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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回
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リアクション

 どっちがどれだけ優勢なのか、などわからない戦況を見つめるミツエへ七瀬 歩(ななせ・あゆむ)がそっと話しかけた。
「ミツエさん、達也さんと初めてお話しした時、何か感じるものとかありました? ……運命的な感じっていうか。そういう何か、クローンさんには感じません?」
 神とされるドージェのクローン。その神と交信していたミツエ。
 クローン・ドージェを止める鍵はミツエにあるのでは、と歩は思い至った。
 正解よ、というふうにミツエが口角をあげる。
「そのための天下三合の計よ。……そろそろね」
「待って。……ニマさんを殺したりしないよね?」
「それは……あの人しだいね」
「そんな……っ」
 歩の顔が悲しそうに歪む。
 歩はミツエとニマは仲良くできるのではないかと考えていた。
 ニマとナガンの仲は悪くないらしい。ナガンはミツエともうまくやっていたのだから、ニマとミツエもわかり合えるはず、ということだった。
「素直に負けを認めるなら、それ以上はしないわ。でも、戦いを挑んできたのは向こうよ。相応の覚悟はあるはず。実際はニマよりもクローン・ドージェを止めるほうが先決ね」
 ミツエは三人の英霊の様子を確認すると、天華へ言った。
「みんながあたしに預けていった配下達を応援に向かわせて」
「わかった」
 天華は月英から伝えられてくる戦場の情報をもとに配下を分け、手薄なところに送り出した。
 ミツエ自身はクローン・ドージェへと近づいていく。
 しばらく進んだ時、突然イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が叫んだ。
「止まれミツエ!」
 声の直後、ミツエの周りを守っていたイリーナの配下達が乱された。
「石になってる……!?」
「慌てるな、捕らえろ! 無理なら追い払え!」
 外側の配下達の一部が次々石になっていっている様子に息を飲む歩に対し、いち早く敵意に気づいたイリーナは配下に数でねじ伏せろと指示した。
「あれはグール!」
 配下の数人を殴り飛ばしているおぞましいアンデットに、天華の表情が厳しくなる。
 急接近してきたグールを、イリーナが火術で弾き飛ばした。
 シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)のグールと共に急襲を仕掛けたマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)は、さざれ石の短刀の威力を存分に発揮していた。『痛みを知らぬ我が躯』により、イリーナの配下からの攻撃は受けても受けていないようなものだった。ただし、その危険性も充分知っているのでリジェネーションはかけておいた。
 また一人、立ちふさがったパラ実生が振り下ろした鉄パイプを、真正面から額で受ける。
 マッシュが痛みでのた打ち回ると思っていたそのパラ実生は、狂ったような哄笑をあげて勢いが弱まることなく突進してくる彼に恐怖した。
 その表情のまま石像と化した彼を、マッシュは商品を見るような目で検分する。
「こういうのが好きな人もいるだろうけど……あんまり美しくないね」
 高値では売れないかも、と肩をすくめる。
 何を言うでもないが、その周りではグールがゆらゆらと上体を揺らしている。
 その石像を眺めることにも飽きたマッシュは、ミツエを探した。
「見つけた」
 マッシュは石になったミツエを想像して楽しげに目を細め、短刀の刃をぺろりと舐めた。
 ミツエは襲撃者はイリーナや天華に任せて、天下三合の計の発動に集中することにした。
 英霊達の準備は整った。クローン・ドージェに再びロープを絡ませようと仲間達が奮闘し始めたが、相手の抵抗も激しくまたこちらの負傷者も多い。
 何事もなければすぐにでも秘技を実行したのに、マッシュの襲撃で遅れ気味になったのだ。
 多少強引にでもいかなければ、英霊達の集中が途切れてしまうし味方が潰されてしまうだろう。
 イリーナから分けられた配下を連れ、トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)が襲撃者を探しに出る。
 この時点で、マッシュはミツエを見つけていたが、彼の居場所はミツエ側には見つけられていなかったのだ。
 ミツエの護衛の配下達を割ってマッシュが姿を見せた時、天華はとっさにミツエを抱きしめてかばった。
 飛び込むようにして突き出したイリーナの高周波ブレードが、マッシュの凶刃を防いだがその切り込みの強さに剣は落とされた。
「トゥルペ!」
 イリーナの叫びにどこからか銃弾が飛んできた。
 マッシュを狙ったのだろうそれは、シャノンが操るグールに阻まれた。
 邪魔をするなら天華も石にしてしまえ、と今度こそと短刀を突き下ろすマッシュの耳に、不意に歌が流れ込んできた。
 歩のうたう子守唄だ。
 ふと襲ってきた睡魔に体をふらつかせたマッシュに、身を起こした天華が踊りかかる。
「この者達を排除せよ!」
 天華の声に、マッシュの短刀やペトリファイに怯んでいた配下達が我に返った。
 ミツエも呪文を唱えようとしている。
 シャノンはマッシュに目で退却を促し、まだ残っているグールを盾に、自らは魔法で退路を作って去っていった。
 この騒ぎはミツエの英霊達にも影響を及ぼしてしまっていた。
 ミツエの危機に秘技のために費やしていた集中が切れてしまったのだ。
 さらにクローン・ドージェが勢いを盛り返した。いや、自分に挑んでくる者達をようやく認識したというところか。
 先ほど天華が向かわせた援軍もクローン・ドージェ一人にあっという間に削られ、味方は戦意を失っていった。
 ──全滅してしまう!
 対策の手が浮かばず呆然としてしまったミツエの脳裏に、ふと開戦前の大野木 市井(おおのぎ・いちい)の言葉がよみがえる。
 まさかとは思いつつも、無意識にミツエの手は市井から預かった友情バッジへと伸びた。
 どこにいるかもわからない市井を名を呼ぶ。
「市井! クローン・ドージェに攻撃するのよ!」
 このバッジに通信機能はないのだが、思わず叫んでいた。
 いったいどうしたのか、とイリーナも天華も歩もミツエを振り返ったが、彼女は違う方向──クローン・ドージェのほうを凝視していた。
 やっぱりダメか、と期待した自分を笑いかけた時、クローン・ドージェの頭上に一機の小型飛空艇がヨシオタウンのほうから飛んできた。
 さらに地上には新手の一団が加勢に向かっていた。
 それはアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)が率いているもので、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)の指示によるものだった。
 ヨシオタウンが落ち着いてきたので、戦いが激しさを増すばかりのクローン・ドージェのほうに配下を割いたのだ。
 小型飛空艇はミツエが呼んだ市井のものだった。
 彼は身を乗り出すと、高周波ブレードをクローン・ドージェ目掛けて思い切り投げつけた。
 マリオン・クーラーズ(まりおん・くーらーず)が間髪入れずライトニングブラストを放つ。
 気づいたクローン・ドージェがその剣を打ち払うが、強い電気を纏っていたために弾けるような音と共に腕はしびれた。
 一方アルゲオは機動性を生かした戦法で旧生徒会軍を撹乱していった。クレセントアックスを振るい、派手に立ち回るもすぐにその場から移動する。配下も彼女に倣い、同じ場所に留まって戦うことはしなかった。
 その間に新生徒会軍やミツエの英霊達は態勢を立て直していく。
 その時、何やら異様な轟音が接近してくるのがわかった。
 小刻みに足元が揺れ、金属がこすれるような音が大気を振るわせる。
「何だありゃあ!?」
「こっ、金剛……!」
 サルヴィン川で立ち往生したはずの金剛だった。

 金剛を牽いていた巨獣と夢野 久(ゆめの・ひさし)がとうとう心を通じ合わせた……わけではなく、いつまでも水に浸っていることを嫌がった巨獣が勝手に陸に上がったのである。そして、契約者である鷹山剛次を求めて歩んできたというわけだ。
 そんな巨獣の心は知らないが、これはナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)には好都合だった。
 方向を定めることもできず、いったいどこへ行く気なのかと危ぶんだりもしたが、偶然にも剛次のいる方角にクローン・ドージェがいたのだから。
 船首に立つナガンは不敵な笑みを浮かべながら戦場を見下ろしていた。
 今から自分達もそこに行くのである。
「戦う前に逝っちまうかもなァ」
「うっ、うぅ……ぅああっ……っ」
「まだだ、もう少し近づいたらだ」
 血煙爪の刃を回転させはやる気持ちを抑えられないサイコロ ヘッド(さいころ・へっど)をなだめるナガン。
 戦場でこの金剛に気づいた者達がポカンとした顔でこちらを見上げている。
 クローン・ドージェだけは手応えのありそうな相手に喜んでいるようだったが。
 ナガンは凶刃の鎖を鳴らすと、
「ヒィーハァァアア!」
 と、奇声を発して飛び降りた。
 続いてサイコロもナガンを追い、SPリチャージで自分を興奮状態にさせたクラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)も、『運命』の出だしを歌いながら飛び降りていく。
「あっ、待ってよー!」
 綺麗に刈り込んだモヒカン犬三頭と大型騎狼を連れ、ビスク ドール(びすく・どーる)も船首から姿を消した。
 決死のダイブは、何とか成功した。
 四人も犬達も狼も、奇跡的に打ち身だけですんだ。
「休んでるヒマはないぜェ……」
 立ち上がると、前にはクローン・ドージェ後ろには制御不能の巨獣に牽かれた金剛が迫ってきている。
「偽物は、とっとと退場ー!」
 封印解凍で底に眠る力を引きずり出したナガンが先頭になってクローン・ドージェに突撃した。
 すぐにモヒカン犬と大型騎狼に乗ったビスクに追い抜かれる。
「足に噛みつけ!」
 ビスクの命令通り、クローン・ドージェの足を狙うモヒカン犬。
 サポートするようにナガンは凶刃の鎖を投げる。
 すぐに左右に並んだクラウンとサイコロも血煙爪を掲げて突進した。
 彼らはここでクローン・ドージェを引き付けて、金剛にもろともにひき潰されてもいい覚悟だった。
 前からの圧倒的な闘気と後ろからの凶暴な野生の息遣いに、ナガンは自分の呼吸音さえ聞こえないほどだった。
 狂気じみたこの行為に我ながら笑うしかない、といったところか。
 その巨獣を止めようと、久やサレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)が必死になっていることなど知らない。
 クローン・ドージェは一頭のモヒカン犬に足を噛みつかれているのもそのままに、向かってくる鎖の先端もよけず、二機の血煙爪に腕や体を抉られても顔色一つ変えないまま、その飼い主や持ち主を蹴散らして巨獣と対峙した。
 その時、前進しながらも常に身を捩っていた巨獣から、ついに金剛と繋がっていた巨大な鎖が引きちぎられた。
 反動で宙に舞った鎖の落下点にいたパラ実生達が一斉に逃げていく。
 轟音と砂塵を巻き上げながら、巨獣は突き進む。
 ヨシオタウンが蹂躙される? ミツエは?
 クローン・ドージェに蹴散らされ、地面に転がったままのナガンは見えるはずもない人物を探した。
 しかし、巨獣を止める術はなく、呆然とこの後の起こるだろう惨劇を見ていることしかできそうもない。
 全身の痛みも忘れて飛び起きた時、突如、巨獣が進路を変えた。
 ヨシオタウンからそれていく。
 誰もが何が起こったのかわからなかったが、そちらの方向に剛次が逃がされたというだけだった。
 そして置き去りにされた金剛は、クローン・ドージェが持ち上げていた。
 新旧の生徒会軍が唖然と見上げる中、金剛はもう一度空を飛んだ。
 そんな中、ニマはじっとある一点を見つめていた。見極めるように。
 最大の敵を彼方へ放り投げたクローン・ドージェがゆっくりと振り返る。
 刹那、上空に影がさした。
 今度は何だ、と立て続けに起こった非常識にさすがにパラ実生も神経が麻痺してきたのか、のんびりと上を見上げ──。
「……陸」
 誰かが感情のない呟きをもらした。
 いったいどこからどうやって現れたのは、三つの大陸が浮かんでいる。
「これが天下三合の計よッ!」
 駆けつけたミツエが伝国璽を握った手を水平に薙げば、曹操、劉備、孫権が呼び寄せたそれぞれの領土が、クローン・ドージェを押し潰そうと降りかかる。
「オオォォォオオオッ!」
 クローン・ドージェの咆哮に地面に亀裂が走る。
 秘技により集まったミツエと三英霊の闘気がここまで戦ってきた仲間達の闘気を取り込み凝縮させたものが、クローン・ドージェの闘気とぶつかり合って辺りを明滅させた。
 そして、一際強い閃光が走り思わず目を閉じる。
 それでもなお網膜を焼こうという光の影響が音もなく静まり、目をあけると膝を着いたクローン・ドージェがいた。
 彼の周囲に縛るように太い鎖が時折空気に透けて見え隠れしている。
 その体に守られていたのか、ニマがふらりと姿を見せた。
 こちらも精根尽き果てたミツエは、イリーナと天華に支えられながらニマの動向を見守る。
 ニマは軽く周囲を見回すと、何かを見つけたようにそこへ進んだ。
 その先にいたのは、半ば意識を飛ばしつつも血煙爪だけは手放さなかったクラウン。
 ニマはクラウンの傍で跪くと、そっと武器を握ったままの手に自分の手を重ねた。
 ぼんやりとそれを見ているクラウンに、ニマは慈愛に満ちたやさしい微笑みを見せる。
 え、と思った時、クラウンは何かよくわからないものが体の中で目覚めたような感覚を覚えた。
「あなたが……神子です。やっと、見つけました。その力を、どうか、女王のために……」
 それと、とニマがミツエを見やる。
「夫を、ドージェを……倒して」
 言うべきことを言い終えたのか、ニマはゆっくりと瞼を閉じて倒れていった。
「ちょっと、どういうことかな!?」
 慌てて起きたクラウンがニマを受け止めたが、彼女は血の気の失せた顔で失神していた。
 クローン・ドージェを見れば、こちらは完全に生命の気配がない。
 ふと、クラウンの手からニマを受け取ろうとする腕が伸びてきた。
 朱 黎明(しゅ・れいめい)だった。
「……生きているなら、病院へ」
 感情を抑えこんだような声音。
「それなら、空京の聖アトラーテ病院がいいわ。最新の設備が整っているから」
 ミツエの勧めに黎明は頷きだけを返して、抱え上げたニマにできるかぎり負担がかからないよう気を遣いながら荒野から去っていった。