数の倍はいようかといった様子に、プレナと七三が恐怖に身体を竦ませてしまう。
「プレナお姉ちゃんっ!」
 助けに向かおうとした波音の視界の先で、曲がり角の向こうから飛んできたと思しき爆炎が『闇の僕』を、そして七三とプレナを包み込む。アンナと緑香、グレイスとコヨンも一緒になって、プレナと七三の安否を確認すべく曲がり角へ向かえば、アムリアの力を乗せた炎の嵐を見舞ったフォルクス、後に続いて樹とショコラッテ、ヨルム、そして氷の壁で爆炎を緩和した七三とプレナの無事な姿があった。
「大丈夫? ケガしてない? 一応回復しておくねぇ」
「じゃあ、ララはせーしんりょくの回復! 仲良しさんでみんなの回復しちゃうよ〜」
 マグ・アップルトン(まぐ・あっぷるとん)ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)の癒しの力が一行を満たし、改めて周囲に『闇の僕』の存在が消えたことを確認して、緊張が解けたのかプレナがその場にへたり込む。
「はあぁ〜……こ、怖かったよぉ」
「だ、大丈夫、お姉ちゃんっ」
 波音が駆け寄って介抱するその奥では、立ち上がった七三がヨルムとアムリア、グレイスとコヨンを一瞥してふん、と鼻息を荒くする。
「揃いも揃って人間風情に味方するなんて、精霊の誇りを失ったか!」
「……虚勢を張るのは身苦しいぞ」
 ヨルムの指摘を受けて、七三が言葉に詰まる。
「私は、私を気遣ってくれた人たちに力を貸したい。今はその思いよ」
「人間だから、精霊だから、そんなものは、この人たちには言いたくないですし、そもそも思ってもいませんわ。みんなとてもいい人ですもの」
「そうそう、だからボクも、そしてみんなも、一緒にいるんだよ」
 アムリア、グレイス、コヨンに順に言葉をかけられ、七三が唇をかみしめて佇む。
 すると、波音の肩を借りて立ち上がったプレナが、七三に歩み寄る。
「……守ってくれて、ありがとう。あの壁、あんな使い方もあったんだね」
「な……!」
 思わぬ言葉をかけられたのか、七三があからさまに動揺した表情を浮かべて視線を逸らす。
「…………くそっ! 何だよ、どいつもこいつも! …………そんなふうに言われたら、協力するしかないだろ!!」
 言い捨てて、プレナに振り返った七三が、乱れた髪を整えて自らの名を告げる。
「僕は『クリスタリアの氷の精霊』パッツだ。君にしたことは、その……失礼だった。気をつけよう」
「プレナ・アップルトンです。そう言ってくれて、嬉しいです」
 互いに差し出した手を取り合う姿に、一行は安堵の溜息をつくのであった――。