天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

リアクション公開中!

精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

リアクション




エリア(1五)

(えっと、今はこの辺りだから……)
 一行の最後方で関谷 未憂(せきや・みゆう)が、用意した地図を眺めて、周囲の地形と自分たちが歩いてきた道程とを照らし合わせて、現在地を確認する。
 周囲は天井も壁も蔦と枝葉で覆われており、一度道を間違えれば即座に迷ってしまうような感覚を与えていた。
 道に迷わず探索をするためには、自分がマッピングをしっかりしないといけない。そんな責任感を胸に、地図を仕舞った未憂を、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が何か言いたそうに見つめていた。
「プリム、どうしたの? 何か感じるの?」
 精霊であるプリムなら、この遺跡に起きた異変を感じ取っているかもしれない。そんな期待を抱きつつ尋ねた未憂へ、プリムが小さく口を開いて呟く。
「……あっち……」
 プリムが指差した地点は、未憂からは他と変わりないように見える。それでも未憂は、じっとその場所を見つめ続けているプリムの言葉を信じ、その地点へ足を向ける。
「みゆう、プリム、待って待って!」
 先んじて危険がないか探っていたリン・リーファ(りん・りーふぁ)が二人の前に出て、一向に敵意を向ける存在を探知する魔法で周囲を警戒しながら、プリムが指差した地点へ向かう。
「ここなの?」
 未憂の問いかけに、ここに何かあるよ、と言いたげに金色の瞳を向けて、プリムが頷く。持っていた懐中電灯で足元を照らしてみると、光が蔦をすり抜け、少し先の地面を弱々しく照らしていた。
「……ここ、下に空間があるわ。この蔦を退かせば入れるかも」
「う〜ん、燃やしちゃった方が早いかな? みゆう、プリム、離れてて!」
 リンが掌に炎を宿らせ、地面の蔦へ向けて放つ。燃え盛る蔦が崩れ落ちた先には、うっすらと地下に続く道が開けていた。


エリア(1五)地下

「暗くて何も見えないわ。プリム、私から離れないでね」
 リンが先行して進み、抱きとめられるように降りてきたプリムの手を握って、未憂が光の後を追う。
 空間はそれほど広くないものの、光がほとんど届かないこともあって実際以上の広さを感じさせていた。
「う〜、ジメジメしててヤだな〜。蔦もジャマだし、まとめてご退場願いたくなるよ〜」
「リン、ここで炎を使うのは止めてほしいわ」
 そんなことを言い合いながら探索を続けていた時、ぴた、とプリムの足が止まる。肩に手を置いて顔を寄せた未憂に知らせるように、プリムの小さな手がある一点を指し示した。
「そこに何かあるの?」
 懐中電灯の灯りを向ける未憂、減衰された光がそれでも一瞬、黄緑色に反射光を返す何かの存在を知らせる。
「リン、お願い」
「はいはーい」
 先行していたリンへ未憂が指示を飛ばし、リンがその場所へ向かう。しばらくして戻ったリンの掌には、【丸い黄緑色の球体】が握られていた。
「これ、中で雷がパチパチっていってるよ。不思議だね〜」
「……リングが反応してる。雷に関係する何かなんだわ」
 未憂の嵌めていたシルフィーリングの輝きが少しだけ強くなっていた。
「…………」
 プリムが未憂の顔を覗き込む、ここにはもう何も無いよと言っているように見えた。
「じゃあ、行きましょうか」
 リンから受け取った球体を丁寧に仕舞って、そして一行は次のエリアへと足を向けていった。


エリア(1六)

「栗、本当にこっちで合っとるのじゃろうな? 中心部からは遠ざかっとるように思えるぞ」
 箒の上から、羽入 綾香(はにゅう・あやか)の声が前方を飛ぶ鷹野 栗(たかの・まろん)に向けられる。
「あのね、声が聞こえるの。私がお願いしたら、こっちだって」
 飛ぶ速度を緩めて、隣に並んだ綾香に栗が、遺跡に語りかけたら声が聞こえてきたことを告げる。その声は、彼女のしていた五色に光る耳あてから聞こえていた。


エリア(1七)

「ここで行き止まりのようじゃ。栗が聞いた声の通りなら、ここに何かあるはずじゃが」
 三方を壁のように絡み合う蔦に囲まれた空間の中で、栗と綾香が箒を降り、周囲に視線を向ける。

『こっちだよ! もー、やっと来てくれた。ま、うっかり捕まっちゃうあたしがバカなんだけどね……というわけで、ついでに助けてくれると嬉しいかなっ♪』

 聞こえてきた声に栗が振り向けば、空間の隅、上空から垂れ下がった蔦に絡み取られて身動きが取れずにいる少女がいた。
 その近くには、他のとは色の違う蔦が地面から壁に沿って続いているようだった。
「はー、助かったー。あたし、『ウィンドリィの樹木の精霊』ミンティ! 助けてくれてありがとっ♪」
 絡まっていた蔦から解放され、ほっと息をついたミンティが二人に礼を言う。
「ミンティ、と言ったか。それで、どうしてこのような場所に?」
「いやー、ここが何かおかしいってんで、気になって近くまで来てみたら、この蔦に捕まっちゃってさー。気付いたら中で、呼んでも誰も来なくて、どうしようって思ってたんだよねー」
 あはは、と笑って答えるミンティ、自らの軽率な行動を気にする素振りは全く見られない。
「あ、そうそう。多分この蔦、どこかの鍵になってるみたい。向こうに行く力の流れを感じるから」
 言ってミンティが、中心部を指差す。
「ふむ、ならば一つ試してみるかの。二人とも下がっておれ」
 栗とミンティを背後に下がらせ、綾香が片手に握った剣を色の変わった蔦へ振り下ろす。蔦が切断され、樹液を飛び散らせると枯れていく。
「うん、流れが変わったよ♪」
 微笑んで言うミンティの指す先、エリア(3四)を見つめて、栗と綾香が頷き合う。


エリア(2四)

「はぅ〜☆ ボクは望月寺美ですぅ〜。皆さん、宜しくお願いしますねぇ〜☆」
「真希だよ、よろしくね! ……うん、寺美ちゃんとはなんだか他人って気がしないなぁ。よくわかんないけど、寺美ちゃんとあたしって似てるよね!」
「ボクもそう思ったですぅ〜。何となく声も似てますしぃ〜」
「だよねっ! はぅ〜☆」
「はぅはぅ〜☆」
「はぅはぅはぅ〜☆」
「……やかましいわっ!」
 出会って数分ですっかり意気投合したと思しき望月 寺美(もちづき・てらみ)遠鳴 真希(とおなり・まき)の声真似に、日下部 社(くさかべ・やしろ)が寺美にだけツッコミをかます。
「お初にお目にかかります。ユズと申します」
「ケテルですよぉ」
 社のところにも、ユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)ケテル・マルクト(けてる・まるくと)が挨拶をしにやって来る。
「お〜! あんさん達が真希ちゃんのパートナーさんか♪ 二人ともめっちゃ美人さんやね♪ 俺は日下部社や。よろしゅう!」
 ノリよく挨拶を返す社の視線は、強調されたケテルの胸に早くも釘付けになっていた。仕方ない、これは男の性である。
「? なんですかぁ? なにかついてますかぁ?」
 知ってか知らずか、首を傾げてケテルが胸の辺りをまさぐるので、余計に刺激的な光景を目の当たりにした社が思わず目を逸らす。
「ふーん……。歩ちゃんにいいつけちゃおうかなっ」
「真希ちゃん、そいつは勘弁してや〜」
 意地悪い笑みを浮かべる真希に、社が泣きつく。
「ケテルが鈴をつけてあげますね。きっと似合うですよぉ」
「はぅ〜☆」
 ケテルが胸に付けていた鈴を外して、寺美の首に提げる。リン、となる鈴に寺美が喜びの声をあげていた。

「よっしゃ、行くでぇ! ……あ、そや、先に言うとくが、いかにも怪しそうなモンがあったら絶対に触るなや! 絶対やぞ!」
 一通り交流を終えた一行が、エリア(3四)とを隔てる壁のような蔦に沿って歩いていく。社の言葉に真希、ユズ、ケテルが返事を返すが、一人返事の返ってこない者がいた。
「はぅ!? こ、これは、気になるものを発見しちゃいましたぁ。触るなと言われると逆に触りたくなるのは何故でしょう……」
 盗賊のスキルを積極的に活かして探索をしていた寺美が、周囲と色の違う蔦が複雑に絡み合っているのを見つける。
「寺美、どこ行っとったんや……って寺美、お前何しとん!?」
「はぅ!!」
 そこに社の大きな声が飛び、びっくりした寺美は思わず蔦に手を触れてしまう。事態を悟った一行に流れる一瞬の沈黙、しかし予想した衝撃の事態は発生しなかった。
「は、はぅ〜……もぉ、驚かせないでくださいよぉ〜」
「なんや、何もなかったんか――」
 安堵の息をつく寺美と社、そして真希たちの前で、前方の蔦の一部が解けるように崩れ落ち、先に続く道が開ける。
「はぅ!? これってもしかして、ボクのおかげってことですかぁ?」
「寺美ちゃん、凄いねっ!」
「ま、まさか寺美に……くっ、何やちょう悔しいでぇ〜」
 寺美が真希と喜び合い、まさかの事態に社が悔しさを露に崩れ落ちていた。
「よ〜し、ここからはケテルに任せてくださぁい。お役に立ってみせますよぉ」
 開けた道を銃型HCにマッピングして、ケテルが吶喊とばかりに飛び込んでいく。
「ちょう待つんや、何かあったら――」
「……お待ちください。これは……」
 後を追おうとした社をユズが制する。直後、ケテルの可愛らしくも情けない悲鳴が響いてきた。
「テルちゃん!!」
「社、行くですよ!」
「お前に言われなくたって!」
 社、真希を先頭にして、一行は暗闇の先へと歩を進めていく――。


エリア(3四)

「あ〜ん、離せです。こ、こら、そんなところに絡み付いちゃ嫌ですよぉ」
 飛び込んだ先では、全長約5メートルほどの、枝葉を鱗に纏った蔦の集合体がケテルを絡め取り、残った先端の部分を社たちへ向けて威嚇していた。
「今助けるでぇ!」
 拳に雷を宿らせた社が、ケテルを囚えている蔦の近くを殴りつける。だが、攻撃は枝葉を数枚剥がした程度で、蔦まで届かない。
「何や!? ちょうこいつ、電撃に耐性持っとんのか!?」
 一旦引いた社目がけて、根元から電撃を伝播した蔦が吐息をぶつけるように電撃を見舞う。
「あぎゃーーー!! しんとうめっきゃくしても、じびれまずー」
 蔦が電撃を放つたび、回路上にいることになるケテルの身体が跳ねる。攻撃の合間を縫って真希が癒しの力を施すが、ダメージの方が多く一人だけでは回復しきれない。
「こっちや! 狙うならわいにしとき!」
 社が蔦を挑発するように動いて、攻撃の目を自分に向けさせる。先端がしなり、鞭のような攻撃が何度も振り下ろされるのを、己の身一つで避けていく。
(雷は有効でない……なら、これで!)
 真希の後ろで魔法を練っていたユズが、掌に炎を宿らせ嵐として蔦を包み込む。
「あ、熱いですよぉ!」
「我慢しなさい。雷よりは出来るでしょう?」
「ひ、ひどいですユズ様ぁ」
 髪の端をぷすぷすと言わせながら、ケテルがユズに文句を言う。しかし炎の効果は抜群で、蔦の動きが一気に鈍る。
「テルちゃんは返してもらうよっ!」
 真希が切り込み、蔦が切断され、巻き付いた蔦と共にケテルが地面に落ちる。
「いたた……お尻打ちましたぁ」
「次からは毛糸のパンツでも履いておくといいかもですねぇ〜☆」
 軽口を叩きつつ、ライフルを構えた寺美の一撃が、切り裂かれた蔦の切り口を穿つ。悲鳴にも聞こえる金切り声をあげ、樹液を撒き散らした蔦はやがて動きを止め、枯れて地面に散っていった。
「ふぅ〜、ちょう手強かったな〜」
 敵の気配のないのを確認して、社が一行の無事を確認する。寺美、真希、ユズ……ケテルの姿が見当たらない。
「テルちゃん?」
 また吶喊して巻き込まれたのか、そんな思いが一行を過ぎったところで、暗がりからケテルが姿を表す。傍らには頭一つ分小さい少女を連れて。
「テルちゃん、その子……」
「あはは、声が聞こえたんで行ってみたら、懐かれちゃいましたぁ。ケテルとおんなじように蔦に捕まって、動けなくなってたみたいですねぇ」
「……おねえちゃん、助けてくれたの。ありがとうなの」
 『ウィンドリィの樹木の精霊』ティッキーの応対をとりあえずケテルに任せ、他の者たちは周囲の探索に移る。
 先へ続く道は見えるものの、再び頑丈な蔦に阻まれて進むことは出来なそうであった。
「まぁ、一旦休憩やな。そや、他にここ来とるもんにも、このこと伝えといたろ」
「それは任せてくださぁい、これは壊れてませんでしたぁ。後この子が、他にも捕まってる精霊がいるかも、って言ってくれましたぁ」
 必要な情報を他の地点の探索に当たっている生徒たちに伝達して、一行は休憩に入る。
 その後エリア(3四)に、続々と生徒が集まってくる――。