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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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エリア(6五)

「リディア、離れないように付いてきてくれ。ここでは何があるか分からないからな」
「は、はいっ。……こんな蔦、見たことないです。一体何が……」
「それを解き明かすためにここに来ている。気をつけろ、迂闊に触れると何をされるか分からないぞ」
 天井のあちこちから垂れ下がる蔦が不気味に脈動する空間を、虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)が蔦に怯えるリディア・グレース(りでぃあ・ぐれーす)を気遣いながら探索していく。
 しばらくすると、東方向に進む道と西方向へ進む道に出くわす。
「西に行けば中心部に近付くが……他にも向かっている者がいるだろう。それに奥に向かうことが俺たちの目的じゃない。調査漏れがないようにするのが俺たちの目的だ。リディア、こっちだ」
「はい、涼さん」
 ここでの情報を銃型HCに記録して、涼が東方向に進む道をリディアを背後に、歩いていく。


エリア(7五)

「あっ……」
 入ってしばらくしたところで、リディアが何か感づいたような表情を見せて声をあげる。
「どうした、リディア?」
「えっと、風が違うんです。ここだけ風の流れが……」
 手をかざして、微かに吹く風の流れを読み取ろうとするリディア。その手が宙をさまよい、そしてある一点を指して止まる。
「流れがあそこへ向かっています」
 指した先は、蔦に覆われた地面。涼にはただの地面にしか見えなかったが、風の精霊であるリディアの言葉に、嘘は感じられない。
「行ってみよう」
 リディアを連れ、涼がその地点へ向かう。辿り着いた先でもう一度地面を調べてみると、その部分だけ確かに奥へ続く空間があるように見えた。
「リディア、下がって」
 リディアを後方に下がらせ、涼が散弾銃を斉射する。無数に穴の空いた蔦を踏み抜けば、地下へと続く道が開けた。


エリア(7五)地下

「……暗いな。確かこうすれば灯りに……」
 涼が銃型HCを操作すれば、前方が光に照らされる。地上と似た蔦に覆われた光景が彼らを待ち構える。
「リディア、何か感じないか?」
 無闇に探すよりは得策と判断した涼が、リディアに何か感じなかったか尋ねる。
「……何かが弾けているような感じがします。……あちら、でしょうか」
 自身なさげに指した地点へ灯りを向けながら、涼がほんの少しの情報をも逃さぬようにと神経を集中させる。そして空間の隅が照らし出されたところで、光を反射して煌めく何かを発見する。
「これは……中で雷が弾けている。不思議なアイテムだ」
 リディアに銃型HCを持ってもらい、涼が両手でその【丸い黄緑色の球体】を掴み、不思議そうに見つめる。
「他にも、これと同じようなアイテムを手にいれた方がいらっしゃるのでしょうか?」
「可能性はあるな。そいつらにも連絡を取ってみよう。ありがとうリディア、君のおかげで見つけることが出来た」
「いえ……涼さんの注意力が優れていただけのことですよ」
 涼の言葉に、謙遜しつつもリディアが微笑んだ。


エリア(7六)

(……こっちで、合ってるよね? 壁沿いに来たから合ってると思うけど、もし中央に行ってたらどうしよう……)
 足を踏み入れた愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)が、自分の来た道を振り返って不安気な表情を浮かべる。
 人気が少ないことから、ミサの目的としている遺跡の端の方へ向かっているのではと推測は出来たが、確信はない。
(……立ち止まっててもしょうがないよね。風の精霊さんとはお話させてもらったし、力になりたい。……行こう!)
 意を決して、先へと続く道を一人、進んでいく。


エリア(7七)

(ここが端っこかな? 前は行き止まり、左右も行き止まりだ)
 前方、そして左右が壁のようにそびえる蔦に囲まれた空間に出て、ミサがとりあえずほっと一息つく。
 そして問題はこれからとばかりに気を取り直して、連れてきた使い魔のネズミと共に空間をくまなく探索する。
(考古学の知識……は、どうだろう。役に立つのかな……?)
 周囲を見渡しながら、ミサが心に思う。人工物がある、空間が整然としているのであれば少しは役に立ったかも知れないが、全てが自然の力で組み上がっているように思われるこの遺跡の中では、さほど役に立たないように思われた。
 となれば、後は手当たり次第に探索するのみである。幸い、その仕掛けは空間の隅の隅にあり、壁沿いに歩いていたミサ、正確には使い魔のネズミは、難なくそれを見つけることが出来た。
(な、何だろうこれ……)
 ミサが形容に困るのもある意味では当然と言える。それは、地面から伸び、途中で折れ曲がり、先端が傘のように開いた、シャワーを大きくしたような形をしていた。
(いかにも何か出てきそうだよね? こんなところでいいものが出てくるとも思えないし……う、動かない。燃やしちゃった方がいいのかな?)
 押しても引いても、その物体はびくともしない。ネズミは何かを警告するように鳴き声を発し続けている。
 しばらく考えて、ミサはそれを燃やすことを決断する。炎が放たれ、それは黒く焼け爛れてそして崩れ落ちていった。


エリア(7二)

「ふふふ、アリアさん。私、知ってるんですよ〜。壁に右手か左手を添えながら行けば、迷わず進めますわ〜♪」
「そうね、そうしましょう」(私は被害者体質だし、ファリアは方向音痴だし、その方がいいわよね)

 そうして、箒に乗ったアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)の隣を、ファリア・ウインドリィ(ふぁりあ・ういんどりぃ)が壁に左手を添えながら、ふよふよと飛行していた。
 人間の生活に順応することを考えてか、普段は地に足をつけている精霊だが、自らを浮かすことは難なく出来るし、長時間浮いていることも可能である。
 ヴァルキリーや機晶姫のように人や物を抱えて飛んだり、空中での激しい機動などはリングを受け継いだ一部の精霊にしか行えないが、世界樹イルミンスールで暮らしていくには問題ない程度に浮き上がることは可能である。
 歩行速度ほどにしか飛べないとなるとまるで飛ぶことに意味が無いような感覚を与えるが、自在に空を舞える分疲労が激しいのと、浮くくらいしか出来ないが長時間持続できるのとが考えられたときに、ヴァルキリーは前者を、精霊は後者を選んだまでのことである。
 また、精霊だってやろうとすれば、人間が全速で走るくらいに浮き上がることも可能だし、ヴァルキリーだっていつも全速で飛んでいるわけではない。
 どのみち、長距離の移動の場合は、両者とも乗り物を利用する。少し浮き続けようとするだけでも道具の力に頼らなければならない人間が、少々不憫である。


エリア(7一)

「あら〜、行き止まりですわね〜」
 前方が、今自分が手を触れている壁のように絡み合う蔦と同じようになっているのを見遣って、ファリアが呟く。
「こういう所に、仕掛けを解く何かがあったりするのよね……何かないかしら」
 壁にびっしりと生える蔦を観察していたアリアは、その中で一本だけ、他と色の違う蔦を見つける。
 どちらかというと青に近い緑色をしたそれは、天井と地面に向かって伸び、行き先を分からなくしていた。
「う〜ん……これすっごく怪しいわね……ファリア、これに何か感じない?」
 アリアに呼ばれたファリアが、その蔦に触れて何かを感じ取るように目を閉じる。
「……何となくですけど〜、一方はあちらに向かっているようですわ〜」
 目を開いたファリアが指差した先は、生徒たちが目的地としている中心部、エリア(4四)。
「冒険者を阻む力を送っている、ってところかしら。これを断てば、新しい道が開けるかしら」
 推測をつけたアリアが、試しに電撃をその蔦へ見舞う。電撃は壁を伝わるように拡散し、蔦には掠り傷程度しかつかない。
「ここの蔦、雷に耐性があるようね。それならこれで……っ!」
 足元を確認して箒を降り、抜いた剣で蔦を切り付ける。
 どぱっ、と奇妙な色の樹液が溢れ出、それが地面に吸収されて消えていくと同時に、傷つけられた青緑の蔦が生気をなくしていき、やがて枯れて朽ちていった。
「これで、何か変わったかしらね……」
 その他に怪しいところがないかを調べたアリアとファリアは、今来た道を戻っていく。


エリア(6四)

「リンネさん、よかったら僕たちと一緒に行きませんか?」
「う〜ん、ごめんね博季ちゃん、リンネちゃんこっちを手伝うよ〜。中でまた会おうねっ!」

(早く謎を解き明かして、リンネさんと合流する! リンネさんと遺跡探索が出来ればなおよし!)
 出発前に笑顔を向けてくれたリンネのことを思いながら、音井 博季(おとい・ひろき)が周辺の探索を行う。
 
「おまえの雷に抵抗する力は、頼りにしたいところだったのだが」
『なに、そちらに向かう者は多い。戦力に偏りがあっては有事の際に困るからの。中でまた会った時には、我の力存分に振るってやろうぞ』

(サティナ……レライアもそうだが、彼女達はこの騒動に何を感じ取っている? ……ともかく、何かあったら力になってやろう。彼女は大切な仲間なのだからな)
 直前に言葉を交わしたサティナの、どこか繕うような微笑をレン・オズワルド(れん・おずわるど)が思い出していたところで、彼の前方に立ちふさがるように絡み合っていた蔦の一部が、はらはらと解けるように崩れ落ちていく。
(生徒の誰かが仕掛けを解いた? これは情報として伝えておくべきだな)
 銃型HCに情報を記録していくレン、その開けた道の奥からとても人の物とは思えない声が響き、彼を警戒させる。
「今、何か聞こえませんでしたか?」
 声を聞きつけて、博季がレンのところへ合流する。情報を元に集まってくるはずの仲間へこれからの対策を……と考えていたレンの目論見は、一組のペアによって狂わされる。

「道が開いたよっ!! この先に謎を解く何かがきっとあるはずだよっ!!」
「待つのだカレン、そうやって一つの事に気を取られると周りが見えなくなるのは悪い癖だぞ」
 一目散に飛び込んでいくカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)を、制しつつもジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が後を追って付いていく。
(前に一度ここに来た時は、怖がってあまり貢献出来なかったけど、もうあの時のボクじゃないんだ!)
 箒を駆るその横顔に、かつて蔦を前に怯えていた少女の面影は見当たらない。
 溢れ出る好奇心はそのままに、困難や障害に立ち向かう強さを手に入れた少女カレンは、飛び込んだ先で待ち構えていた、全長約5メートルほどの、蔦を骨格に、枝葉を鱗に纏った蛇というよりはもはや『龍』に近い生物へ杖を構え、魔力を放出する。

「あ、あの子たち、行ってしまいましたよ?」
「若さ故の過ちと取るか、勇気ある行動と取るか……ともかく彼女たちだけでは危険だ。俺たちも後を追うぞ」
 レンの言葉に博季が頷いて、カレンを援護するべく開けた道の奥へ駆け出す。


エリア(5四)

「ファイヤーストーム!!」
 杖に込められた魔力が、身体をしならせて襲ってきた蔦に炎の嵐を浴びせる。
 小さな火弾を撃つのが精一杯だったあの頃とは違う、空間全体に広がる熱波と熱量に、蔦も悲鳴と思しき声をあげて苦しがる。
 しかし、蔦もただ黙って焼かれるつもりは毛頭なかった。根元から伝播する電撃を放射して炎を掻き消すと、炎の制御のために集中していたことで次の挙動が遅れたカレンへ、二発目の電撃放射を見舞おうとする。
「撃つ前には必ず隙が生じる。それはおまえとて例外ではあるまい?」
 電撃が放たれるより早く、固定具で即席の足場を作ったジュレールが、自らを稼働させるためのエネルギーを基に生み出した電力を糧に、弾丸を電磁加速させて発射する。
 これが雷電属性なら蔦も耐えられたかもしれないが、炎熱の属性を纏った弾丸は蔦の先端から飛び込み貫通し、そして蔦は襲ってくる衝撃で先端から中間部までを吹き飛ばされ、辺りに奇妙な色の樹液と欠片を撒き散らす。
 レンと博季が合流した時には、戦闘の趨勢はほぼ決定づけられていた。全長を半分ほどに減らしてしまった蔦に次の電撃放射を行えるだけの余力は、残っていなかった。
 それでも最後のあがきとばかりに身体をしならせたところで、レンのかざした掌から飛び出した氷の礫が蔦の生命活動を減退させ、飛び込んだ博季の振るった一撃で生命活動を完全に停止させられる。
「……もう、脅威は去ったようだな」
「この先にも空間がありそうですが、仕掛けが施してあるようですね」
 周囲の状況を再確認したレンが情報を伝達し、小動物と共に周囲の探索を行った博季が、判明したことを報告する。

 ここにも、エリア(7四)した生徒たちが集結を終え、他の生徒との連絡を取り合っていた。
 ここまで全体の四分の三を探索し終えた生徒たち。少しずつ、道は開けていっていた。
 しかし、中心部で彼らを待ち受けているであろう何かの正体は、未だ掴めずじまいである――。