リアクション
◇ ◇ ◇ 「やれやれ、やっと見えてきたよ」 黒崎天音は、ようやく視界に入ってきた戦場に、軽く息をつく。 「間に合ったようだな」 パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も肩を落とした。 ゴーレムの歩みは遅い。 昼夜を問わずに進行して尚、マイペースな天音ですら、気が急いてしまっていたが、遠目に現状を察するに、どうやら間に合ったようだった。 「遅いです!」 声が届くところまで来て、早速の抗議が飛ぶ。 「ごめん。これでも急いだんだけど」 言って、最後の一体だけ残っているゴーレムを見る。 「あれだね」 天音の背後から、進み出た天音の硬化ゴーレムが、グロスの硬化ゴーレムに掴みかかった。 グロスの硬化ゴーレムも、それに応戦する。 天音のゴーレムがグロスのゴーレムをいなし、2体のゴーレムは、正面から激しくぶつかり合った。 両方のゴーレムから、あちこちの装甲が砕けて飛び散る。 メリ、と音がした。 「……あっ!?」 見守っていたアニムスが、目を見開いた。 がく、と体勢を崩したのは、片方のゴーレムだけ――天音の硬化ゴーレムの方だけだった。 「どうして!? 力は、同じじゃないんですか!?」 ズシン、と片膝を付くゴーレムに、アニムスは青くなる。 「……ああ……」 離れて所から見ていたヨシュアが、苦渋の表情を浮かべた。 「……僕の処置じゃ……やっぱり駄目だったんだ……」 同じように作られても、オリヴィエ博士が最後まで仕上げたものと、自分が手を加えたものとでは、やはり、同じには成り得なかったのだ。 どうしよう、と、ヨシュアは唇を噛む。 五体は失われていなかったが、腰かどこか、バランスの中心をやられてしまったのか、天音のゴーレムは立ち上がることができない。 グロスのゴーレムが、ひび割れた装甲を砕かせながら、近づく。 「天音――」 ブルーズが振り返った。 「――まだだよ」 だが、天音は、じっと冷静な表情を保ったまま、そう呟いた。 そこへ、走り込んだのは、佐々木弥十郎だった。 弥十郎は、砕けたゴーレムの破片を拾い上げる。 それは自分の腕よりも太く、長かったが、それを両手で持って、剣のように構えた。 使いやすい形に加工できたら良かったが、『真竜の牙』の特殊加工がされている破片は、弥十郎の手ではどうすることもできない。 だからそのままゴーレムの足を殴り付けた。 何度も、何度も。 「……ここで、食い止めます……!」 微かな、小さなヒビが、少しずつ大きくなって行く。 何度も、何度も、殴り付け、足だけでなく、弥十郎の持つ破片もひび割れ、砕けて行く。 「危ない!」 ゴーレムが腕を払って、弥十郎を除けようとした。 その腕を狙って、上空からアリアが雷術を放つ。 攻撃は弾かれたが、反応してゴーレムの腕の動きが止まった。 「弥十郎君、もういいよ」 その時、背後、上の方から聞えてきた声の意味を理解して、弥十郎は身を翻してその場から離れる。 体勢を立て直した天音の硬化ゴーレムが、座り込んだまま、その腕を、グロスの硬化ゴーレムの、弥十郎が付けた、足のひび割れに向かってのばした。 ガツッ! と激突するような勢いで掴んだ足が、メリメリ、と砕ける。 バランスを失って前に倒れる硬化ゴーレムを、抱きしめるように受け止めて、そのまま腕の力を強めた。 グロスの硬化ゴーレムも、同じように天音の硬化ゴーレムを抱きしめる。 「先に潰されないか?」 案じるブルーズに、 「亡霊の命令になんか、負けないよ」 と、天音は笑ってみせた。 均衡は、長くは続かなかった。 ひび割れ、砕け散る音は、2体のゴーレムから同時に響いた。 身体が砕け始めても尚、2体のゴーレムから腕の力は緩まない。 最後の最後まで、互いを破壊し続けて、やがて全てが、残骸と化した。 ゴーレムが動かなくなった、と判断した瞬間、緊張の糸が切れたように、弥十郎はへたり込んだ。 「……よかった」 ほっと息をつく。 空を仰いで、ああ、皆、御腹空いてないかな、とふと思った。 ここからは、街が近い。材料を買って、皆に料理を振舞いたい。 そんな自分の考えに、ふと我に返って苦笑した。 「……終わった、か」 クレアが、静かになった様子を見て、ほっと息をついた。 横で、ヨシュアも緊張から解かれたように、深く息を吐く。 動かないゴーレムが散らばる惨状を見渡して、少し目を伏せた。 「……色々、思うことはあろうが……」 「いえ、ありがとうございました。 僕が言うのも変ですが……」 ヨシュアは笑みを浮かべて、礼を言う。 「見届けることができて、よかった。 博士もきっと、こう言うと思います。 あれらを壊してくれて、ありがとうございました」 「これ、放って行って大丈夫でしょうか?」 アニムスがゴーレム達の残骸を見渡して言った。 「大丈夫じゃないですか。 何か使い道があるとは思えませんよ」 町が程近いとはいえ、荒野の真ん中だ。遺棄して行くことで誰かに迷惑が及ぶとも思えない。 仁科響がそう言った。 「真竜の牙が加工されている物も、物凄く硬いだけのただの岩、みたいになってますしね。 危険は無いと思います」 「さすがに、このまま放置、というわけにも行きませんし。 多分後で博士と回収に来ることになると思います。 博士にちゃんと捨ててもらいます」 ヨシュアの意見にはクレア達も同意だったので、とりあえず彼等は、手近の町に向かうことにする。 「……聖地カルセンティンの方はどうなっているかな?」 天音の手には、女王器がある。 これをコハクに届けてやらなくては。まだ休んでいる暇はないね、と、苦笑した。 ◇ ◇ ◇ 連絡を受けとって、イーオンはひとつ息をついた。 「矢張り無駄だったか」 その様子を見て、フィーネが問う。 微かに安堵の表情を見て取ったからだ。 「無駄に済んだ、ということだ」 イーオンは答える。 「労働をした身としては、無駄に”ならずに”済んだ、となって欲しかった気持ちもあるのだがな。 まあ、良かったのであろうよ」 フィーネは肩を竦めて笑った。 ゴーレムは、ツァンダまでは来ない。口ではそんな風に言いつつも、フィーネはそれを聞いて安心した。 「…………」 セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が、彼方の方角を見やった。 ゴーレムが来ると思われていた方角だ。 「どうした」 とフィーネが問えば、いえ、とセルフィーは感慨のない表情で答えた。 「人形というのは何も変わりませんが……運がなかったのですね」 そこに、僅かな憐憫の情が含まれているのにイーオンとフィーネは気付く。 機晶姫であるセルフィーにとって、造られたものであるゴーレムの最後には、何か思うことがあるのだろうか。 彼女の前でゴーレムの破壊が行われなかったことは、よかったのかもしれない、と、イーオンは感じた。 「……かも知れぬな。 だが、所詮は、人形だ。 セルとは違う。おまえは、人間なのだからな」 そう言って、イーオンはツァンダの方へと足を向けた。 「事は済んだ。……報告に行かねばな」 |
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